機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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Ep3. 密林航路には似合わない ―MSM-04 ACGUY―
第一章


   第一章

 

 

 ―『母さん。僕は今、地球にいます。父さんが憧れた青は、大海原の青です。僕は歩兵だからそれまで見られなかったけれど、昨日ビーチに行くことができました。津波の被害がまだ残る砂浜に。父さんと母さんにも景色を見せてやりたかったな』

 ―ジオン公国軍地球方面軍第四地上機動師団隷下第502歩兵大隊 ウィリアム・J・アダムス上等兵

 

 

 

 連邦軍下士官、リット曹長は泥色に濁った水面が盛り上がるのを見た。噴き上がるような勢いもなければ盛大な飛沫を上げる訳でもなく、ただゆっくりと水面がその一帯だけ、奇妙に隆起するのを見た。

 彼ははじめ、水の勢いが増した為の現象だと思った。しかし、その盛り上がりはゆっくりと、川の流れとは逆方向に移動したのだ。彼は彼の首筋に鳥肌が立つのを感じた。彼の一度も見たことのない光景。自然にはあり得ない現象。

 できればこの気味の悪い存在が、敵であって欲しくない。さながら怪異のようだとすら思った。

 「軍曹、この川の深度は分かるか?」

『地図ですと、まあかなり適当なんですがね、深くて十メートルより深い程じゃないですかね。運河ですから』

 IFVの車長用ハッチから身を乗り出したリットは、兵員室にいる軍曹に無線で訊くと、すぐさま砲塔へと戻った。車長にも操作権限がある機関砲塔を川へと向ける。

「おい、川になにか―」

 車体の上部に設置されたモジュール砲塔に組み込まれたカメラが捉えた映像には、赤く光るものが明瞭に映し出されていた。

 ―連邦軍兵士が恐怖する赤い一つ目。

「う、撃て!」

 25mm機関砲の引き金がついているのは砲手のジョイコントローラーだけだ。車長に許される最大火力はM60、13.2mm機関銃である。水面から浮かび上がったモノアイに向けて曳光弾を放つ。遅れて砲手が発砲した。

 IFVから放たれた25mm徹甲弾は、アッガイの緩やかにカーブした頭部を滑ることなく着弾したが、あえなく弾芯は砕けた。機関銃弾が同様に装甲板に砕かれた事は言わずもがなであるが、そもそも、その射撃は長くは続かなかった。MSM-04アッガイの頭部に搭載された二連装105mm砲が火を吹いたからである。

 頭部二連装105mm砲は、MS-05用に開発された105mmザク・マシンガンのように連射速度は速くないものの、二連装とする事で瞬間火力を高めている。

 発射された多目的対戦車榴弾が、装軌式装甲車の側面で爆ぜた。メタルジェットが装甲板を抜けて車内に流れ込み、無人砲塔下の弾薬が誘爆し、赤黒い炎が水面を照らす。

 『敵だ!』

 そこから少し離れたIFVの車長、バーグ上級曹長はインカムに怒鳴りつける。

「降車戦闘用意!」

 データリンクで撃破された車両のポイントが表示される。自分でなくてよかったと思う反面、現場を見ていないのが不安だった。

『敵は何なんだ! モビルスーツか!』

「分からん! 今すぐ確認しろ!」

 後部ランプが上向に開き、重機関銃と無反動砲程度には耐える装甲に守られた内界と、戦場とが一続きになる。兵士達は砂袋に穴を開けたように飛び出した。

『ミノフスキー粒子はないんだろう! レーダーに敵が―』

「映ってんならとっくに撃ってるさ!」

 常識的に考えれば敵は歩兵だ。このジャングルで気付かれずに接近できる車両などいない。仮に戦闘車両なら他の車両が反撃してとっくに交戦が始まっているはずだが、爆発があったきり戦闘音は聞こえない。木々に隠れて移動しているのだ。ならば―

 ―二両目が吹き飛ぶ。

 別の道を進んでいた機械化歩兵部隊の兵士たちは、装甲車から出、そのまま索敵を命じられた。インドネシア特有の異常に大きな木々を抜け、撃破された装甲車を確認しに行く。

『ミノフスキー粒子はないんだ。敵の正体が分かったら報告しろ! 戦車隊も向かってるそうだ!』

 装甲車の車長、バーグの命令に、無線をオフにしたまま毒づく。

「くそったれめ。本当にモビルスーツがいたら、俺たちはどうしようもないってのに」

「その時はさっさと逃げるだけさ。戦車隊の連中に任せてな」

 兵士たちは愚痴をこぼしながら、ライフルや無反動砲を抱えて進んだ。人を包めるほどの大きな葉や色とりどりの花を避け、邪魔な葉はマチェーテで切り落としながら、視界の届かない森を進んでいく。

 乱立する大木が途絶え、濁った川までまっすぐ開けた土地が見えると、彼らは木立に隠れて様子を伺った。数輌の装甲車が黒煙を吹き出し燃え盛っている。その中にいたであろう歩兵たちの命運を思うと、彼らに暗いものが立ち込めた。

『どうか?』

「何もいませんぜ……いや、あそこ」

 数名の兵士が地面の弾痕に隠れているのが見えた。だが肝心の敵は見当たらない。

「リッキー! お前が奴らから話を聞いてこい」

 リッキーと呼ばれた小柄な兵士は、それでも走るのが誰よりも早かった。ブルパップ式のアサルトライフルを小脇に抱え、影を飛び出した。

「分隊長め。くそ、奴らは何から隠れてるってんだ?」

 単にインドネシア、ボルネオ島の気候や天気のためではない、不愉快な汗が吹き出すのがわかった。

 数百メートル弱の距離をあっという間に走り切り、穴に飛び込む。

 弾痕に隠れていたのは装甲車の乗員と歩兵の生き残りらしい。乗員の方は兵士と違いプロテクターを身に付けておらず、タンカーズヘルメットを被り、サブマシンガンを護身用に抱えている。

「リックセン上等兵であります。敵はなんでありますか!」

 穴に飛び込んだリッキーは、簡単に名乗るとそこにいた兵士達に問いかけた。

「分からん! 我々はたまたま助かったんだ」

「訳が分からないままに降車命令が出て、このざまだ!」

 口々に主張する彼らを見てリッキーはなんと報告したものかと首を傾げた。

「敵はどこに行った?」

 瞬く間に全滅させられた装甲車小隊は、敵の正体すら認められなかったのか。

 リックセンは恐る恐る窪みから頭を出し周囲を確認する。河川の対岸ではないかと見やった瞬間、不気味な光を見つけた。

「……なんだよありゃ」

 反射的に身をかがめ隠れてしまったリックセンは、ヘルメットに含まれた無線機に向かってこう報告した。

 『正体は分からないが川に何かがいます。モビルスーツかも』

 報告を受けた歩兵隊の指揮官は、双眼鏡で川を観察していた。不意に水面がゆっくり盛り上がり、水ではない何かが姿を現したが、それにモノアイが付いている事に気づくのがあまりに遅すぎた。

 MSM-04の頭部に搭載された20mm機関砲が火を吹く。木立を横薙ぎに斉射された榴弾はそこに隠れていた兵士たちの命を赤い霧に変えていく。

「伏せろ! 無反動砲用意!」

 伏せながら指揮官が命じたときには既に、無反動砲の射手はこの世を旅立っていた。

 爆煙に向けて加速する61式戦車の小隊はMSの攻撃を確信していた。立て続けに撃破された歩兵戦闘車。響いた砲声は装備された機関砲の他に、戦車砲クラスのものがあった。

 ジオンにも戦車はあるが、瞬く間に一方的に撃破されていることから、数が多いが、考えたくはないが、MSだと思える。ザクかグフだ。

 「来たよ戦車だ!」

 川を流れる東洋の菓子、もといアッガイの腹の中でパイロットが警告する。アッガイは戦闘用のMSでは極めて珍しい、複座式の機体である。当然一名での運用が可能であるが、コパイロットとの交代、分担によってより長時間の任務、高度な機体操作が可能になっている。この仕様はアッガイが長距離浸透、偵察作戦での運用を意識して設計された為であり、事実MSの操縦技能を持たない者を副操縦席に乗せて輸送することも可能である。

「戦車四両。M61A3だね」

 ドナ・ワトソン曹長が、モノアイが捉えた情報を分析、記録する。

 対地戦闘、つまりは水陸両用MSの陸での戦闘では、コパイロットは火器管制の他に、索敵と電子戦と、情報面でのパイロット支援を行うことになっている。

「応援を出せるか見る。左腕ミサイル任せるぞ」

 相棒のクロエ少尉が言った。彼女がこの機体のメインパイロットである。

 ミノフスキーレベルゼロ、61式戦車の追加計器がそう示していた。戦車長は目の前のモニターを確認し、小隊の戦車がデータリンクシステムの輪で繋がれていることを再認する。

「指定目標、弾種APFSDS、小隊集中行進射!」

 車長車が飛ばした号令に合わせ、各車が照準を絞る。

「撃て!」

 150mm滑腔砲から放たれた装弾筒付翼安定徹甲弾がアッガイに直行する。戦車開発の完成形とまで言われた61式戦車のFCSに制御された砲撃がアッガイの頭部に集中する。が、すんでのところでアッガイは身をかがめ、鉄の矢は水面に突き刺さった。

 アッガイの大ぶりな頭部も水面下に沈んでしまうと、濁った水では視認もできない。

「撃ち方待て! 次弾―」

 隠れたと思ったのも束の間、再び巨躯が姿を現した。今度は胴体ごと水から上がり、グローブをはめたボクサーのような両腕をこちらに向けている。

「撃ち方始め!」

 アッガイの左腕から放たれたミサイルが、61式戦車の熱源を追い飛翔した。装甲の薄い上面を狙う程の距離はなく、四輌それぞれに直進していく。

 同時に、右腕に装備された120mm砲が連射される。

「全車後退、ミサイル防御!」

 機甲科特有の、エンジン音に対抗し早口で捲し立てるような大声に呼応するかのように、61式戦車に搭載されたスモークディスチャージャーが煙弾を吐き出し、同時に後進を始める。爆音が鳴り響いた。

 データリンクでは二輌が既に撃破されている。操縦手に超信地旋回を命じ、敵の予想から逃れられる位置に移動する。まだ煙幕が身を隠してくれる。

「どこへ行きやがった! 本部へ! 戦車二輌被弾、戦闘不能。応援を乞う!」

『ネガティブだ! 回転翼機の応援を待たれたい!』

 通信を切る。悠長な戦闘ペースでMSに対抗できないことは、すべての連邦軍将兵が身をもって体感しているはずだ。

「クソッタレめ」

 無線機のチャンネルを切り替える。

「付近の歩兵! 無反動砲はあるか!?」

『あるとも! 全部で二基だ!」

 賭けるしかない。A3タイプの61式戦車は、最新型の5型と違い、徹甲弾対策が不十分だ。

 本来地球連邦陸軍の戦車に徹甲弾対策は不要だったのだ。治安維持と離反した武力集団を相手にして、圧倒的な軍事力をもって制圧するのに、戦車の必要性は認めても、対戦車戦能力は必要ない。むしろ、歩兵が運用する安価な対戦車兵器で損害を出すことの方が、連邦軍にとっては耐え難い事だった。

 戦車二輌でMSの相手は不可能である、そう彼の理性は結論づけていた。だが、戦車乗りとしてのプライドが、鉄の人形に一泡吹かせてやりたいと望んだのだ。

「我々が囮になる! 無反動砲を奴のデカい頭にぶち込んでやってくれ!」

『り、了解した! 健闘を祈る!』

 要請を受けた歩兵達は、タケヤリとあだ名される無反動砲を担いで散開した。木々の隅や地面に穿たれた穴に隠れて敵を待つ。

「二号車ついて来い! 奴を仕留める!」

 白い煙のカーテンから飛び出し、川沿いを走る。速度が敵の照準を狂わせる事に機体しつつ、砲身を濁流に向けていた。

 しかし、茶褐色のMSが再び川の外に現れることはなかった。車長を安堵と落胆が包む。

 

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
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