機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第八章
アツシ・ユンがメルヴィンの機体に塗装をしていた。撃墜数のマーキングである。彼の持つ星の数は計十五だから、とっくに彼はエースパイロットの仲間入りを果たしていた。
特注のカナード翼を生やした白い機体に鮮やかな緑で大きなクローバーのエンブレムが描かれている。そして機首には七つの星。垂直尾翼には地球連邦空軍のエンブレムだ。
「隊長は凄いです」
塗装と整備を終えて機体を眺めていたユンにリア少尉が話しかける。ファイルを抱えた彼女は黄金色の美しい髪をゴムで一つにまとめていた。
「ああ。立派なエースパイロットだ。なのに上には記録を上げないんだと」
「必要ないからってちゃんと撃墜記録の申請もしないんですよ! あの人!」
地球連邦空軍の撃墜数は本人の申告によってカウントされる。その為見間違いなどで多く、あるいは少なく申告されることも少なくなかった。多くの場合僚機の証言やガンカメラ、レコーダーなどの記録で証拠を残すこともできるのだが、意図してそうしない者もいる。虚偽の申告もまた、あったのだ。
「まったく……変人だな」
「ええ、変人です」
いつもメルヴィンが浮かべている無表情を思いだし、二人は小さく吹き出した。
「あの人奥さんとかいないのかな?」
「いません。ずっと戦闘機一筋だそうで。まったく……寂しい人ですよ! この前だって―」
妙に感情を移して語るリアの話を聞きつつ、ペットボトルのコーラを口に流し込んだ。冷たく弾ける炭酸が心地よい。
「リア少尉は、ひょっとして彼が好きなの?」
思い切って聞いてみたユンの表情は、面白がっているようにも、優しい笑顔にも見える。
「ぜ……全然ですよなんでですか!」
「いやー……なんとなく?」
今度は確実にいたずらな笑みだ。リアは呆れ半分の溜息をつき、先同僚に聞いたばかりの話を持ち出す。
「また後退したらしいです、前線」
「戦前は超僻地の後方航空基地だったのに、今じゃ最前線は目と鼻の先だ」
ですね、とリアは自嘲するような笑みを浮かべた。戦争が始まり、基地は拡大された。増援の部隊も来たが、それらはすぐに消費された。今もまた新たな増援を待っている状態なのだ。連邦軍は圧倒的な物量を持っているが、ジオンの開発した人型兵器の前にそれらは飲み込まれていった。
「陸路で到着した物資は、ヘスコ防壁やVADSの類です。まるで前線基地です……戦闘に巻き込まれる事は覚悟しておけ、て事でしょうね」
「マジ? ますます帰れないねえ」
ユンはそう言いつつも面白がっているようだ。
「レーザー誘導ミサイルもまとまった数が集まったそうです」
「空対空レーザー誘導ミサイル。僕が洞窟で研究してたミサイルだ。ミサイルは全部、少しずつだがこいつに変わっていくだろう。あるいは映像誘導のものも研究中になっているが、どうだかね」
おっと。軍事マニア……ではないか、本職だし。とにかくリアにはあまり理解のなさそうな小難しい話が始まってしまった。リアは彼の話をまともに処理できず、耳から入った情報はそのまま忘却の彼方へ消えていった。
「ミノフスキー粒子の影響下じゃあレーダーも赤外線も使い物にならないから有線か映像、レーザーになる。対MS重誘導弾とかいうのがいい例だ」
私も軍人だし、これぐらいわかったほうがいいんだよね……と自らを戒めてなんとか相槌を打つ。
「磁気誘導……とかですか」
「それもある。もういっそのこと、鳩に誘導させた方が早いんじゃないか」
そんな風に言ってユンは笑った。つられてリアもなんとなしに笑っておいた。そんなに面白いジョークだったか? 今のは。
「『プロジェクト鳩』。可哀想だからあんまり好きじゃないかな」
タラップを降りてきたのは女性の士官だった。どうやら中尉らしい。
「そうだね、あれは馬鹿げてる」
リアにはよくわからなかった。まさか、実際に鳩でミサイルを誘導させるプロジェクトがあるとは思えないし……え?
「普通に考えればイメージホーミングが一番現実的。てか、あんた一体何者?」
にやりと笑ってその女性士官はユンに訊く。
「僕はただの技術屋さ。ジャブローの」
「ジャブロー!? ジャブローって、あのジャブローですか?」
ジャブローは、地球連邦軍の総司令部があると言われる基地だ。とは言っても、そもそもどこにあるか自体彼女ら一般の連邦兵士は知り得ない。極秘機密なのである。地球連邦軍の最高機密で技術士官をやっていたとなれば超が付くほどの腕利きということになる。
「さっきも言ったんだけどね。色々面白いことをさせてもらってた」
驚愕して声を上げたリアにユンは軽く答える。先の女性士官は呆れたような顔で
「あなたが何者かはわかったけれど、だとしたらあの基地司令さんは何者なのよ……………」
ジャブローから新型の機体と技師を引き抜けるとは、とんでもないコネを持っているに違いないのだ。何者なのだ。やはり、ジャブロー行きを狙っているというのは本気なのか……?
「さあね? 君と同じく、さっぱりだよ」
「あ―申し遅れちゃった。輸送科のタチアナ中尉です。私達が持ってきたセイバーのブースターユニットは使わないのかしら?」
「一基しかないんじゃ、特攻機ぐらいにしか使えないんだ。僕の機体をテロリストに使わせる気は毛頭ないよ」
タチアナと名乗った中尉は、猫を抱いていた。黒い毛並みに青い瞳を持ち、どことなくタチアナ中尉に似た猫だった。
「あ、可愛い」
それを見たリアは声を上げる。軍人であっても女。キュートなものと色恋沙汰には目がないのだ。
黒猫はそれでも興味はないよと主張するように欠伸をする。その仕草が更にリアを喜ばせたのは言うまでもないだろうか。
「ここより二つ前の空軍基地でうろついてたから拾っちゃったんだ」
「そうなんですか」
「可愛いでしょ?」
ええ、とっても! とリアは答える。二人のガールズトークが始まるとユンは静かにその場を離れた。ああいった話題にはさっぱりついていけないのだ。
「今度街に出てみようかな」
「あ、じゃあ今度、私と二人で行きませんか?」
リアは照れながらも自然な形になるように提案する。嬉しそうにタチアナもそれに賛同した。
「いいねいいね! あ、ビーチも行きたい」
「ビーチ……ですか」
リアの脳裏に、沿岸の景色が映る。ジオンの狂気の作戦、コロニー落としによるオーストラリア、オセアニア、東南アジアの被害は絶大だった。過去最大規模の津波が各地沿岸を襲ったのだ。東南アジアボルネオ島も例外ではなく、水産業から沿岸の街などは残らず壊滅した。勿論ビーチも例外ではない。混乱の隙を突くようにジオンの降下作戦と侵攻が始まり連邦軍は大規模な後退を強いられたため現状はわからないが、地球連邦の支配下にある海岸も今や観光地としての面影はほぼ残っていない。
「あ……」
タチアナも気付いたらしく、ごめん、と詫びた。雰囲気を変えようとリアは新しい話題を広げていく。
「別にいいんです。戦後になら行けると思いますし、行きましょうね!」
「うん!」
「そういえば、中尉は婚約者とかっていらっしゃるんですか?」
「いないよ。リアは?」
「私もです」
二人はそんな風に打ち解けていった。地球連邦軍の約一割を女性兵士が占めるとは言え、女性は少ない。彼女らにとって、同性の友人はかけがえのない貴重な存在なのだ。
「いつかできるといいね」
「ええ」
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