もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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原作二巻
第八話 ヌケーターはどうしてもヌケてしまう


 ある朝、〝ノーネーム〟の敷地内でそれは起きた。

 

「く、黒ウサギのお姉ちゃぁぁぁぁん!」

 

 狐耳と二尾を持つ、狐娘のリリが黒ウサギを呼びながら、泣きそうな顔で駆け寄る。

 

「リ、リリ!?どうしたのですか!?」

「じ、実は………皆さんがこれを置いていって!」

 

 リリが慌ただしく黒ウサギに持っていた手紙を渡す。

 

『黒ウサギへ。

 北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。貴女も後から必ず来ること。あ、あとレティシアもね。

 私達に祭りの事を意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合四人ともコミュニティを脱退します。

 P/S ジン君は道案内に連れて行きます』

 

「………?――――――!?」

 

 時折、リリを見て、また手紙を見て固まる。それを繰り返すこと三〇秒。

 

「………な、何を言っちゃってんですかあの問題児様方ああああ―――――!!!」

 

 黒ウサギの絶叫が辺り一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 ———箱庭二一〇五三八〇外門居住区画・〝ノーネーム〟本拠。翔の私室。

 あの歓迎会から、時は進んで一か月後。黒ウサギが絶叫する日の朝。まだ日も昇らない暗い時間帯。

 

「………よし。練習に行くか」

 

 寝巻から普段着の黄色いパーカーに着替えた翔。ボードを片手に外へと向かう。

 

「今日は、何にしようか?グラインド系とスライド系の練習でもしとくか?」

 

 そう考えると、鉄柵を目の前に出して準備運動を始める。十分ほど念入りに準備運動をし、いよいよ滑り始める。

 プッシュで加速していくと、鉄柵に飛び乗る。まずは前と後ろの車輪の真ん中をかけてグラインドする【F/S50-50グラインド】。次にUターンして再び加速、飛び乗って【F/S リップスライド】、の途中でボードが傾き、鉄柵に埋まる。

 

「………どうして、こうなる?」

 

 やはり死んだ翔は、リスポーン後に四肢を地面につき、落ち込む。

その後も何度もチャレンジするが、必ず何かしらのトリックで、ボードが鉄柵へと沈み込むという事故が発生する。どうにかして沈み込まないようにする方法はないものかと、試行錯誤しているうちに朝日が昇りはじめ、辺りに暖かい日差しが差し始める。

 

「ハァ………また今度にしよう」

 

 今日のところは諦めて次の機会にするようだ。………実をいうと、こんなことがこの一か月間ずっと続いている。

 街の空地でする際には、こういった事故はないのに、自身が出したオブジェクトやパークで練習すると、こういった事故が発生してしまうのだ。

 気落ちしながら、居住区画の屋敷へと戻る翔。

 そして屋敷の中へ入った瞬間、

 

「翔君!」

「ゴベハァッ!?」

 

 何者かからの顔面への襲撃―――赤いドレス姿だから飛鳥であろうことは分かった―――を受け、もう皆が見慣れたゲッダンしながら吹き飛ぶ翔。

 そして、何事もなかったように元の位置にリスポーンする。

 

「………朝からなんだ?」

「………翔も、随分と今の扱いに慣れたよね?」

「これは慣れじゃなくて、諦めっていうんだよ。それよりも、俺はなんでいきなり蹴り飛ばされたんだ?」

「これよ!」

 

 そういって、飛鳥は翔に〝サウザンドアイズ〟印の入った手紙を渡して見せる。

 

「………招待状?」

「らしいわよ」

「それよりも、十六夜が何処か知らない?部屋にはいなかった」

 

 耀が十六夜の居場所を聞いてくる。翔は記憶をたどり、思い出す。

 

「あーたしか、昨日は本拠の書庫じゃなかったかな。ジンと一緒に籠ってるはずだが、部屋にいないなら徹夜したか、また朝から行ったんじゃねえか?」

「春日部さん、行くわよ!」

「おー」

「あっ!ま、待ってください!!」

 

 翔の言葉を聞いた飛鳥はドレスの裾を翻し、書庫へと向かっていく。耀とリリも彼女に追従していった。

 その場に呆然としながら残された翔は、呟くように言った。

 

「………結局、俺は何で蹴られたんだ………?」

「ほら!翔君もさっさと行くわよ!」

「………へいへい」

 

 飛鳥に急かされ、翔も訳が分からないまま、ついていくことにした。

 

 

 

 ———〝ノーネーム〟本拠。地下三階の書庫。

 書庫へ向かって慌ただしく階段を下りていく飛鳥達。

 

「十六夜君!何処にいるの!?」

「………うん?ああ、お嬢様か………」

 

 十六夜の眠そうな声が聞こえ、うつらうつら頭を揺らして二度寝しようとする。飛鳥は散乱した本を踏み台に、十六夜の側頭部へとび膝蹴りで強襲する。

 

「起きなさい!」

「させるか!」

「グボハァ!?」

 

 飛鳥の蹴りは、盾にされたジン=ラッセル少年の側頭部を見事強襲。

 寝起きを襲われたジンは三回転半して見事に吹き飛んだ。

 追ってきたリリの悲鳴と耀の感心した声、翔の残念そうな声が書庫に響く。

 

「ジ、ジン君がぐるぐる回って吹っ飛びました!?大丈夫!?」

「………十点。綺麗な三回転半だった」

「0点。なんでゲッダンしないんだ?」

 

 突然の事態に混乱しながらも、ジンに駆け寄るリリ。いつの間にか手に持っていた十点満点の点数ボードで、ジンの吹っ飛びを評価する耀と翔。

 ジンを吹っ飛ばした飛鳥は特に気にも留めずに、腰に手を当てて叫ぶ。

 

「十六夜君、ジン君!緊急事態よ!二度寝している場合じゃないわ!」

「そうかい。それは嬉しいが、側頭部にシャイニングウィザードは止めとけお嬢様。俺はともかく、御チビの場合は命に関わ」

「って僕を盾に使ったのは十六夜さんでしょう!?」

「お、そんなジンには生存点一点を差し上げよう」

「いりません!!」

 

 ガバッ!!と本の山から起き上がるジン。そのジンが生きていることで、手元のボードの点数を書き変えている翔。

 

「御チビも五月蠅い」

 

 スコーン!っと、十六夜が投げた本の角が騒いでいたジンの頭に直撃し、先ほど以上の速度で吹き飛び失神。リリは混乱極まりあたふたしている。

 そんな少年少女を余所に、不機嫌な視線を飛鳥に向ける十六夜。

 

「………それで?人の快眠を邪魔したんだから、相応のプレゼントがあるんだよな?」

 

 彼にしてみれば快眠を邪魔された怒りが強いのだろう。十六夜は壮絶に不機嫌そうな声で話す。

 

「まあ、そう怒るなよ。それに、これを見せるなら早い方がいいと考えたんだろうよ」

 

 そういって、翔は先ほど飛鳥から受け取った手紙を見せる。

 

「うん?双女神の封蠟………白夜叉からか?あー何々?北と東の〝階層支配者〟による共同祭典―――〝火龍誕生祭〟の招待状?おい、ふざけんなよお嬢様。こんなクソくだらないことで快眠中にも拘らず俺は側頭部をシャイニングウィザードで襲われたのか!?しかもなんだよこの祭典のラインナップは!?『北側の鬼種や精霊達が作った美術工芸品の展覧会、及び批評会。そして、様々な〝主催者〟がギフトゲームを開催。メインは〝階層支配者〟が主催する大祭を予定』だと!?クソが、少し面白そうじゃねえか行ってみようかなオイ♪」

「お前ならそういうと思ってた」

 

 十六夜の言葉に苦笑する翔。

 先ほどの不機嫌さがさっぱり消え去った十六夜は、跳び起きて颯爽と制服を着込む。

 冷や冷やしながら見ていたリリは、血相を変えて呼び止める。

 

「ままま、待ってください!北側に行くとしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから………ほ、ほら!ジン君も起きて!皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

「……北………北側!?」

 

 失神していたジンは「北側に行く」の言葉で跳び起きる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん!北側に行くって、本気ですか!?」

「ああ、そうだが?」

「何処にそんな蓄えがあるというのですか!?此処から境界壁までどれだけの距離があると思ってるんです!?リリも、大祭のことは秘密にと―――」

「「「「秘密?」」」」

 

 重なる四人の疑問符。ギクリと硬直するジン。失言に気づいた時にはもう既に手遅れだった。振り返ると、邪悪な笑みと怒りのオーラを放つ耀・飛鳥・十六夜の三大問題児。その後ろでは、諦めろと目で語りかけてくるが、やはり笑顔の翔。

 

「………そっか。こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張っているのに、とっても残念だわ。ぐすん」

「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれない。ぐすん」

「………ということらしい。逃がすつもりはなさそうだぜ、ジン?」

 

 泣き真似をするその裏側で、物騒に笑う問題児達。

 哀れな少年、ジン=ラッセルは問答無用で拉致され、一同は東と北の境界壁を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 リリに手紙を預けた後、十六夜、飛鳥、耀、翔、ジンの五人は〝ノーネーム〟の居住区を出発し、二一〇五三八〇外門の前にある噴水広場まで来ていた。もうすっかり常連となりつつある〝六本傷〟の旗印を掲げるカフェに来ていた。

 

「で?勢いに身を任せて出てきたけど、どうやって北側に行くんだ?」

 

 翔が注文したコーヒーを啜りつつ言う。

 その問いに春日部耀が小首を傾げながら答える。

 

「んー………でも北にあるってことは、とにかく北に歩けばいいんじゃないかな?」

「無理です死んでしまいますそれだけは勘弁してください」

 

 翔が即答で耀の提案に拒否反応が出て、全員が動きを見失う速度で土下座をし、一息で許しを乞う。

 その早業に皆が目を丸くしながらも、苦笑を浮かべる。

 

「この馬鹿がこんなにまで懇願するほどなのか?此処から北側までの距離ってのは?」

 

 そう。確かに翔は、死んでもリスポーンさえすれば、怪我も病気も肉体疲労も全回復する。ただし精神疲労だけは、そうはならない。つまり、北側に着くまでに彼の心が折れるというわけだ。

 

「馬鹿って言われたのは流す。遠いなんてものじゃない。人伝に聞いただけで実際に測ったわけじゃないが………大体1000000km程度らしい」

「そうですね。もう少し短くするにしても、980000km程度でしょうし」

「「「うわお」」」

 

 この辺りでよくスケボーをし、顔見知りの方々から祭りのことをこっそりと聞いていた翔は、その距離のことも聞いていたらしい。

 三人は同時に、様々な声音で。

 嬉々とした、唖然とした、平淡な声を上げた。

 

「いくらなんでも遠すぎるでしょう!?」

「ええ、遠いですよ!!箱庭は恒星級の表面積なうえに、都市は中心を見上げた時の遠近感を狂わせるようにできているんです。そのため、肉眼で見た縮尺との差異が非常に大きいんです。あの中心を貫く〝世界軸〟までの実質的な距離は、眼に見えている距離よりも遥かに遠いんですよ!!」

 

 だからやめましょうってあれほどーッ!!とジンが叫ぶ。

 その隣で、十六夜は冷静に箱庭を考察する。

 

「そうか。箱庭に呼び出された時、箱庭の向こうの地平線が見えたのは、縮尺を誤認させるようなトリックがあったのか」

 

 具合が悪そうに黙り込む飛鳥だが、仕方なさそうに足を組み再提案する。

 

「そう。なら〝ペルセウス〟の時のように、外門と外門を繋いでもらいましょう」

「それはそれで金が無い。俺の金じゃ精々一人が限界だ」

「………って翔さん、いつの間にそんな稼いでいたんですか!?」

 

 飛鳥の提案する〝境界門〟の起動。それには一人につき〝サウザンドアイズ〟金貨が一枚必要となる。今回の場合は金貨が五枚必要となる。〝ノーネーム〟のような零細コミュニティには、とても払えない額だ。

 

「日雇いのバイトや路上パフォーマンスによる投げ銭だ。俺はコイツらみたいにクリアできるゲームが限り無く少ないからな。そうやって稼いでたら色々箔をつけてくれる人もいるんだよ。あと、俺は自由に金を使う許可ももらってるし、手元に大金を置いておけるんだよ。ってか、俺の稼ぎに関してなんかはどうでもいいだろう。………というか、そもそも現実問題として、どうして向かう手段のない俺らに、こんな招待状なんかが来たんだ?」

「「「あっ………」」」

 

 三人が声を上げる。そんな三人に苦笑しながら新たに提案する翔。

 

「………まず、送り主の〝サウザンドアイズ〟、もしくは白夜叉のところに行ってみねえ?」

 

 翔の提案に三人は勢いよく立ち上がり、

 

「そうと決まれば、行くわよ三人とも!」

「おう!これだけ期待させたんだ!責任とってもらいに行くぞゴラァ!」

「行くぞコラ」

 

 気合十分になった三人は意気揚々と〝サウザンドアイズ〟に向かう。翔はジンが逃げないように引き摺りながら、三人の後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 五人は噴水広場のペリベッド通りを走り抜け〝サウザンドアイズ〟の支店の前で止まる。桜に似た並木道の街道に建つ店前を、竹ぼうきで掃除していた割烹着の女性店員に一礼され、

 

「これは翔様。この度は何の用でしょうか?」

「いや、今回は客として来たわけじゃなく、白夜叉に会いに来たんだが、いるか?」

「いえ、オーナーは今日は来ておりません」

「………来る予定は?」

「今のところはありません」

「「「………」」」

 

 三人が翔と女性店員とのやり取りを見て、目を丸くして驚く。

 

「………おい、翔。いつこの堅物女性店員を懐柔―――」

「してない」

「いつ買収したの―――」

「してない」

「いつ落として―――」

「してないってば。しつこいなお前ら」

 

 十六夜、飛鳥、耀の順でいわれのない非難を受ける。

 翔が呆れ顔で答える。それと一緒に女性店員も答える

 

「「彼女()とは商売相手なだけ(です)」」

「「「………」」」

 

 何故か息ぴったりな二人に、疑わしそうな視線を向ける三人。と、その時。

 

「やっふぉおおおおおおお!ようやく来おったか小僧どもおおおおおおお!」

 

 どこから叫んだのか、和装で白髪の少女が空の彼方から降ってきた。

 嬉しそうな声を上げ、空中でスーパーアクセルを見せつけつつ―――

 

「おぶッ!?」

「ゴフッ」

 

 ―――翔を轢き殺しながら着地。

 ぶつかった際に苦しそうな奇声を上げる白夜叉。そして、肺の中の空気が噴き出すような音を口から漏らす翔。二人が土煙をあげながら、揉みくちゃになって転がっていく。

 

「なぜ避けん!?」

「なぜ普通に来ない?」

 

 ギャーギャー騒ぐ白夜叉とは対照的に、手慣れたようにリスポーンして、淡々と彼女の相手をする翔。

 騒いでいる二人に、招待状を片手に割って入ってくる耀。

 

「白夜叉、招待ありがと」

「そもそもおんしは―――む?ああ、よいよい。全部わかっておる。まずは店の中に入れ。条件次第では、負担は私が持って北側に送ってやろう。………秘密裏に話しておきたいこともあるしな」

 

 スッと目を細める白夜叉。最後の言葉にだけ真剣な声音が宿る。

 四人は顔を見合わせ、翔以外は悪戯っぽく笑った。

 

「それ、楽しい事?」

「さて、どうかの。まあおんしら次第だな」

 

 意味深に話す白夜叉。四人はジンを引きずりつつ、これまた翔以外は嬉々として暖簾をくぐった。ただし、翔だけはくぐる際に、女性店員から声をかけられる。

 

「………お疲れ様です」

「もう諦めたよ」

 

 同情するような声音の彼女に短く答え、店内へ入っていく。

 五人は店内を通らず、中庭から白夜叉の座敷に招かれた。

 白夜叉は畳に腰を下ろし、厳しい表情を浮かべ、カン!と煙管で紅塗りの灰吹きを叩いて問う。

 

「さて、本題の前にまず、一つ問いたい。〝フォレス・ガロ〟の一件以降、おんしら魔王に関するトラブルを引き受けるとの噂があるそうだが………真か?」

「ああ、その話?それなら本当よ」

 

 飛鳥が正座したまま首肯する。白夜叉が小さく頷くと、視線をジンに移す。

 

「ジンよ。それはコミュニティのトップとしての方針か?」

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるには、これが一番いい方法だと思いました」

 

 〝名〟と〝旗印〟の代わりに〝打倒魔王〟という特色を持ち、広めることでコミュニティの存在を認知してもらおうというのだ。

 ジンの返答に、白夜叉は鋭い視線を返す。

 

「リスクは承知の上なのだな?そのような噂は、同時に魔王を引きつける事にもなるぞ」

「覚悟の上です。それに敵の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層に行けません。決闘に出向くことが出来ないなら、誘き出して迎え撃つしかありません」

「無関係な魔王と敵対するやもしれんぞ?」

 

 その問いに、傍で控えていた十六夜が不敵な笑みで答える。

 

「それこそ望むところだ。倒した魔王を隷属させ、より強力な魔王に挑む〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティ―――どうだ?修羅神仏の集う箱庭の世界でも、こんなにカッコいいコミュニティは他にないだろ?」

「………ふむ」

 

 茶化して笑う十六夜だが、その瞳は相も変わらず笑っていない。

 白夜叉は二人の言い分を嚙み砕くように瞳を閉じる。

 しばし瞑想した後、呆れた笑みを唇に浮かべた。

 

「そこまで考えてのことならばよい。これ以上の世話は老婆心というものだろう」

「ま、そういうことだな―――で?本題はなんだ?」

「うむ。実はその〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたいことがある。此度の共同祭典についてだ。よろしいかな、ジン殿?」

「は、はい!謹んで承ります!」

 

 ジンは少しでも認められたことにパッと表情を明るくし、応えた。

 

「さて何処から話そうかの………」

 

 カン。と煙管で紅塗りの灰吹きを軽く叩き、一息ついてから話し始める白夜叉。

 話としては、北側のフロアマスターの一角が、〝サラマンダー〟というコミュニティの長が急病により世代交代した、という事から始まり、次の頭首はジンと同い年のサンドラという少女が襲名。しかし、それをよく思わない者たちも少なからず存在するらしい。それ以外の事情も含めて、東のフロアマスターである白夜叉に、共同祭典の話を持ち掛けてきたそうだ。

 問題児三人もジンを揶揄いながらとはいえ、しっかり聞いていた。しかし、

 

「むぅ………長い!」

「あら?翔君、もう少しくらい我慢したらどうかしら?」

「違う!そうだけど、違う!こんなところで時間を浪費してる場合じゃねえ、ってことだよ!もたもたしてると黒ウサギが来ちまうって言ってんだよ!」

 

 翔の我慢も限界に達し、自身が思っていたことを吐き出す。その言葉に、ハッ、とした問題児三人とジン。

 十六夜が身を乗り出しながら白夜叉に尋ねる。

 

「白夜叉!その話はあとどれくらい続く!?」

「ん?短くとも一時間くらいかの?」

「チッ!飛鳥!ギフトでジンを黙らせろッ!十六夜はそのまま白夜叉と交渉しろ!」

「ええ!ジン君、()()()()()!」

 

 口を開けて言葉を発しようとしたジンの口が、飛鳥が翔の指示によって閉じさせる。目的のためには妙にマッチしたコンビネーションを発揮する問題児三人+スケーター。

 その隙に十六夜が白夜叉を促す。

 

「白夜叉!今すぐ北側へ向かってくれ!」

「む、むぅ?別に構わんが、何か急用か?というか、内容を聞かず受諾してよいのか?」

「構わねえから早く!事情は追々話すし何より―――その方が面白い!俺が保証する!」

 

 十六夜の言い分に白夜叉は瞳を丸くし、呵々と哄笑を上げて頷いた。

 

「そうか。面白いか。いやいや、それは大事だ!娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからな。ジンには悪いが、面白いならば仕方がないのぅ?」

「………!!?……………!??」

 

 白夜叉の悪戯っぽい横顔に、声にならない悲鳴を上げるジン。

 暴れるジンを嬉々として取り押さえる翔。それを余所目に、白夜叉は両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。

 

「―――ふむ。これでよし。これで御望み通り、北側に着いたぞ」

「「「―――………は?」」」

 

 素っ頓狂な声を上げる三人。

 しかし、全員が抱いた疑問は一瞬で過ぎ去り、次の瞬間、三人は期待を胸に外へと飛び出した。

 

 

 

 三人が店から出ると、熱い風が頬を撫でた。

 何時の間にか高台へ移動し、街の一帯を展望できる。だが眼下に広がる街は彼らのよく知る街ではない。

 

「赤壁と炎と………ガラスの街………!?」

 

 彼らの目の前には、天を衝くかというほど巨大な赤壁、色彩鮮やかなガラスで飾られた回廊、朱色の暖かな光で照らす数多のペンダントランプ。それら全てが彼らの興味を引き付ける代物であった。

 

「へえ………!980000kmも離れているだけあって、東とは随分違うんだな」

「ふふ。しかし違うのは文化だけではないぞ。其処の外門から外に出れば、真っ白な雪原がある。それを箱庭の都市の大結界と灯火で、常秋の様相を保っているのだ」

 

 白夜叉は小さな胸を自慢げに張る。

 胸の高まりが静まらない飛鳥は、美麗な街並みを指さして熱っぽく訴える。

 

「今すぐ降りましょう!あのガラスの歩廊に行ってみたいわ!いいでしょう白夜叉?」

「ああ、構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにも参加していけ」

 

 ゴソゴソと着物の袖から取り出したゲームのチラシ。三人がチラシを覗き込むと、

 

「見ィつけた―――のですよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ズドォン!!とドップラー効果の効いた絶叫と共に、爆撃のような着地。

 その声に跳ね上がる一同。大声の主は当然我らが同士・黒ウサギ。

 遥か彼方、巨大な時計塔から叫んだ彼女は全力で跳躍し、一瞬で彼らの前に現れたのだ。

 

「ふ、ふふ、フフフフ………!ようぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方………!」

 

 淡い秘色の髪を戦慄かせ、怒りのオーラを振りまく黒ウサギ。

 危機を感じ取った問題児の中で、真っ先に動いたのは十六夜だ。

 

「逃げるぞッ!!」

「逃がすかッ!!」

「え、ちょっと、」

 

 十六夜は隣に居た飛鳥を抱きかかえ、展望台から飛び降りる。耀は旋風を巻き上げて空に逃げようとするが、数手遅かった。黒ウサギは大ジャンプで耀のブーツを握りしめる。

 

「わ、……!」

「捕まえたのです!!もう逃がしません!!!」

 

 どこかぶっ壊れ気味に笑う黒ウサギ。

 耀を引き寄せ、胸の中で強く抱きしめ、黒ウサギは耀の耳元で囁く。

 

「後デタップリ御説教タイムナノデスヨ。フフフ、御覚悟シテクダサイネ♪」

「りょ、了解」

 

 反論を許さないカタコトの声に、耀は怯えながら頷く。着地した黒ウサギは、白夜叉に向かって耀を投げつける。三回転半して吹っ飛んだ耀と白夜叉は悲鳴を上げた。

 

「きゃ!」

「グボハァ!」

「耀さんのことをお願いいたします!黒ウサギは他の問題児様を捕まえに参りますので!」

 

 叫ぶ黒ウサギ。白夜叉は勢いに負けて頷く。

 

「………そ、そうか。よくわからんが頑張れ黒ウサギ」

「はい!」

 

 展望台からジャンプする黒ウサギ。その背中を見つめる耀と白夜叉。

 

「………とりあえず、中で話を聞かせてもらおうかの。私もおんしに話があるのでな」

「………うん。わかった」

 

 少し暗い表情で耀が頷く。しかし、そこで思い出したように呟く。

 

「………そういえば、翔はどうしたんだろう?ここに来てから見てないけど………」

「む?そういえば、そうだのう………はて?」

 

 二人は首を傾げながら、支店の部屋へと戻る。すると、そこには、

 

「「………」」

「「………ッ!」」

 

 黄色い裾の腕と、その手よりも若干小さい腕が、一本ずつ畳から姿を覗かせていた。小さい方の腕をよく見てみると、ジンが着ているローブの裾のようにも思える。

 その二本の腕は助けてほしそうに、ブンブン!と勢いよく左右に振れている。

 

 

「………だから、どうしておんしは埋まるのだッ!?」

 

 若干キレ気味に叫ぶ白夜叉。

 彼らが翔の姿を見なかった理由はこれだ。ここに転移した際に翔は勿論、彼が押さえていたジンまでもを巻き込み、共に床をヌケてしまったのだ。

 勿論、翔だけならば、リスポーンすれば助かることが出来るかもしれないだろう。だが、いま隣には、我らがリーダー、ジンがいる。そのため、迂闊にリスポーンすると、どうなるかわからない状況にあった。だからこうして、耀と白夜叉に助けを求めている。

 そんな中、翔は床の中で、やっぱり白夜叉に関わると碌なことが無い、としみじみ実感したのであった。




【F/S50-50グラインド】ノーズとテール両側のトラック(デッキとウィールを繋ぐ金属部分)を掛けてグラインドするトリック。

【F/S リップスライド】テールでレールをまたぎ、スライドするトリック。

【翔のお金】日雇いバイトと路上パフォーマンスで稼いだ真っ当なお金。コミュニティの為に必要だと思う物の購入権を黒ウサギからもらっている為、かなり自由に使える。戦えないから、まともにギフトゲームなんてできないから仕方ないね。

【女性店員との関係】ただの商売相手。………ホントだよ?

【床ヌケ】スケーターなら常識。ただし今回はジンを巻き込んだ。


 ………さて、この先の話をどうしようかな。ぶっちゃけノープラン!だから次回も遅れるかも!そこのところ許してください!

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