機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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第六章

  第六章

  「今日の成果は捕虜が一名。我が方に死傷者はなし。敵は発見ならず、か」

  グラバー中尉が帰還した兵士たちの戦果を読み上げながらリストに書き込んでいる。側にいたサラが同じ事をボードに書き込んでいく。雨は止んでいた。テントの下で兵士達は小さな椅子に座りボードを睨んでいる。彼らはびしょ濡れの制服でブーツには泥がびっしり付いていたがもう数ヶ月が過ぎそれぐらいのことには慣れていたので彼らは事後報告も順調に済ませた。

  そんな中エトムントは捕虜となり現在は独房に入れられているはずの少女、ハンナの事を考えていた。彼女はこのまま憎しみに駆られた人生を送るのだろうか。それとも自分の中で折り合いをつけて新しい人生を送れるのだろうか。それを選択する今、自分はできる限りの事をしてやりたい。そう思った。

「既に交代の部隊が巡回を始めている。敵がいるのかもはっきりしないが、被害が拡大してからでは遅い。明日の任務に備え、各員休んでおけ」

「では、解散です」

  グラバー中尉に合わせてサラが解散を告げた。それに応え兵士たちは椅子から腰を持ち上げて弊社に戻り始めた。

  しかし、エトムントだけは向きが違う。彼が目指したのはエンゲルハルトの元であり、つまるところ司令部の置かれる施設だった。

「あら、兵舎に戻らないの?」

  歩き始めたエトムントにサラが声をかけた。

「ちょっと少佐に話があってな」

  それを聞くと、サラは大袈裟に溜息をついてみせた。

「そんなびしょびしょの格好で司令部内を歩かれたら困るわ」

「あ―……」

  自分の着ていたフライトスーツを見て思い出したとばかりに声を漏らすエトムントに、サラはタオルを渡してやった。

「ありがとう」

  エトムントはそのタオルで髪を拭きながら兵舎へ向かう。基地内に設置された光源装置のお陰で位置ははっきりと掴めた。

「まだ見てないけど、捕虜って女の子らしいわね」

「ああ。見た感じでは十五あたりだった」

「まあ! なんでそんな子が戦闘に……」

  サラが考えだしてしまいそうだったのでエトムントは話を濁して後回しにした。

「少佐に会う前に、二人で会いに行こう」

  そうね、とサラが返したあたりで兵舎の前に着いた。

「じゃあ、着替えてくるから」

「ええ」

  男性兵舎に女性兵士は立ち入り禁止である。その逆も言うまでもなく。

  兵舎の中に入るとエトムントは第二種戦闘服に着替えた。濡れていたフライトスーツは端から端に張られているロープに引っ掛けておく。髪型を簡単に整えると、フライトスーツ用のブーツから通常の軍靴に履き替えた。

「なあ、兵隊さんよ」

  男がエトムントに近寄ってきた。彼の名はユーリ・ブヌトー。フリーランスの戦場カメラマンでこの地域で戦闘が始まってからジオン軍に同行し写真を撮っている。普段はもう少し前線の方や難民キャンプなどで取材をしているらしいが最近はこの基地に寝泊まりしていた。

「なんだ?」

「聞いたんだ。捕虜は少女なんだろう? ぜひこのカメラに収めたいと、思ってな」

  ひょろりとした細身の体にカメラマンベストを纏い、顎髭を伸ばした金髪の男はカメラを握ってにやりと笑った。エトムントはその笑みがあまり好きにはなれなかったが

「勝手にしろ」

  と投げやりな了承ともとれる返事をしてタオルで髪を雑に乾かした。

  「よ、エトムント」

  軽やかな笑顔と声音で、次いで声をかけたのはルカ。エトムントはよう、と返した。エトムントもルカに用があったのでちょうどいい。

「煙草と替えてもらった雑誌なんだが……」

  『大人の雑誌』と銘打った雑誌をひらひらと揺らすルカ。

「次に貸してくれよ。それと―」

  ルカの相手をしつつ、要件を伝える。ルカは少し声のトーンを落とし了承した。

「遅いわ。それとお隣さんは?」

  サラはテントから出たエトムントとブヌトーに言った。

「捕虜の写真を撮りたいんだ。同行してもいいね?」

「私にどうこう言う権利はないわね」

  そう言って歩き出したエトムントとサラに、ブヌトーは付いて来た。

  もう雨のやんだ空の下、泥だらけの地面を歩いていく。捕虜を収容する独房と軍規違反の兵士を幽閉する営倉は基地の外側にある。兵舎を挟んで反対側だ。なので兵舎を出たエトムント達はそちらの方向に歩いていた。

「あんたらの出身はムンゾか?」

  ブヌトーが口を開いた。ムンゾというのはサイド3、現在のジオン公国の事である。それは地球から最も遠いラグランジュポイント2に存在していた。

「ああ。11バンチコロニー」

「私は1バンチよ」

「11バンチとズムシティか。俺はサイド6、リーアのリボー・コロニーだ」

  リーアという名前のサイド6は中立の立場を取っている。リーアには多数の観光コロニーもあり、戦争とは無縁の平和な生活が送られていると聞く。そんな平和ボケしたコロニーの人間にも、こうして戦争に対し関心を持つ人間がいるらしい。その事にだけは、エトムントは感心した。

「これは出会った兵士みんなに聞いてるんだが……どうして兵士になった?」

「ジオンの男はみんなこの道を選ぶんだ。俺の家は上流階級じゃなかったし、生産者でもなかったからな」

  ジオンの兵士は士気が高い。みなジオンの人間としての自覚を持っており、志して兵士となったからである。徴兵もあるが志願兵の割合も多かった。特に女性兵士にその傾向は高く見られる。

「私も志願。ジオンの人間として、できることがしたかったの」

  二人の答えを聞いて、ブヌトーは頷いた。

「あなたはどうして危険な戦場カメラマンに?」

「俺は……俺は元々普通の風景を撮る写真家だったんだが、ある日乗っていたシャトルの近くで戦闘が起こった。ジオンのザクと連邦軍のトリアーエズの戦闘だった」

「ほう」

  ブヌトーが語ったのは、民間のシャトルが戦闘に巻き込まれたという話であった。連邦軍に配備されている宇宙戦闘機トリアーエズは地球連邦宇宙軍の主力を担う戦闘機である。二門の機関砲とペイロードは少ないが二発のミサイルを武装とする防宙任務向けに開発された。宇宙世紀に入り宇宙軍の整備を進めた連邦軍の戦力として大量に配備されていたがザクとの戦力差は歴然で多くが撃墜された。

  シャトルの窓越しに爆発の閃光、命の駆け引きを目撃した。すぐにシャトルはジオン軍のザクの手によって戦闘宙域から離れたところに退避させられたが、その光景はブヌトーの目に焼きついたという。

「それで、戦闘をカメラに収めたいと思ったのか?」

「まあ、そういうことだな」

  思っていたより酷い理由だな、とエトムントは思った。戦争の悲惨さとか、反戦を訴えるわけではないのか。

「いや、これは俺が戦争に関心をもったというだけの話だから、俺が戦争大好きってわけじゃないぜ?」

  エトムントの胸中を見透かすようにブヌトーは言った。

「そうか、ならよかった」

「そういえば、捕虜の女の子ってのはどんな子なんだ?」

  エトムントはハンナの言っていた台詞を回想する。酷く取り乱し、そして憎しみに駆られる彼女の目が脳裏に浮かんだ。

「彼女の村は公国軍と戦闘になったらしい。彼女も小銃を持っていたから、ゲリラの村だったのだろうな。それで彼女以外は全滅したようだ。親も死んでいる」

「戦争孤児だな。今までもよく見てきた」

  ブヌトーがさして珍しくもないという風に反応を見せた。エトムントとサラにとっては非情な惨劇でも、この地球では珍しいことではないのだ。

「これからは、ああいうのがもっと増えてくるだろうな」

「そう……あれが収容所よ」

  案外捕虜収容所にはすぐに着いたので話はそこで終了してしまった。フェンスに囲まれた向こう側に金網張りの檻が幾つか並んでいるのが見える。

  さらに近づくと扉の前に警備兵の一人が見えた。煙草を吹かして仲間とへらへらふざけている。サラが軍曹の階級章をつける彼に声をかける。

「捕虜と会いたいのですが、開けてもらってもよろしいですか?」

「んーあ、了解。ああでも、彼には―……」

  彼の目線はブヌトーへ向けられていた。予感はしていたが、どうやらそういうことらしい」

「従軍記者はまずい、?」

「ええ。上からの命令でね」

  エトムントとサラはブヌトーの方を向く。彼は舌打ちを打つと観念したように

「わかった、俺はここで残るよ」

  と言った。フェンスのドアが開くと、エトムントとサラは中を進む。フェンスの軋む音を聴きながらブヌトーはカメラを構えた。しかし、ファインダーから覗くことができるのは金網だけだった。

  「よう」

  声をかけたが応答がない。人違いだろうか。

「……………」

  まだ濡れた服のままだったハンナは足を抱えて座っていたが、顔を少し上げてエトムント達を見つめた。

「こんにちは」

  サラがしゃがみこんでハンナと目線の位置を合わせた。しかし、ハンナの反応はない。それにもめげずサラは続けた。

「私はサラ。よろしくね」

  返事を期待していなかったサラは続ける。

「その、ごめんなさい。我々も自分にできることをと、自分のやるべきことをと思って必死なの。私が今しなければならないのはあなたと話すことだと思うわ」

「……私はなにをすべき?」

  ハンナが顔を浮かせて訊いた。小さな声だったが、そこに不安があるのは確かだった。

「誰になにを求められているのか、自分がなにをしたいのかに従えばいいのよ。あなたのご両親はなにを望んでいたか、あなたはなにがしたいか」

  ハンナは本当にジオンに復讐がしたかったのか。それは違った。なにが償いになるのか、報復を実行するのが自分の役割だと思っていたのだ。そして自分の両親がなにを望んでいたかも知っている。だがそれはハンナにとって自己中心的で、ご都合主義に思えてならなかった。

「わからない……わからないよ」

「取り敢えず、お前はここにいるのにふさわしくないと俺は思うんだ。ここはお前のいるような世界じゃない」

  エトムントが落ち着いた口調で言った。ハンナの目はエトムントに向く。

「だから、なんとかする。それが俺の役目だと思ったんだよ。いや違うな、大人の役目だ」

「そう、大人の役目よ。さあエトムント、行ってきて」

  追い出すようにサラが続けた。エトムントはサラに押されその場を立ち去る。

「さ、女同士の話でもしようかしら。まずは―名前を聞かせてもらえる?」

  エトムントは捕虜収容所から出ると司令部へ向かった。司令部が置かれているのはコンクリートと鉄でできた建物で、元からあった建造物を改造して作られている。屋上には無数のアンテナや配線が張り巡らされ、前線基地や後方の支援基地、通信基地と密に連絡を取り合うのだ。

  エトムントは建物の外観から目を逸らし前の扉に歩み寄った。その隣にはガレージへと繋がる大きなゲートがある。警備の兵士に少し事情を話してやると、難なく通る事ができた。

  建物の一階にはサウロペルタや一般的な車両などを格納するガレージと先日作戦の話をした会議室がいくつかある。エンゲルハルトはこの階のいずれの部屋にもいないと思われたので、エトムントは階段を使い上のフロアを目指す。確か士官の部屋があるのは三階である。二階には柱や壁を取り払って作られた大きな作戦指揮室があり作戦の有無に関わらず常に通信士や士官が出入りしている。ちなみにその隣にある小さな部屋もそのスケールダウンモデルのようなもので小さな作戦などはそこで指揮を行う。エトムント達パトロール隊への指揮もここで行っているのだろうか。すれ違う士官に敬礼をして階段を登っていく。

  立ち止まったのは三階、エンゲルハルトの部屋の前だ。扉は閉まっていてその向こう側の様子はわからなかったが、どうやら部屋の中に人はいるらしい。指を曲げてドアを数回叩く。

「入りたまえ」

「失礼します」

  エンゲルハルトに促されて部屋に入った。

「君はこの前の―ビエナート曹長か」

「はい。少佐には、今回拿捕した捕虜についてお話があります」

  エンゲルハルトは手にしていた資料を引き出しに入れるとエトムントの目をまっすぐ見た。エトムントはそれに臆さないよう気をつけて話を進める。

「彼女はまだ十代の子供です。体力の消耗が激しかったので保護しましたが解放しても問題ないかと」

  エトムントは客観性を失わないようそう言った。

「それで? 解放するだけかね?」

「街で保護してもらいます。当ては一応、あります」

「グラバー中尉はなんと言うかね」

「……………」

  彼ならば決して許さないだろう。そのことは容易に想像ができた。

「ビエナート、彼は好きか?」

  唐突に少佐が尋ねた。エトムントの持っていた答えはノーだったが、そういうわけにもいかないだろう。言葉に詰まるエトムントに、エンゲルハルトは言った。

「私はな、あいつが嫌いだ」

  そう言うとエンゲルハルトは豪快に笑った。

  エトムントは言葉が出ずにそれを見ていたが、少し愉快な気分になって顔の筋肉が和らぐのがわかった。

  しかし心配は拭いきれない。もっとも深刻なのがこの基地の司令官である。彼は常に冷静でありそして冷酷だ。恐らくは許してくれないだろう。

「実はな、基地司令は今ご不在だ」

  エトムントの胸中を見透かすようにエンゲルハルトはやや声を細めて言った。

「少々野暮用で。その間私が任されているのだ……。ゲリラの村出身とは言えただの子供なのだろう? 許可する。明日の朝一番、行ってくるといい」

 案外簡単に進んでしまいエトムントとしては拍子抜けした気分だったが、損はない。すぐに礼を言って部屋を出た。

  「……ハンナ」

  サラの質問に答えた。

「そう、ハンナっていうの。いい名前ね」

  ハンナは先の言葉が気になっていた。だからサラの反応に対しても特に返さない。頭の中では常に自分の状況がぐるぐると回っている。

「自分のすべきことって言ったじゃない?」

  そのハンナの黙考を見抜くようにサラが口を開く。優しい姉のような口調だ。

「みんなそれぞれ、自分のすべき事だと思った事をしているのよ。あなたの街を襲ったザクのパイロットだって、自分の仲間を守るためにしたんだと思う。だから許してやって。あなたの村の人達だって同じでしょう? 彼らとの戦闘で、三人の兵士が死んで二人が怪我をしてる。でもそれがすべき事だと思ってしたのなら仕方ない」

  ハンナは黙ってサラの目を見つめて聞いていた。

「あなたも自分のすべきを考えてみて。あなたが復讐をしたいのなら私達はそれを拒否できない。けれど、あなたのお父さんやお母さんはそれを望んでいるのか、よく考えてみて」

「……わかった」

  ハンナがそう呟くと、満足したように微笑んで、サラは別れを告げる。

  「ねえ」

  収容所の扉へまっすぐ歩いていた内勤服のサラに、声をかける者があった。女の声だ。

「あのワッパ乗りの男に、あなたの言ってたことは嘘だったって伝えて」

「……わかったわ」

  ああエトムントが捕虜にした女だ、とサラは気付いた。了解するとその女はまた壁に寄りかかって寝てしまったのでサラは収容所を後にした。

 

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  • 人間ストーリー
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