機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第五章
メルヴィンが目覚めたのは昼頃だった。昨日の損失はマングース三機に一機の被弾、フライマンタは一機が被撃墜、フライアロー四機撃墜。対して戦果は敵機甲部隊の四割を撃破、拿捕。警戒機一機と戦闘機十三機の撃墜である。MSの撃破は成し得なかったらしい。戦果の方が上回ったものの、これではこれからの作戦に支障が出る。
「やれやれ。きっと戦線は膠着するよ?」
ハンガーの自機を見に行くと案の定ユン中尉がいた。細身の彼は機体の上に乗って何やらいじっていた。他に整備士が見えないあたり、至極小規模な整備らしい。
「地上兵力と航空兵力を失ったジオンは大規模な攻勢に出られないだろうし、連邦も連邦で打撃力を失ったから今は強めに出たくない。どちらかが再編されるまで膠着だろうね」
彼はまるで他人事のように語って見せた。そして機体から軽やかに飛び降りると、メルヴィンの元へ寄ってくる。
「君の機体に残された情報から、例の新型とやらを調べてたんだ。個人的に気になってね」
「ゼロ・ファイター?」
「みたいなものかもね。ドップをベースに航空力学的に優れた形状へと改良している。あんな奇形の戦闘機を無理やり飛ばせるエンジンがあるんだ。速度が上がるのは当然さ。形状の変更は大きい。翼を伸ばし、ミサイルポッドは外されている。張り出したコックピットも機体に沈ませてあるね」
ユンはタブレット端末を差し出した。受け取って画面を覗くとそこには黒い例の機体の写真が映っている。
「きっとこれを創り出したのはアースノイドだ。しかも天才。宇宙にも天才はいるかも知れないが、こんな傑作機を創れるのは地球で本物の空を見てる人間だけだよ」
「乗ってる奴も、かなりやり手だ」
「新型機に乗るエースか、いいねそういうの。好きだよ」
そう言ってユンはコーラを口に運んだ。
「大尉の機体にも改良を加えておいた。癖が強くなった面もあるが、あなたなら乗りこなせるだろう。僕の趣味もあるけどね。それでも戦闘能力の向上に間違いはない」
相変わらずのにやにやした表情と口調でユンが言った。
「説明をしておいた方がよさそうだ。その画面、下にスクロールして」
言われてメルヴィンがタブレット端末の画面をした方向にスクロールすると、セイバーフィッシュの3Dモデルが表示された。
「まずはエレボンを僕が設計し直した物に換装する。機動性能の底上げができるはずだ。ラダーも少し改良した。あとは、見ての通りカナード翼だ。普通カナード翼突き刺すなんて無理があるけど、こいつは別だ。設計段階からある程度汎用性をもたせているからカナード翼を付けても問題ない。だけど……基地司令とか偉い人には簡単に言わないでくれよ?」
人に自慢できるようなルートで仕入れた訳ではないらしい。ユンは人差し指を唇に当てて警告した。まったく。何者なんだろうか、こいつは。
「悪くないな。だがアローの方は改造できないのか?」
「魔改造は好きだが、あいにく僕はセイバー専任でね」
メルヴィンはしばらくタブレット端末に表示されたスペックデータを眺めていたが、決心して言った。
「飛んでみるか」
メルヴィンが着替えている間にリア少尉にその旨を伝えるたユンが牽引車を走らせてきた。改めて見ると、巨大な機体である。敵戦闘機のドップ、元愛機フライアローと比べても巨大である。
メルヴィンは鶴の前に踏み出す。抱えていたヘルメットを被り、タラップを駆け上がる。そして開いていたキャノピーからコックピットに身を収めた。やや暑苦しい。
『発進準備はいいですか?』
「問題ない」
滑走路からユンと牽引車がいなくなるのを確認してエンジンの出力を上げる。パイロットの胸を高鳴らせる甲高いエンジン音がその程度を増していく。そして、ゆっくりと押されるように進みだした。すぐに高速になり地面から車輪を浮かせた。空と一体化したセイバーフィッシュは基地の上空を旋回する。
「旋回性能が上がってる」
『そうだ。僕こだわりの特別製パーツを使用してるからな!』
ユンが通信回線に割り込んだ。それを見越しての発言でもあったのだが。
上下左右、三百六十度の機動を試し、機動性能の向上を肌で感じる。その分体への負荷は重くなっていることも感じた。
『どうだい? 問題は―ないと思うけど―あるかい?』
「ないな。いい機体だ」
機体の巨大さを感じさせない高機動だ。これなら小回り性能でもドップに勝てるかもしれない。速度、機動性能すべてにおいて優秀な傑作改造である。
『これが量産できたらいいんだけど、パーツがめちゃくちゃ高いんだ』
「日本製だからか」
『そういう事』
冗談には冗談らしく、ユンも返した。
『任務後なので、しっかり休んだほうがよろしいのでは?』
リア少尉が通信回線を取り戻して具申する。メルヴィンは基地の残り少ない戦力であり、その意見具申はもっともなのだが―
「―この方が体が休まる」
彼はパイロットなのだ。空に憧れ空で生きる男である。彼の立つ舞台は常に空だった。
『戦闘機乗り、理解できないね』
自分からしたらお前のような技術者もわからん、とメルヴィンは胸中で毒づいた。奇抜な兵器を考え出しありえないような技術でそれを実現させる。時には駄作を作り出し時に傑作を生み出す。しかしそれでも使用者のニーズには合わないこともある。お前みたいな連中が、一つ目の歩く人型兵器なんて考え出したんだろうよ。
メルヴィンはしばらく空を飛んでいた。その間考えていたのはあの黒い機体のことである。奴は墜とさなければならない。
「あの黒い奴は……俺に討たせてください」
例の作戦の後、地上に降りたメルヴィンに単座型フライアローのパイロット―コールサイン、アロー・スリー―が言った。彼と分隊を組んでいたアロー・フォーの二人は撃墜されて死んだ。例の、黒い新型にだ。
「あまり、憎しみに囚われるな。必要な時だけ撃て」
「わかりました……だけど、俺は討ちます。あいつを必ず」
「……………」
戦争なんてものは、実はこんな簡単な事なのかもしれない。殺されたから殺して、殺したから殺されて。怨みと憎しみの連鎖、そしてなにも残さない惨劇。あまりにもくだらない―人間の性と業だ。
それを目の当たりにしたメルヴィンはなにも言えない。なにも言わなかった。誰もこれは止められない。ジオン公国と地球連邦、どちらかの敗北があるまでこの戦争は止まらないのだ。そして憎しみの連鎖はたとえ戦争が終わったとしても断ち切ることは誰にもできないであろう。
アロー・スリーは敬礼をして踵を返した。あの具申は邪魔するな、という意味だったのだろうか。しかしメルヴィンにはその真意を理解しようと思えなかった。
なんのことはない、どうでもよいのだ。
自分があいつを墜とせばいいのだから。それで連鎖は断ち切られる。いや、連鎖は自分で負うのだ。
自分にはもう戦場でしか生きられないという枷があるが彼は違う。彼のような若者に、憎しみの連鎖に、戦場の悪魔に魂を引かれて欲しくはない。
「隊長、死なないでくださいね」
フライトを終えて、ロッカールームでフライトスーツから内勤服に着替えて出てくると、そこにはリア少尉がいた。悲哀の感情を含んだ眼差しをメルヴィンに真っ直ぐ向けている。思えばリア少尉は配属になってからずっとクローバー隊のオペレーションを担当している。そういったあたり、クローバー隊は彼女にとって重要な存在なのかも知れない。
「……まだ、死ねない」
「絶対ですよ。隊長が死んだら、戦争に勝っても喜べませんから。これ以上、帰ってくる機が少なくなるのは嫌です……」
リア少尉が俯きながら念を押すように言った。メルヴィンはそんな彼女を励ましたかったがどうすればいいのかわからない。
「なんて、ごめんなさい。いやまったく! 隊長の方が疲れてるのにすいません! ご飯でも食べましょうか!」
無理に、元気に喋り出すリア少尉。その偽物の笑顔がなんとも悲しかった。
「ああ。奢るよ」
「隊長はちょっと仕事人間すぎますよね、他の人たちみたいに遊びに行ってはどうです?」
「……普通だと、思うんだが。あいつは? トゥー」
メルヴィンがそう聞くと、リア少尉ほらあ、と呆れるように言う。
「なんでオフの時までコールサインなんですか! ……彼なら近くの村です」
近くの村? 一体なんのためだろうか。
「詳しくは知りませんが……ナンパ? そう言ってました」
ナンパ?
「今度隊長も一緒に行ってみてはどうですか? ナンパ」
「遠慮しておく……」
扉を開けて室内に入る。しかしさほど気温と変わらない。どうやらエアコンが効いていないらしい。
「まあ、ナンパは嫌ですけれど」
「スリーは?」
リア少尉が溜息をつく。しまったと思ったがもう既に遅くリア少尉は答えを口にし始めていた。
「わかりません。でも噂だと行きつけのお店があるらしいですよ。隊長はそういうのってないんですか?」
「ない、な」
「つまんないですねー」
失礼な発言があった気がしたが気には留めないでおく。割と長い付き合いだから慣れっこだ。
「次はどうするんでしょうね、司令」
「さあな……。だがこれ以上増援を送ってもらうわけにもいかないからしばらくは防空任務になるだろう……」
「ミデア輸送隊も帰るに帰れませんね」
勝利を確信した作戦だった。慢心して前進を続ける敵機甲部隊を迅速な対地攻撃で破砕する。敵の航空兵力に対しても十分な警戒と護衛があった。負けるはずがないのだ。否、負けるはずがないというのは違う、現に負けたのだから。
たった一機で戦局をひっくり返したあの黒い機体。あの機によって確信は慢心へと変わった。
この基地に増援として到着した航空戦力は殆どが撃墜ないしなんらかの損傷を受けたため二機のミデアを輸送し送り届けるだけの戦力はこの基地に残されていない。
「ああ」
共感したメルヴィンはそれを示した。
「無表情のお二人が歩いてると、怖いっすね」
ビールを持ったクローバー・フォーがそう声をかける。確かにメルヴィンは言うまでもなく無表情で寡黙な男であり、リア少尉もメルヴィン程ではないかあまり表情豊かな方ではない。だから側からみればとても雑談中とは思えないのかも知れなかった。
「雑談中よ。って、作戦前に飲酒?」
リア少尉の無表情にやや怯えるフォーに少尉が尋ねる。そういえば二人とも少尉である。
「ああ、これはおやっさんへのお遣いです」
「……………」
「なんだよ? その目は。まるで可哀想な人を見るような……」
フォーが怪訝そうに目を細めた。こちらからではリア少尉の表情は覗けないが恐らく哀れみを込めた目で見ているのだろう。
「違うから! 俺の善意で買ってきたんだからな!」
「おーい! 早くしろよ新米!」
食堂の方から声が聞こえる。野太いおやっさん―整備長の愛称―の声である。
「違う、違うんだオルグレン。誤解してる、これは誤解だ。パシリなんかじゃない」
そう言いながら走って食堂に入っていくフォー。リア少尉はその姿に溜息をつき、そして歩みを進めた。メルヴィンもそれについていく。
軽い扉を開けると冷房の心地よい風が二人を包んだ。
「ふう。エアコンが効いてると気持ちいいですね」
「ああ」
カウンターの席に座る。白を基調とした室内―店内で、普通のレストランとさほど変わらない。変わることといえば客が全員士官であることぐらいか。
「じゃあ私はカフェラテとサンドウィッチでお願いしますー。卵のやつねー」
……メルヴィンが奢るということを覚えているのか否か、リア少尉は座ってすぐに注文した。厨房の男が了承の声を上げる。
「俺は……紅茶とハムのサンドウィッチ」
メルヴィンの注文は果たして聞き取ってもらえたのだろうか。分からなかったが確認せずそのままにしておいた。別段腹も減っていないので来なかったら来なかったで構わない。
「私、戦争が終わったら故郷に帰ろうと思うんですよね」
「……。故郷?」
そういえばリア少尉の出身を知らなかったなと思い尋ねる。
「私の故郷はスコットランドの小さな町です。田舎だからご存じないでしょう」
「偶然だな……。俺も故郷はイギリス。イングランドだ」
「そうなんですか! 知らなかったなあ。だから紅茶派なんですね」
欧州戦線では地球連邦軍の劣勢が知られている。情報の錯綜によって詳しいことはまだわからないが二人は自身の故郷について不安の念を抱いていた。ジオンの侵攻によって占領ならまだしも、街自体が壊滅しているかもしれない、そう思うと安らかな気分ではいられなかった。
「ああ。コーヒーは好きになれなくてな」
「私もです。ココアは好きですけどね」
だがこんな時まで気にしてられない。今は目の前のことに集中すべきだし、脳内を戦争に埋め尽くされてはやっていられないだろう。
「へいよ、カフェラテと卵のサンドウィッチ、紅茶とハムのサンドウィッチだ」
「ありがとうございまーす」
「ありがとう」
カウンターの上に置かれたサンドウィッチとカップを受け取る。
一口紅茶を口に含んだ。うむ、やはりこの味である。落ち着きや安息を得たいときはひとまず紅茶を飲むといい。それでも駄目なら読書か睡眠だ。飛んでもいいが。
「ぷふー。おいしい」
「軍は嫌になったか?」
ここでメルヴィンが話を戻す。この戦争に終わりがあるのか知らないが、ある程度の仮定の上で予定を立てて文句は言われまい。
「それもちょっぴりあるんですけど、実家の店を継ごうかな……って」
にこりと笑ってみせる。
「実家の店?」
「ええ。小さなパン屋です。よかったら隊長も来てみてください? 味には定評があるんですよ」
「戦争が終わったら……是非行かせてもらうよ」
社交辞令抜きでそんな事を言ってみた。もっとも、戦争が終わろうともメルヴィンに軍を辞める気はなかったのだが。しかし休暇くらいは取れるかもしれないではないか。
「その時は私の奢りですよ! 今回のお返しです」
そう言って微笑むリア少尉。やはり軍人の女性としてはまだ若いな、とメルヴィンは思った。
「ありがとう」
「ところで、大尉の実家はなにをされているんです?」
確か……そうだ、自動車の修理業だ。戦争の初期に送られてきたビデオメッセージには戦乱のおかげで故障する車が多くて大儲け、なんて冗談を抜かしていた。
「自動車の修理屋だ」
「なるほどー、今や大金持ちかも知れませんね」
「そうかもな。税金にとられてなければいいが」
戦争が始まり、そして地球連邦が劣勢を強いられるようになると、国民の生活は戦争の為へと傾いた。数回に渡る増税やしつこい寄付金の請求などはその最たる例である。
「税金が増えたら、私の家もピンチですよ」
「そうだな……」
食堂の担当がラジオの電源を入れた。少しの間ノイズが流れて、すぐに軽快な音楽と共に女性の声が語り始めた。彼女の語りに注意して耳を貸すこともなく、やがて流れ始めた音楽を背景音楽としてメルヴィンは残ったサンドウィッチを頬張る。それを見ていたリアもサンドウィッチを齧った。
「この戦争が終わるまで、頑張らなきゃ!」
勢いよく残りのサンドウィッチを口に押し込み、カフェラテを飲み込むリア。まだ四割ほどあったのでなにやら口をもごもごさせていた。一方メルヴィンは男性としての口の広さやリアと違い無理をしなかったこともあり余裕を持って食べることができた。まだ口をもごもご言わせているリア少尉の背後に、遠くのテーブル席にいるクローバー・フォーが見える。
彼はこちらを心配そうな目で見やっている。
「俺も、できることを尽くす……」
カウンターテーブルの上に金を置くと、メルヴィンはリアを置き去りにして歩き出した。
「ありがとうございました!」
「やあ、リア―」
リア少尉に声をかけるフォーの台詞を背に、軽いドアを開いて食堂を出た。空調の効いた食堂とは反対に生暖かい空気が頬を撫でる。
しかし特に用もないので、気分に任せて階段を上った。三回建ての建物の屋上を目指す。空軍の人間はいつでも空を見ていたいのか、それとも人は皆空を見上げるものなのかは知らないがメルヴィンはよく屋上で空を見る。見るというより、眺める。
時には一人で考え事に没頭し、時には部下の悩みや相談を聞いたり、時には基地の男達と他愛のない話をする。今日は一人でゆっくりしようと思い屋上へ向かった。
ややぼけた白色の階段を上っていく。窓から差し込む太陽の光が白色の壁に反射して少し眩しかった。
軍靴が階段を上る音が響いて、やがて扉が見えた。フロアに一つしかないその扉を押して開くと、より一層眩しい光が差し込んだ。
そういえば、グラハムもここが好きだったな。複座戦闘機フライアローの相棒を務めていた男だ。彼は任務の後毎回ここに来て缶ビールを飲んだ。そして決まってメルヴィンもそれに付き合わされるのだ。任務のことも話したし、故郷のことも話した。
「この調子じゃ、俺は失業かね」
夕日を眺めつつ、柵に寄りかかってビールを飲むグラハム中尉。メルヴィンの方が一つ階級は上だったが、それでも気兼ねない間柄だ。でなければ命を預ける事などできまい。
「そうだな。機関銃でももたせた方がマシだ」
「そりゃないぜ」
ふはは、と笑うグラハム。メルヴィンも静かに笑った。ジオン軍の攻撃はミノフスキー粒子の散布と共に行われ、それは地球連邦軍の兵器の多くを無能とした。複座戦闘機フライアローの後席に座る兵装システム士官である彼は、レーダーも誘導ミサイルも封じられ、正に失業した状態にあったのだ。
「きっと人員が不足する。貴様もこちら側に回されるだろうよ」
「そうだな。精々転科訓練に励むとするぜ」
フライアローのキャノピーからの景色。青空。撃墜され黒煙を引いて地面へ向かっていく友軍機。赤く染まるHUD。機首の前で右往左往する雲。後方確認用のモニターに映るドップ。
フライトスーツ越しに伝わる操縦桿の感触。汗に滲む手。機体の揺れと自身にのしかかるG。咄嗟に行うミサイル破棄の手順。機体が軽くなる感覚。
―爆発。ミラーに映る爆炎の中から出てきたのは、黒いドップだった。直後、機体を衝撃が襲う。ダメージレポートにはもう飛行ができないことが示されており、メルヴィンは宣言すると座席の脇にある射出座席のレバーを全力で引いた。その後は滅茶苦茶だ。
グラハムは死に、自分は生き残った。そう言えば事実は説明できるだろう。
あの時、自分達を撃墜したのは黒いパーソナルカラーのドップだ。
そして奴は、今また自分達の前に立ちはだかっている。
墜とす。アロー・スリーの為にも。リアの為にも。グラハムの為にも。
「ほらあボーニャー。よくわかんない魚だよぉ」
考え事に囚われていると、不意に声が聞こえた。聴き覚えのない女声だ。
赤髪に白い透き通った肌。青色の瞳のその声の持ち主は、まるで子供のように小柄な女だった。
「こ、こんにちは!」
メルヴィンを発見し慌てたように敬礼する彼女。中尉の階級章が貼られた空軍の士官服に、赤色のベレー帽を被っている。
「気にしなくていい」
簡単に告げるとメルヴィンはやや離れたベンチに座る。中尉はどうやら猫の相手をしているらしい。魚の切り身が置かれた皿を猫にやっている。猫の方は茶毛の猫だ。瞳は中尉のように青い。
自販機でノンアルコールの飲み物を購入してベンチでそれを啜る。空は青く澄み渡って、所々で雲が泳いでいる。
平和な空。確かにこれでは、世界中が戦場で、オーストラリアにはコロニーが突き刺さっているとは思えない。だが確かに、今も何千という人が死につつあるのだ。それを噛み締めながら、彼は空を眺める。
「まったく、暑くて暑くて。嫌になりますぜ」
相変わらず猫を可愛がっていたタチアナに、ルーカス軍曹が声をかけた。タチアナと同時に猫も鳴き声を上げて返事をする。
「ほんと。しかもこれでもマシな季節なんだって言うから呆れるよ」
「バーベキューにされるのも時間の問題ですよ」
ルーカス軍曹は上半身タンクトップ、タチアナ中尉は袖をまくっている。それでも彼女らの服は沢山の汗を吸っている。
タチアナが座っていたベンチに、ルーカスも腰掛ける。
「私達、しばらくここに残るそうよ。まあミデアだけで飛び立って、ジオンの戦闘機に囲まれるよりはマシってことね」
「しっかし、ここにいてもやる事もないし、飯を食って寝るだけですぜ?」
「猫ちゃんを可愛がってればいいんだよー」
そう言うとタチアナは猫を抱き上げて揉みくちゃにした。猫は不満そうに鳴き声を漏らす。
「名前はつけないんですかい?」
「うーん? じゃあコーシカちゃんでいっかな?」
コーシカはロシア語で雌猫を表す言葉だ。タチアナはロシアと呼ばれる地域で育ったため、公用語は英語でもロシア語の教養があったのだ。しかしあまりにも安易である。ルーカスはそれに気付かず、ロシア風の名前だな、とぐらいにしか思えなかった。
「コーシカちゃん、悪くないですね」
伸ばされたルーカスの手を、猫、もといコーシカは叩いた。愛撫を拒否されたルーカスは寂しそうに手を引っ込める。
二人の沈黙をを破ったのは、唐突なビープ音だった。警報と共に、男性オペレーターの声がスピーカーから飛び出す。
『友軍レーダー基地より緊急連絡。敵戦闘機とみられる飛行体を確認。至急迎撃されたし。クローバー隊一番、二番機スクランブル。繰り返す、クローバー一、二番機、スクランブル発進願います!』
状況を確認するためスピーカーに目線を投げていた二人の前を、疾走する人影が通った。他ならぬ、メルヴィン・ライアン大尉である。
増やして欲しい要素はなんですか?
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