ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第120話「××時空」

 戦士の心得など自分には無いし、全ての人を守るヒーローにもなれない。

 

 だが、守りたいものがあるなら、例え誰だろうと食って掛かるのが人間だろう。

 

 少しばかりチートに愛された身の上。

 それを使って最後に愛する女の一人も救って死ぬ。

 それなら、それで良かった。

 決意と理性は別物だ。

 自分の生存確率など最初から計算するまでも無かった。

 それでも足掻いて、地価埋設型の戦略核の一斉起爆時。

 己の全ての細胞を限界まで増殖。

 

 脳細胞の一辺までも耐熱、対衝撃の為の緩衝材にした……はずだ。

 

 瞳の細胞の全てが要を為さなくなる刹那。

 その光景を見た時には何も分からなくなっていた。

 そうして全てが空白に消えた。

 絶対的な死。

 

 自分が普通の人間ならば、肉体の消滅によって、人生は終了。

 

 思考は霧散した……はずなのだが、それにしても身体は温かく。

 

 瞳を開ければ、見知らぬ天井があった。

 

 少女達の暮らす世界の礎となって死んだはずの自分が生きていると自覚するまで一秒弱。

 

 バッと起き上がれば、其処には白い壁とフカフカで無機質な寝床と一輪の蒼い花が生けられた小さな花瓶が寝台横のテーブル上に置かれていた。

 

 周囲を照らすのは壁の内部に埋め込まれているのだろう灯かり。

 

 間接照明というやつなのか。

 約十畳程の部屋は薄ぼんやりとしていた。

 

 まさか、飽和する戦略核の熱量と衝撃と放射線を全て受け切って尚、消滅せずに再生したというのは極めて考え難く。

 

 そもそも肉体が同じであるかどうかも妖しいと思考したのはその数秒後に正しい事が証明される。

 

 妙に股間がモノ寂しかったのだ。

 

 身体を確めようと手で己を触ろうとして……まず何よりも腕が細いという事に驚いた。

 

 病人みたいとは言わないが、それにしても随分と前より小さいような。

 

 そうして、身体をペタペタと自分で触っているとやはり自分の肉体ではないような薄さが分かり。

 

 更に股間がツルリとしていた。

 

 ああ、その衝撃を言い表すならば、去勢された猫が自分の股間に驚くような……と言うべきか。

 

 『ああ、女になってる……寝よう』と精神的なショックにちょっと二度寝しそうになった。

 

 半ば、自分が生きているのに自分が守ろうとしていたものが消え去っているかもしれないという現実を想像してしまい……考えたくなかったのだ。

 

 近頃、物分りが良過ぎると自分でも思っていたのだが、根本的に自分が本人そのものではないという事実を受け入れてしまった今になれば、自分がデジタルデータみたいなものかもしれないから微妙に本人とは違うのだろうと割り切れてしまう。

 

 だが、そうだとしても、人間らしい感情が自分に残っている事に安堵するくらいには……絶望というものが身体を蝕んで。

 

 何も考えずに眠りに落ちていようかと思うくらいにはまだカシゲ・エニシは人間だった。

 

 でも、何一つとして……本当に何一つとして、諦められるものが無かったから、身体をゆっくりと起こして、その全裸を引き摺るようにして、立ち上がり……部屋の横に見えたドアに手を掛けた。

 

 この先に何が待っていようと。

 結末を必ず見つける。

 話はそれからだろうと覚悟して。

 だが、開けるよりも先に外側へと扉は開き。

 

『おはようございます』

 

 其処に巫女っぽい紅白のミニスカ衣装を着た金髪白人少女が現れ。

 

 こちらの目覚めに何か思うところでもあったのか。

 感極まった様子で目元をウルウルさせた後。

 

 周囲にいる自分と同じような格好をした同じ年頃の少女達にイソイソと服を着せるよう指示した。

 

 最初の会話の出だしは「お連れします」で。

 続いた言葉は「何から聞きたいですか?」だった。

 

 その巫女という姿が引っ掛かったのは死ぬ前の【統合《バレル》】との遣り取りがあったからであり、もしかしたらという予想から最初の質問はお前らは誰で此処は何処かという極々シンプルながらも、状況を大まかに把握する為に必要なものとなった。

 

 そうして、ハッキリと彼女は自分達が何者かを告げ。

 此処は自分達の本拠地だと言った。

 連れて行かれる通路は真白く壁内部の照明で耀き。

 

 何処か近未来的な六角形型の通路はよく長い地下に置かれる平面型エスカレーターのような自動化が施されており、進んでいく内に話は進んだ。

 

 【統合《バレル》】はどんな組織なのか。

 

 今はどんな事をしているのか。

 直近でどのような成果を上げたのか。

 自然に聞き出していく事で必要な情報はすぐに拾えた。

 自分達が如何なる存在なのか隠そうともせず。

 

 いや、寧ろ理解してもらわなければならないと意気込んだ様子で。

 

 少し大きめなパネル型の端末に自分達の直近の行動を時系列順に纏めて見せてくれたのだ。

 

 その一部、パンの国への侵攻と敵対関係であった空飛ぶ麺類教団とその支持母体である国家中枢の襲撃もまたしっかりと載っていた。

 

 襲撃時、何故か教団本部がバイオハザードらしき肉の塔と化して自滅。

 

 教団の絶対殲滅の為、電子兵装を焼き切る目的で持ち込んだ磁力誘導装置を使用。

 

 敵の国家中枢である総統は討てなかったが、敵首都中心と総統府を筆頭に軍施設の研究を完全破棄し、今後の侵略行動を緩やかにした云々。

 

 しかし、反撃によって飛行船93隻中18隻の自動化された輸送船を轟沈。

 

 制圧部隊の人的被害は14人に昇り、AI化されていた部隊の大半を失う事となった。

 

 この中で遺跡より現れた化け物との戦闘、化け物の後には核弾頭の起爆という事実が克明に記録されており、当時の【統合】司令部は正しく恐慌状態一歩手前であった事も記されていた。

 

 正体不明の人物。

 

 後にカシゲェニシ・ド・オリーブという名前が判明した人物が遺跡内部の何かしらの核対抗手段を発動した事で制圧部隊以外の人的被害は0で収まり、教団本部の壊滅を持って地下遺跡の制圧は諦め、作戦は終了。

 

 今のところはファースト・ブレットに当時いた都市民達に放射線や放射性物質による被害も出ていないらしい。

 

 此処まで読んでドッと力が抜け、ペタンと座り込んでしまったのだが、周囲から心配されて再び立ち上がる頃には何とか演技出来るくらいには内心で胸を撫で下ろしていた。

 

 自分が消滅したらしいカシゲェニシと同一人物かどうかはこの際、気にする必要は無かった。

 

 もし自分が自分ではないと少女達から否定されたとしたら、心情的には痛過ぎるものの……幸せにするという自分の決意は揺るがない。

 

 それは自明の事だったからだ。

 

 周りに大丈夫大丈夫と言いながら、続きを読めば、この目覚めるまでの数ヶ月でかなり大陸の政治が激変しているのは理解出来た。

 

 特に首都強襲後からの話は正しく裏で誰が何をしていたのか手に取るように分かるような……流れるような嘘に満ちていて、思わず内心で苦笑してしまったくらいだ。

 

 パン共和国とごはん公国は停戦したまま数ヶ月を過ごし。

 その合間に霊薬とやらの合同での取り扱いに同意。

 更に裏取引をした結果。

 併合ではなく。

 統合という形で何とか折り合いを付けたのだろう。

 

 霊薬と春守型のNVは首都を落とされた共和国にとって敵対すれば、亡国に為りかねない切り札として機能したに違いない。

 

 事前協議を数ヶ月続けた末の和平。

 

 そして、いがみ合っていた両国がそうしなければならなかった理由もまた載っていた。

 

 ポ連だ。

 

 大陸最大の侵略国家が大陸中央荒野を貫く長大なインフラ建築の完了とそれに伴う大部隊の派兵を画策しているとの話は可能性ではなく事実だろう。

 

 共和国から国家三つ分くらい離れた場所。

 目と鼻の先に前線基地が出来たらしい。

 

 この状況も上手く使って公国は共和国に有利な条件で和平したようだ。

 

 大陸東部への大遠征ともなれば、あちら側も物資の集積に兵隊の訓練にとやる事は山済み。

 

 まだ、情勢に変化は無いだろうが、兵站の整備が整えば、数年以内には侵攻が開始される情勢だろうと至極冷静な文体で【統合】側の分析データが載っていた。

 

 共和国のその後の情報に目を通して最も強く引かれたのはやはり遺跡のその後だろう。

 

 首都中央には核弾頭の一斉起爆時の巨大な亀裂が中央に六つ存在し、【六陣《ヘクサゴン》】と名付けられて、現在陸軍が周辺を埋め立て工事と同時に封鎖。

 

 更にその上の周辺を全て接収し、首都の軍事的要衝として大規模施設に再開発中らしい。

 

 共和国軍内部に潜入しているスパイとやらの情報が載っており、総統と中央特化大連隊総司令の意向により、地下遺跡内部は極めて危険な毒が噴出さぬよう完全密封。

 

 調査計画は立ち消えとなり、襲撃時に残された遺跡関連の兵装解析が先行しているようだ。

 

 新兵器や新設される複数の新兵科の兵装開発着手。

 

 獲得した車両技術の解析と模倣と導入による民間普及型の車両生産計画や機甲戦力の強化。

 

 また、公国側から供与された霊薬による新統合人類創生計画の発足。

 

 如何にもあの総統閣下がやりそうな多種多様な準備が着々と進められていた。

 

 公国とは少しずつ民間交流と人材交流を行いつつ、食料協定を締結。

 

 人的資源の増加を目的とした合同運営都市を旧国境付近に複数計画しているというが、それも今は対ポ連戦にリソースを全投入しているらしく、まだ山村が幾つか出来たくらいだという。

 

 また、空軍の新設という項目で思わず噴いたのは……しょうがないだろう。

 

 オルガン・ビーンズから掘り出した飛行船とポ連の輸送機の残骸や空母搭載型の制空戦闘機、爆撃機、公国の秘匿技術の開示により……急激な戦力化が図られた空軍は複葉機が中心ではあったが、現在日産で1機から2機、自前で製造しているらしい。

 

 魚醤連合内部で秘密裏に新設していた遺跡研究機関と軍事工場群が稼動した事により、着々と数を増やしているようだ。

 

 これを見れば、軍事研究施設を分散建設していた総統閣下の次善策が統合の襲撃を上回ったという事になるだろうか。

 

 輸送機と爆撃機は二ヵ月後には生産開始。

 

 それを稼動させる為にオイル協定諸国より内燃機関用の燃料抽出用重油の買い付けと軍事同盟の締結が急がれており、南部のカレー帝国では工作員達が日夜懐柔工作と融和工作に奔走しているとかいないとか。

 

 そこまではいい。

 

 そこまではいいのだが……何故か、空軍飛行船団総司令という項目に見知った総統閣下大好き美少女の名前が載っていた。

 

 詳しい経歴が記されているのだが、どうやらあの巨女と総統閣下がでっちあげたカシゲェニシ・ド・オリーブ伝説(自分で言ってても恥ずかしい……)の救国の英雄扱いな特殊部隊(虚偽満載過ぎる……)に所属していた事にされたようだ。

 

 副官扱いのポジションの功績(実際には何もして無い美少女が渋い顔をしているのが容易に想像出来る……)を讃えられ、プロバガンダの一環として総司令に就任させられたらしい。

 

 まぁ、未だ陸軍でも海軍でも現場で飛行戦力の脅威というのが殆ど認知されていない状態での就任だったので目立ってはいないのだろう。

 

 敵が空から来たから、新しい軍を新設しますと言ったところで容易にベテラン飛行気乗りが育つわけではないし、ドクトリンの開発とて過去の遺跡から掘り起こさなければ、0からとなる。

 

 まだ、空挺の威力を見せ付けられた事による陸軍の迅速な輸送や空挺兵科新設への尽力に目が行っている状態なようだ。

 

 敵地への侵攻に使う飛行船の拠点化などが焦点となっている時点で半ばお飾りなのは間違いない。

 

 高射砲の開発やら、防空戦闘に関するマニュアルの開発やら、半分以上は頭脳労働をする軍人や研究者のサポートが主な任務となっていた。

 

 自分の知らない間の少女達の活躍は他にもそれなりにあった。

 

 オリーブ教の聖女様とカレー帝国の元皇女殿下が共和国と公国の和平に奔走していたり。

 

 魚醤連合の艦隊総司令の娘が未だ不満燻る海軍統合に異を唱える祖国の軍人相手に大演説したり。

 

 それらを見ているだけで確かに自分がした事は無駄ではなかったと。

 

 涙が出そうになった。

 

 グッとそれを堪えながら、幾つもの情報を吟味して頭に叩き込み移動し続ける事、十数分。

 

「付きました。此処が我々【統合】のメイン居住区になります」

 

 辿り着いた場所で思わず上から硝子張りの壁に張り付くようにして見下ろさざるを得なかった。

 

 其処は少なくとも地下の底が遠い六角形状の縦穴とその周囲に複数の階層が折り重なる地下都市だった。

 

 その巨大さに思わず目を見張る。

 正しくアニメのSFにありがちだろう。

 外周の一辺が1kmはあるかもしれない。

 その穴の周囲に複数の各層からガラス張りの橋が渡っていた。

 

 人の数は多い。

 

 目に見える範囲でざっと合計したとしても、数千人規模。

 

 幾つか気付く事があるとすれば、それは彼らの大半が厳つい顔の男か。

 

 もしくは妙に見目麗しい少女や子供達だけという事だろうか。

 

 誰もが笑顔で傍らの相手に笑い合ったり、冗談を言った様子でじゃれあっていたり……少なくとも宗教というものと彼らの様子は脳裏で結び付かなかった。

 

 厳つい男達はモスグリーンの軍服姿だったり、ボディーアーマーらしい灰色の衣服を身に付けていたり。

 

 少女や子供達はテレビなどでなら覚えがあるような世界各地の民族衣装やアニメっぽい装束に漫画っぽいファンタジックだったり、スタイリッシュだったりと多種多様な装飾を身に付けている。

 

 人種は白人、黒人、ヒスパニック、アラブ、アジア、その他諸々と極めて多彩だが、その身に付けている衣装と肌の色や顔がチグハグに見えた。

 

 人種の混合によるものか。

 

 純然たる日本人的に言えば、黒人や白人が着物を着ているのを見た感覚と似ている。

 

(時間が経った……だけで語るにはきっと他にも色々知らない事があるんだろうな……)

 

 地下だと言うが天井があるにも関わらず。

 太陽光が壁一面から放たれているような陽気と明るさ。

 薄暗さは縦穴の底まで見えなかった。

 

「……みんな、楽しそうだな」

 

「ええ、我々は全ての宗派を受け入れた共同体。世俗派の末裔です……合理的ではない戒律、因習を排し、あらゆる教義の骨子は原理主義に陥らない運用を心掛けた。要は何事も()()にしたのですよ」

 

「その結果がコレか……」

 

「貴女のいた世界で我らの宗派がどのような扱いを受け、どのような問題を起こしていたのかは存じません。ですが、廃棄された教義には極めて解釈度の高い原理主義に陥り易いものが多数在ったと聞き及びます。ですから、我々は貴女が知っている古の人々とは違うかもしれません」

 

 振り返る。

 

 其処にいる似非た大人のコスプレ巫女装束姿な少女がニコリと微笑む。

 

 紅白の袴姿。

 なのに褌がチラチラ。

 

 ついでに金髪白人系と見えるのに顔はアジア……薄っすらと日本人的でもある。

 

 人種混合の結果か。

 それにしても美少女ぶりはかなりフラムに肉薄するだろう。

 

「本来なら寝起きの貴女をこうして連れ出す事は他宗派との合意に反しますが……私は見て欲しかった……この光景を貴女に……私達は少なくとも貴女の敵ではないという事を知って欲しかった……()()()()()()

 

「―――ッ」

 

 世界が轟音を立てたような錯覚。

 だが、顔には出さない。

 少なくともそんな事は出来ない。

 自分の正体。

 

 否、自分という存在の情報を相手に一つでも与えるのは危険。

 

 リスクが極めて大きいのだから。

 

「まだ、起きたばかりでお疲れでしょう。近くに部屋を用意させています。そちらでお休みを……警護の者を付けますので、この子達に何なりと申し付けて下さい」

 

『『『カシゲ・エミ様。よろしくお願い致します』』』

 

 金髪巫女と同じスタイルな赤髪、亜麻色、黒髪、肌は白、褐色、黒、顔はアジア系を基本としているのだろう少女達が声を揃えた。

 

 あの美幼女よりは年嵩だろうが、それにしても何かを任されるには少し幼くも見える。

 

「あ、ああ、よろしく……一つ訪ねていいか?」

「はい。何でしょうか?」

 

 金髪少女が笑顔で頷く。

 

「名前、教えてくれるか?」

「ぁ―――ッ~~~?!!」

 

 思わず、だろうか。

 金髪少女が頬を染めて恥じた様子になった。

 

「しゅ、宗導者になったのにこんな失態を……ぁぅ……申し訳ありません。どうやら舞い上がっていたようです」

 

 消え入りそうな声でそんな事を言う。

 愛らしいと思う一方。

 宗導者という言葉にまさかと気付く。

 

「神道を司る巫女。五派の代表をしております。アンジュ・バートン・ワン・テンノウズと申します。今までの非礼どうかご容赦を」

 

 深く頭を下げたアンジュと名乗る少女。

 その名前に「ああ」と思う。

 初めて現代的な文字列を聞いたな、と。

 

「分かった。じゃぁ、さっそく一つ用立ててくれないか?」

「はい。何でしょうか?」

「姿身を一枚頼む」

「スガタミ?」

「全身を映せる鏡だ。分かるか?」

「あ、ああ、鏡の事なのですね。分かりました。すぐに手配を」

 

 アンジュがすぐに懐から取り出した小型の端末に何やら文字を片手で打ち込んでいく。

 

(ブッ?!)

 

 思わず噴出しそうになったのは巫女服の内側がチラリどころか。

 

 普通に丸見えになったからだ。

 しっかりと膨らみが確認出来てしまった。

 

「どうか致しましたか? カシゲ様」

 

「……様は要らない。エミでいい。話し方も楽にしてくれ。そんな畏まられても、オレは偉くなんてないからな。記憶も朧だし、何か抜け落ちてる気もする……それより、その……胸元を隠して欲しいんだが……」

 

「?」

「いや、そんな不思議そうな顔されても」

 

 何が問題なのだろうと言わんばかりの顔をされた。

 

「……あ、あぁ、分かりました。古の方は貞操観念がとても強かったという聞いた事があります。欲情してしまったのですね。貴女達、慰めて差し上げて下さい」

 

『『『はい。アンジュ様』』』

 

 シュルリとこちらを囲んでいた三人の少女が一斉に巫女服の上を躊躇無く肌蹴て脱いだ。

 

「ちょ?! 待て!? 慰めなくていい!!? というか!? 貞操観念強いと思ったのなら、胸をしまうのが普通じゃないのか?!!」

 

「???」

 

 本当に何を言われたのか分からない様子でアンジュが小首を傾げ、周囲の少女達は疑問符を浮かべた様子でこちらを見つめてくる。

 

「………ええと、もしかしたら、ですが……まさか、古の時代には()()()は気軽に往来でするものではなかったのですか?」

 

 何やら物凄く難しい事を考えているような顔でアンジュが訊ねてくる。

 

「違うッッ?!! どんなエロ漫画常識だソレ?!!」

 

 こちらの言い分に何やら他の少女達が目を丸くしている。

 

 いや、この夢世界に来てから、少女は早熟、寿命のせいで十代前半には結婚して子供を産んでいるのが当たり前とか……そういう一般常識は教わったが、さすがに道の往来で子作りとか……明らかにこの夢世界の倫理からすら逸脱している。

 

「いえ、子作りは神聖な行為。全ての人に祝福してもらいながらというのが、【統合】での伝統であり、常識なものなので……ええと、窓際に寄っても何処かでしている様子が見えるのでは……ほら、あそ―――」

 

 ガシッと窓際に寄って指差そうとするアンジュの肩をこちらに無理やり向かせる。

 

「指差さなくていいから!! どっかのBなんたらOに持ち込まれる案件になるから!!? というか、マジで十八禁ギャグ展開はシリアスが死ぬから止めろ!!?」

 

「??!」

 

 きっと、この地下都市の人々の常識からすれば、こちらの言い分は意味不明だろう。

 

 だが、それにしても守っていたい最後の砦というのはあったりする。

 

 自分が何処かの沼男《スワンプマン》よろしくカシゲ・エニシのコピーや地下で起爆した核に焼かれた男のコピーだったりするとしてもだ。

 

「ぁ……その……まだ詳しく古の常識を知らないもので……混乱させてしまったのなら、謝ります……エミ様……ぁ、いえ……エ、エミ?」

 

「ぅ……」

 

 そのちょっと涙目ながらも恥ずかしさに身を捩りながら股間を擦り合わせ、モジモジしつつこちらを見上げてくる金髪少女の様子に思わず……いや、生理的にそうしようがないのだとしても、ちょっとグッと来た。

 

 いや、此処は来ちゃダメなシーンのはずだと自分に言い聞かせてみるものの。

 

 自分も起き上がってからこっち情報整理に忙しく。

 

 身体の状態も把握していなかったので、何がどうなっているのかまだ分からない。

 

 この動悸が節操の無い男特有のものなのか。

 

 それとも単に身体が未だカシゲ・エニシの人格にフィットしていない故のものなのか。

 

 理解出来ずとも、何とか自分を落ち着け、そっと肩から手を離す。

 

「わ、悪かった……興奮し過ぎたな。何だか感情の起伏が……ちょっと休ませてくれ」

 

「は、はぃ。その……肩を掴んで頂けて、私も……少し興奮してしまいました……エミのような顔で髪が黒、肌が白の方は【統合】には少数で……神道にとっては神聖なものですから……」

 

「へ?」

 

「子作りしたくなったら、いつでもこの子達にしてあげて下さい。皆、慶びます」

 

 ようやく自分の姿が微妙にこの場所ではレアなのだと気付く。

 

 基本、遺伝子的にごった煮なのだ。

 

 神道にとって純日本人の容姿というのは稀少なものなのかもしれない。

 

 まぁ、それが何故かピンク色展開されてしまう摩訶不思議さはあるものの。

 

 何となく。

 

 本当に感覚でこの場所がどういうものなのかが朧げながらも理解出来てきた。

 

「色々と知りたい事があったら、渡した端末を見て下されば、大体は検索出来るかと。私はこれから会議の方に顔を出さねばならないので、これで……あ、後でお菓子を持っていきますね。エミ」

 

 ちょっとだけ潤んだ瞳で艶やかに微笑まれ、心臓が高鳴る。

 ああ、ヲタクは美人と美少女に弱いなぁと。

 

 自覚はあるのだが、今まで美人、美少女から……かなり過激な目に合わされてきたので、どっちかというとこういう直接的な生々しい下半身事情込みなのだろう純粋な好意は新鮮に違いなかった。

 

「では、失礼しますね……ちゅ」

「?!!」

 

 唇だった。

 ド直球だった。

 ついでに良い香りが―――。

 

「ぁ……これも古とは違い、ますか?」

「回答は控えさせて貰う」

「……はぃ」

 

 アンジュが少しだけ妖艶に流し目を送ってきて、そのまま静々と廊下の先へと歩いていく。

 

 貞操観念低過ぎ。

 美少女多過ぎ。

 後、此処の常識作った奴出て来い。

 

 大体、三つの感情に支配されながら、何とか溜息を一回で済ます。

 

「……そろそろ、胸しまってくれ。頼むから……」

 

『『『はい。エミ様。お触りになる時は股間からでよろしいですか?』』』

 

―――どうやらこのピンク色な世界から当分抜け出せそうにない事だけは……その何も分かって無さそうな少し媚びた様子によって理解するしかなかった。


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