機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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第三章

  第三章

  翌日、エトムントとルカは休暇を得ていた。エトムントとルカの代わりの兵士が来て、今日から俺たちがこの任務を受けると言った。例の任務は明日からであるから、空白の時間ができてしまったらしい。翌日の任務時間が夜なら、今日も昼夜逆転の生活をして寝るタイミングを合わせるべきなのだろうがそうしなかった。実はサラも休暇がその日に設定されており、絶好のデートの機会としてサラは見逃さなかったからだ。

  早朝、照りつける太陽の下車を用意しながらエトムントは腕時計を覗いた。

  昨晩のベッドでサラに誘われ、約束の時間の五分前から待機しているのだが……。彼女が現れる様子はなかった。

  「ごめんなさい! 寝坊しちゃった!」

  まだ寝癖を残したサラが現れたのはその三十分後なのだか、エトムントの我慢強さが伺えるだろうか。

「さあ、行こうか」

  エトムントがサウロペルタのハンドルを握った。

「そうね」

  風が吹き、サラの纏った美しい白いワンピースが靡いた。

  「私、このボルネオ島が舞台の小説を読んだことがあるのよね」

「……………」

  助手席でサラがその台詞をして口を開いた。

「無限に広がるサラダのようなジャングルに、数え切れないほどの動物達。今ではオランウータンも増えてきたそうよ」

「オランウータン?」

「猿の一種よ。赤褐色の毛に覆われた大きな猿」

「なるほど」

  確かにこの島はほとんどが熱帯雨林に覆われている。パトロール中も数多くの動物を見かけ、なかにはオランウータンもいたかもしれない。一体あれらの猿をどう何種類に分類できるのかエトムントには皆目見当もつかなかったが。

「読書家なんだな」

「そうね、本は好きよ。特にアナログな紙媒体のものは」

  サラはえらく機嫌が良かった。自分から誘ったデートの最中に不機嫌な女は一般的ではないが、それにしても彼女の機嫌がいいのはエトムントにとって助かることだ。エトムントは女性と話すのが得意ではなかった。今もやっと話が振れて内心喜んでいるほどである。

  育ちがいいのだろうか、とエトムントは思った。読書を趣味に掲げる人物は多いが、大抵の人は電子化されたものを読む。紙にまとめられた書籍はかさばるし重いし劣化するしであまり良いことはない。が、昔から育ちが良い部類はむしろ不便ですらある昔ながらの文化を好むのだ。金持ちの家には大きな本棚があるものだった。その例に則り、サラは育ちが良いのだろうかとエトムントは予測してしまう。

「そうか……」

「読まないの?」

「ああ……」

  無愛想だなあ、とサラは笑った。少なくとも嫌な印象は持たなかったらしい。エトムントは安堵する。

  サウロペルタが到着した。基地よりも都市部に近い街の市場だ。二人は車から降りて街を歩き回った。付近には東洋系の顔立ちの男や女が買い物に立ち寄っている。殺伐とした戦争は感じられない、平和な光景だ。並ぶ店舗は安作りの屋台で、果物や野菜、食品が木の板や籠の中に並べられている。そのうちのいくつかのフルーツを眺めて、サラが問うた。

  「好きな食べ物とかってある?」

「特に……ない」

  二人のデートの主導権は、終始サラの側にあった。エトムントは無口が加速していくのを自分で感じる。

「エトムント、あなたもしかして……女と付き合ったことないの?」

  サンドウィッチを両手に持ったサラがエトムントの顔を覗き込んだ。エトムントは顔をそらして言う。

「あるさ」

  ふうん、と納得しかねる風のサラに今度はエトムントが問いかける。

「なんでそう思った?」

  「だって、その格好―」

  サラはエトムントの体を見て吹き出す。これで二度目だ。エトムントはさっきと同じ事を言う。

「私服がないんだ、これしか」

  エトムントの服装の服装はカーキのハーフパンツの上に不似合いなアロハシャツという格好で、それがサラにとってはひどく愉快だったのだ。対してサラは黄色の袖なしワンピースに麦わら帽子、サングラス。お洒落な格好であると評価して妥当と言えるものだった。

  サンドウィッチを受け取ったエトムントは、溢れそうになる具を不器用に口に詰め込んで頬張った。その隣でサラは器用に綺麗に齧っていく。

「じゃ、服を買いましょう。何度も来れるようにね」

  そう言ってサラは悪戯に笑う。エトムントは新たな一面を見て更に惚れ込んだ。

「わかった。服選びは手伝ってくれ」

  「勿論よ」

  エトムントが選んだ服は尽く却下される―エトムントは自分のセンスを疑うようになり、次第にサラが服を選び始める。

  エトムントはサラが持ってきた服を一着一着試着した。それをサラが見て感想を述べる。まるで男女が逆転したみたいだ、とエトムントは思った。サラの選んだ服を順に着ていく。ジーンズパンツやハーフパンツ、白いシャツ、充分な着数が買えると、エトムントが今度はと切り出す。

「次は君の服を選ぼう。気に入ったのをプレゼントするさ」

「本当! ありがとう、なににしようかしら」

  サラが笑顔を浮かべながら棚を徘徊する。あまり広くはない店内だが、数着の服をサラは持って試着室に入った。

「じゃん」

  誇らしげにカーテンを勢いよく開けたサラ。華奢な手が当てられた腰にはデニム生地、ヒップハングのホットパンツ、上半身は白いシャツを纏っている。サラは両足を開いてどうだと言わんばかりの笑顔を見せた。

「ああ……綺麗だ」

  一瞬言葉を失いかけたがなんとか感想を紡ぐ。戦争には似合わないほど平和的で美しかった。

「うーん。もう一着着てみるわ。ちょっと待っててね」

  そう言うとサラはまたすぐに着替えた。今度はストライプ柄でノースリーブのワンピースだ。

「ワンピースが好きなのか」

「ええ、好きよ。着やすいしね。じゃあこれにするわ。申し訳ないけれど、ありがとねエトムント」

  サラが選ばれなかった服を商品棚に戻している間にエトムントは会計を済ませに店主に話しかける。

「あんた、ジオンの人だろう?」

  エトムントは一瞬で体の温度が下がっていくのを感じた。何も言わずに店員の男を見据える。今は休暇中でこの街に入ることは問題ないが、それをわざわざ確認してきたのは彼だけだ。ジオン軍は民心獲得の為地球の市民には危害を与えないように治めているが普通の市民ならばジオンの人間に積極的に関わろうとはしないのだ。中には否定的な意見を持つ者や、過激な者もいる。

  エトムントは、彼を反ジオンの過激派だと疑った。

「おいおい、気にすんな。顔がここらの顔じゃなかったからな。かといって連邦の連中にも見えん。だから聞いてみただけだよ」

  そう言って皺の寄った顔を広げて笑う店主。エトムントは息を吐き出すと、会計の続きを始めた。財布を取り出して金を出す用意をする。しかしエトムントは提示された金額に驚愕した。

「こんなに、するのか?」

「ええ」

  一応払えない金額じゃあない。エトムントは溜息をついて代金を支払った。

  決して小さくない損失と悔しさにわずかに震えるその背中に店主が無駄に大きな声で叫んだ。

「毎度ありい!」

  「あと一時間で戻るぞ」

「うん、わかった」

  街を歩くエトムントと彼の左腕に自身の右腕を絡めるサラ。しばらく街を歩き満足すると、二人は街角の小さなレストランに入った。ガラス越しに店内が見える、木製の綺麗な作りだ。軽快なドアベルの音を聞きながら店内に入る。賑やかな声が聴こえる店外とは違い静かでモダンな印象を受けた。テーブルや椅子は色を落とした木製で、電気ランプと外からの光がちょうどいい明るさを保っている。

  腕時計の時刻は午後四時を指している。食事を取るにはちょうどいい時間にも思える。なにより、二人は基地の糧食班が作る料理には飽きていた。

「パスタを」

「あ、私も」

  店主の老婆に声をかけると、笑顔で了解してくれた。

「コーヒーでよろしいですかな?」

  パスタができるまでの間、二人はコーヒーを啜りながら雑談に興じる。

「あんまり街とかに出た事ってなかったけれど、結構いい所があるのね」

「ああ。俺も始めて来た。場当たりだったけど、悪くないな」

「また来ましょうね」

  ああ、と返しながらまたコーヒーを啜るエトムント。ほろ苦い味が口に広がる。カウンターの奥に視線を伸ばすと店主がせっせとパスタを茹でていて、香ばしい香りが流れてくるのが感じられる。基地の生活ではあまり嗅ぐ事ない香りにエトムントの食欲が刺激され、空腹を強く感じ始める。

  その時どたどたと木を鳴らす音が頭上から聞こえてくる。音のする方へ自然と視線を向けると、少年が階段を降りてきていた。

「あれ、お客かい? 珍しいね」

  小柄な少年はハンチング帽を被り、半袖半ズボンに身を包んでいる。目立つのはやや大きな肩下げ鞄だ。彼はエトムントとサラを見てこんにちは、と軽く挨拶をした。エトムントとサラもそう返す。

「じゃ、失礼するよ」

  たたたっと少年は走って行ってしまう。

「すみませんね……上の部屋を貸してるんですよ。彼、戦争孤児で」

  「なるほど」

「戦争で親を亡くしたようでして、私が引き取ったんですがね」

  そう続けながらトレイの皿を運ぶ店主。テーブルに重い皿が置かれる音がして二人はフォークを取った。

  戦争が起きると戦争孤児が少なからず発生する。彼らはストリートチルドレンとなり物乞いをしたり窃盗、略奪、売春といった犯罪行為に手を染める事が多い。彼らに服を買ったり満足に体を洗える環境などあるはずもなく彼らには不衛生な生活を営み、凍死や伝染病の危険がつきまとう。それを嫌う地主やストリートチルドレンによる犯罪の被害者に依頼された街頭浄化部隊などといって犯罪を犯すストリートチルドレンを虐殺するケースもあるそうだ。

  だから引き取り手がいるのは幸せな事だ。先の彼もまた、ストリートチルドレンになるかも知れなかったのだから。しかし戦争孤児という事は、間接的にとはいえ自分達が加害者だという事でもある。それがエトムントの気分を下げた。

「おっと、暗い話になってしまって申し訳ない。デートの邪魔をする趣味なんてありませんから、私は向こうに行きますね」

  それを察してか店主はそう言って笑いながら奥のカウンターで腰掛ける。新聞を広げて読んでいた。記事には『ルナツー哨戒艦隊、奇跡の生還者』とでかでかと書かれている。この進展の早い戦争、数日の内に古くなる情報だ。しかし店主はそういった戦争の記事には専ら興味がないようで、ここからは見えないが他のページを見て微笑んでいる。戦時中でも微笑ましいニュースはあるようだった。それがエトムントにとっての救いになった。

「さ、食べましょ」

  パスタの麺をフォークに巻きつけて口に運ぶ。ナポリタンのソースの香りを堪能しながら……美味い。彼は忘却の彼方にあった、本国の料理店で食べた味を思い出した。

「美味しいわね!」

「ああ!」

  飢えた舌で存分にパスタを味わう。口に広がる味に二人は感動を覚える。

「久しぶりに食べたわ……これもう、糧食班のなんて食べられなくなるわね」

「不味くはないけれど、味気ないっていうか、とにかくこっちの方が美味い」

  二人で基地の飯の悪口を言いながら絶賛した。二人がパスタを食べ終わるのに、さして時間はかからない。すぐに食べ終えてフォークを皿に置いた。

「ごちそうさまでした」

  律儀に礼を言い、コーヒーを口に流し込む。そのサラを席に待たせてエトムントは店主に代金を払った。

「良心的な価格だな……」

「細々とやっとるもんで、あまり大層なものは出せませんからね」

  あくまでも謙虚な店主に、そして先の洋服店との対比で少なくない好感を抱きつつ、礼を言ってエトムントとサラは店を出た。

「さ、そろそろ帰るか」

「そうね」

  目立たないように街の外れに停めておいたサウロペルタに乗り込む。運転はエトムント、助手席にサラがいる。電気駆動のエンジンをかけ、車を発進させる。舗装されてない道を走るので乗り心地はよくないが、それでも二人はドライブを楽しんでいた。

  積み込まれたラジオからは穏やかな曲調の優雅な曲が流れている。それを背景にエトムントはハンドルを回した。

「あの洋服店……随分なぼったくりだったよ」

「みたいね」

  後部座席にあるビニール袋を見てサラが嬉しそうに答える。

「戦争でみんな不景気だもの、仕方ないわ」

「だな。ところであのレストラン……」

「美味しかった!」

  二人は今日の思い出を振り返っていく。レストランのナポリタンは絶品だった。それに店の落ち着いた雰囲気も二人は気に入っていた。

「ああ。久しぶりにあんな美味いもん食った」

  今度ルカにも教えてやろうか。ルカだけにだ。基地のジオン兵の中で流行りに流行って街を休暇のジオン兵が跋扈してもあまりよくないから。

  それぐらい美味な料理を出すレストランだった。

  ドライブの途中、サラが景色を眺めているところにエトムントは尋ねた。デートの終わりに、次のデートの話を切り出す。そうすれば、終わりを残念に思うこともない。

「次はどこに行きたい?」

「海。あと……山も」

「山や海なら―」

  ここにあるじゃないか、と言いかけてやめる。

「まあ、俺も平和な海の方が好きだ」

「連れて行ってね、海」

  スペースノイドの二人は本物の海、母なる地球の海をまだ見た事はない。あるのは宇宙船から見たただひたすらに青い球と、戦場としての海だけ。エトムントには潮の匂いがして慣れなかったが、サラはすぐに好きになった。なんと素晴らしい事か。生命が生まれた海。生命の宿る海。その広さと青さに惹かれた。だからいつか恋人と来ると決めたのだ。

「ああ。リゾンデやウィルヘルムスハーフェンなんかじゃない本物の海や山に行こう」

  答えたエトムントにサラが雑に抱きつく。エトムントは驚いてハンドルを切りかけた。危ない。死ぬところだった。任務の合間を縫って街に出かけて、彼女に抱きつかれたまま死ぬとか洒落にならねえ。エトムントは想像して笑ってしまった。きっとこの想像をサラは見ていないが、彼女も笑っていた。

 

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  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
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  • 普通兵器
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