機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

5 / 23
第四章

  第四章

  昼。ハンガーに工具の音が響いている。電動ドライバーや金槌の音だ。その音をBGMにしてエトムントはドックに入る。

「どうだ?」

  愛機であるワッパを解体し修理している腹の出た男にエトムントは声をかける―が、返事は返ってこなかった。

  しかしそれにも慣れているエトムントは気にせず周りを見渡す。ワッパのフィンのカバーが取り外されチェーンに吊られている。ブーム懸架式の機関銃も取り外されていて、まさに丸裸といった様子である。

「モーター周りを勝手にいじってただろ。お陰で修理が大変だったぞ」

  遅めの返事が来た。いつもの事なのでエトムントも返す。

「ははは、しかし、その方が乗りやすいんだ」

「とんでもないじゃじゃ馬じゃねえか」

  そう言って快活な笑い声をあげる彼はこの基地の整備長。常に酒気帯びとか色々問題はあるが、腕は確かだ。中年の彼はぼさぼさの髪を帽子で押さえつけ作業着を着て、いつも部下の整備士を怒鳴りつけているシーンが印象的である。

  先日の戦闘で、実はワッパが被弾していたのだ。基地についた時に音を上げてしまったので信頼している整備長に預けていた。そして、任務に合わせ取りに来たのだ。

「しっかり修理したぞ。これなら任務もこなせるだろう」

  エトムントが礼を言うと整備長がワッパの組み立てに入る。エトムントはその作業を見ている意味がないので、その間に部屋を移った。

  ワッパや自動車といった比較的小型のマシーンの整備をするブースから、一際広いMSハンガーに移動する。全高はMSが格納できる二十五メートル。この基地の中でも特に高く大きな建物だ。小型の整備場とは直結されている。

  MSハンガーに格納されているのはMS06J、ザクJ型と呼ばれる機体である。緑色の機体。足や腰にはパイプが通り、棘のついたショルダーアーマーと、盾が左右非対称に装備されている。そして最も特徴的なのがその頭部。今は光を灯していないが起動時には赤く輝く一つ目、モノアイである。そして人間でいうところの口と鼻はなく、代わりにダクトが設けられている。この鋼鉄の巨人はジオン公国軍快進撃の立役者であり、そして同時に連邦軍兵士のトラウマとなっている。一週間戦争、ルウム戦役の戦線で活躍したザクはMS06A、あるいはMS06C、MS06Fであり、この機体は地上戦用に改修されたJ型である。それらすべての機体が緑色で塗装されている。いわゆるノーマルカラーであり、一機だけツノがついているのは隊長機だ。エースパイロットなどは赤色や青色、白色などの派手な色に期待を塗るが一般の兵士はそうはいかない。派手な色は目立つ上それを塗るのに使うペンキだって膨大な量になるからである。

「ようエトムント。MSに乗りたくなったか?」

  ザクを見上げていたエトムントに話しかけたのは、MSパイロット、ヨナス曹長だ。

「いいや。俺はワッパが気に入ってる」

「そうかそうか」

  MSパイロットに配給される第二種戦闘服にギャリソンキャップを被った金髪の男、ヨナスは言う。

「昨日また戦闘があってよ、敵戦車隊への夜間奇襲。相手が61式じゃあ造作ないが、新人がドジりやがった」

  ヨナスが背後を親指で指す。その方向には大破とはいかないまでも大きな損傷を負ったザクがあった。脚部スカートは外れている箇所があり、ショルダーアーマーには大きな穴が空いている。特に目立つのは頭部のパイプがない所だ。恐らくは被弾した際に損傷し取り外されたのだろう。ワッパ乗りの彼は詳しくないが、頭部へエネルギーを供給しているパイプなのだからなければ困るのは当然だろうという予想は簡単についた。他にも所々に損傷が見られ、被弾の壮絶さを物語っている。

「パイロットは?」

「なんとか生きてる。まったく、次の補給まであいつは使えんよ」

  ヨナスは呆れた口調で愚痴をこぼした。

「補給は今週中だと聞いたが……」

「さっさとしてほしいもんだな」

  ああ、と返す。元々物資の少ないジオン軍だから、少しの損耗が進撃速度を鈍らしかねない。常に補給線を保つ事が重要なのだ。

「じゃあ俺はこれで失礼するぜ。寝てないんだ」

  早めに切り上げると手を振ってヨナスは歩いて行った。

  ハンガーを出ると停車してある戦車や装甲車が見えた。MSの戦闘能力は歩兵から戦車や装甲車などを凌駕したが、歩兵を運び守る装甲車やMSより安価な戦車はいまだに第一線で活躍する兵器である。また砲兵などはMSへの代替が難しく、MSに対抗可能な重要な戦力だ。初期の戦闘でも砲兵によって打撃を与え混乱を引き起こしたところへMSと戦車で構成された部隊が突破、歩兵で制圧するという戦術がとられた。ちなみにこの基地の航空機は連絡機と攻撃ヘリ程度しかない。主な航空機は専用の航空基地で待機しているのだ。戦車の車上では戦車兵が座り込んで酒と煙草を楽しんでいる。エトムントはそれを横目に兵舎を目指した。

  兵舎はテントになっていて、この地方の橋頭堡となっているこの基地の兵士ほぼ全員が宿泊できる設備が整えられている。その為この広い基地の敷地内でも高い割合で土地を占めているのが兵舎などの簡易的な建物である。歩いているとやがてかまぼこ型のバラック兵舎が見えてくる。

  兵舎の安い扉を引いて開ける。中に入ると、夕方に入り日の光はオレンジになっていたので電気ランプが点灯していた。

「よう、エトムント」

  兵舎内の簡易ベッドの間を進んでいくとルカに声をかけられた。二人は成り行きで兵舎の外に歩み出る。むさ苦しい兵舎に長くいるのはあまり得策ではない。ストレスを溜め込んだ兵士と喧嘩になっても面倒である。

「お前、まさか少尉とデキてる?」

「いや、まあ、ああ」

  デキてるのかデキてないのかよくわからないまま認めたエトムントに対して、どうやったんだよ、とルカは笑う。柔らかい色で基地を包む夕日は昨日とは違うものに見えた。

「お母さんと妹さんに教えてあげるまで死ねないな」

  おっと、忘れていた事にエトムントは気付き、サラとの結婚なんて思いつきを想像してみた。

「ああ」

  だがすぐに忘れる。それは任務のあとにゆっくり考える事だからだ。

「俺も早く帰ってチヨと結婚してえや」

「そうだな……少なくともここに長居はしたくない」

  エトムントとルカは人殺しや殺人鬼ではない。少なくとも、当人達の感覚では。人は殺しているがあくまでも戦争をしている以上、相手を殺すのは兵士として普通の仕事なのである。恨めしい敵国の人間を殺していくのではく、国のための仕事をさっさと終わらせて帰りたい、そういう感覚なのだ。

  だがちゃんと殺し合いをする自覚はある。それがなければただの虐殺者、狂人と変わらない。だが逆にその自覚が重すぎる人間は兵士に向かない。殺し合いの意識を必要な分だけ受け止めればいいのだ。現にそうする事で、兵士として正常な精神を保てている。

  必要な分の殺しの自覚とはなにか、はさておくとして。

「この調子ならジオンは勝てる。少なくともここ東南アジア戦線はな。だから今は任務に集中だ」

「まったく、根が真面目なのは変わんねえな」

  いつも表情はややにやけていて飄々としているルカとそれに付き合いながらも真面目なところがあるエトムントは良いコンビとして訓練生時代からの親友であった。

  第三次降下作戦で東南アジア戦線に配属されてからもそれは変わっていない。だからこそ互いの事を熟知しており、癒し合う事もできた。

  短い会話を交わすと、二人は作戦前のブリーフィングに参加すべく簡易テントのある場所まで向かった。周辺に響く爆音に導かれ空を見上げると、戦闘機ドップが六機の編隊を組んで飛行しているのが見えた。

  首の角度を元に戻して目線を自分の前に向けると、ヴィーゼル偵察警戒車、ジオン軍の機銃を装備した装甲車が横切った。軍用車ならではの大きなモーター音と鉄の装甲板同士が当たる音が騒がしく耳を刺激し、今度は巻き上げられた砂煙がエトムントとルカを襲う。

  二人は咳き込みながらも砂煙の中を突破し、テントにたどり着いた。オリーブドラブの帆が張られたテントの下には簡易テーブルがあり、その上に通信機器やパソコンが置いてあり、奥に作戦指揮用のボードも見える。そして何よりその場にいたエンゲルハルトとサラに敬礼をした。

  エンゲルハルトとサラが敬礼を返す。エトムント達は簡易的な椅子に座った。ぞろぞろと他の兵士達もやってきたのでサラが人数を確認し、全員いることがわかると口を開いた。

「それでは、本作戦の詳しい説明を始めます。本作戦の指揮を務めるのはグラハム・グラバー中尉です。では中尉、ご説明を」

  紹介されたグラバーは前へ出た。三十代ぐらいに見える彼は細い顔の髭を綺麗に剃り、細長い長方形のレンズのメガネを掛けていて、それは見るからに神経質そうな男である。

「グラバー中尉だ。では説明をする。この地図にある赤い円のエリア内が我々がパトロールする事となった区域である。各員所定の区域を巡回してもらう。任務にあたっては実弾の使用を許可する。敵対行動を取るものは即刻射殺せよ。だがまず敵の勢力を確認の際は即座に本部に通報するんだ。常に装甲車と攻撃ヘリコプターの討伐隊が待機している。それと最後に。物資には限りがある。捕虜は必要ない」

  グラバー中尉が説明を果たすと、エンゲルハルトが口を開いた。

「我々はキシリア様の意向、祖国で待つ国民の期待に応えるべく、一刻も早くこの地域を制圧しなければならない。その為にはこんなゲリラごときに戦力と人員を避けない。少ない人数の任務ではあるが、諸君の奮戦を期待する。これもジオンの勝利へ近づく一歩なのである」

  落ち着いた語り口ではあったが、祖国の為である事や特命的な任務である事を語るエンゲルハルトの台詞に作戦前の兵士達は無邪気に士気を高めていた。

「では、〇九〇〇時をもって作戦開始とします。各員配置について下さい」

  ハルがそう言うと兵士達は二つのグループに別れた。片方は交代時間まで待機すべく兵舎に戻る者達、もう片方がワッパに乗る為にハンガーへ向かう者達で、エトムントとルカは後者の部類であった。

  エトムントの駐機スペースには当然のように整備されたばかりの愛機が停めてある。エトムントはそれに跨るとキーを回してエンジンを始動させた。心まで震わせるような駆動音とマシーンの震えに応えて、ワッパを浮遊させる。前脚部に取り付けられたサーチライトを点灯させて横を向くと、ルカも同じようにして浮遊していた。

「さあ、行くぜ」

  時刻は〇九〇〇。作戦開始時刻であった。

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
  • 歩兵

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。