機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第四章
『お疲れ様です、ネイプ・ワン―いえ、少佐』
朝日を背に着陸した戦闘機。そのコックピットにいる男に無線機で管制官が声をかけた。コックピットにいる男とは、すなわちアルフォンス・ハルツハイム少佐である。
「ありがとう」
簡単に礼を言うとヘルメットを脱ぐ。短髪の頭からすっぽりと脱げたヘルメットを足の上に置いてリラックスした。
黒いノーマルスーツはジオン製だ。彼はジオン軍の戦闘機乗りであった。
「お見事です大尉。撃墜数は五。一度の戦闘でこれだけの戦果を挙げるだなんて」
「累計九機かあ」
ジオンの東南アジア制圧部隊きってのベテランパイロットであるハルツハイムはそんな部下や整備士の歓迎を軽くあしらいロッカールームへ向かう。墜とした雑魚の数などどうでもよい、今彼の興味を惹きつけているのはあの白いセイバーフィッシュのパイロットだ。戦場で交わした決闘の約束、それを果たす場を作りたかった。
ロッカールームでハルツハイムは士官服に着替える。佐官用の服である。袖から覗く日焼けした腕。もう片方には銀色の義手が付けられている。ハルツハイムは、過去の被弾によって右腕を失った。しかし高性能な義手を代わりに装着する事によって、健全者となんら変わりない動作を取り戻したのだ。初めてその義手を目にすると、酷く動揺するような失礼な者もいるが、彼の部下は既に慣れているので何ら不自然はない。
「味方機の被撃墜数は十四機。地上部隊の被害も大きく、我が軍も大した痛手ですよ」
「出過ぎた地上部隊の所為だ。陸空の協力なくして勝利はありえんからな」
「まったくです。これではしばらく勢力図は変わりませんね」
僚機の部下もロッカールームへ入った。ハルツハイムに間に合わせるように素早く着替え始めたのでハルツハイムもややゆっくり着替えてやる。
「ただ、ザクは無傷だったようです。主な犠牲は対空兵器や兵站系らしく、戦闘車両などは比較的無事だとか」
「そうか……」
ジオン軍にとってモビルスーツザクは虎の子だ。何百年も蓄積された地球連邦の兵器にジオンの通常兵器は大きく劣る。空挺戦車マゼラ・アインの装甲は61式戦車の放つ徹甲弾に容易く貫かれ逆にアインの主砲は61式戦車の装甲に弾かれることすらある。MS支援の為に配備されているマゼラ・アタックは主砲の口径こそ勝っているものの高い車高や大きな車体、それに加え旋回しない砲塔の所為で直接戦闘においては大きく劣っているのだ。
ザクはその戦力的な不利を逆転させてしまうほどの驚異的な戦闘能力を持っている。そもそも十八メートルという身長から放たれる120mmの砲弾は必然的に戦車の上面、つまり装甲の薄い部分を狙うこととなるし、スーツ、つまり歩兵の延長としての人間に近い柔軟な動きができるモビルスーツは機動性においても優れる。ゆえに重鈍な戦闘艦や従来の兵器をミノフスキー粒子の効果の下いとも簡単に撃破せしめたのである。
鋼鉄の巨人に対抗できるのは歩兵でも戦車でもなく、ほかならぬ航空戦力である。だからジオンの航空戦力もまた、連邦軍の航空戦力に対抗し空からの攻撃に脆弱な地上部隊を守らなくてはならないのだ。
「だが大きなダメージには変わりはない。今後は更に厳しいかも知れんな」
そんな風にコメントを付けると、ハルツハイムはロッカールームを出た。通常ドップは二機で分隊を編成するが彼の隊は三機の特別編成で一個分隊を編成する。その為彼がいる隊は通常より一機だけ少なくなるのだ。それがなぜかといえば彼の機はある技師の手によって二機のドップを使い改造された機体だからである。
しかしロッカールームにいるのは二人だけだ。もう一人は女性用ロッカールームにいた。
「お疲れ様です」
彼らが出た男性用ロッカールームの扉、そのすぐ隣の扉から女性兵士が姿を現した。一般尉官用の第三種戦闘軍服のズボンにインナーのタンクトップというラフな格好だ。彼女の名はベルタ。そして男性の部下はフィコだ。両人とも中尉。
「これから客人と会う」
そう静かにハルツハイムが言うと、ベルタは腰に巻いていた上着を羽織る。
三人は薄暗い廊下を歩いた。時刻は午前七時。それなのに暗いのは基地の照明はあまり使わずして日光に頼っているためだ。
三人が目指したのは応接室。そこで一人の男が待っているのだ。スクランブルの所為で遅れたがそんなことで気を悪くするような男でもない。
彼は変人にして天才。そして―
「あの機体の調子はどうだね?」
―例の改造機の産みの親である。
「悪くない」
扉を開けた瞬間、自身の作り上げた機体について聞いてきた。それだけとっても変人だと言えた。
「彼は飛行機設計技師、ダリオ・ボノモ氏だ。民間機の設計に携わっていた氏だが特別に協力してもらっている」
簡単な紹介を部下二人に済ませるとハルツハイムはボノモと反対側のソファに座り込む。
「ふん。まあワシが創った機体だからな。人的ミスとくだらん整備不良以外で墜落した機体はない」
ボノモ老人はそのまま語りだす。白髪の頭と皺の多い顔と手からその年齢は優に四十は超えている事が察せられる。服装はこの部屋に似つかわしくない白の作業服である。
「ああ。傑作と呼ぶにふさわしい」
「フー・ファイター、なんて呼ばれているそうじゃないか」
ボノモはそう言った。二人の会話に入ることもできず、ただフィコとベルタはソファの横で立っている他なかったが、ボノモはそれに構ってくれなかった。
まるで自分の手柄を自慢する子供のように愉快そうな笑みを浮かべるボノモ。いつも通り無表情なハルツハイムがそれに対する。
「らしいな」
連邦軍の兵士が例の機体を見て口にした名がジオンにも伝わっていた。それはフー・ファイター。未確認飛行物体を表す言葉である。
「戦果も素晴らしいものです」
テーブルの上にあった酒を口に運ぶ。グラスを再び机上に戻したボノモが付け足したフィコに言った。
「勘違いするなよ軍人。ワシはな、自分の機体にしか興味はない。貴様が私の創った飛行機でどんな成果をあげようと関係ないんだよ。ただワシの機体が優秀だと分かればそれでいい」
ある日、牙を剥いた宇宙の民に、地球の民は恐怖した。コロニーを地球に突き立て、甚大な被害をもたらした彼らを憎む者はただでさえ多く、ジオンが民心獲得に乗り出したとしても、警戒したり非協力的だった市民は多かった。
だが、彼は超えている。そういった考えに縛られていないのだ。彼を縛る者はただ一つ。飛行機だ。
「戦争で会社の操業もほとんど停止、実験場や飛行場も連邦軍に差し押さえられたんだ。その代わりにお前らのところでワシはやりたいことをやる。それだけだ」
随分と勝手な理論を展開するボノモだ。しかし変人であるから仕方がないとも思える。
地球市民にとって裏切り行為に他ならないボノモの公国軍への協力は、ハルツハイムの説得によるものでもあった。しかし、いくら設計狂とも形容される彼であっても地球市民であり裏切り行為が表沙汰となれば彼の会社は危うくなるので、簡単に了承できるような行為ではないはずなのだが……。どのような交渉があったのか、知る由はない。
「機体の説明をしてやろう」
一転、楽しそうな口調となりテーブルのコーヒーを啜るボノモ。
「お前らも座れ」
広いソファには三人が座っても十分なスペースがあった。ハルツハイムを挟むようにして二人も腰掛ける。
「原型はDFA03ドップだ。貴様らスペースノイドが想像だけで作った機体。飛んじゃいるがそれもエンジンの推力で無理矢理飛ばしているに過ぎん。よくあんなもので連邦空軍の戦闘機とドンパチやっとる」
そういうとボノモは二枚の資料を出した。片方にはドップのデータが、もう片方にはあの改造機のデータが載っている。仮にも民間人であるボノモがその資料を持っているのは危険なことだが、ハルツハイムはそれを気にも留めない。どころか、彼がその資料を渡したのかもしれなかった。
「まずDFA03の翼を延長した。だから少しだけDFA03よりデカくなっとるだろ。あの馬鹿みたいな推力と空力特性があれば連邦空軍の戦闘機と並べるやも知れん。いいや超える。そして張り出したコックピットも機体に沈めた。それに合わせて機首の形状もな。視界確保が目的なのか知らんが普通の位置でも大して問題がないことは貴様らもよく知ってるだろう? 下方視界は一応残した」
ドップと比べ改造機は大型で尖ったデザインをしている。その変化がボノモの説明でより合理性に説得力を帯びてきた。
「垂直尾翼や翼の形は元より悪くない。スペースノイドも必死だったんだな。あまり変えてはおらん」
ボノモは一度コーヒーを口に運ぶと更に続けた。
「ミサイルポッドと機銃の位置。ペイロードは大きいがあんな物は邪魔にしかならん。通常通り翼の下にミサイルを、付け根に機関砲を設置した。結果的には小回り性能なんかは落ちているから機動性能を捨てることにするならDFA03のミサイルポッドを二つ吊るすことも可能だ」
ドップより改造機の方が優秀な機体であることは、誰の目にも明らかであった。だが問題はドップの二倍超というその高コストである。それにこの機体の情報が本国や地球各地の拠点に送られることはない。あくまでこの機体は彼が創り出したゴースト、幽霊なのだ。だからフー・ファイターで正しい。
「結果的な装備は30mm機関砲を二門。ミサイルの搭載数は六本から十二本だ」
「すごい……。セイバーフィッシュにも劣らないわ」
「機動性では既にセイバーを凌ぎ、速力や火力だって見劣りせん」
ふん、と自慢げに鼻を鳴らすボノモ。フィコとベルタは資料を読んで感心している様子だ。
「本当に、初めて戦闘機を設計したのか……?」
「設計じゃない、改修だ。原型があるだけ簡単な仕事だよ」
「愛称はなにがいい? 親が決めた方がいいだろう」
ハルツハイムが言った。確かにいつまでも改造機とは呼んでいられないだろう。
「そうだな……。《ドップ・イェーガー》でどうだ?」
「構わん……。俺の目的は、あの白いセイバーフィッシュを墜とすことだ……」
フィコは気付く。変人といえば目の前のボノモであるが、同じく自らの隊長も変人なのである。否、狂人と言った方が良いのかもしれない。彼らは自分達には理解できないと、どこかで諦めていた事に。
「これから基地司令殿と話があるんだ。ワシは失礼するぞ」
雑に別れを告げるとボノモはソファを軋ませ立ち上がった。そして彼が退出すると、フィコとベルタの間に漂っていた緊張感が解けた。
《ドップ・イェーガー》と名付けられたその戦闘機は、薄暗いハンガーに佇んでいる。その空間を同じくする者は、《ドップ・イェーガー》の主のみだ。彼は暗闇の中でほくそ笑んだ。この狩人たる化け物が自分の手足となり他の鳥たちの翼を捥ぐ場面を想像すれば、嫌な笑みが自然と浮かんできた。
彼はパイロット。彼は狩人。
増やして欲しい要素はなんですか?
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人間ストーリー
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戦闘シーン
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モビルスーツ
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普通兵器
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歩兵