ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第100話「黒米の鳩」

「なぁ、コレってどうなってると思う?」

 

 モグモグ。

 

 黒いおにぎりを面倒そうに咀嚼するやる気無さげな黒尽くめ。

 

 写真で見た時はもう少し締まりのある顔をしていたように思うのだが……その黒鳩と呼ばれる青年?は隣の少女に聞いた後。

 

 普通の軍用車両としか思えないオフロードカーの荷台でボリボリと沢庵らしきものを齧った。

 

「せやなぁ。あれや。あれ」

「あれって何だ?」

「だから、あれやって」

「あれ?」

「そうそう。あれ」

「そうか。あれか」

「うん。あれや」

「わかった。ドッペ―――」

「何でドッペルゲンガーやねん!? 明らかに偽者やろ」

 

 ビシッと片手でツッコミを入れた関西チックな話方の少女がツルリと髪の毛一本生えていない頭部をテカらせながら、サイドボードをガサゴソと漁り始め、何やらファイルを取り出した。

 

 吊り目だが、愛嬌のある雀斑の残る童顔。

 身長は男より幾分か低いものの。

 十分にナイスバデーと言うべきだろう。

 たぶんは15歳かそこら。

 しかし、軍服を着ている事。

 

 頭部及び眉毛が普通の少女には在り得ないツルツル加減である事。

 

 また、明らかに敵だと分かっている相手を前にして余裕をかましている時点で只者ではないだろう(無論、只者ではないに違いない)。

 

「え~~っと、えっと、ほら、確か、この~~~そう!! この343頁辺りに!!」

 

 夕暮れ時も近い午後三時過ぎ。

 工事前線で一日過ごした後。

 彼らはやってきた。

 何やらエンスト寸前にも見える車両でトロトロと。

 どうやら熱にやられたらしい。

 

 数時間前に物資集積所からカーツコッフが寄越した情報が確かなら、この炎天下をずっと走り続けていた事になる。

 

 水筒の類を提げていないという時点で通常の人間には思えないし、黒尽くめが汗一つ掻いていないのを見れば、不自然さは半端無い。

 

「ほら、あったで!! え~~お前の名前はバッキー・バーバーや!!」

 

「違います」

「ほら、合って―――え、違うん?!」

 

 驚愕した少女が再びファイルに目を通すものの。

 う~~んと首を捻る。

 

「ちなみにアンタ、何処のどちらさんなん?」

「取り合えず。其処の黒いのを誘拐しに来た者だ」

「アンタのせいかい?!」

 

 バシーンと何処からか取り出されたハリセンが唸りを上げる。

 その妙に使い古されていそうな紙の束は煤けているやら、銃弾の穴らしきものまで見えた。

 

「せやなぁ~~すんごぉぉぉく怨みは買いまくってるんやろうけど、誘拐? 誘拐なぁ~~それって実際、何処の国の差し金なん?」

 

「仲間が人質に取られてて。そこの黒いのを連れて行かないとならなくなった」

 

「ははぁ~~つまり、アレやな!! 此処は正義の味方がババッと出向いて解決してやるってのが王道やな。漫画的には」

 

「お前が正義の味方とか鼻で笑うどころか。臍で茶が沸くな」

 

「ははは、照れるわ~~って、茶なんか沸かんがな?!!」

 

 握り飯を食べ終えた黒尽くめがおもむろに少女を遠回しに罵倒しつつ、車外に出てくる。

 

「陣地は沈黙してるし。兵隊も来ない? 観測はしてる……寝返った? いや、それにしては平静……本当にオレ達へ成りすましたのか。賢い……オレの相棒より」

 

 工事前線とは数kmの距離があるのだが、どうやら見えているらしい。

 

「最後の余計やろ?! 何サラッと自分の相棒ディスってるん?!!」

 

 何やら気の抜ける事この上ない遣り取り。

 

 しかし、相手が車両の前に立った時点で今までのやる気の無さが嘘のように威圧感が襲ってくる。

 

 何と言うか。

 表情も読めなければ、感情も読めない。

 

 その平静な瞳には……少なくとも観察している以上のものが見えなかった。

 

 荒野を吹き抜ける風に埃が舞えば、一瞬目を閉じた刹那、死んでいるようにも思えて……瞬きすらも出来ず。

 

「旧世界者《プリカッサー》にしては目も曇ってない? いつ起動した? 何世代だ?」

 

 黒尽くめの質問は文字通り。

 

 こちらの事を大抵見透かして吐かれたのは分かったのだが、それにしても遺跡関連の連中は何世代目とか訊くのが好きなようだ。

 

 それだけ挨拶的な慣習になっているのだろうが、それにしても暢気にも思える。

 

「悪いがそういうのは無いんだ。単なる遺跡の発掘品らしくてな」

 

「記憶が無い? いや、それにしては受け答えが……オイ。バナナ……あそこの陣地の連中、処分しておけ。こっちはオレがやっておく」

 

「はぁぁ? めっちゃ、胸糞やん!? そういうのは自分でやるべきやろ!? ウチはガス室や解剖室専門なんよ? 研究部門みたいに弄ぶのは性に合わんし、自動で楽々が一番や!!」

 

「―――」

 

 ああ、と。

 一瞬。

 本当に一瞬。

 

 話したら意思疎通出来る“人間”なのではないかと期待したのは愚かだったらしい。

 

「やっぱ、無理やり連れてくわ。取り合えず、アンタも一緒に」

 

「え? ウ、ウチも?! う、薄い本展開やん!? きゃ~~♪ オカサレルゥ~~~♪」

 

 ふざけている様子は普通の少女?のように見えるのだから、旧世界者というのもピンキリだろう。

 

 例え、悪党や陰謀をニッコリやっていそうなケロイド男でも、人をザックリ処分やガス室送りにするとか言い出したりはしない、はずだ。

 

 少なくとも、話が通じる“悪人”と話の通じる“狂人”では確実に後者の方がマズイ。

 

 狂人は常人にも見えるし、悪人と違って何よりも何処に人格的な破綻があるか見え難い。

 

 笑い合って話していたら、いつの間にか死んでいる、という死に方をしたくないなら、どっちかと友達になるなら、確実に前者がいい。

 

 普通に銃口を向けてくれる悪人の方が分かり易いし、納得出来るかどうかは別にしてもその理由はきっと理解可能なはずだ。

 

 あのケロイド男は確実に悪人の類だろう。

 それは今回の一件に首を突っ込んでいる事からも分かる。

 

 しかし、それでも軽々しく命で遊んだり、ふざけたりはしなかった。

 

 あくまで其処に重さがあると理解していた。

 しかし、目の前の相手はソレが無い。

 ふざけた会話の中で決まってしまうくらいにはどうでもいいのだ。

 

「通称で呼ばれる事も多いが、オレの名はガトー。ガトー・ショコラだ」

 

「……はぁぁ、名乗りたい気分でも無いし、初めていいか?」

 

「無論だ。その頭部、貰い受ける。本部でコードを照会させてもらおう。ついでに細胞のサンプルも」

 

 ガトーと名乗った相手が腰から黒いオートマチックを引き抜くより先に鉄杭をスナップを利かせながら投げる。

 

 カレー帝国でジンジャーの動きは真直で見ていた。

 それが役に立った形だ。

 

 あちらは引き金を引く動作が余計に掛かるが、こちらは投げる動作だけでいい。

 

 ヒュッと今の肉体が出せるだけの速度で杭が剥き出しの喉元。

 動脈へと迫る。

 しかし、ソレは予想通り。

 

 相手の半身にした回避動作で避けられ、引き抜かれた銃がイヨイヨ撃たれるという段になって、相手の喉元をもう刃が擦り抜けていた。

 

 一瞬後、ズルリと首が回るようにして落ちる。

 

「な?! ガトー?! 何最初っから死んどるん?! ウチ、非戦闘型なんよ!?」

 

 驚愕。

 

 バナナと呼ばれた関西弁ガス室少女の声に一瞬、本当に一瞬だけ、感謝した。

 

 刹那、銃弾がこちらの脇を通り過ぎていく。

 何とか横に跳んで回避したのだ。

 ダラダラと冷や汗が流れている背中が緊張で僅かに強張る。

 

「チッ、お前のせいだぞ。バナナ」

 

 首が、空飛ぶ麺類教団謹製のカッターブレードの刃で跳んだはずの相手が、喋る。

 

 危なかったというのが本音だ。

 何死んでるんだと死体に聞く馬鹿はいない。

 

 少なくとも、その声に本当の危機感が無かった時点で、相手が死んでいないのは必定。

 

 その理由は見れば分かる。

 パチパチと鎖骨の辺りの断面から火花が出ていた。

 

 鉄杭に人の眼球ではほぼ視認出来ない糸で括り付けたブレードは確かに並みの金属なら切断出来ると証明されたわけだ。

 

 が、それにしても予想外過ぎる。

 

 いや、いつかはそういうのも来るだろうとは思っていたが、まさかソレが、ロボが、今回の目標だとは。

 

 相手にこれ以上何もさせるべきではないと腰のブレードを振り抜き。

 

 4m弱の距離を伸びた刃で一閃した。

 それに満足せず。

 撓りを利用して数回を振り終える。

 途端、相手の身体はバラバラに崩れ落ち。

 

 内部の筋肉のようにも見える黒い靭帯状の物体やら骨のようにも見える金属の棒やらが露出。

 

 ヌラヌラと光る透明な液体と共に断面を晒した。

 

(本来なら、何かで弾くかと思ってたんだが……武装が予想外に強くなってたな……オレの身体もかなり……)

 

 本来は不意打ち用の暗器だ。

 それも腕や足を飛ばす予定で仕込んでいた代物。

 

 百合音が持っていた見えない糸と、空飛ぶ麺類教団の何でも切れるブレードと、単なる鉄杭という三つの道具を組み合わせた在り合わせ。

 

 相手が予想外に屑過ぎる発言をしていたとはいえ。

 その強さがハッキリと感じられていたとはいえ。

 

 それでも簡単に相手の首を反射的に落としてしまった事の方が……そちらの方が余程……相手がロボット、マシーンであった事よりも……衝撃だった。

 

「はぁ……」

 

 予想外の伸びたブレードの柄の根元にあるボタンを押し込む。

 

 するとすぐにブレードが内部に戻っていった。

 

 どうやらブレードの継ぎ目を瞬間的に接着、凝固、融解させる凝固剤や溶剤、その他の仕組みが入っているようなのだが、傍目に見ると長過ぎる刃を柄内部に納める手品の類にしか見えない。

 

 すぐに移動して、黒鳩の髪を掴み首を持ち上げ。

 懐から取り出した拳銃を少女に向ける。

 

「ホールドアップしろってやつだ」

 

「アンタ……凄いなぁ……初めてやわ。ガトーが不意打ちで負けたの……そのブレード……あの変態妖精共のやない?」

 

「……これ以上は情報もやれない。大人しく付いて来るなら、危害は加えない………」

 

「?」

 

 一瞬、言い淀んだものの。

 相手の危険性から考えるにこうする以外は無いだろう。

 

「脱げ。下着も靴も全部だ。全部脱いだら、車両の後ろに掛けてある外套をくまなくこっちに広げて見せてから羽織れ」

 

「きゃ~~~ウチ、オカサレテマウ~~~」

 

 人道主義的にいきたい所だが、相棒が首一つになったというのに驚く以上の感情も浮かべない相手に対して油断なんて出来るはずも無かった。

 

 テキパキと服を脱いだバナナは歳相応の身体をしていたものの、何も見に付けていない。

 

 回らせてから外套を広げさせ、すぐ身に付けさせる。

 

「そいつの残骸に近付くな。運転出来るな? 向かう先を指示する。大人しく乗ってもらおう」

 

「あいあい。いや~~久しぶりにええもん見せて貰ったわ。ふふ、その上、あんなモドキ共の為に戦う高潔さ。良い時代の生まれなんやね。アンタ」

 

「モドキ? いいから、さっさと運転だ」

 

 鍵を回してペダルを踏んだバナナがこちらの指示通りに走行を始める。

 

 と、言っても時速40kmくらいだ。

 やはり、調子が悪いらしい。

 これならば、何処かで乗り換えるべきだろうとは思うものの。

 片手に持っている首から目を離すわけにもいかない。

 

 チラリと顔を覗き込めば、またやる気無さげに瞳が横に逸らされた。

 

「………」

 

 そこでようやく耳元のインカムに音声通信が入る。

 工事前線で馬車に乗っていた相手。

 百合音の片方からだ。

 

『いや~~女《おなご》を引ん剥くとか。A殿も板に付いて来たでござるな~~』

 

 もしもの為、名前は禁止。

 

 重要情報でも作戦中は通信に乗せないようにと言っていたので名前はAとYという事になっている。

 

「Yか。悪いが、こいつがロボだったのは見たな? 無線を垂れ流されている可能性もある。ただちに合流地点に馬を持ってきてくれ。そのまま回収して帰還する」

 

『了解でござる。それにしても、ロボというのでござるか? その偽者は』

 

「ああ、どんなギミックが仕込んであるか知らないが、回収先の乗り物がこいつのせいで位置を特定される可能性もある。もしもとなったら、壊……殺すしかなくなる。そこは考えておいてくれ」

 

『うむ。では、次の合流ポイントで』

 

「チッ」

 

 首を見るが、今舌打ちしたとは思えない様子でやる気無さげな顔をしている。

 

「……悪いが途中でお前を殺した方が良さそうだ。まだGPS機能が生きてるな?」

 

「まさか、オレ達より旧い世代とは……原初期の人間でも無ければ、ここまで知識による対処能力は無いはずだが……」

 

「原初期?」

 

「知らないフリか。まぁ、いい。何処へだろうと連れて行け。途中で粉々になるかもしれないが」

 

「誘導弾《ミサイル》の類まであるのか……ああ、クソ……オイ!! ええと、バナナだったか?」

 

「ん? ウチに何かヨーですか? 偽者さん」

 

「こいつの電源の切り方を教えろ。それかGPS機能の位置を教えろ」

 

「ええと、確か旋毛から右脳側のこめかみに掛けて3cm辺りの頭蓋裏にGPSがあったような?」

 

「後で絶対、泣かせる。このダメ相棒……」

 

 生首?がゲロった少女に白い目を向ける。

 

「あはは、ウチこれでも命乞いする屑って評判なんやで。知っとるやろ。それにこの人に嘘は通じんよ。いざとなったらデータ消されるで? 電源落とされてた方が幾分マシやろ」

 

「……総帥に後で報告する」

 

「報告出来ればええなぁ。鳴かぬ鳩会には随分と世話になったもんやが、ここらが潮時かもしれん」

 

「………」

 

 二人の遣り取りを聞きつつ、言われた通りの場所にブレードでゆっくり穴を開けると。

 

 沈みそうな陽光の下。

 脳にも似た何か。

 少なくとも形を模倣された金属塊のようなものが露出した。

 

 そして、その頭蓋内部を後ろから触ってみると確かに僅か角ばった集積回路のようなものを見付ける。

 

 それをグイッと指の圧力で押し潰した瞬間。

 パチンッと軽く指が痺れて。

 首の主は沈黙した。

 

 瞳は閉じられており、少なくとも見た目的には完全に死んだ生首のようだ。

 

「GPSが切れたから、システムが充電か節電モードになったんよ。ま、これからよろしゅう。偽者さん♪」

 

 運転していてガス室少女の顔は見えないが、きっと笑みが浮いているだろう。

 

 それだけは理解出来る。

 

「よろしくしたくないと言っても、しばらくは同じ場所に缶詰だろう……抵抗は止めろ。殺すしかなくなったら、オレが精神的に困る」

 

「あははは、面白い事言うお人やなぁ。ホント、良いところ出なようで……ま、そう硬くなる必要ないで。裏切りと服従はいつもの事や。あの胡散臭い平和主義にも飽きとったところやし。尋問されるまでは仲良うして下さいよ。久しぶりに男に裸なんぞ晒して、こっちはちょっと燃えてきてんねん。ふふふ」

 

 背筋に悪寒が奔る。

 ああ、と思わずはいられない。

 

 どうして、こう自分の傍には狂信者やら変人やら、諸々そういうのばかりなのだろうと。

 

 いや、そういう系統の恋人達をハーレムに持とうという自分こそが一番のヤバイ奴なのだとしても。

 

(とりあえず、全部帰ってからだな……)

 

 十分程走った後、百合音と合流した。

 諸々の欺瞞工作がバレる前にと。

 ただちに馬二頭で荒野を駆け抜け。

 来た時と同じく。

 

 荒野の滑走路に褐色の布地を被せられ偽装されていた輸送機で飛び立ったのはそれから一時間後。

 

 結局、呆気ない程……単行本三冊分くらいになるかとも思われた捕り物はすぐに終わったのだった。

 

 合計6日。

 

 再び公国の土を踏んだ時、その空港に待っていたのは……煤けた軍服に白い正鍵十字が刺繍されたトレンチコート姿の老人と大勢の包帯だらけなEE達。

 

「久方ぶりだな。大望は抱けるようになったようだが、実践の方はどうなったかね? エニシ君」

 

 まだ、今回の一件は何一つ終わっていないと心の何処かが言っていた。

 

 これはきっと、始まりに過ぎないのだと。


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