機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第十一章
「基地レーダーサイトが戦闘濃度のミノフスキー粒子を確認。五つすべての警戒陣地を包み込む広範囲なもので、直前の報告では巡航ミサイルを迎撃するとの通信が残っている。以上のことから参謀本部はこれを敵の前進と判断。我々は当基地正面の空域で敵を待ち受ける」
メルヴィンが滑走路の上、セイバー・フィッシュのコックピットの中で作戦の概要を説明する。スクランブル発進だが、フル装備の状態だ。空対空レーザー誘導ミサイルを八基下げている。
ミノフスキー粒子干渉空域はここから約百キロ先の空域なのでまだ通信が利く。だから彼らが出撃するにあたっては管制塔からの指示を受けられたし、先に多くのデータを取得する事も効率的にできた。
「では……お気をつけて。基地の防衛は地上部隊が担いますので」
リアの声だった。感情を押し殺してはいるが、その声は微妙に震えた声であった。規模の不明な敵部隊にまたしても送り込まなければならない彼女の感情はわかっていたが、メルヴィンはあえて何も言わない。
生還で、答えるだけだ。
セイバーフィッシュ四機、フライアロー四機の計八機による迎撃隊はメルヴィン大尉を隊長として出撃した。
「クローバー・ワンより各機。命令だ、死ぬな」
大尉は落ち着いた声で暗号回線を通して味方機に伝える。
『了解です、隊長。絶対生き残って帰るんだ』
グリフィス・フォーはコックピットの中でグローブを握りしめた。既に手汗でびっしょりとしているのを感じながら、気持ちを高めつつも冷静さにしがみつく。そうだ……この戦いが終わったら、彼女に、リア・オルグレンに気持ちを伝えよう。彼は生に執着するに値する理由を見つけた。
『了解だ隊長。残らず墜とす』
『こちらクローバー・トゥー。さて、そろそろジオンの連中にはお帰り願おうか』
クローバー隊各機、それに加えてアロー隊の各機もメルヴィンの命令に返答する。各機とも士気は旺盛だ。
『ミノフスキー干渉空域まであと五分』
全員がその言葉に合わせて気持ちを入れ替える。これから戦闘で勝ち残るか逃げ出すまで戦友との会話は不可能となる。そして、いつどこから敵が現れてもおかしく無い状況に突入するのだ。
三、二、一……。
開きっぱなしの無線からはやかましいノイズがひたすらに発生している。無線のスイッチをオフにして、航法装置とFCSをミノフスキー粒子下モードに切り替えた。FF3CセイバーフィッシュC型には最新の改修が加えられているため、それが可能であった。
FF3CのFCSが敵を発見する。まっすぐにこちらに向かっている機影が晴れた空の中あったのだ。動体を検知することでやっと見つけられるという距離のドップだ。すぐにミサイル誘導用のレーザーが発振され、ドップに浴びせられる。HMDの映像では、ドップはレーザーを検知して回避行動をとったらしい。直後にこちらもレーザーを検知する。
「クローバー・ワン、ブレイク!」
メルヴィンは操縦桿を大きく倒した。呼応したセイバーフィッシュは急旋回によって高度を下げる。他の機もそれに倣った。すると、さっきまで彼らのいた空域を申し訳程度の誘導を持ったミサイル群が通り過ぎて行った。
メルヴィンは急加速をかける。それに合わせてノーマルスーツが与圧を開始し、血液の偏りによって意識を失うような事態を予防した。予想されるドップ編隊の進路の下を潜り抜け、背後を取る為に加速し、急上昇する。案の定、前方には一機ののろまがいた。
加速し、ロックオン。レーザーでやっと気付き回避を始めたようだったが遅い。既に噛みついているのだ。
噛みついたメルヴィンは絶対に離さない。急旋回、上昇、下降、ターン。そのいずれにも誤魔化されることなく追尾し続け、最良のタイミングでミサイルを発射する。翼下のハードポイントから二発の短距離レーザー誘導ミサイルが放たれ、ドップを追尾した。
「くそ! くそくそくそ!」
ドップのパイロットはできる限りの努力をした。チャフを撒きフレアを放出し急旋回……最高の努力ができたと言えるだろう。できることはすべて成した。
そして彼は死んだ。
翼を焼かれ墜ちていく元敵機の横を素早く通り過ぎ、新たな獲物を探す。
友軍機を追いかけるドップに、ミサイルを二発放つ。ドップは追跡を諦めてミサイルの回避に対応した。だが、メルヴィンの本命はミサイルではない。
機銃を一瞬、吹き付けすぐに針路を変える。ミサイル相手に必死になっていたパイロットの横腹を25mm機関砲弾がぐちゃぐちゃに破壊し、満足すると抜けていった。
上昇。そして捕捉。上昇し続けるドップに簡単に追いついたセイバーフィッシュの機関砲が火を吹く。無数の機関砲弾が殺到し、ドップのエンジンを破壊し尽くす。空中で爆発しながらドップは墜ちていった。
ちらりと周りを見やる。黒煙が他に四つ。さらに二機撃墜されていることになる。敵が友軍から不明だ。制空戦で半分を削れば、充分に目標が達成できているだろう。
―警告!
画面にそのコマンドが現れ、警告音がけたたましく鳴る。メルヴィンは急旋回によってその警告音の主を交わした。一発のミサイルだ。
彼が睨んだ後方視界用のモニターに映っていたのは―
「―奴だ」
黒いドップを確認するなりすぐさま回避行動をとる。素早く、効果的に、丁寧にだ。そうでなければこの世にはいられない。
ハルツハイムは《ドップ・イェーガー》コックピットの二本のレバーを操作し、機体を傾ける。タッチパネル、コンソール、フッドペダルそれぞれを素早く使いこなし、機体を我が身のように扱う。彼が狙うのはあの機体。照準の周りを高速で右往左往する真っ白のシルエット、《ラッキー・クローバー》である。
高濃度のミノフスキー粒子の空を、二機の犬が駆け巡った。さながら黒い猟犬と、白い猛犬。黒い猟犬は、白い猛犬の背後を追っている。まるで一匹の犬の頭と尻尾のように離れることなく。
メルヴィンは背中にぴったり張り付き続ける黒い機体から逃れようと高速でジェットエンジンを吹かせる。しかし、その努力に反してコックピットに警告音が鳴り響いた。レーザー誘導の被捕捉音だ。相手が自機を捕捉し、ミサイルを放とうとしている事を示す音である。
自己主張の激しいアラートをうるさく感じながらメルヴィンは操縦桿を、引くのと同時に横へ倒した。
―バレルロールと呼ばれる。床に倒された樽の外壁をなぞるように螺旋を描く機動である―
その機動によってレーザー照準がずれ、追いつかなかったミサイルは見当違いな虚空へ向かっていった。
ミサイルを回避したことに安心する様子は一切見せず、メルヴィンは急激な旋回を左右にランダムに繰り返し、敵機を振り切ろうとした。勿論黒い敵機もそれにしがみつき、ローリング・シザーズの軌跡を空に描きながら自機が敵機の前に出てしまうことがないように注意する。
再び警告音。殺到する二本のミサイルを急旋回で再度回避する。たまたま前方を飛んでいた緑色のドップに、お前に興味はないと言わんばかりに投げやりなミサイルを放つ。だがそれでもそのミサイルは機体に負けじとスピードを出し、セイバーフィッシュが横切るのとほぼ同時にドップの機体に着弾した。
『くそ! なんだあの二機は!』
ドップのパイロットが、化け物じみた戦闘を演じる二機を見て叫ぶ。彼が汗を吹き出しながらセイバーフィッシュと死闘を繰り広げるさなか、そんな戦いが赤子の遊戯に見えるほど格の違う戦いを目の前で展開している二機がいるのだ。とても、同じ世界の住人とは思えない。
『あれが人間だってのか!?』
再び叫んだパイロットは、背後に敵機が回ったことに気が付けなかった。警告音が鳴るのとほぼ同時に、機体と彼の体は蜂の巣となった。スクラップと化しまっすぐ地面に向かう彼と彼の機体の残骸の隣を、グレーのセイバーフィッシュ、《クローバー・フォー》が通り過ぎる。
クローバー・フォーと呼ばれる青年、空軍少尉のエドワード・ライナーは違和感を感じていた。練度においてこちらに分があるとはいえ、数において勝るジオン軍が何故同じ空域でいつまでも戦うのか。数に任せて押し出し、戦闘空域を連邦の空軍基地まで近づければあとは力技で攻略する事も目指せるというのに。得体の知れない違和感。別の言葉を選べば嫌な予感。
「うあっ!?」
―迂闊だった。戦場で自分の命、敵を殺す事、それ以外の別のことを考える事は即ち死神に抱かれていることを意味する。彼は迂闊だったのだ。他より動きの悪かった彼の機体に目をつけたドップの機関砲によって、セイバーの機体にダメージを受けてしまう。反射的に機体をひねった事が幸いし即撃墜に繋がるような深傷にはならなかったが、戦闘能力が大きく削がれる結果となった。このまま戦闘空域に止まれば、ジオンの兵士は彼を見逃さないだろう。
「……こ、後退します!」
自分を襲ったドップに《クローバー・トゥー》が噛み付くのを見て、エドワードは地面すれすれまで高度を下げ、基地を目指して飛行を続けた。
メルヴィンの背後にはまだ、あの不気味な黒いシルエットが見える。再びミサイルだ。メルヴィンがまた回避するタイミングで、機関砲の射撃がある。メルヴィンは神がかったテクニックによって紙一重でそれら両方をかわし、なんとか生きている。
彼はスプリットS―百八十度の回転により背面飛行になり、そこから逆宙返りでUターンする機動―の直後、今度はスプリットSの真逆であるインメルマンターンを繰り出す。
二つの機動を組み合わせることで、メルヴィンはハルツハイムとの距離を取ることに成功した。異常なまでにコンパクトに二つの機動を詰め込んだ彼の鞭に、セイバーフィッシュの機体は唸り声を上げる。
自分を追って、比較的大回りに旋回した黒いドップとは正面から向き合う形になる。これこそがメルヴィンの狙ったタイミングだ。背中を取り合っていたのでは埒があかない。ならば思い切って、正面から殴り合おう。その時は運と、互いの腕ですべてが決まる。
メルヴィンの生死が。
ハルツハイムの生死が。
両者の距離はたったの数百。既にミサイルを使うには近すぎるほどの距離だ。
ハルツハイムは笑わずにはいられなかった。ここまで面白いパイロットは初めてだ。正面からやり合おうというのだ!
「ふはははは!」
機首をまっすぐ急接近する敵機に向け、機銃の引き金に指をかける。
殺すのは惜しいパイロットだ。―だが、殺す。優秀なパイロットだからこそ、自分の前に立ちはだかる以上は地表に叩きつけなければならないのだ。
「勝つのは俺だ!」
メルヴィンの眼前に黒いドップが映る。彼があの怨恨と怨念の元凶を墜とすことで、すべての連鎖が終わる。死の悲しみ、恨み、戦いの痛みを自分が今日、ここで断ち切るのだ。若いパイロットにこの役割は担わせられない。自分こそが、この宿命を背負い、立ち、そしてあの黒い宿敵を殺さねばならないのだから。そして―
「―必ず、生きて帰る」
―あっという間に航空機関砲の射程。メルヴィンは引き金を引いた。
―静寂。エンジンの唸る音も、機関砲の咆哮も、すべての音は遮断され、メルヴィンの脳には黒いドップのみが残った。
―通過。直後、メルヴィンは激しい揺れと痛みに襲われた。それでも、警告音やダメージレポートは総じて無視し、後方モニターだけを睨みつける。その中には、まるで体内の内臓を噴き出すように自身のカラーと同じ黒煙を上げる黒い機体が収まっている。
「……まだ飛べる……」
メルヴィンは朦朧とする意識のなかそれを確認して、自機のダメージを見やった。そう、愛機たる白い剣は、まだ鋭い刃を残している。
黒煙を引きずり、オイルを漏らしながらもまだ、空を飛ぶことを許されている。
「まだだ……まだ、終わらん!」
《ドップ・イェーガー》殺意に満ちた猟犬と、狩人も同じくある。その人間離れした執念、たとえ四肢をもがれようとも潰えることのない闘志によって、狂人ハルツハイムはメルヴィンより先に機体をターンさせた。前方には完全に因縁の白い機体が収まっている。
―「見ろよ、取り憑かれてやがる」
「俺もそうだ」
懐かしい、グラハムの声だ。淡々と語りかけるグラハムに、メルヴィンもまた淡々と答える。いつもと何も変わらない、なんのおかしさもない日常の中に搔き消える会話だ。
―「それもこれも、すべて終わらせよう」
「ああ」
メルヴィンははっきりしない意識のなかで、グラハムの気配を感じる。
メルヴィンは不思議とひどく落ち着いた気分で、優しく操縦桿を握った。フッドペダルの操作と組み合わせ、微妙な角度の調整を図る。
そして、セイバーフィッシュの機体は、ハルツハイムの睨む照準の真ん中へ入った。
「終わりだ!」
「終わりだ!」
二人の戦士が、戦場で叫んだ。メルヴィンはそれに付け足して呟く。
「全ミサイル、パージ」
セイバーフィッシュが残していた三本の矢のうち、二本が空へ投げ出される。メルヴィンの愛機がいた空間は、持ち主に置いていかれたミサイルによって塞がれた。
メルヴィンを確実に殺すべく殺意を込められて放たれた数多の機関砲弾は、残らずミサイルに吸い込まれていった。
30mm機関砲弾が無数に突き刺さったミサイルの炸薬が反応し、炸裂する。本来は後ろから標的に致命傷を与えるはずのミサイルがハルツハイムの眼前で爆発した。破片がキャノピーや翼に無数の穴を開け、すぐに黒いドップは轟々とした爆炎に包まれる。
そして、最後の一発であるミサイルも突き刺さり、猟犬《ドップ・イェーガー》は死に絶えた。
「見たかよ……一つ、墜としてやった……」
メルヴィンは死んだ相棒に向けて呟く。
ミサイルの爆発は、すぐ前にいたセイバーフィッシュにも襲いかかった炸裂後すぐにスラスターが異常を示し、操縦が不能に。
地面に向かって斜めに墜ちていくセイバーフィッシュは、その途中で爆発、四散した。
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