機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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第九章

  第九章

  「連邦軍航空基地の制圧?」

  ジオン公国軍の地球制圧軍は既に地球各地を制圧下に収め、多数の基地を配置していた。その中の一つ、航空基地である。その基地内、基地司令室の部屋で部屋の主と対面していたのは戦闘機パイロット、アルフォンス・フォン・ハルツハイムだ。佐官用の第三種戦闘軍服に、制帽をかぶっている。

「……………」

  オセアニア、アジア地域を結ぶこの地域でジオン公国軍は進出から現在まで、順調に地球連邦の基地や戦力を奪取してきているが、大型の航空基地を前にしてその勢いは停滞を見せていた。その速度は問題視されるほどの低速ではないものの、公国の上層部はさらなる迅速な占領を望んでいたのだ。前線を知らぬ上層部と最前線の兵たちの間には摩擦がつきものだった。

「だが我が部隊には戦力的な疲労が溜まっている。増援を申請はしているが―」

「中佐殿。私が意見具申したのは、考えがあるからです」

  ハルツハイムの表情に変わりはない。皺の多い顔の造形は実年齢よりだいぶ歳をとって見せるが、その顔の表情筋は基本使われず、時々見せる不気味な笑みがひどく印象にこびりつく男だった。

「現在の戦闘は小規模な敵陣地との交戦であるが、最近の戦闘で連邦の航空基地周辺の陣地に対し優勢だと聞きます。同時に、残念ながら敵航空戦力によって我が隊は目立った戦果を挙げられていない。このチャンスに、我々が航空基地を陥落せしめることで、一気にこの地域の占領を加速できると、私は考えます」

「うむ、一理ある。いや、それが最善だろう。少佐の意見であるし、周辺の地上戦力と問い合わせ前向きに検討しよう。……下がってよし」

  敬礼を済ませてハルツハイムは部屋を後にした。恐らく自分の意見は受け入れられるであろう。地球占領を焦る上層部の圧力が日に日に増しているのはどのような馬鹿でもわかることだ。士官学校上がりの若い司令官は負担が大きく、できることなら自分のような古参兵に判断をある程度任せたいというのが本心なのだろう。

  二日という時間を経過させ、公国軍は侵攻作戦の準備を進めた。これまでの公国軍連勝の肝は、その迅速かつ柔軟な運用である。その掟を忠実に再現するのが、公国軍士官の義務であると言っても過言ではない。

  余談だがモビルスーツは正にその運用法に適した兵器だ。盾は使いづらいと思われる右肩に固定し、流れ弾対策のみとする。AMBACを活用した高機動により素早く敵の懐に突入し敵の陣を崩すのだ。その後方からモビルスーツ以外の兵器が突入し殲滅する。それがモビルスーツの運用思想であり、故にザクは攻撃する側を想定し設計されたというわけだ。運用思想を色濃く反映した兵器と正しい運用。それこそが最も兵器のポテンシャルを発揮することができる法則である。

  「あー、今回の作戦を情報面で支援するアルマーダ少尉です。で、では作戦を説明します。この作戦はこの地域のパワーバランスを大きく傾けることができる作戦で、勝てば一気に占領を加速できるでしょうが負ければ、今度は我々が反撃されるかも知れない作戦です」

「当然だろ」

  二日後。作戦は細かい修正と共に決定され、兵士達にも説明がなされる。作戦の説明を始めた若い士官がプロジェクターの画像を切り替えた。そこに表示されるのは敵航空基地周辺の地形図である。

「静かに。我が地上兵力は決して多くありません。ですから、我々航空部隊が主体となって攻撃を担当します」

  地形図に、いくつかのアイコンが表示される。

「現在確認されている敵陣地は航空基地外周の五ヶ所。そのうち我々はこの基地に近い三ヶ所の陣地を襲撃し、これらを撃破します。同時に地上部隊は周囲二ヶ所を攻撃、撃破し、先に航空基地本陣を攻撃する航空部隊に加勢し、これを制圧します。この作戦、素早さが命であります」

  赤、つまりジオン公国軍の象徴となる緋色の矢印が青い陣地を破壊しつつ、本丸に攻め込むのCGが表示される。確かに陣地一つずつを各個撃破していけば順調に進められるだろう。

「そしえ、今回の作戦で鍵として使うのがこいつです」

  表示されたのは巡航ミサイルだった。地球連邦のものだが衛星は墜ち、ミノフスキー粒子の支配する現代戦では大して役に立たないはずだ。

「こいつの弾頭にミノフスキー粒子を充填し、敵航空基地に向けて飛ばします。防空網を掻い潜り、基地周辺にミノフスキー粒子の散布状況を作り出してくれるはずです。そして我々はその粒子が無くなるより先に戦闘空域に仕立て上げればいい、というわけです」

  ハルツハイムはこの作戦の説明に対し、特になにも思わなかった。腕を組み、静かにスクリーンを見つめるだけだ。早くあの白いセイバーと決着をつけたい、それが最も重要なことなのだ。

「それと―ハルツハイム少佐機は今回部隊に所属しない遊撃機として戦闘に参加してもらいます。各員の所属については各端末のデータを参照して下さい」

  あの基地司令の男もなかなか能がある。そうしておけば自分を最も戦力として有効活用できるなどと考えたのだろう。間違ってない。ハルツハイムは心中にやりと笑った。その希望通り、連邦の雑魚共を片っ端から藻屑に変えてやろうではないか。だが、それもあの白いセイバーと決着をつけてからだ。《ラッキー・クローバー》……。

「作戦開始は明日の一九〇○時。質問がなければ解散」

  質問はないことを見受けた士官はパソコンを閉じ、それを抱えて部屋を出て行った。

「我々は少佐のお供ではないようですね」

  ハルツハイムの元に部下のフィコとベルタが歩み寄った。

「そのようだな」

「我々は攻撃隊の護衛のようです。少佐、どうかご武運を」

  ベルタとフィコに対し、ハルツハイムは手を上げて答える。いらぬ心配だ、と。

  自信からではなく、生きる事への執着のなさからだった。

  「少佐にあのような台詞は不要だったな」

  フィコに対して、ベルタがそう声をかけた。フィコは短く笑って

「そばで少佐の戦闘を見れる特等席だったのに、残念でならない」

「その通りね」

  二人はそのまま足を伸ばし、歩き始めた。ノーマルスーツではなく、一般的な士官服で、正しくは第三種戦闘軍服という服装だ。全体の色は濃い緑色で、それに大きくジオン的なデザインで階級を示すマークが描かれるマントが付属している。

「あの《ラッキー・クローバー》とかいう奴もなかなかの手練れだそうじゃないか」

  ラッキー・クローバーというのは連邦軍の白いセイバーフィッシュにつけられたあだ名だ。非常に腕が立つことから幸運の持ち主としか思えない、ラッキーとつけられ、クローバーは彼のエンブレムである。隊長機、あのエースだけが四枚の葉なのだ。だから、それをとった名前を付けられジオンのパイロットから恐れられていた。

「一度の戦闘で瞬く間に三機を撃墜。どうかしてる」

  そう言うベルタの表情は険しいものだった。

「その前の戦闘だって化け物みたいな戦果を挙げてる。あの作戦は見事な奇襲に嵌められたのが敗因だがな……。ミノフスキー粒子を散布する隙も与えてくれないとは、向こうには相当優秀な指揮官がいるのだろうか」

  フィコが返す。知らん、とベルタはジェスチャーで返すのだった。

  本来は先日の侵攻作戦で使うはずであった戦力をそのまま本作戦の戦力として引き継ぎ、迅速に編成の整理が行われた。それに加え公国軍は後方からもできる限り多くの戦力を掻き集めている。その戦力の中心となるのが、この航空基地に集結しつつある戦力だ。

  ジオン公国軍の爆撃機であるドダイGAと小型戦闘機のドップ。それに後方で戦闘支援を行うルッグンや輸送機のファット・アンクル。地上戦力のザク、マゼラ・アタック、マゼラ・アイン、キュイ、AFVも集結しつつあった。

  まるでジオン軍兵器展覧会といった様相だな、とフィコは思った。歩くうちに屋外へと出てきていた二人は、そこで初めて地上からジオン軍の陸上兵器を間近に見たのである。特に二人が驚いたのはマゼラ・アタック。聞いていたがいかれてる。全高が少し高いぐらいは最早問題ではない。最たる問題は、車長か砲手が収まると思われるコックピットは剥き出しであることだ。ガラスがあるとはいえ防御力は高が知れているだろう。

「驚いたわ。本当にあんな兵器あるのね」

「俺、あれに乗れって言われたら両腕折る」

  自分が普段乗り回している戦闘機。それを戦車の車体にのっけて戦え、と命令されたらと考えると身震いした。

  マゼラ・アタックはMSの支援を主任務とする自走砲である。主砲175mm無反動砲、三連装機関砲を武装としその強力な火力をもって地球連邦の兵器と対峙する。まずMSが敵陣地を突破し、同時にマゼラ・アタックが後方より火力支援を行う。こうして敵に対し迅速に打撃を与えるのだ。巨大な車体はマゼラ・ベースと呼ばれ、それにマゼラ・トップ、主砲を備え付けた小型戦闘機のような砲塔を接続して自走砲の体をなす。

  二人がマゼラ・アタックの車体に興味を示していると、小型連絡機であるコミュが下降してきた。垂直離着陸機が生み出すダウンウォッシュから逃げるように二人はやや離れたベンチまで移動する。自販機で適当なコーヒーを買うと、二人はベンチに腰を下ろした。

  滑走路に駐機されているのは爆撃機だ。緑色の機体は夕方の闇に紛れていたが、それでも視認できないレベルではないので機体が確認できる。トースターに羽とエンジンをつけて完成させたような平べったい機体。だが能力は高く、驚くべきことにペイロードは六十トンに迫るという。四基のミサイルランチャーと二基のロケットランチャー、増設された弾薬庫によって怒涛の爆撃が可能だ。もっとも、その分空戦能力はないも同然であるが、それは爆撃機全般に言える事である。

  だから自分達は彼ら攻撃隊の護衛につくのだ。適材適所があり、適所が最も高くポテンシャルを発揮できる環境である。自分の適所は空だ。空を舞い敵機を叩く。それが自分の天職だと、フィコは考えていた。

  スペースコロニーで暮らす彼が飛行機に初めて乗ったのは幼い頃だった。地球へ降りた時に初めて乗った飛行機の驚きは今でも覚えている。

  コロニーの宇宙港を通り民間の宇宙船に乗る。そして月まで向かってから乗り換え、地球に降りる。そして地球で初めて飛行機に乗ったのだ。スペースプレーンが重力圏に入った頃は寝てしまっていたから正真正銘、重力圏内での飛行はその時が初めてだ。

  乗ったのは小型のプロペラ高翼機。けたたましいエンジン音に混じりプロペラが風を切る音。力強く滑走路を走り出した機体が少しずつ重力の束縛を解いていく。―そして、風と同化する。翼は風となり、空を舞った。

  フィコはその時、飛行機という乗り物に惚れたのだ。地球の重力に引かれながらも自由に空を飛ぶその乗り物に。

  スペースコロニーでは飛行機は飛ばない。何故なら遠心力によって擬似重力を生み出すスペースコロニーでは円筒の中心部は無重力であり、飛行機は上昇するとすぐに無重力空間に捕まることになる。そしてさらに上昇をかけると今度は、真っ逆さまに落下を始めるのだ。そんな空間では飛行機は飛ばせない。

  しかし、この広く自由な地球では蝶や鳥のように自由に空を羽ばたけるのだ。彼の憧れはその時点で始まった。

  彼は民間の運送業に就職した。スペースプレーンによって地球と宇宙を往来する仕事が、最も彼の憧れた航空機に近い職だったからである。

  宇宙世紀〇〇七七年、彼はジオン公国軍に転職することになる。ジオン軍に買われたのは彼の持つ高い航空機の操縦技術と、大気圏内飛行の経験である。彼はシュミレーターで高い能力を示し、第一世代のジオン軍大気圏内航空機パイロットとなった。

  遂に彼の念願であった、大気圏内航空機のパイロットになったのである。

  そして彼は重力戦線で地球侵攻部隊の航空機パイロットとして戦い抜いてきた。墜とした連邦軍機は五機で、ハルツハイムには及ばないものの優秀なパイロットまで上がっている。まだ若い彼が中尉にという地位を得ていることは、実力主義のジオン軍では彼の能力を如実に語っているのだ。

「おや、ここにいらっしゃったのですか」

  缶コーヒーの中身があと少しというあたりで、二人は声をかけられた。落ち着きがあるがまだ若いことを連想させる女性の声だ。

「第三爆撃中隊、中隊長のレギーナ・ケストナー大尉です」

  二人は勢いよく椅子から起立し敬礼の姿勢をとる。二人は中尉であり、ケストナーよりも位は下だからだ。

「名前は聞いていますので、自己紹介は不要です」

「……なぜ敬語を使うのです?」

  ベルタが聞いた。ケストナーは厳しいような優しいような表情を変えずに答える。ノーマルスーツのジッパーを胸元まで開けただけの格好で、まだヘルメットを片手に持っているあたりから推察するに着任してすぐに二人の元へ来たらしい。

「私の大尉は中隊指揮を執るための階級です。それに、我々は敵戦闘機に対して無力。貴官ら護衛機がいなければ戦場にたどり着くことすらままならないのですから、自分達の守護神には相応の敬意は払うべきでしょう」

  なるほど、彼女以外に中隊指揮の適任者がいなかった為に彼女に大尉の位が回ってきたということらひい。随分なラッキー昇進である。もっとも、彼女がよほど謙虚なわけでなければ、それだけ人材に困窮しているということを暗に示す事にもなるのだが。

「守護神……ですか。我々には上手に敵基地を燃やす事などできません。適材適所です」

  ベルタがケストナーにそう返すと、彼女は困ったように小さく笑った。

「では、明日の作戦を楽しみにしています」

  ケストナーは再び表情筋に力を込め、敬礼をとって踵を返した。緑色のノーマルスーツを敬礼で見送りながら、二人は会話を再開した。

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
  • 歩兵

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