ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
運命の車輪を回す女神。
何処かで聞いた名前が思い出せない。
少なくとも、この状況では罵倒すべきだろう。
空中回廊の行く手の一角が50m程崩落していた。
理由は何となく分かる。
天井の岩盤が今も僅かにパラパラと落ちていた。
あの黒い人型とNVの戦闘で出鱈目に放たれたレールガンの一発が運悪く直撃したのだろう。
「……ルートを一端地上に移して、もう一度上がるしかない」
即座に背後のヒルコが腕で次の一番近い昇降機を指差した。
1km程後ろだ。
話している時間も惜しいと再び全員で戻り、昇降機を起動。
地表の足元に羽毛が充満する場所まで降りる。
(この羽毛。そう言えば、大丈夫なのか?)
もう既に音は聞こえない。
僅かに羽毛を手に取って、軽く握ると痛みが奔った。
手を見れば、薄っすらと肌が切れた跡。
その手をバナナと百合音に見せて、外套や上着を頭から被るよう促す。
こちらもフードを被って外套をキッチリと襟元まで閉じ走り出す。
羽毛を舞い上げながらの爆走。
無音の世界ではもう戦闘が終わったのかどうか確認しようがない。
数秒毎にヒルコを後方に確認しつつ。
次の繋がっている昇降機へ辿り着くまで約3km。
こちらの全力疾走とヒルコの爆走なら……数分の距離だったが、それにしてもいつ背後に敵が迫ってくるか気が気ではない。
それでも何とか昇降機まで辿り着いたのは運が良かったと言うべきか。
パネル操作で再び空中回廊へ戻ると。
遠方で未だ戦闘が続いているらしく。
火の手が見えた。
「まだ戦ってるな。今の内だ。急ぐぞ」
余計な会話は危機を脱してからでいいとまた走り出して5分、10分。
ようやく元来た岩壁まで戻ってくる。
来た時のまま。
未だに地表へと戻る昇降機は動いていない。
横のディスプレイに向かうとコード入力用のバーが現れており、ヒルコが一人で文字列を押し、昇降機内部へ急いで戻ってくる。
それと同時に上昇が始まった。
「何とか、なったか?」
「分からぬぞよ。もしかしたら、もう一つの出入り口が閉じていない可能性もある」
「エニシ殿のおかげで殆どおんぶにだっこだったでござるなぁ……某の“あいでんててー”が危機に陥っておるような気が……」
「ウチは羽毛数枚ゲットしただけやな。ああ、お宝の山は見果てぬ夢やった……」
三者三様。
其々に軽口を叩ける程度には安堵感が周囲に広がる。
下を覗き込めば、次々に横からスライドする隔壁らしきものが全てを封鎖していた。
だが、それで全て終わったわけではない。
上に敵が待ち構えているかもしれないし、ガトーがどうなったかも分からないのだ。
例え、ヒルコの霊薬の一件が何とかなったとしても、まだ都市に陣取る教団嫌いなカルトがどう出てくるのかまるで分からない。
「オイ。今までの経緯は黒猫ボディーの方に伝えられてるか?」
「今、復帰しておる。ふむ……今から要らぬ部分は省いてあの巨女に説明するぞよ。前以て即応部隊を近くに待機させるよう交渉しておったが、そちらは問題ないようじゃな。説明に4分時間を貰う。む? 事態が動いておるぞよ!?」
「どうなってる?」
「どうやら、魚群が動いて地表付近まで降下。もう一つの出口の方に戦力が集結しておるらしい……?……マズイ……連中、まさか?!!」
「オイ!? その不吉そうな声は何なんだよ!?」
ヒルコが片手で顔半分を覆った。
「奴ら入り口を爆破する気じゃ……地中貫通用の大型爆弾じゃったか。ワシの情報にもある遺跡の力がザックリ12個。魚群に吊り下げられておる」
「バンカーバスターか?!! 共和国にも【統合《バレル》】にもあんな遺跡渡せないってのに!? あの怪獣が出てきたら文明崩壊級の非常事態なんだぞ!?」
「ワシにそんな事言われてものう……」
「ウチはガトーと一緒に実家へ帰らせてもら―――」
バナナがザックリ逃げ出します宣言を終える前にガシッと肩を掴む。
「文明滅んだら、お前らだって今の生活してられなくなるのは分かるよな?」
「……ウチらにあんま期待せんといて。これでも傭兵以上の仕事は出来ん」
「なら、傭兵らしい仕事をしてもらおうか。アンタらが安全な状態で出来る仕事なら此処に山程ある」
「拒否権は?」
「人類文明の再焦土化と緩慢に衰滅して最後に死ぬ権利が欲しけりゃ、好きにしろ」
バナナがゲッソリした顔になる。
「はぁ……ウチも結構な時間生きてきたさかい。分かるんやけどな? アレはごっついキツイでぇ……いやぁ、ウン……後で仰山請求させてもらうからな?」
「共和国内で調達出来るもんだったら、大抵は揃えてやる」
「交渉成立や。とりあえずはあのお魚の群れを落とせばええんやろ?」
「ああ、そういうことだ。そっちの方はどうなってる?」
ヒルコに訊ねると。
すぐに頷きが帰ってくる。
「非常事態を伝えたぞよ。とりあえず、もう一度原始文明からやり直すか。今から虎の子の機甲戦力と狙撃部隊を全部吐き出すかの二択と伝えた。勿論のように答えは聞いておらん」
黒猫に脅される巨女。
後でまた火種になりそうだなと思いつつも今はありがたかった。
「そろそろ付くでござるよエニシ殿。準備を」
「ああ」
全員で身構えながらドーム内へと出た瞬間。
――――――。
一瞬、其処が同じ場所とは思えなくなった。
あちこちの壁が完全に煤け、爆発の後らしき跡が散見される。
ついでに山のような機械の残骸が至る所で火花と炎と煙を上げ、今壊されたばかりと言わんばかりに燻っていたからだ。
『帰ったか。連中、歯応えが無さ過ぎて逃げるまでも無かったぞ』
その瓦礫の中からヒョイヒョイと装備らしきものを拾い上げては自分の横に積んでいる小型NV……ガトーが何でも無さそうな声で出迎えた。
「いやぁ、ウチの相棒は凶暴やでぇ」
『お前程じゃない』
黒鳩。
その怖ろしさを身を持って味わうかもしれなかった身の上的に……コックピットを一撃で潰されている連中には憐憫こそなかったが、同情は出来た。
「あんなぁ。どうやら、ウチらけったいな事に巻き込まれたようやで」
『……後で泣かす。絶対、泣かす』
「あはは。ホント、ガトーダイミョージン様々やで~~♪」
相棒からの要望にそう応えた鋼の傭兵がレールガンの動作を確認しつつ、溜息を吐いた。
「今から作戦を練る。鹵獲兵器も使っての総力戦だ。そっちに異論は?」
ヒルコが首を横に振る。
「エニシ殿はホント巻き込まれ体質でござるなー(棒)」
「もう慣れた。後、他人に言われると腹が立つ」
拳骨で眉間を左右からゴリゴリやると悲鳴を上げて、よくこちらを大小問わず事件に巻き込む張本人はクッタリ項垂れた。
「さて、当分はこっちに敵が来ないと見ていい。軽く作戦会議。その後はあっちが行動に移るより先に仕掛けをしなきゃならない。早さが命だ。此処からはマキで行くぞ」
此処に集まった全員の節操の無さは折り紙付き。
実力は申し分ない。
後はただ素人でも思い付くような作戦が相手に通じるかどうか。
脳裏に思い浮かんだプランを検証しながら、口を開く。
この都市を……今の自分の家を守る程度はやってみせる。
握り締めた拳の熱さは確かに一歩前に踏み出すだけの力をくれたのだった。