機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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全十三章の物語です。


Ep2. 翼を広げよ! ―FF-3 SABERFISH―
第一章


  第二話 翼を広げよ!

  第一章

  戦争は常に進化し続ける。まるでそれ自体が生物であるかのように。先史時代から人類の歴史とともに歩んできたそれは今現在もまた姿を変えようとしていた。ミノフスキー粒子の軍事応用である。これによりレーダー、無線通信等の近代的な装備は無力化され連邦軍は大敗を喫した。ミノフスキー粒子の軍事応用。これは軍事における革命の一つである。レーダーや無線は実戦において無用の長物となり、時代は有視界戦闘と光学機器の時代となった。レーダーと無線誘導ミサイルに頼る、時代に置いていかれた彼らは果たして生き残ることができるのだろうか。

  『ク……が! ミサイ……らない! ……』

  夏の東南アジアは乾季である。雨は滅多に降らず乾燥している。つい先日雨が降ったがそれは例外であり、乾燥した空気が椅子の上で仮眠をとる男の周りを包んでいた。

  「ミサイルはデッドウェイトになるだけだ! 捨てて機関砲で対処しろ!」

  戦闘濃度のミノフスキー粒子の中、複数の戦闘機が空を飛び交っていた。当然無線電波はミノフスキー粒子の粒に干渉される。聞こえてくるのはその中で運良く飛んでこれたものであり、自分の声が相手に届かないことも十分知っていた。しかし、叫ばずにはいられないやりきれなさがある。現代の戦闘機が使う通信、レーダー、誘導そのすべてがミノフスキー粒子により無効化され、その中で自由自在に飛び回る敵が現れたのだ。

  爆音。また一機の友軍機が撃墜されたようだ。パイロットはそれを横目で見ながら弔う。そして反撃に転じた。彼の握る操縦桿の電気信号に鞭打たれ彼の駆るフライアロー制空戦闘機は旋回した。フライアローは三発エンジンを備え、ミサイルの搭載数を上げている。いわば戦闘機の『ミサイルキャリアー』としての側面を前面に押し出した設計思想をもって生まれた機体。そのミサイル搭載量は他を圧倒し敵機を次々と落としていく事を期待されたが、それはつまりミノフスキー粒子下ではほとんど役に立たないという事実を語っている。

  推力偏向スラスターによってペイロードと矛盾するようにすら思える急角度で旋回するフライアロー。それに目をつけたジオンの戦闘機ドップが接近した。ドップは、宇宙に住む人間が考えた航空機である。ミノフスキー粒子散布下での戦闘を念頭に開発され、コックピットは周辺視野が広く取れるよう張り出した形状に設計されている。翼の上にミサイルを積んだポッドを装備するがそれを載せても問題のない高機動力を力強いエンジンによって実現している。

「食いついた!」

  現代では珍しい複座型の戦闘機であるフライアロー。その後部座席に座る相棒がそう叫んだ。彼はレーダーやミサイル誘導を担当するがミノフスキー粒子による電子機器の無力化、そしてドッグファイトに突入した現在はもっぱら目視による索敵に専念していた。

  ドップはフライアローの真後ろにつき、機関砲による撃破を狙った。

「全ミサイル、パージ」

  その時、パイロットが呟く。フライアローはミサイルを捨てた。発射でも投下でもなく、ただ廃棄したのである。

  空中に投げ出されたミサイルは自分を搭載していた機体に置いていかれ、空を漂った。

  そして、空対空短距離ミサイルは後ろから追いかけてきたドップの機体に激突した。衝撃音。すかさず爆発音が轟く。

「見たかよ! 一つ落としてやった!」

  そう言って後方に吐き捨てた後部座席の男はしかし驚愕する。冷水を浴びせられたかのように血の気が引くのがわかった。ドップが爆散した黒煙の中から、もう一機のドップが飛び出してきたのだ。黒煙に混じるような漆黒のカラーリングである。

「まだいるぞ!」

  回避しようとブレイク、急旋回を始めるフライアロー。しかし単純な機動性能ではドップが優っているのだ。難なく追いついてくる。

  そして遂に黒いドップの航空機関砲が火を吹いた。その瞬間、激しい衝撃がフライアローの機体を襲う。

「があああ!」

  機内に警告音がこだまし、機体の制御が不能になった。

「ベイルアウト!」

  世界が吹き飛んだ。否、すぐに現実が押し寄せそれを否定する。彼の乗っていた座席は機体から射出され空を舞い、すぐにパラシュートが開いた。傘が空気を受け止めると衝撃の後に浮遊、落下が始まった。そして気付く。

「グラハム! グラハァアアアアアム!」

  後部座席に座っていた相棒は未だに機内に収まっていた。轟音を立て、煙と炎を吐き出しながら墜落していくフライアローの機体は、空中で爆発四散した。

  「隊長……」

  椅子の上でうなされていた男、メルヴィン・ライアンは部下に起こされて現実の世界へと帰還した。

「うなされていましたよ。これ、紅茶です」

  ここは地球連邦空軍基地。七ヶ月前に地球連邦軍へ宣戦布告をしたサイド3―今やジオン公国は現在もなお戦線を拡大している。母なる地球の半分は彼らのものとなり、血は世界中を染め上げた。

「すまない」

  背もたれから背中を浮かすと、メルヴィンは紅茶を啜った。

「基地司令がお呼びです」

  彼女の声は、この場所に不似合いだ、といつもメルヴィンは思っていた。女性特有の高い声、中でも可愛げのある若い彼女の声はこの戦場には不似合いに思えてならなかったのだ。彼女はリア・オルグレン少尉。彼女は隊員たちの作戦をサポートするオペレーターである。もっとも、彼女の可愛らしい声は兵士達に好まれているが。

  メルヴィンがいるのは戦闘機を収容するハンガーである。その大きな扉がゆっくりと開き、眩い日光が差し込んだ。

  どうやら数時間前に飛び立った攻撃隊が帰還したらしい。今回も大敗のようだ。通常ならありえないほどの損失。しかしそれにも慣れてしまいそうだった。この基地はこの地方最大の航空基地なのだが、過去にも数回攻撃隊が全滅したことがあったのだ。そのためいつもこの基地の、一番奥のドックは空となっている。

  「さあ、落ち込んでる暇はないぞ! 俺たちの仕事だ! レスキュー、整備班用意!」

「お……おう!」

  途端に周囲が騒がしくなる。パイロットの負傷に備えレスキュー、機体の破損に備えて整備班が慌ただしく滑走路に走り始めたのだ。

  開ききった扉の向こう側に見える滑走路の上でゆっくりと牽引される攻撃機、マングースが覗けた。それを見た少尉は驚愕し呟いた。

「嘘……」

  攻撃機マングースはA10という西暦の対地攻撃機をモデルにしており、モデルと同じような群を抜く耐弾性能、そして対地攻撃能力を有している。一番の特徴は機体に突き刺すようにして配置された75mm自動砲である。大口径の砲を空から放つという本機の設計思想は悪魔の設計思想とも言われた。一般的な戦闘機より安く、それでいながら有効な対地攻撃を展開する本機は戦場において大変歓迎され、兵士の救世主となりえた。故に旧式でありながら現在も使われ続けている名機である。

  その名機が、誇りを完全に失うほどの損傷を負っていた。右主翼は半分ほどで千切られ、エンジンからは黒煙が吹き出している。よくぞこれで帰ってこれたものだとメルヴィンは思った。パイロットも疲労困憊といった様子で、クルーに抱きかかえられて運ばれていく。

  メルヴィンは椅子から立ち上がると、扉のあたりまで歩いた。そして気付く。

  帰ってきたのはさっきのあいつだけだ。他に帰還した攻撃機はなく、護衛の機体が二機。それだけだ。これはこの基地史上最大の敗北であり損失である。

「……基地司令のところへ行く」

  そう少尉に言い残してメルヴィンはその場を後にした。この基地は地球連邦軍の紛争介入と民間の空港としての機能を持っていたことから比較的設備は充実している。メルヴィンは基地内の廊下を歩きながら服装を整える。廊下にはLEDの電球が並んでいて明るい。窓からは遠くに山の稜線が見えた。それが終わる頃、丁度基地司令のいる部屋に着いた。ドアをノックし、返答があるとメルヴィンは部屋に入った。

「何のご用でしょうか」

  そう言うと、基地司令はにやりと笑う。基地司令は変わった男だ。クリーム色の髪を短く切り揃え、目を常に細めていて温厚な紳士といった風貌をしている。

「相変わらず無愛想だな。帰還した彼らを見て、皮肉の一つでも飛ばしてもらったらこちらとしても気が楽だというのに」

  あの失敗が、そんな風に済むようなものではないのは誰の目にも明らかだった。基地の攻撃能力殆どを投入しそのほとんどが撃墜されて帰ってきたのだ。下手をすればこの基地が陥されかねない。

「案ずるな、すぐに補充の部隊は来る。腐っても連邦軍。戦時体制ならばそれぐらいの兵器生産能力はあるというわけだ。補充の部隊と共に、機体もよこしてくれるそうだが、大尉。君には新しい機体のパイロットになってもらう」

  基地司令のデスクの横に立っていた副官が書類をメルヴィンに手渡した。それには《FF3 セイバーフィッシュ》と印刷されている。

「七ページだ」

  セイバーフィッシュとはハービック社製、連邦軍の戦闘機である。開発は空軍と宇宙軍の合同で行われ、少しのパーツの換装により大気圏内も宇宙空間も飛行できる汎用性の高い戦闘機として完成した。

  本機最大の目玉はブースター・ユニットである。機動力強化及び兵装システムとも言うそうだ。ミサイル・ランチャーを計十二基と機動力と航続性能を大幅に強化することのできるシステムで、これが大気圏内戦闘機と宇宙空間戦闘機の両立という偉業を成し遂げたのである。

「見て分かる通り、支給されるのはC型のセイバーだ」

  C型は空軍仕様である。初期型であるA型からの主な改修点は推進機関をジェットエンジン一種に。それと降着装置の強化。これによって宇宙軍機向けであったブースター・ユニットを装備し飛行することが可能になった。

「ブースター・ユニットの配備は間に合わなかったそうだ。君達にはブースター・ユニットを使用せずにセイバーフィッシュを乗りこなしてもらう」

  ブースター・ユニットを装備しない状態のセイバーフィッシュの兵装は25mm機関砲が四門。ミサイルのハードポイントは胴体下に四、翼下に四つであり、計八基である。中距離ミサイルを四発、短距離ミサイルを四発が装備可能。

  制空戦闘機としてセイバーフィッシュは優秀な電子機器と火器管制システムが与えられている。ブースター・ユニットを装備せずとも強力なエンジンによる高速、高機動の飛行が可能な機動性能を併せ持つ。

  地球連邦空軍に配備された制空戦闘機のうち、フライアローは弓兵である。ミサイルキャリアーとして大量のミサイルを装備し、敵に矢を射る。そして混乱した敵陣へと真っ先に切り込むのが剣士、セイバーフィッシュである。

  まさに、地球圏最強の格闘戦闘機であったのだ。

  資料を読めばわかるが、ミノフスキー粒子の中でも作戦行動が取れるよう航法装置の改修とレーザー通信装置も導入されているようだ。これによって、現在においても連邦軍最強の戦闘機と呼んで間違いがないだろう。

「増援部隊が到着したら明日また第二波攻撃に出る。大尉はセイバーフィッシュで出撃してくれ」

  「複座から単座への移行は難しくないはずだ。フライアローとセイバーフィッシュの操縦系統にも違いはない。少々無茶だが、やるんだ」

「……了解。作戦時刻は?」

  無茶な命令にメルヴィンは従う事にした。なお冷静にメルヴィンは作戦のイメージを組み立てる。

「早朝〇二〇〇時」

  副官に変わり基地司令がまた口を開いた。

「地球連邦は劣勢を強いられている。だがそれもこれまでだ。所詮奴らが大きな顔をできるのは七ヶ月程度だという事を分からせてやってくれ」

「はい」

  メルヴィンは軽く敬礼をすると部屋を後にした。やれやれ、地球連邦も追い詰められている。機体は送れども、それを使える兵士が少ないのだ。あまりにも腐敗している。その腐敗がこの戦争を長引かせたことは明白であり、自身もまたその内の一人であることを憂いた。

  本来、地球連邦政府が、地球連邦軍が存在する上で戦争はあってはならない。地球を守る為の地球連邦軍ではあっても、誰かと戦う為の地球連邦軍ではないのだ。人は戦争を嫌う。平和を願う。地球連邦軍は抑止力であり政治が戦争へと姿を変えない為の砦だった。

  平和を欲するなら戦争を理解せよ。平和主義が平和をもたらすとは限らないのだ。

  スペースコロニーで反地球連邦デモが行われた時。それが暴徒化し、死者を出した時。ジオンが軍備を拡大した時。人々は平和主義であろうとした。

  第二次世界大戦、という戦争は現在でも常識として人々に認知されている。世界中を巻き込んだ愚かな戦争であると。しかしその第二次世界大戦は、独裁者が進める軍備拡張を周辺国が、戦闘へと踏み出せないことで止められなかったせいで拡大したとも言える。

  それと同じことが、その時起きたのだ。マスメディアがスペースノイドを警棒で殴りつける治安部隊を報道すると、市民はデモの鎮圧に乗り出した地球連邦政府のやり方を批判した。反地球連邦を掲げるデモを鎮圧した地球連邦を、地球連邦の市民が批判したのである。それ以降地球連邦のスペースノイドに対する規制は慎重を期すようになっていった。その所為でスペースノイドの反地球連邦デモやテロは加速していき、ついには歯止めが効かなくなっていた。

  それでも当時から経済制裁や軍備の強化は行われていたが、もっと早く事態を飲み込めていたら結果は、現在は違っていたであろう。が、それを言っても仕方がない。地球連邦の腐敗は自分が入隊した頃から進んでいたのだ。

「隊長!」

  駆け寄ってくるリア少尉の声で現実に引き戻されるメルヴィン。

「どんな話でしたか?」

  メルヴィンがリア少尉に基地司令が語った方針を話してやると

「一日で機種転換? 基地司令、強引すぎ」

  とブツブツ怒り出した。別にお前が怒ることじゃないだろうと思ったが彼女が隊員に真摯なのはいいことだ。黙っておくことにする。

「にこにこしてて怖いところありますよね基地司令」

「ああ。……だが上官の悪口はもっと人のいないところで言え」

  そう言うとリア少尉は顔を赤らめてすみません、と詫びる。

  ハンガーに着くと搬入途中のセイバーフィッシュがあった。牽引車に引かれなにもなかった一番奥のハンガーに収容されている。

「どうも。あなたが隊長さん?」

  駐機されたセイバーフィッシュのコックピットを解放し、タラップから降りたパイロットがそう言った。

「おっと失礼。私はただの技術屋です。セイバーフィッシュ専属のメカニックで、名前は―」

  そう言いつつヘルメットを脱ぐ。東洋系の顔立ちをした男はポケットから眼鏡を取り出してかけた。

「―アツシ・ユンです」

  軽快かつ軽薄なその口調は厳しい戦場を知らない若い技術士官だからだろうか。階級は技術中尉。

「そうか。よろしく」

「ええ。よろしく」

  軽く握手を交わすとメルヴィンとユンは機体に近づいた。

「FF3C。ご存知、宙空軍共同開発のハービック社製制空戦闘機。乗員は一名。全長は二十メートルで、全幅は約十五メートル。最大速度はマッハ四。従来の戦闘機としての流れを踏襲しつつ航空、航宙どちらも使える優れもの。ミサイルを積んでばかりのアローとは格闘性能が違います。それに加えて、こいつらはミノフスキー粒子散布下の戦闘に対応したFCSと電子装備、航法装置を搭載。従来の戦闘機のように、なにもできずに叩き落とされるようなことはもうありません。レーダーが使えないのは相変わらずですが映像解析技術によって、有視界戦闘であればほぼ変わらない索敵性能が出せます。今でも最新鋭機ですよ、こいつは」

「ミサイルの誘導は?」

「ミサイル……はセミアクティブ・レーザー誘導のものを導入してます。あなたが敵の尻にぴったりくっついて、こいつを発射して、そのままレーザーを敵機に当て続ければミサイルはまっすぐ向かっていきますよ。敵の戦闘機が使っているのもこのシステムです」

  そんな芸当が戦闘中に簡単にできるはずもないが、しかし文句はない。少なくとも、これまでのようなアクティブ・レーダー誘導よりは遥かにマシだ。

「なるほど。ともかくありがとう。―それと、次から敬語はなしでいい」

  その方が彼はやりやすそうだ。どうせ敬語だとかそういう形式的な事は無視して研究に必要な合理的なことだけやってきたタイプの人間なのだこいつは。案の定、そう言われて嬉しそうにしていた。

「了解、よろしく大尉」

  コックピットの中でメルヴィンは、無意識のうちに胸が高鳴るのを感じていた。上位機種。それも近代化改修によって事実上の最新機種だ。そんな機体に乗って喜ぶのは、やはりパイロットの性なのだろう。

  『こちらは管制。クローバー・ワン、発進準備はよろしいですか?』

「問題ない」

  セイバーフィッシュのコックピットで、メルヴィンはヘルメット越しに前方の景色を睨んだ。人や物がいないことを確認し、徐々にエンジンの出力を上げていく。エンジンの甲高い音が徐々に高まり、長い滑走路をセイバーフィッシュの機体が滑る。やがて車輪が地面から離れると、揚力を得た翼によりセイバーフィッシュは空と一体化した。

『クローバー・ワン! こいつで飛ぶのは初めてだな。よろしく頼むぜ!』

  メルヴィンの機体のやや後ろに分隊の僚機、クローバー・トゥーが並ぶ。そして少し離れた位置に二機のセイバーフィッシュが飛行している。二対二による演習の隊形である。敵の背後を取り引き金を引いた方の勝利。今まで散々繰り返してきたものだった。だが新しいこの機体。今までと勝手が違う部分も多い。計器類がフライアローとほとんど同じなのはありがたかったが、複座型が単座になった分レーダー等の操作は自分でやらなければならないし、機体の癖も把握しなければならない。

『管制です。しっかり見ていますよ』

  無線からはリア少尉の声が流れる。下で彼女がデータを取っている。

「使用装備は機関砲。いいな」

『勿論です!』

『今度こそやってやるぜ、クローバー・ワン!』

  目の前から迫ってくるのが対戦相手の二機、クローバー・スリー、フォーだ。どちらもこちらと同じセイバーフィッシュである。すれ違ったところでドッグファイトが開始する。

『戦闘開始』

  メルヴィンは操縦桿を倒し通り過ぎた敵機の影を追う。しかし、敵機も同じようにメルヴィンの背後を狙った。互いに旋回し合い空に円を描く。エンジンの音が轟き、キャノピーに太陽の光が反射しながら回転した。そう、これこそが戦闘。これこそが空だ。

  ドッグファイトは、会敵した敵機の背後を狙う為、戦闘機が互いに相手を追尾し合うことから付いた名だ。旋回する二機の戦闘機を、尻尾を追いかけ回す二匹の犬に例えたのである。

  天空を駆け回る二匹の犬が円を描く。

『しつこい!』

  敵機は隙を見て急降下を始めた。メルヴィンもそれを追撃する。敵機は更に宙返り、急旋回を繰り返しなんとかメルヴィンを凌ごうとするが、それでもメルヴィンは離れない。メルヴィンは快感すら感じていた。これまでのように腹が地面に引き込まれながら旋回する感覚がない。自由に風として空を舞っているのだ。翼が空を裂き、エンジンが炎を吐き出し熾烈な犬同士の戦闘が続いている。低高度を駆ける敵機に急接近し追いかける。だが敵機は洗練された動きで回避運動を繰り返し、宙返りを決めた。メルヴィンの背後を取った。しかしそれでもメルヴィンの方が一枚上手であった。メルヴィンは瞬時に減速し、クローバー・スリーはメルヴィンを追い越してしまう。再びの形勢逆転により敵機を捉えたメルヴィンは左右のペダルで微調整を加えると機関砲のトリガーを引いた。鉄の当たる音がするが勿論発砲はない。代わりに敵機、クローバー・スリーが捨て台詞を残して離脱していく。

『畜生!』

  メルヴィンはコックピットにある画面を見て僚機の位置を確認する。そして僚機と、それと戦闘をする敵機目指して突き進んだ。

  自分とその対抗機目指して直進する新たな敵機。それを見逃すはずはなく、残った敵機は機首を向けて彼を照準に捉えた。

  敵にロックされた事を確認すると、メルヴィンは急上昇を始めた。直後に旋回を繰り返し、無理矢理ロックを外す。メルヴィンを追尾し続けた敵は、もう一機の敵機に気付かなかった。

  『貰ったぜ!』

  そして、メルヴィン機に機首を向けていた敵機にクローバー・トゥーが噛み付いた。

『やられた!』

  ミサイルの被弾判定を受けた敵機は離脱していく。

『やっぱ、隊長にゃ敵わねえな』

  先ほど離脱したクローバー・スリーが並走するワン、トゥーの後ろに合流し、そう呟いた。

  『フライアローよりずっとマシだぜ』

  彼らはセイバーフィッシュでの初飛行だったが難なく乗りこなし、ドッグファイトまでやってみせた。一般的にはエース部隊である。もっとも、東南アジアの田舎の基地なので練度が保てるというだけで、大して戦力増強も行われず、また戦略的にも優先度は低いので彼らがエース部隊として名を馳せる事はないのだが。

「こちらクローバー・ワン。もう少し慣れてから降りる」

『了解しました。お気をつけて』

  リア少尉にそう告げるとメルヴィン達クローバー隊は再度、大空を舞った。

  メルヴィン達が装着しているヘルメットは機体と接続する事でHMD(ヘッドマウントディスプレイ)として機能する。HMDとは頭部に装着するディスプレイであり、ヘルメットのバイザーに投影されるのは照準や戦術データリンクによる各種の情報、デジタル化された視界である。これは眼球の動きに対応することで非常に高度なパイロット支援を可能とする。一時期はHMDに完全に頼り切る操縦法もあったが、最新鋭のセイバーフィッシュには汎用性などの理由からHUD(ヘッドアップディスプレイ)も装備されている。HUDとは画面上にデジタルデータを投影し、現実の情報を拡張するものである。セイバーフィッシュを含む多くの戦闘機では目の前にある透明なガラス板に投影される。

『流石隊長』

  メルヴィンはヘルメットに表示される情報を時々確認しながら様々な機動を試した。どれも高い完成度で成功する。メルヴィンの練度とセイバーフィッシュの性能が合わさった結果であった。メルヴィンはもう一度加速し急旋回した。

  彼らはノーマルスーツと呼ばれる与圧機能を持ったスーツにフライトジャケットや酸素マスク、救命胴衣、ヘルメットを着用して搭乗する。ノーマルスーツを着るのは戦闘機で飛行する際パイロットに掛かるGによって脳に血液が供給できなくなり視野を失ったりする現象を防ぐためである。これは宇宙軍も空軍も採用しているが、空軍で使われているものは不必要な生命維持装置など宇宙服としての機能をオミットしたものだ。

  比較的重い機動のフライアローと違いこちらは軽々と飛び回れる。それは戦闘機のパイロットとして気持ちのいいことだった。できることならバイザーとキャノピーを開いて風を直線感じたいくらいだ。メルヴィンは気が済むまで飛び続けた。

 

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
  • 歩兵

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