ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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年始の今年はメシラノベが来るだろうという友人との馬鹿話によって生まれた作品です。生暖かい視線で一つどうぞ。では、メシ派閥夢世界にどうぞ一時ゆっくりと……。


ごはんVSパン
第1話「夢で和えたら」


 

 明日世界が滅びるとすれば、最後の夕食には何を望むだろうか。

 人間が明日消えてなくなるとしても、今を生きている限り、腹は鳴る。

 

 だから、今日食べるものが最後だと考えたなら、人はたった一食ですら愚かな選択をするべきではない。

 

 果たして、それが正しい道なのかを知ろうとする事が肝要だろう。

 

―――本日の営業時間は終了しました。

 

 薄ら寒い9月の夜空の下。

 今日、村で唯一の洋食屋に十年の幕が下ろされた。

 

 原因は店主【村山達治】43歳独身、陽気なラテン乗りの親父さんが腹上死したから、らしい。

 

 若い娘っ子を囲って良いご身分じゃのう、とは……村の爺共の話だ。

 救急車が来た時の話は大人の間では語り草である。

 

「はぁ………」

 

 唯一、この村においてまともな食事の出来る自分の食卓が消えた事になる。

 それは明日から自炊しろと言われるに等しい。

 そもド田舎を通り越して陸の孤島と呼ばれる村にはラジオもまともに届かない。

 

 ネットは辛うじて繋がっているが、大手宅配業者の大半はあまりの山道に道路が途切れた砂利道の先に村があるとも知らないだろう。

 

 一応、葉書は届くが、役場がこんな辺境の老人しか住まない限界町村のインフラを整備するわけもなく。

 

 日々、村人達(平均年齢77歳前後)は修理に追われている。

 そんな場所だ。

 そんな村だ。

 だから、まともな料理屋があった事は奇跡だったのだ。

 そう、猿の鳴き声が響く夜空に肩を落として帰路に就く。

 村は今や数件を残して全て廃屋。

 

 電気は通っているが、水道は山から引いており、長閑な里山の風情なんて何処にもなく……ただ、雑草と若木が生い茂る荒れ果てた土地だけが残されている。

 

「買出しかぁ……」

 

 砂利道から整備された道路に出るまで徒歩で30分、バス停まで15分、そこから日に2本のバスで1時間15分で寂れた街のスーパーに着く。

 

 車を持っていなければ、死ねというのが山村の掟だ。

 

 若者(主に60代後半)の独り身はバイクが必須だとの話だが、生憎と現代の車両、乗り物全般に酔う体質はそれを許さなかった。

 

 ほぼ空っぽの冷蔵庫には菓子類とジュースが積まれている。

 これで日々を凌げても食事が出来なければ、疲弊は避けられないだろう。

 この現代にネット通販が忌避する場所なんて幾つあるだろうか。

 

「明日からどーしよ」

 

 ネットで戦争ゲーム(FPS)三昧の日々。

 何もする事の無い祖父宅には自分しか存在しない。

 

 ハイカラなものが好きだった辺境住まいの老夫婦が交通事故で死亡して、初めて親に単独で任された帰省という名の遺品整理はもう半ばを過ぎている。

 

 遺してくれた持ち家。

 出来るなら維持したい。

 そう言われては行くしかないだろう。

 まだ子供の頃は十件残っていただろう家も今は空き家ばかり。

 遠い日の甘酸っぱい初恋の思い出すら忘却の彼方。

 残っていたのは腐った冷蔵庫の中身と生活感溢れる使い掛けの日用品。

 そして、祖父が趣味で使っていたハイエンドな高性能ゲーミングPCだけだ。

 

「じいちゃん達も悠々自適に食事はあそこでしてたらしいからなぁ」

 

 元公務員で働くのに疲れた老ゲーマーとその婦人は年金暮らしで毎日洋食屋で朝晩の食事を取っていた云々。

 

 どちらも老齢で手が不自由になり、車の免許を返納してからはまともに食料も買い込んではいなかったとか何とか。

 

 それとほぼ同じ境遇になって、唯一の食料供給源を失った自分は正に兵糧攻めに遭う武将さながらに決断を下さなければならない。

 

 潔い撤退か。

 駄菓子とジュース漬けの不健康極まる日々か。

 自宅への帰還は即ち、ミッションの失敗。

 家の処分。

 もしくは空き家製造を意味する。

 

「世界は理不尽で満ちている。そうは思わんか。じいちゃん」

 

 冗談で独り言を言っても、妙に今風だった祖父が『やれやれ。さっさと帰るぞ』と苦笑がちに返してくれる事はもう無い。

 

 出来る事なら、祖父と祖母が二人仲良く作ってくれた料理をもう一度食べてみたいと思った。

 

 叶わない望みだとしても、それは確かに今も舌の上に思い出せる。

 下手は下手なりに、よ。

 

 そう言いながらも、日々色々な料理と格闘していた祖母が妙にやつれたと聞いたのは腱鞘炎や腕の病気が悪化した二年前の話だ。

 

「自分もやつれるよ。ばあちゃん」と脳裏で愚痴りながら、とりあえず残留だけは決めて。

 

 寒空の下。

 

 罅割れた村内のアスファルトの道を行く。

 やがて、山肌にへばりつくようにして立つ一軒の平屋が見えてきた。

 

 庭は手入れが無かった数ヶ月で枯れた花の残骸と雑草によって占拠され、玄関からは暗闇に閉ざされ、静まり返っている。

 

 鍵を開けて入れば、誰もいない廊下。

 電灯のスイッチを入れても、何処か薄暗い。

 引き戸を開けて居間に入り、整理で引っ張り出してきたコタツの電源を入れて入り込み。

 飲み掛けのサイダーを一杯飲み干して一息吐き。

 目を閉じて明日の朝食……いや、昼食を想像してみる。

 たぶん、残金から言ってファストフードで一番易いバーガーを三個程。

 後は水を飲んで終了だろう。

 

 残りの日数を耐え切るだけの食料を買い入れれば、帰る時のバス運賃を差し引いて後は何も残らない。

 

 両親が車で迎えに来るまでそれなりの日数がある。

 

「ごはん党なんだけどな……」

 

 瞳を閉じる。

 寝てしまえそうな程に心地良くて。

 それはきっと愚かな選択。

 何も食べず。

 

 明日、餓えに苦しむ事になろうとも、眠気が空虚さを誤魔化すくらいは出来るだろうという浅はかな考え。

 

 それでもいいと。

 夢でなら、一緒に食事を囲む事くらい出来るかもしれないし、と。

 正しさなんて知った事じゃない、と。

 静かに意識を落としていく。

 もし過去で会えたなら、その時は何を食べようか。

 それはきっと幸せな想像に他ならなかった。

 

――――――?

 

 目覚める時だと腹部がもどかしい。

 たぶん、ウトウトしてから数分も経っていないに違いない。

 しかし、ガタゴトと耳が音を捉える。

 その上、妙に身体が痛い。

 寝違えたのだろうか。

 寝返りを打つ。

 でも、それはコタツ用のカーペットの感触ではなく。

 何処か雑にヤスリ掛けしたような板のような気がした。

 

『隊長!! 現在、DAIKON街道を抜けます』

『連中、やっぱりこの裏ルートにまでは目を付けてなかったんだ!! 大当たりですぜ!!』

『やったぜ!! これで飯が食えるッ!!』

『ひゃっはぁ!!? 七日ぶりのまともな飯だぁあああ!!?』

『くくく、今回の収穫を見たら、あの貴族の連中!! 顔を引き攣らせますぜ!!』

『おい!! てめぇら!! 気を抜くんじゃねぇ!! 何処から鉛弾が飛んでくるか分からねぇんだぞ!!』

 

(夢って、自分の思い通りにならないんだよなぁ大概……明晰夢が意味不明の荒くれ(ヒャッハー)達の声で夢中夢的に聞こえるとか。疲れてるんだろうな。オレって……)

 

『それにしても、やりましたね。今回はどうやら大当たりだ』

 

『ああ、これでKOME年金の支給が約束された!! オレ達は勝利したんだ!! この絶望的な戦いに!!』

 

『クソォッ!! 食わせてやりたかったぜ!! あのNINJIN城砦で死んでいった奴らにもよぉッ!!』

『言うなッ!! 言うんじゃねぇぜ!! 男だろ!! オレ達には涙なんて似合わねぇ!!』

『オレ、これから食う銀シャリの為に生きて来たんだなって!! う、うぅう』

『食えるさ!! オレ達はッ、オレ達は不死身だ!!!』

 

『『『『『『『『ヒャッハァァアアアアアアアアアア!!!!!!』』』』』』』』

 

 男達の歓声の最中に一発の銃声が響いて。

 僅かな沈黙が……そして、悲鳴と怒号が上がる。

 

『隊長ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

 

『ど、何処からだ!! 此処はもう勢力圏のはずだぞ!? 各員、狙撃手を見つけろ!! 皆殺しにされるぞ!! カーボンの盾持って来―――』

 

 再びの銃声。

 そして、何かが倒れ込む音。

 何かが弾ける肉々しい音。

 

(夢って本当に時々、現実と区別付かないんだよな。ホント、オレ疲れてるな)

 

 目を開ける事も儘ならず。

 思う。

 夢の生々しさはいつだって、現実なのだろうと。

 そうして、次々に銃声が響き。

 その度に悲鳴が、絶叫が、鳴り響き。

 やがて、何一つとして音のしない静寂へと戻っていく。

 そこでようやく。

 身体のあちこちが重く。

 手首足首が何か硬いものによって固められている事が分かった。

 

(自分の死ぬ夢ってまだ見た事ないけど、撃たれるのは嫌だな……)

 

 ジャラリと鎖が鳴る。

 

 そして、何かが勢いよく、自分の両腕を引きずり、暖かな鉄臭い液体の上を身体が滑り、吊るされるような格好になるのを理解して、目を開けた。

 

「貴様、どちら派だ?」

「―――」

 

 目の前には丹精な顔がある。

 

 まるでそこらのラノベの表紙から引っ張り出して来たと言う方が納得出来る、何処かの3Dが美麗なRPGを想起させる、そんな白くて鼻の高い顔立ち。

 

 切れ長の瞳に長い睫が印象的な十五、六歳。

 たぶんは自分と然して変わらないくらいの白人。

 

 要は陳腐で安易な言葉にすると外人の美少女が、薄い胸部と肩部を覆う透明で傷だらけのプラスチックのような、よく分からない素材で構成された甲冑……そうとしか言い難いものを分厚い白い外套の上に着込み。

 

 片手の袖で頬から赤い血を拭いながら、目を怒らせていた。

 

(アッシュブロンド? いや、プラチナブロンド? そんな感じの髪をした美少女が血化粧しつつ、何か金属の分厚い手錠で固められたオレの両手を鎖ごと引き上げて、睨みながら訊ねてくる、と……しかも、どちら派だ、と……これ間違えたら殺されそうだな……夢的にはバッドエンド……でも、自分の主張は曲げちゃ駄目だろ。さっき、愚かな選択をした気もする事だし)

 

 ならば、夢なのだからと。

 ユーモラスに返すのが良いと。

 出来る限り、不敵に肩を竦めて。

 何処かのアニメかゲームの世界で出会ったのだろう美少女にとりあえず告げる。

 

「ごはん派だ」

「―――」

 

 それに驚いた顔をした彼女、仮に白銀な透明甲冑美少女と命名した女の子は視線を鬼のように険しくした後……こう、オレに返した。

 

「このふてぶてしい野蛮人めッッッ!!!!」

 

 大きな衝撃が頬を襲う。

 どうやら、この選択肢も愚かなものだったらしい。

 しかし、何処で何を間違ったのか。

 まるで知る由も無かった。

 

 せめて、カレーには醤油派くらいのインパクトが必要だったのだろうかと後悔しながら、意識はフッツリと途絶えた。

 

 それが始まり。

 

 最後の夕食の選択を誤ったオレ【佳重縁(かしげ・えにし)】の物語の始まりだった。


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