原作よりも時間的余裕があったため、様々な情報工作などにも多少手間がかかってます。
原作では曖昧な部分も多い「アインズ・ウール・ゴウン」という人物の外向けの設定とかも本人が頑張って考えてます。
当面はアンデットであることを隠すためにアイテムや魔法で人間に偽装しています。
そんな感じで、はい、いつものカルネ村です。
王国領の辺境カルネ村の村民たちの朝は早い。
古き良き、カビの生えた慣習が未だ根強い王国にあって、インフラがほぼ未整備と言っていい開拓村は朝食の準備も一苦労だ。
村に数カ所ある井戸から、今日一日使用する分の水を汲み取り、家と井戸を何度も往復する。水も長期間の保存は利かないため、前日の残りの水はそこらの地面や田畑に撒いたり朝食の調理で使い切ってしまう。魔法の掛かった容器ならばそこまで気を使う必要もないのだろうが、生憎と誰もが貧しいこの村では一人としてそのような高価な家具は持っていなかった。
大抵の村民が同じような生活スタイルのため、数カ所ある井戸の前にははいずれも順番待ちの列ができあがっている。全体数が少ないとはいえ、皆が何度も往復し並び直すため、水汲み一つで結局30分以上は浪費してしまう。
無駄を省くため、その間に他の家族はだいぶ離れた位置にある小川へ洗濯へ行く。小魚一匹泳ぐ姿のない川の水は、いくらか澄んではいても飲み水には適さないため、それ以外の生活用水として使用していた。誤って洗濯物や足を滑らせた者が流されることのないように、大小の岩で構築した生け簀状のささやかな洗い場や、下部分に開いた穴から水のみ流れるようになっている防護柵が施され、そこでおもに女房たちが衣類を慣れた手つきで漉いていた。
朝食の準備も考えると独り身の者には厳しい朝のスケジュールであった。
これでも以前よりは格段に環境が改善されてはいるのだ。
一つしかない古びた井戸は、所々崩れかけでどう見ても修繕すべきではあったが、それが可能な技術も、依頼する資金もなかった。
川には何も設置されておらず、小さいとはいえ流れがさほど穏やかとはいえないその中へ皆が直接入り、滑りやすい石ころの上で踏ん張りながら洗い物をしていた。それでなくとも、幼い子供などは遊んでいるだけでも大人が目を離した僅かな間に足をとられ溺れてしまうこともあった。
それが変わった。
たった一人の偉大な魔術師のおかげだ。
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村の住人であるエモット家には二人の姉妹がいる。
穏やかな母親からは想像できないくらい村娘らしい肝の据わった快活な長女エンリ、それに輪を掛けて活発な良くも悪くもお転婆な妹ネム。
ある日、母親が朝食の支度を、父親が薪割りと水汲みしている間に、エンリは洗濯を終え、やれやれと思いながら妹の姿を探した。だが小川まで一緒に来たはずの妹の姿がどこにもない。彼女に渡した分の洗濯物はすぐ側にあった。ガマ草でできた籠の中のそれはまだ半分ほどしか洗ってなかった。
いつの間に。川に流されでもしたのか。エンリは軽く恐慌に陥りかけ、ネムの名前を大声で呼んだ。周囲にいた女房たちも手分けして探し、エモット家や村長の家にも人を遣った。
最悪の事態を想像し目の前が真っ暗になるエンリの耳に、しかし聞き慣れた声が聞こえた。そちらへ首を向けると、熊ほどもあるかという大きな狼に跨がったネムの姿があった。
妹の無事な姿に安堵するともに狼の巨体に驚く。恐怖さえ感じる獣に乗った元気に手を振る少女の姿に、状況が飲み込めないでいると、その後ろに背の高いローブ姿が見えた。
そこへエモット夫妻や村の男衆が到着し、彼らも状況に目を白黒させた。すわ誘拐かとも思ったのか身構える者もいた。
ローブ姿の不審者は頭部を隠していた布をとる。整ってはいたがどちらかといえば平凡な顔の男であった。
男は魔法詠唱者であり、アインズ・ウール・ゴウンと名乗った。
彼は不慮の事故で遠い異国からこの地へ流れ着き、周囲の情勢を知るために人里を探して近くの森を彷徨っていたのだという。
すると何やら声が聞こえそちらへ向かうと、木の枝に引っかかったシーツか何かを必死に引っ張る少女の姿があった。こちらに驚く少女に問うと、どうも川で洗濯をしている最中に風で飛ばされたそれを追って森に迷い込んだらしい。
シーツを回収し、少女の服に付いた土や草を払い、疲れたであろう彼女のために召還した狼に乗せて村があると思われる方角へ突き進んできて今に至る。
その話を聞いた村の者達、とりわけエモット家は末娘の軽率な行動に慄
き、魔法詠唱者に感謝した。薄暗い森の中、肉食の獣にでも襲われでもしたらと思うと、ネムが無事に帰ってこれたのは幸いであった。
「ゴウン様、でしたか。ありがとうございます。村を代表してお礼申し上げます」
村長は深々と頭を下げた。エモット夫妻とエンリも前に出て続く。
それに対し男は、大したことでは、たまたまです、何事もなくて良かったです、と謙遜する。
魔法詠唱者の態度に、村長など村の外を知っている一部の者達が驚く。
纏っているローブにあしらった金の刺繍や、おそらくは銀製の錫杖などを見るに、なかなかどころではない身なり。魔法という獣道に傾倒してはいても元は卑しくない層の出身であろう。
にもかかわらず、丁寧な口調と腰の低さは体裁だけでなく本心からのようにも見え、そもそもそういった高い身分の人間は開拓村の者達などに取り繕おうとさえしないのを思い出す。村にとって恩人であるはずの当人がぺこぺこ頭を下げ「お構いなく」なんて口にしているのを見るだに、つくづく奇妙・・・へんてこ・・・いや、不思議な人物であった。
お礼の言葉に照れた表情で困っていた恩人は、ならばと周辺の地理や一般常識について情報の提供を求めた。辺鄙な村ゆえに国家機密レベルの話などあるはずもなく、村長は快く家に招き請われるままに説明をした。
村長との話の結果、全く接点のない、ともすれば別大陸の可能性すらある地に流れ着いたらしいという判断に至った魔法詠唱者は、この地に居を構え当面落ち着くこととなった。
その決断を村は心より歓迎した。
アインズ(村民は自然とゴウン様と呼ぶこととなった)は村の端、奥まっていくらか開けたところに他の家より幾分大きめの家を建て、そこを仮の別宅とした。他のそれと同じ木造ではあるが内装はいくらか凝っているらしい。誰も中に入ったことがないので本人談によるが。また、あくまで別宅であり、何か村からの緊急の連絡があったときの中継地としてのものであるらしい。
エンリが聞くところによると家族・・・別離した友人の身内を結構な人数預かっているらしい・・・とともにこの地へ辿り着いたらしく、彼ら彼女らの身の安全の確保が第一、ということで、村から随分離れた位置に本拠を構え、そこの防備(と偽装)を築くことが急務であるため、最初の二週間はほとんど村にはいなかった。
それでもひと月近くも経てば、いくらか当面の目処が立ったらしく、村で姿を見ることも多くなった。
・・・というか、最近はほとんど村にいた。
たまに漏れる愚痴から察するに、なんでも身内が過保護でたまには離れて気を休めたいらしい。しかし敬遠しているわけではなく、家族同然の者達に敬意を抱かれており、気を使わせてしまうことを申し訳なく感じてしまうらしい。なんとも心優しい御仁である。
しかし話を聞くにーーー
「ゴウン様も結構な過保護みたいですからね。やっぱり家族って似るんですね」
そうエンリが言うと、きょとんとしたあと困惑した様子で頭を掻いていた。「そうかなあ、自分じゃそんなつもりは」なんて呟いてはいたが、その表情はどことなく嬉しそうでもあった。
村にいることも増えたアインズはもっぱら村人の生活環境の向上に努めた。井戸の老朽化の悩みを聞けば直すどころか井戸そのものを増設し、洗濯の不便さを小耳に挟めばすぐさま洗い場や柵を設けた。あまりにも手早くなんでもしようとするため、逆に村人たちが恐縮してこれ以上の手伝いを断った。このままではその優しさに甘えきってしまうと危惧したためだ。「なんならマジックアイテムも貸し出すが」と言い募る恩人の好意を村人総出で丁寧に丁寧に更に重ねて丁寧に断った。その後、心なしかシュンと肩を落として残念そうにしていたが、流石にこれ以上依存してはお互いの為にならないと言う弁には納得してもいたようであった。
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そんな穏やかな日々が続き。
更にひと月ほどたったある日、前日に本拠へ帰っていたアインズは数名を伴って村へ戻ってきた。いつものようににこやかに出迎えた村人たちは、彼のお供の者達の美しさに目を見張り驚きで固まってしまった。
双子のダークエルフの姉妹、眼鏡を掛けた色白のメイド、赤毛で褐色の肌のメイド。四者ともに辺境の寒村には些か以上に場違いな美女美少女であった。
「いや、一人は・・・」となにやらこぼれたアインズの小声は宙に消えた。
彼女らはアインズの配下の従僕であると名乗った。その事実こそ誇りであると自信に満ちた表情で。
アインズは「大切な家族でもある」と言うと4人は感極まった様子で嬉しげに頭を下げた。
アウラ、マーレと名乗った闇妖精の二人は幼いながらも村のすぐ近くより広がるトブの大森林の探索任務に就いているために。ルプスレギナと名乗る修道女にも見える褐色肌のメイドは、村と本拠の連絡係。その姉だというユリという名の眼鏡のメイドは補佐として。これから度々会うこともあるだろうからとアインズは紹介してまわった。
その語りになんとなく不安になり村長が問う。
「ゴウン様、またしばらく空けられるのですか」
ええ、という答えに周囲の村人たちも複雑な表情を見せる。自制はしていても、やはり無意識にも依存し頼りにしている人物が村を離れることは忌避してしまうのだろう。
その不安を払うように手を振りアインズは続ける。
「ちょっとした出稼ぎですよ。流石にそろそろこのあたりで流通している通貨を自前で調達せねばならないので」
その主人の言葉に後ろに控える4人が不服そうに眉を顰めるが口を挟むことはない。
これだけ優しくまた強大であろう偉大な主人が外部で労働に勤しむことが不本意なのだというのは、エンリにも理解できた。しかし話を聞くに、そして実際に配下の4人を見るに、件の魔法詠唱者の身内は出稼ぎには不向きな者が多いらしい。
亜人種はただそれだけで畏怖か嫌悪の対象であることも多く、一部では奴隷としてなどの冷遇も伝え聞く。メイド二人はどこかのお屋敷にでも勤められそうだが、そのたぐい稀な美貌が厄介ごとの種になるのは世間知らずの多い村民たちでも想像がついた。他の配下も似たり寄ったりの事情を抱えているというならば、なるほど、アインズ自身が一家の大黒柱としてその役目を負わねばならないという判断もやむなしか。
村人たちの、ああ・・・、という何ともいえない視線を集め、エルフ二人とメイド二人は
しかし、とエンリは思う。この目の前の天上人がせっせと汗をかいて働いている姿がいまひとつ想像できない。村の設備あれこれも、配下の職人に作らせたらしく、前日には何もなかったのに朝になるとすでにできあがっていた。本人は簡単な発案しかしていないと言うが、そういった指示ができ、かつそれがすぐに形になる時点で凄いどころの話ではないのだ。ただ、それゆえに、何かお仕事してますなアインズは違和感しかなかった。
村長も同じ思いに至ったのか、周囲の微妙な空気を払拭しようという意図もあって、努めて明るい口調で尋ねた。
「お仕事はもうお決めになられたので?」
「ええ、冒険者をやってみようかと」
テンプレな説明場面を省くと淡々とし過ぎな内容に。
他人から見たアインズ様ってマジ偉大な至高の御方。