ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第115話「終局の淵」

 世界から色が失われていく。

 暗く暗く全てが暗黒に飲まれていく。

 

 落下し、全身のバネを使って四肢で着地時の衝撃を軽減。

 

 30m近くを落下した先で石棺を後ろに辿り着いた其処にもう【統合《バレル》】側の兵隊は一人も残っていなかった。

 

 辺りに散乱するのはNVの成れ果てばかり。

 粘着質の何かが床一面を汚し。

 破片がドーム状の空間のあちこちに刺さっている。

 もう片方の出入り口とほぼ同じ造りではあるが、状態はまるで違う。

 

 中央に開いた大きな穴からは羽毛が噴出し、周囲の地面を少しずつ漆黒に染め上げていた。

 

 盛り上がり、外側へと亀裂が入る奈落への片道。

 

 周辺の足場が崩れそうな事を考慮しても、長くは持ち堪えられないだろう。

 

 石棺を引いて淵にようやく辿り着く。

 もう一度地震が来る前にと。

 躊躇無く柩を蹴り落とした。

 壁面にブチ辺りながら無音の中をオカルトの塊が墜ちていく。

 そうして、たぶんは60秒。

 自由落下なら辿り着いた頃合だと沈黙しながら待つ。

 完全に内部へと落下した事は間違いないはずだ。

 

 これでもし再び外へ出ようと化け物が暴れているならば、原因は石棺ではない事になる。

 

 待って、待って、待って……前と同じように壁面のディスプレイを見つけようと踵を返して5秒後。

 

 これまでで最大の激震が周囲を襲った。

 

「?!」

 

 何かが、来る。

 壁際に後退してブレードを展開しながらソレを待つ。

 

 ゴボッ。

 

 音がしたなら、確実にそんな管から詰まった肉が出てくるような、おぞましいものだろうと。

 

 内部から出てきたソレを見つめる。

 

 周囲が完全な闇に包まれるかとも思ったが、そんな事はなく。

 

 どうやら羽毛を道すがら殆ど剥ぎ取られたのだろう相手は巨躯をこちらに向ける。

 

 ソレは……黒い靄に包まれ、首を擡げる蛇に見えた。

 

 穴の直径から考えて太さは10m超。

 正しく怪獣。

 勿論、人類へ友好的な感じには見えない。

 こちらを凝視している、はずだ。

 首がこちらを向いているのだから。

 しかし、そんな気配は感じられない。

 

 そう、あらゆる波を吸収する輩からは何も伝わってこない。

 

 生物特有の気配というやつがない。

 敵と認識されたか。

 少しだけ顎が揺れた刹那。

 咄嗟の回避も間に合わず。

 左半身がソレの突撃で強打された。

 吹き飛ばされる流れに逆らわず。

 背後へと跳んで威力を殺す。

 が、気付いた。

 左半身が言う事を利かない。

 

「ッッ??!」

 

 その理由は単純だ。

 黒い羽毛が無数に突き刺さっていた。

 ソレが体内からも“波”を奪っているのだ。

 

 あらゆる媒質から波を奪い去るという事は生命活動に必要な多種多様な状態が崩壊するという事。

 

 直接的に肉体を停止させられる可能性は極めて高い。

 

 次の一撃は避け切れないかと。

 ブレードを正面に向けようとした途端。

 蛇の一部から噴出した触手。

 

 いや、羽毛だろうものが一斉にブレードを本流に飲み込み、弾き飛ばした。

 

 ゴキリッと手首が砕ける。

 

 強靭になっているはずの肉体を壊すというのだから、相当な圧力なのだろう。

 

 無論、手にはもう羽毛が突き刺さっていた。

 追撃されれば、それでお終い。

 呆気ない。

 さすが怪獣。

 そう感心する自分は狂人か。

 背後の壁に激突し、めり込み。

 肺から空気を吐き出すよう強制され。

 ジワジワと感覚を奪っていく羽毛に苦笑しながら、思う。

 これが外に出たら大事だろうと。

 

 レールガンの類なら利くのだろうが、黒い羽毛が大量に散らばれば、それだけで周辺区画はこいつの領域……倒し切れるかどうかは実に妖しい。

 

 ブレードを弾き飛ばしたところからして知恵はあるのだ。

 身体の一部を犠牲にして本体が後から出てくるというのも考えられる。

 

「悪いな。目覚ましを掛けといたのはこっちなのにまたずっと眠っててくれってのは調子が良過ぎるよな」

 

 最後のブレードは少なくとも4m先。

 

 約10mまで延長されていたが、柄の部分が壊れて、まともに振れない。

 

 こちらの腕は既に力が入らず。

 半身から生命維持機能がゆっくりと停止していく最中。

 さて、どうしようかと悩むまでもない。

 死ぬと分かっている。

 そう、普通ならば、それでお終いだろう。

 

「でも、二度寝くらいはいいと思うぞ。ぶっちゃけ、気持ちいいし」

 

 蛇が知能を有しているかどうかは議論の余地がある。

 

 しかし、此処で重要なのはそういう冗談を言える自分の精神状態だ。

 

 いつでも深刻に受け止め過ぎるのは悪い癖だ。

 

 そう、美幼女に教えられたのだから、どうにかしようとヘラヘラしてみるのも悪くない。

 

「じゃあ、な」

 

 蛇がもう抵抗はないだろうと考えてか。

 突撃してくる。

 その速度はさすがに迅速。

 追突されれば、確実に血の染みだろう。

 

「―――」

 

 もう一本腕が在ればと。

 そう願うなら、そうする事が出来るはずだ。

 帝国の一件の時。

 初めて認識した己の変異。

 肉紐。

 そうだ。

 NINJIN城砦の敵もまた遺跡の遺物だった。

 あの日、狙撃で死んだ自分が生き返った理由。

 それはきっと遺跡の力だった。

 ならば、その力とやらは何だったのか?

 答えは単純だ。

 死んだ自分が力を受け取る事で蘇った。

 再生。

 そして、増殖。

 

「―――」

 

 刹那が加速する。

 

 腕の一部から高速で伸びた桜色の紐が刃を飲み込むようにして滑らかな紅の剣身と化した。

 

 ソレの下部から紐が伸び。

 

 ビキビキと床を罅割れさせながら突き刺さり。

 

 ゴムのように伸縮する。

 

 刃とは反対方向に伸びた肉紐は壁際に伸びて吸い付き。

 

 地面の肉紐をギチギチと引き伸ばしながら刃を引っ張って。

 

 最後には壁から離れた。

 同時に床の紐も抜ける。

 言わば、弓だ。

 矢ではなく刃を発射する弓。

 高速突撃してくる蛇がこちらの動きを察知したか。

 刃を迎撃しようと動きを止め―――させない。

 羽毛だらけにされた腕はもう変化を終えている。

 腕が千切れても構わないと。

 団扇状に肉紐で形を変えた腕を真横に渾身の力で振り抜く。

 

 突風。

 

 それが羽毛と同時に相手の感覚器官を阻害する。

 

 ほんの一瞬だ。

 

 何処にそれが付いているのかも分からないが、確かに一瞬だけ……相手は刃を見失う。

 

 1秒後。

 刃は相手を通り過ぎた。

 傾げた蛇の胴体がズレ落ちる。

 

「やっぱりか……音も光も無く。感触すら体表では感じられないはずの生物が何で相手を識別してたのか……臭いだった、と」

 

 突撃中の身体が横の壁に追突して、止まった。

 ジュルジュルと戻ってきた肉紐。

 触手が形を失って体から離れて干乾びる。

 

「あのオルガン・ビーンズでオレは……」

 

 記憶は戻った。

 だが、感傷に浸っているわけにもいかない。

 新たな触手を腕の端から再形成して全身の羽毛を払う。

 羽毛塗れの紐はその都度破棄。

 そうして、数秒で身体の自由が戻った。

 半身へのダメージは2分もすれば回復するだろう。

 ディスプレイを探そうと壁際を振り返ると。

 真後ろにソレはあった。

 

 もう既に稼動状態になっており、デスクトップが立ち上がっている。

 

 覗き込んで固まった。

 顔が引き攣ったのも無理は無い。

 

 其処にはカウントダウンらしき数字が表示されたバーが刻一刻と0に向かってゆく最中。

 

「何の表示だ!!」

 

 言ってみても反応はない。

 それもそうだろう。

 

 先程から声を出しても自分で聞こえているのは頭蓋が振動しているからだ。

 

 実際には1m手前の音だって聞こえてはいない。

 バーをクリックすると。

 瞬時に文字化けした表示が垂れ流された。

 

―――最終防―――ラ―――SC――小型――術核―――中性子型。

 

「ッッッ、ここまで来て!? オレのせいでみんな死ぬってのか!!?」

 

 喚いたのも仕方ない。

 

 たぶんは最終防衛ラインである化け物達の死をキーとして発動する小型戦術核。

 

 それもコンパクトにしたから、その分生物への致死性高めでいいよね?という道連れ自爆攻撃。

 

 委員会は最後の最後までロクなものではなかったらしい。

 

 数千年単位の時間が流れているらしい遺跡内部のソレが起爆出来るのかどうかは分からない。

 

 だが、自動でメンテナンスをする機械がありふれていた時代だったとすれば、今も稼動している可能性は非常に高いのだ。

 

「場所はッ!!」

 

 ヘルプに核の場所を尋ねてみる。

 すると、すぐにマップが表示された。

 其処はあの黒い政庁だった。

 地下埋設式らしい。

 だが、そんなのは関係ない。

 

 中性子爆弾とやらは基本的に地下埋設されていようが関係なく効果範囲内の生物を殺傷する。

 

 核爆弾の中でも正に最悪の代物なのだ。

 タイムリミットは30分。

 だが、効果範囲の桁を見て笑うしかなかった。

 

 100km。

 

 その圏内の生物は全て死滅するしかない。

 核自体の威力は然程でもないだろう。

 

 戦術核レベルであるならば、地下都市を崩壊させるくらいで済むかもしれない。

 

 中性子爆弾というのが核物質を反応させ切る仕組みであり、威力が通常の核よりも低いという性質を持つ事からも直接的な熱量や爆発での被害はそう出ないだろう。

 

 だが、放出される中性子線は生物の細胞を即座に崩壊させ、蛋白質の汚泥に変える。

 

 正しく共和国首都は生物が死滅した死の都と化す。

 

「止める方法は……ああ、勿論無いんだよな。分かってるよ」

 

 該当項目無し。

 関係項目を浚って見るもののまるで成果無し。

 

 だが、不意に思い付いた項目を検索するとヒットした。

 

 文字化けは酷いが、それでも読める部分を何とか繋ぎ合せて結論を導き出す。

 

「……やってやれない事は無いか……」

 

 横の今も黒々と光を拒絶するソレを見詰める。

 

「二度寝中で悪いが、もう少し付き合ってもらうぞ」

 

 物言わぬ骸は何も語らず。

 

「此処風に言うなら人類救済の為に是非ご協力下さい、ってところか。全部終わったら、ちゃんと墓ぐらいは建ててやる」

 

 全身から肉紐を立ち上げる。

 

「だから―――お前を寄越せッ!!!」

 

 起爆まで29分32秒。

 

 時間との勝負が始まった。


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