喜多川祐介と樋口師匠との愉快な日常   作:丸米

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狐と妖怪

これは、喜多川祐介が城ヶ崎マサキの住居へ向かう二日前―――つまり、事件から二日後の事。

祐介の動きは迅速であった。

―――樋口氏の留守を、城ヶ崎に漏らした者がいる。

樋口と言う男は形式上学生としての身分を持っているようだが、もはやその実質はほぼ喪われているも同然の男だ。仕事もしている様子もなく、成程確かに仙人という形容は中々的を射ている。―――ここで、疑問が生じた。城ヶ崎はどのように樋口氏の留守を知ったのであろうか、と。

あの男は実に気分屋であり、決まったルーティンを以て生活している訳ではない。外出の時間をピタリと当てて悪戯行為をするのは中々に困難な事ではないだろうか。

最初は、城ヶ崎が樋口氏の住居を監視し、外出時を見計らって仕掛けたのではないかと疑ったものの、樋口氏いわく「彼はそれほど我慢強くも無ければ暇でもない」というではないか。その言葉を信じるならば、―――間違いなく、樋口氏の外出を城ヶ崎に漏らした者がいるはずである。

祐介は、まずもってそのスパイを追う事にした。

 

 

小津は、人通りの少ない夜の住宅街を歩いていた。

歩く者が淑女乙女であるならば「これこれ、夜の一人歩きは危険だぞ」と注意の一つでも受ける場所だろう。人の恨みは腐るほどに買ってきた男であるが、それ故彼は女鹿の如き臆病さと危険察知能力を持っている男でもある。夜の通りを歩くに辺り、闇討ちの気配あらばすぐさま逃げ出せる準備は出来ていたはずであった。

―――その夜、彼はその鍛え抜かれた危機察知能力に掠りもしない影に、背後を掴まれていた。

「―――振り向くな」

低く、鈍く、重い声。

幾多もの修羅場を潜り抜けてきたのであろうか、凄まじい圧力を伴った冷たい男の声が、小津の背後から聞こえてきた。

小津は悪辣な計画を立てるだけの底意地悪さは持っていても、残念ながらこの圧倒的な雰囲気を跳ね返せるだけの度胸も根性も無かった。

それでも、何とかなけなしの甲斐性を振り絞り、小津は喉奥から絞り出すように言った。

「こんな事して、どうなるか解っているんですか」

しかし、帰ってきた言葉は何処までも冷淡な返しであった。

「―――どうなるか解らないのはお前の方だ、阿呆め」

小津を掴むその男は、すぐさま服の中から小津が所有するノートを盗み出す。凄まじい手練れの動きで、手が身体に接触した感覚が無かった。

「あ、何をするんですか!」

「お前がどういう人間か、ある人物から聞き出した。恋の予感あれば謀略巡らし破綻に追い込み、強者にへつらい、しかして強者を弱者に陥れる事に微塵の躊躇も抱かぬ卑怯者。―――その全てとは言わんが、一部がこのノートに記されているのだろう」

今盗まれたノートには、小津があらゆる情報網から吸い上げた様々なデータが記されており、転じて彼が仕掛けた謀略の重大なる証拠である。

「このノートが世に公開されればどうなることか。今まで自ら表立つ事無く過ごしてきたのであろうが―――謀略に関わった者全てがお前の敵となる」

小津の背筋に冷たい感覚が走った。

「どうなるだろうな?馬に蹴られ挽肉になるもよし、賀茂大橋から沈められるもよし。―――どう転ぼうと、お前の大学生活もこれにて終焉。果てしなく正しい因果応報がここに行使され、お前は誰もが祝福しながら死を迎える」

ひぃ、と小津は呻く。

「―――別に俺はお前のこの先なんぞに興味も無い。怨みも無い。故に―――質問に答え、誰にも今夜の事を喋るな。そうすればこのノートは返してやる」

 

小津はそれから流れる様な口調で全てを打ち明けた。自らが城ヶ崎と樋口との二重スパイである事、城ヶ崎の住居にスケジュール、そして城ヶ崎の「オタカラ」―――等々。

約束通り、背後の男はノートを地面に投げ捨て、そのまま影となり消えていった。

小津は、解放された瞬間、一瞬だけその姿を垣間見た。

狐の仮面を付けた男であった。

 

 

「ふむ、上手くいったな。流石は―――ジョーカーだ」

小津を脅した一連の行動―――アレは、怪盗団のリーダーを真似たものであった。

あの男は異界の怪物すらも、恐怖を植えつける口八丁を駆使し、交渉を行ってきた。

怪物を己が配下にする為、もしくは単純にカツアゲする為―――命乞いしてきた相手を見せつけるように叩き潰し、見せしめにする事すらあった。

「本当にあの男には頭が上がらない―――」

現在祐介は自宅にて工作活動中である。

キーピックに始まり、煙幕、かんしゃく玉―――火炎瓶も作ろうかと思ったが、流石に火事は大事になる為やめておいたが、それでもレシピは持っている。全て、ジョーカーから頂いたものだ。

曰く「モルガナに唆され作ってみたらハマってしまった」「怪盗行為の為に必要な事だった」「川上をはじめヴィクトリアのメイド達だってこれ位作れる。別におかしなことじゃない」等々、あっけらかんと言い放っていた。流石は九股を敢行できるだけの度胸と能力を持っている男だ。手先も凄まじく器用なのだなと感心してしまうばかりだ。

「準備は出来た」

必要なモノはすべて用意した。

後は―――成すべきを成すだけだ。




私の中のジョーカーは屋根ゴミです。すいません。

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