ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第129話「白いごはんの温かさ」

 

 空よりも巨大な何かに複葉機が突撃していく。

 その切っ先で刃を構えている。

 そうだ。

 倒さなければならない。

 世界に最後を齎すモノ。

 旧き時代。

 XKと呼ばれし何か。

 

 これをもしも止められなければ、人類史は終焉を迎える。

 

 南米大陸の34%を侵食し、彼の組織が封殺に人類史最後の決戦を挑んで幾星霜。

 

 奇しくも西暦の終焉と同時に終わった存在しないはずの人類とそれ以外の第三次世界大戦は再開された。

 

 その主役であった委員会は世界の救い主であり、同時に滅びをその手で消し去ってきた。

 

 しかし、それもまたこうして限界を迎えつつある。

 パイル起動まで残り32分。

 サイトより発掘したコレだけが終わりを遠ざける事になるだろう。

 好きな女も守れず何が男なものか。

 歴史を嗤うのは自分一人で十分。

 だから、征くのだ。

 何もかもを続ける為に。

 唇の端を吊り上げれば、傍らのヘッドセットから声が響く。

 

『我が友《とも》よ。我らが輩《ともがら》よ』

 

 静かな声。

 

『貴様は後悔しないのか?』

 

 ああ、男か女かも解らぬ相手。

 

『どうして、そんな顔で笑っていられる』

 

 何故か悔しそうに。

 

『何故、何故だ……』

 

 本当に解らぬと言いたげな声で。

 

『我らが憎いと言ってくれれば、どれほど清々するだろう』

 

 あいつはそう言った。

 

『我らを怨むと言ってくれれば、どれだけ胸が軽くなるだろう』

 

 泣いているのか。

 

『だが、貴様は行く……不敵に笑いながら』

 

 悔いているのか。

 大げさだなぁと苦笑するしかない。

 

『貴様に誓おう!! 貴様の死に誓おう!!』

 

 確かな響きが空に響いた。

 

『何もかもが終わるまで、我らは決して諦めぬだろう!!』

 

 大きく大きく続きが告げられる。

 

『安心して征くがいいさ!! 決して人は滅びないッ!!』

 

 まったく肩を竦めたい気分だ。

 

『【妖精円卓《ブラウニー・バンド》】は貴様と共に!! 貴様の栄光と共にッッ!!!』

 

 だから、一言だけを返した。

 

「迷わず進めよ。親友……」

 

 巨大な空より大きな何かが振り被る。

 それが迫ってくる。

 全てを押し潰していく。

 大気すらも切り裂いて。

 何もかもが消える刹那。

 歯車の海豚が、歯車の鯨が、鳴いていた。

 砕け散る最中、見た。

「地獄へ落ちろ」

 確かにソレは己を崩しながら絶叫を響かせ。

 奈落の海へと沈んでいった―――。

 

(………相変わらず。初心者には優しくない夢だな……)

 

 いや、それが夢などではない過去にあった現実なのだという事くらい分かっている。

 

 だが、それにしても状況が不明過ぎて笑うしかない。

 浮上する意識。

 

 その記憶の欠片を掴み取ろうとするも、遥か水底にある紅の耀きに零れていく。

 

 まぁ、いいかと。

 何もかもを忘却しながら、現実へと向かう。

 この自分の愛するべき、生きるべき、守るべき今へ。

 

――――――?

 

 目が醒めた時。

 鼻腔を擽る香りにふと此処が自宅なのではないかと思った。

 僅かにトントンと包丁が俎板《まないた》を叩く旋律。

 存在しないはずの味噌汁の煮立つ音まで聞こえてきそうだ。

 

 ジャージャーと何かが油で炒められるのが横目に見えれば、朝ご飯まだ~と言ってしまいそうになるのはニート的に無理もない。

 

 穏やかな日々を思い起こして、僅か目の端から起き抜けの涙が零れた。

 

 手で拭って身を起こせば。

 

 其処が四隅に銀色のポールを立てて天井にモスグリーンの布を張っただけの低いテント内だと解った。

 

 左手に見える唯一の入り口からは見知らぬ景色が見える。

 

 薄ら紅の空が横合いから鱗雲を照らし、荒野の地平線に沈む暮れた日差しが視線を眩ませる。

 

 音のする方を見た。

 どうやら、男達が食事を作っているらしい。

 

 男ノ娘でもいいから、見目麗しい輩が料理をしていたなら様になるのだろうが……此処は現実……わざわざ汚染された外にアンジュ達が出てくる事は無いだろう。

 

『起きたかえ?』

 

 ひょこっと自分の上にいた黒い物体がいきなり目の前に首をにゅっと伸ばしてくる。

 

「………何だ。喋る黒猫か……寝よう」

 

『うむうむ。ワシもようやく癒し的な存在に』

 

 本当に何処から声を出しているのだろうかと思うくらい口達者な物体を思わず片腕で摘み上げる。

 

「どうして此処にいる?」

 

『ネコォ、ネコネコネコ』

 

 この世にもういないらしい生物の鳴き真似でもしているつもりなのか。

 

 世の中の動物の大半が実際にはそれらしく作られた“モドキ”であるという情報すら見ている現在。

 

 違和感どころの話ではなかった。

 

 基本的に働く動物系が大量で愛玩用は大陸でも極々少数なのだとか。

 

 それが本当ならば、大抵の国で猫を飼うというのは超上流階級くらい。

 

 それでも猫の鳴き声はニャーのはずだが、どうやらごはんの国にそういう情報は無いらしい。

 

「はぁ……」

 

 こちらの溜息にソレがわざとらしく。

 愛らしく、小首を傾げた。

 あまりにもトンチンカンな状況。

 これは間違いないと相手を前へポイッと投げる。

 

「オイ。説明しろ。其処の猫とは掛け離れた鳴き声してる物体」

 

 シュタッと猫っぽく着地する外見黒猫な猫じゃない……ごはん公国の裏の支配者に呟く。

 

『なぬ!? 猫はネコォと鳴くのではないのか!!?』

 

 驚愕の真実を知ってしまったらしい。

 

 主上。

 

 そのふざけた回答をする猫モドキは正式名称SFな美幼女の上司に間違いなかった。


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