機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第二章
連邦軍のミデア輸送機《ペリカン》と《フラミンゴ》の影がジャングルの鬱蒼とした森に落ちる。ミデアが腹に抱えるコンテナには地球連邦の航空機に使う物資が山積みになっている。さらにその二機の後方には攻撃機マングースや爆撃機フライマンタが飛行しており、護衛の戦闘機もいる。
ミデアとは地球連邦軍のVTOL輸送機で四発のジェットエンジンを備えた巨大な航空機である。腹に抱えるようにして配置されたコンテナには大量の物資を詰め込むことができ、地球連邦軍が世界各地に展開できるようになっている。
ミデアには交代の操縦手二人が睡眠をとり、また食事や排泄を行うスペースが確保されている。
「やっと勢力圏だね」
カーテンをめくりベッドスペースから出てきたのはタチアナ中尉だ。この輸送隊の副隊長でもある。隊長はもう片方のミデア《ペリカン》に搭乗している。
「ええ。しっかし暑すぎやしませんかねえ!」
彼らはアジアでもロシアに近い地域から輸送に来ている。だからこの暑さには慣れていなかった。黒人―という区別は今やなくなりつつあるが―肌の黒いルーカス軍曹が文句を垂れる。
「エアコンつけちゃう?」
「ええ、そうしましょうぜ」
二人は目を合わせてエアコンのスイッチをいれる。僅かな機械音が響くと、冷たい空気が機内に流れ出した。残余電力などの都合から禁止されていたエアコンだ。
「あとで隊長に怒られませんか」
サングラスをかけ操縦桿を握る操縦手がそう言った。しかしそれほどまでに東南アジアのこの暑さはきつい。
「大丈夫大丈夫! きっと行き先の基地で電気なら補給できるよ」
その時にゃー、という鳴き声が聞こえた。その正体はタチアナが連れ込んだ猫である。黒い毛並みで青い目をした猫だ。
「それにほら……暑いとこの子が心配でしょ?」
タチアナは笑って猫を持ち上げる。猫を連れ込むなどという行為は軍規を逸脱しているが彼女の性格には皆もう慣れてしまっている。
「ちなみにレーダーは?」
副操縦士でもあるルーカスにそう訊くと彼は答えた。
「ミノフスキー粒子による電波干渉は認められず。敵機もなし。綺麗な空ですぜ」
その答えにタチアナは安堵し口笛を吹いた。行き先の基地まで安全に飛べそうだ。
『じきに輸送隊が到着します。地上に降り―ん?』
飛行中にリアから通信が入った。メルヴィンはそちらに意識を回す。
『どうした?』
『申し訳ありませんが、輸送隊の出迎えをして頂けないでしょうか』
「了解した。各機、聞いての通りだ。俺に続け」
現在基地に残っている防空戦力はクローバー隊の他には対空ミサイルや自走砲、高射砲しかない。だがここは後方基地なので気にしなくていいと判断されたのか彼らは出迎えに行くこととなった。クローバー隊は陣形を組み加速して行った。
クローバー隊の出払った基地では増援を迎え入れる準備が始められた。兵士が皆新たな作戦に向けての準備に慌ただしく動き出した。
「こちらはサネプト航空基地所属第三防空隊第四飛行連隊所属クローバー小隊。《ペリカン》、《フラミンゴ》、攻撃隊を歓迎する」
メルヴィンは無線機にそう呼びかける。前方に見える編隊が件の輸送隊である。
『出迎え感謝する』
輸送隊の《ペリカン》から応答が来た。素っ気ないものだったが、輸送隊の歓喜が伝わったので悪い気はしなかった。
クローバー隊は輸送隊と一旦すれ違うと、また反転し輸送隊の周りを囲んだ。
『護衛隊、クローバー隊のみなさん、引き続き護衛頼みますよー!』
《フラミンゴ》から明るい女性の声が聞こえた。子供じゃないかと疑ったがどうやら士官らしい。変な奴もいるものである。
『随分と陽気な連中だな、隊長』
クローバー・トゥーが無線で話しかける。本来なら避けるべきだが咎めないことにした。
「ああ。念のため各機データリンクをしておけ」
『了解』
戦術データリンクシステムを作動する。
戦術データリンクシステムとは、軍隊におけるあらゆるユニットが得る情報を一括し、共有するシステムである。地球連邦軍のデータリンクシステムがあれば戦車や戦艦は軌道衛星からの情報をもとに射撃ができ、戦闘機は警戒機との連携によりロックオンせず、つまり敵に気付かれることなくミサイルを発射、誘導することが可能だ。また索敵情報も共有できるので警戒機や艦船、偵察機との連携で自身のレーダー索敵範囲を超えた範囲の敵を補足することが可能である。
ディスプレイに複数のアイコンが表示される。すべて味方機である。編隊の末端までデータリンクができたおかげで索敵範囲が拡張された。
現在地球連邦軍による人工衛星は公国軍によってそのほとんどが破壊されているので衛星とのリンクは望めない。
そして当然ながら敵機は見当たらない。ここは地球連邦軍の勢力圏でありもし敵機がいたら、最悪基地の陥落さえ考えなくてはならないのだ。
しばらく飛行していると眼下に小さなキャンプが見えた。戦車も確認できる。位置的には第一中隊の小隊だろうか。
彼らはきっと我々を見ている。地球連邦軍もまだ底力を見せる前なのだ。我々の反撃はこれからだ。それを見せつけるようにミデアや攻撃機の編隊は疲弊した陸軍部隊の頭上を飛び去った。
『通信許可圏内に入りました。こちらはサネプト航空基地。貴官らを歓迎します』
『感謝する』
基地に近づくとそこからの無線が入る。声はリア少尉だ。
どうやら無事に基地の管制圏内に入りミデアは着陸シークエンスに入るようだ。
ミデアは垂直離着陸機である。その為攻撃機隊とは別に滑走路脇のスペースに綺麗に降り立った。
攻撃機と護衛機はミデアは違い普通に滑走路へと滑り込む。その方が燃費も良く難易度も低いなどメリットが多かった。単に垂直離陸ができない機もあったが。
牽引車によってそのすべてがハンガーに収容されると補充された若いパイロット達はぞろぞろと基地の部屋へと向かった。割と大きい施設な上今まで人数不足だったので部屋数は充分だ。メルヴィンはハンガーに残り、しばらく愛機を見つめていた。
セイバーフィッシュの形は美しい。白っぽいグレーの塗装のこの機体は、まるで軍事技術と融合した鶴のようだ。良好な機動性能を生み出す翼とエンジン、ノズル。珍しいのは張り出したエンジンナセルだ。しかしそれはデルタ翼の効果を生み出し、また翼の剛性も上げるというメリットを生み出している。ハイテクな電子機器が詰め込まれた機首。それらがバランスよく収まっていた。フライアローのミサイルキャリアー思想も悪くなかったがやはり戦闘機乗りの自分にはドッグファイトがしやすいこちらの方が性にあっている。
そして一際目を引くのがメルヴィンの専用マーキングである、四つ葉のクローバー。隊の他の機体は三つ葉であるのに対して大尉の機体は四つ葉となっている。運び込まれてすぐにマーキングが施されたらしい。機体が減って整備士たちは暇なのだろうか。
「大尉はゆっくり休んでてください。ここは、俺たちの戦場です」
整備士の一人にそう言われたので、メルヴィンは自室に戻ることにした。整備の邪魔になってもよくない。
昼食の時間まで少し空いていたので自室で仮眠を取る。次に目を開く時は昼食の時間よりやや遅れた頃合いだった。
「お、隊長! 新しい愛機はどうです?」
士官用食堂に入り、プレートと食事を受け取って席を探すと、すでに食堂にいたクローバー隊の面々がそう問いかける。
「悪くない。戦闘機乗りの乗る機体だな」
「おお! 隊長が気に入ってるぜ!」
どっと盛り上がるテーブル。メルヴィンもプレートをテーブルに置いて腰掛けた。
先ほどから飄々とした態度で人一倍喋っているのがクローバー・トゥー中尉だ。その隣で黙って食事を取っているのがスリー。フォーは攻撃隊の若い連中と会話をしていた。彼は新米で素質はあるがまだまだ他のクローバーには及ばぬといった腕である。
「フライアローはミノフスキー粒子を撒かれたら役に立たないからな。まったく。いつの時代の戦争だよ」
フライアローでドッグファイトをしてもジオンのドップには劣勢を強いられる。しかし、未だに基地の戦闘機の大半はフライアローであった。
「その分レーザー誘導ミサイルも入ったんだろ?」
「あいつらにちゃんと使えるもんか不安だがな」
増援に来た兵士は若い者ばかりだ。実戦経験の少ない彼らにレーザー誘導ミサイルは使いづらいかもしれない。レーザー誘導ミサイルは、機体から敵機へ発射され反射したレーザーをミサイルが補足するタイプのもので、ミノフスキー粒子の干渉を受けないので最近になって再研究されている。
だがそのメカニズム故に常に敵機にレーザーを当てなくてはならないのでその間回避運動や別の敵機を追うことができない。隙が生まれやすいということだ。なにより空での三次元機動の最中、ミサイルを発射し、命中するまでレーザーを当て続けるなどそう簡単に出来る芸当ではないのだ。
「訓練は受けているんです。やってやりますよ」
会話に参加したのは増援の護衛隊の隊長だ。六機を率いる隊長でさえ少尉の若者だった。そのことにメルヴィンは驚いたが、すぐに飲み込む。とは言えその間彼の表情はぴくりとも変わらなかった。
「おうおう。んじゃ、頑張れよ」
「対空機銃なんぞに墜とされんようにな」
クローバー・トゥーとスリーがそう声をかけた。隊長は若かったが、その目には確かに覚悟が窺えた。
「自分の部隊にはケルン出身者が多くいます。彼らのためにも一矢報いたい」
サイド1の七バンチコロニー、ケルンは開戦初期、一週間戦争とも呼ばれるこの戦闘でジオン軍が使用したNBC兵器(核、生物、化学兵器)によって全滅したコロニーである。
「感情的にはなるなよ」
それを知っていながらもメルヴィンがフォークをサラダに刺しながらそう呟く。若い隊長は了解しました、と言ってテーブルを立ち去った。
「あ、そうだ。ジオンの連中を宇宙人って、呼ばないようにして下さいよ」
クローバー・フォーが小声で言った。クローバー・スリーに対しての台詞だろうか。彼は口が悪いので味方にもスペースノイドがいることを忘れて口走りかねない。
宇宙人、というのは宇宙で生まれ宇宙で育ったスペースノイドに対する差別用語なのだ。
「さあな、なにぶん育ちが悪い」
「中尉!」
フォーが悲鳴にも似た声を出す。
「さっさと食っちまえよ。それとも嫌いなのかな?」
トゥーがそう言いつつフォーのトマトを奪う。
「ああ! ちょっと!」
貴重な赤い球体を盗られたフォーは大きな声を出して抗議したが、当然無駄であった。すぐにトマトは飲み込まれてしまった。
「そろそろ失礼するぜ」
トゥーがプレートを持ち上げて席を離れる。それに次いでメルヴィン、スリーもだ。
「あっ、いつの間に!」
置いてきぼりを食らったフォーが残った昼食をかきこむ。
メルヴィンには移動してすぐに基地の防空で待機している可哀想な連中と、はやく交代してやりたい気持ちがあった。彼らは若いし士気も高い。あまり冷遇してやるもの可哀想である。
階を下り扉を開け放ってやると外の空気が流れ込んだ。年中気温が変わらないこの地域だが、乾季なので乾燥はしている。乾いた空気が顔を撫でた。
パイロット待機室に入りソファーに座る。兵士の好きな雑誌や新聞、ラジオ、テレビが置いてあった。なによりエアコンが効いているのがありがたい。
クローバー・トゥーがラジオのダイヤルを回した。正規に置かれているものではなく誰かが持ち込んだものなので海賊放送や敵側のプロパガンダを聴くこともできる。
『今日は俺の誕生日だ! 戦時中の誕生日なんて糞食らえだが―では、次のニュースです。地球連邦軍の欧州方面軍はドーバー海峡へ後退し―連邦軍の艦隊がジオンと戦闘に―』
次々と異なる番組の音声が流れるが、トゥーはあまり関心がないらしくどれも変えていった。
『こちらはインドネシア放送局! 次の曲は《Daydream believer》です! 古いけどいい曲よね! じゃあ、かけてちょうだい!』
流れた曲は男性のグループが歌う曲だ。確かに古い曲であるが今なお人気を集める名曲である。
ポップなリズムに爽やかな歌詞を合わせたこの曲を、メルヴィンも嫌いではない。それを背後に、新聞紙を広げ読み始めた。
『白き鬼、ホワイトオーガー斃れる』その記事が伝えた内容は欧州での戦果であった。多くの戦果を手に入れたジオンのモビルスーツパイロットが敗れたらしい。驚くべきことに白き鬼を倒したのは61式戦車だそうだ。
『戦時下の子供達』と題したその記事では破壊された町の保育園について書かれている。ジオン公国の支配下に置かれても、ある程度の治安維持や物流、インフラ整備は行われているようだった。
ジオン公国が地球占領を進める上で必要だったのが地球市民と友好関係にあることだ。そのため防衛戦に必死でその他のことが追いつかない連邦に変わり被災地や占領地の復興を行い民心獲得に努めているのだ。中には行政ごとジオン軍に半ば寝返るような形で協力を申し出る州知事もいるそうだ。
記事のだいたいを読み終えると、目を閉じて仮眠を試みる。ラジオから流れる曲が心地よかった。
午前〇時。作戦に参加する将兵が集められた。基地司令が前に立っている。プロジェクターが投影する映像には付近の地図が映し出されていた。
「傾聴!」
副官が声を張った。椅子に座っていた将兵が一気に立ち上がり視線を注ぐ。その先に立つ基地司令は口を開いた。
「我が地球連邦軍は開戦以来敗北を重ねている。多くの将兵が母なる地球を守るべくして戦い、そして斃れた。だが! 敗北は今日までだ! この機の為に死んでいった同胞たちの為、我々はやらねばならない、ジオンに打ち勝たねばならない! その一歩を、地球連邦反撃の狼煙を君たちが上げるのだ!」
演技めいた彼の演説は、しかし若い兵士達の士気を煽るには充分だった。基地司令は続ける。
「君達は入隊する時に誓ったはずだ。地球連邦の市民の為に、地球連邦の憲法を守り、治安に害する者達と最後まで戦うと! 今こそその時なのだ。諸君らが地球連邦軍人としての責務を、使命を全うする事を期待する。この作戦を、諸君らの手で勝利に導いて欲しい」
プロジェクターの画像が切り替わる。先と同じ地図の上に複数のマークが描かれている。指令は作戦の説明を始めた。
「早朝の攻撃、そして前々からの偵察、地形から予想される敵の位置だ」
大規模な機甲部隊とその陣地。戦術的に重要なポイントであり、敵も相当な警戒をしているようだ。
「この部隊を撃破し陣地を奪還できればこの地域での我が軍は優勢を手にすることができるだろう。我々の爆撃によって敵が混乱した機に乗じ味方砲撃部隊が砲撃を開始し、すぐに機甲部隊も突入する事になっている。空軍作戦名は《目覚まし爆撃作戦》だ。地球連邦軍という巨人の底力を、諸君の手によって目覚めさせるのだ」
相変わらず大袈裟な演説である。温度が上がり続ける部屋の中でメルヴィンはタブレットの資料に目を通した。補充部隊が到着するタイミング、味方陸軍が後退するタイミングなどを見計らった上での作戦だ。恐らく作戦の立案は何手も先を見越した上での事だっただろう。その上友軍上層部の見解も踏まえ提案したといったところか。基地司令がジャブローへの異動を狙っているという噂はあながち嘘でもないのかもしれない。やはり彼は優秀ではあるようだ。
「まずはクローバー隊が先行し敵航空兵力を撹乱する。報告では大した数ではないということだ。第二波の戦闘機群は完全に制空権を確保、遅れ到着した攻撃隊によって敵地上勢力に打撃を与える。充分に削り取った所で戦場の主役は陸軍に明け渡す。すべての航空機は陸軍の護衛と援護に当たれ」
「質問はあるか? ……ないな。解散! 各員自機に搭乗し待機せよ。……蝋燭の火を、灯せ」
作戦説明が終わると熱を持った兵達が移動を始め途端に騒がしくなる。《目覚まし爆撃作戦》。まったく、ふざけたネーミングだ。
マングース攻撃機六機、フライマンタ爆撃機二機、フライアロー六機にセイバーフィッシュ四機。地球連邦空軍の対地攻撃隊と護衛機群が開け放たれたハンガーの扉の向こうで滑走路を睨みつけている。
『各員搭乗! 各員搭乗!』
滑走路の誘導用ライトが点灯しオレンジ色の光は空へと続く。
『各機離陸態勢に入ってください』
無線機からリア少尉の声が流れた。僅かながら緊張が伺える声色である。
『牽引急げ! さっさと空へ送るんだ!』
『うまくやってこいよ!』
牽引車に引かれ攻撃機が滑走路で待機する。
『ナスカ・ワン、離陸を許可します』
『じゃ、行ってくるよ!』
『マンタ・ワン、離陸して下さい』
『おうよ!』
無線も熱を帯びて騒がしくなる。滑走路からは爆音を響かせて次々と航空機が離陸していった。
そしてクローバー隊の番が回ってくる。
『クローバー・ワン。離陸を許可します』
「ああ。クローバー・ワン、離陸する」
加速とともに加わるGを感じながら空へと駈け出す。そして編隊に加わった。じきに他のクローバー隊も加わる。全体が大きな翼となって空を滑っているようだ。
『全機の離陸が完了しました。秒読み五、四、三、二、一。それでは、現時刻をもって《目覚まし爆撃作戦》を開始します。みなさんの、幸運を祈ります』
『ありがとう管制。いい知らせを期待していてくれ』
フライマンタ、マンタ・ワンの攻撃隊長が答えた。
彼率いる兵達誰もがこう確信していた。漆黒の空を切り裂いていく彼らは連邦軍反撃の尖兵となり得るのだろう、と。
増やして欲しい要素はなんですか?
-
人間ストーリー
-
戦闘シーン
-
モビルスーツ
-
普通兵器
-
歩兵