もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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第六話 スケーターは意図せずしてヌケるもの

 ガルドとのゲームは翔とガルドが追いかけっこしている隙をついて耀と飛鳥が連携してとどめを刺した。その間、翔はずっと追われ続けていた。

 門柱のところまで戻ってきた飛鳥・耀・ジン、そして耀に引き摺られた土気色の翔の四人は、十六夜と黒ウサギと合流する。

 

「………いいか、ジン。覚えて、おけ。これが、俺の扱いだ………君もこういう風に、使ってくれて、構わない………リスポーンす、れば肉体疲労、も関係ない、からな………だが、こいつら、には限度というもの、を知ってもらいたいが、な………」

「は、はい………」

「あら、失礼ね。だから翔君の限界を見極めてあげたじゃない」

 

 息も絶え絶えな翔を見て、戸惑いながらも頷くジン。そんな翔に笑いながら話しかける飛鳥。

 言葉の意味合いが大分違うと思いながらもなんとか意識を手放さないようにする翔。

 

「ふ、ふふ………そう、か。………ああ、はやくかえって、やすみたい、なぁ………」

 

 今にも消えそうな掠れた声で呟く翔。実際リスポーンすれば肉体疲労は消えるが、今回はそれ以上に精神疲労が限界を超えているようだ。

 その様子を見た五人はさすがにマズイと思ったのか、

 

「わ、私は翔さんを先に屋敷へと連れて帰りますね」

「ああ。早く休ませてやれ」

「そうね。翔君はよく頑張ってくれたもの」

「うん。あとは私達でやっとく」

「はい。それでは!」

 

 四人に見送られて翔を抱えた黒ウサギは先に本拠へと帰還した。

 

「にしても、どうしてガルドは私たちを狙わずに翔君だけを狙ったのかしら?」

「あん?どういうことだよ?」

「私達、何度かガルドに攻撃しようとして失敗した」

「それでもガルドは私たちではなく翔君を執拗に追ったのよ」

「失敗したときは、こっちに来るかもってすごく焦ったけど、全然私たちに見向きもしなかった」

「………なんだそりゃ?攻撃してきた相手を無視してまで逃げ続けるアイツを追い続けたのか?」

 

 十六夜の問いに頷く二人。

 ゲーム時のガルドは獣の本能が全面に出ていた。そんな状態で攻撃を加えてきた相手を無視するとは思えなかった。

 

「翔さんが敵の注意を引き付けるようなギフトを持っているとかは………?」

「………分からねえな」

「うん。全く読めない」

「そうね。理解しようとも思わないけれど」

 

 三人が口を揃えてジンの疑問に答える。

 

「アイツのギフトの四つのうちのどれかにそういう効果もあるってことは十分にあり得る」

「でも、名前だけじゃ判断付かないわね」

「うん。ただでさえ変なギフトばかりだったから、なおさら分からない」

 

 情報のない中、知恵を絞る四人。しかし、考えても答えは出て来ないので、あとで本人に問いただせばいいという結論に達し、その話題をやめる。

 

 その後、〝フォレス・ガロ〟の解散令が出され、脅されていたコミュニティに〝名〟と〝旗印〟を返還した。

 十六夜の演説の成果もあり、宣伝効果は上々のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 やることが全て終わり本拠に戻った十六夜、飛鳥、耀、ジンの四人は翔の容態を一応確認しに行く。

 しかし館の中にはいないようなので、黒ウサギに翔の居場所を聞く。

 

「翔はどうしたんだ?」

「え、えっとですね。よくわからないのですけど―――」

 

 黒ウサギの話だと、翔は水を飲んですぐに滑りに行ってくる、とだけ告げて、姿を消したらしい。何処に行くのかなどの詳しい場所は言わずに。しかも黒ウサギの目の前で忽然と姿を消したらしい。

 

「………一番怪しいのはアイツの〝混沌世界(パーク)〟っていうギフトだな。字面だけ見るなら白夜叉のゲーム盤とかそういう世界に行く類のものだと考えてるんだが」

「や、やっぱり十六夜さんもそう思いますか?」

「ああ。………まあ、アイツのことだ。そのうち帰ってくるだろ」

 

 全員特に心配することもなく、その場は解散となった。

 

 

 

 そして一方、当の本人である翔はというと………。

 

「………………………………………」

 

 いつもの黄色いパーカーではなく赤いTシャツを着ている彼はひどく落ち込んでいた。その理由は先ほどのゲームが原因―――

 

 

「ヤバい………超上級トリック【オイシイウメシュ】ができなくなってる?………………マズイぞ、これはスランプという奴なのだろうか………………?」

 

 

 ―――というわけではない。彼は純粋に以前出来ていたトリックが成功しなくて落ち込んでいるのだ。

 だが、【オイシイウメシュ】は普通のトリックではないし、彼の世界にしか存在していないものだ。そのうえ彼の世界でも成功率は低くとても珍しいトリックだ。彼も成功率でいえば百回に一回できればいい方である。だが、現在の試行回数は既に数千を超えていた。

 

「どうしてだ………?パークの設備や形態も変えてまで試しているというのに………」

 

 だが、そこで彼は思い出した。【オイシイウメシュ】がどういう状況で成功したのかを。

 

「はっ!あれが成功したのはいずれも屋外だった!ならパークから出て試行回数を伸ばせば、成功するのかもしれない!?そうと決まれば、こんなとこに引きこもってないで、さっさと戻って試してみないと!」

 

 そう決意した彼は、パークを出て本拠のそばの空地へと出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝ノーネーム〟・本拠三階、談話室。

 そこには十六夜と黒ウサギの二人が仲間が景品に出されるゲームのことを話していた。十六夜が参加してくれると聞いて大歓喜していた黒ウサギは、申請から戻ると一転して泣きそうな顔になっていた。

 

「ゲームが延期?」

「はい………申請に行った先で知りました。このまま中止の線もあるそうです」

 

 黒ウサギはウサ耳を萎れさせ、口惜しそうに顔を歪めて落ち込んでいる。

 十六夜は肩透かしを食らったようにソファーに寝そべった。

 

「なんてつまらない事をしてくれるんだ。白夜叉に言ってどうにか出来ないのか?」

「無理でしょう。どうやら巨額の買い手が付いてしまったそうですから」

 

 十六夜の表情が目に見えて不快そうに変わった。人の売り買いに対する不快感ではない。

 一度はゲームの景品として出したものを、金を積まれたからといって取り下げるのはホストとしていいことではない。十六夜は盛大に舌打ちし、〝サウザンドアイズ〟を貶す。そのいい様に黒ウサギは仕方ないですよ、と達観したように言う。

 

「〝サウザンドアイズ〟は群体コミュニティです。白夜叉様のような直轄の幹部が半分、傘下のコミュニティの幹部が半分です。今回は傘下コミュニティの幹部、〝ペルセウス〟。それに双女神の看板に傷が付くことも気にならないほどの金やギフトが対価ならばゲームの撤回もするでしょう」

 

 十六夜以上に悔しさを感じている黒ウサギが言う。今回は純粋に運がなかったと諦めてしまう。

 

「まあ、次回に期待するとしよう。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ?」

「そうですね………スーパープラチナブロンドの超美人さんですかね。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪がキラキラするのです」

「へえ?よくわからんが見応えありそうだな」

 

 その時、窓のある方から声がかけられる。

 

「お話のところ悪いけど、話題の人物っぽい人が来たぞ?」

「「………ッ!?」」

 

 その方向には壁から仰向けで上半身だけ出している翔がいた。

 

「翔さん!もう戻って………って、なんでまた埋まっているのでございますか!?」

「いや、あるトリックの練習中に………。って、そんなことよりもお客様だ」

 

 そういって翔は隣の窓を指さす。その方向には一人の少女が窓の外で、細くきれいな指で頬を搔き、戸惑いながら佇んでいた。

 

「いや、うん、まあ………とりあえず開けてくれないか?」

「だそうだ。じゃあ、俺は練習に戻るから、後は頼んだ」

 

 それだけ告げるとリスポーンによって姿を消す翔。彼が案内した少女は今まさに話題にしていたスーパープラチナブロンドの髪を持った少女であった。

 

「レティシア様!?」

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分だ。〝箱庭の貴族〟ともあろうものが、モノに敬意を払っていては笑われるぞ」

 

 黒ウサギが錠を開けると、レティシアと呼ばれた金髪の少女は苦笑しながら談話室に入る。

 

「こんな場所からの入室で済まない。ジンに見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」

「そ、そうでしたか。あ、すぐにお茶を淹れるのでお待ちください!」

 

 黒ウサギは嬉しそうに小躍りするようなステップで茶室に向かう。

 十六夜の存在に気が付いたレティシアは、彼の奇妙な視線に小首を傾げる。

 

「どうした?私の顔に何か付いているか?」

「別に。前評判通りの美少女だと思って。目の保養に観賞してた」

 

 十六夜の真剣な回答だったのだが、レティシアは心底楽しそうな哄笑で返す。

 口元を押さえながら笑いを噛み殺し、なるべく上品に装って席に着いた。

 

「ふふ、なるほど。君が十六夜か。白夜叉の話通り歯に衣着せぬ男のようだ。では外にいた彼は翔か。彼もまた白夜叉の話通り、何をするか読めない男だったな。案内を頼んだら、『………あそこらへん?とりあえずついてきて』とだけ言い、妙な板に乗ってここまで飛んだ挙句、壁に突き刺さったのだからな」

「あれはただの頭のイイ馬鹿だ。案外、白夜叉と似た者同士かもしれないぞ?」

「ふむ。否定できんな」

「そこは翔さんの名誉のために否定しましょうよ………」

 

 紅茶のティーセットを持ってきた黒ウサギが呆れた表情で入ってくる。

 温められたカップに紅茶を注ぐ際には、少し疲れた表情を浮かべていた。

 

「それに翔さんが白夜叉様と似ているのでしたら、私の苦労が二倍になってしまうじゃないですか」

「ふふ、それもそうだな」

 

 再び、楽しそうに笑うレティシア。

 

「それで、どのようなご用件ですか?」

 

 レティシアは現在、他人に所有される身分。その彼女が主の命もなく来て、そのうえジンに見つかりたくないと言っていた。ならばただ会いに来たという話ではないだろう。

 

「用件というほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか、それを見に来たんだ。ジンに会いたくないのは合わせる顔がないからだよ。お前達の仲間を酷使させる結果になってしまった。………とはいえ、当の本人は元気そうだったから、何とも言えないが」

 

 ガルドとのゲームの際の木々は彼女の仕業のようだ。

 彼女は鬼種の中でも個体が最も少ない一つとされる吸血鬼の純血。その性能は世間一般に知られているものとさほど変わりないだろう。大きな相違点を挙げるとすれば、互いの世界における吸血鬼の思想だろう。

 箱庭創始者の眷属であるウサギが、〝箱庭の貴族〟と呼ばれるように。

 箱庭の世界でのみ太陽を浴びられる彼らは〝箱庭の騎士〟と称される。

 太陽の光を浴び、平穏と誇りを胸に生活できる箱庭を守る姿から、吸血鬼の純血は〝箱庭の騎士〟と呼び称されるようになったのだ。

 

「吸血鬼?なるほど、だから美人設定なのか」

「は?」

「え?」

「あ、そうなんだ」

「って、またですか翔さん!?」

 

 先ほどとは違う場所からうつ伏せで上半身を出している翔がいた。

 

「いや、さっきは狙ってやったけど今回は普通に事故だ。じゃあ、俺は消えるから続けてどうぞ」

 

 そういってまたリスポーンで消える翔。それを呆れたように見つめる黒ウサギと十六夜。まだ不慣れなレティシアは、驚きを隠しきれていなかった。

 十六夜は視線をレティシアへと戻すと、話を続けるように促す。

 

「………悪い。邪魔が入ったが、続けてくれ」

「あ、ああ。………実は黒ウサギ達が〝ノーネーム〟としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、なんと愚かな真似を………と憤っていた。それがどれだけ茨の道か、お前が分かっていないとは思えなかったからな」

「……………」

「だが、ようやく接触するチャンスを得た時に、看過できぬ話………神格級ギフト保持者が、黒ウサギの同士としてコミュニティに参加したと耳にした」

 

 黒ウサギの視線が反射的に十六夜に移る。

 

「そこで、私は一つ試してみたくなった。その新人たちがコミュニティを救えるだけの力を秘めているのかどうかを」

「結果は?」

 

 黒ウサギが真剣な双眸で問う。レティシアは苦笑しながら首を振った。

 

「生憎、ガルドでは当て馬にもならなかった。ゲームに参加していた女性二人はまだ青い果実で判断に困る。………それに、もう一人の彼はなおさら判断に困る。ふざけているのか、はたまた本気なのか。それが分からない。実力もまた同じだ。こうして足を運んだはいいが、私はお前達に何と言葉をかければいいのか」

 

 自分でも理解できない胸の内にまた苦笑する。十六夜は呆れたようにレティシアを笑う。

 

「違うね。アンタは言葉をかけたくて古巣に足を運んだんじゃない。古巣の仲間が、自立した組織としてやっていける姿を見て安心したかっただけだろ?」

「………ふっ。そうかもしれないな」

 

 自嘲気味に笑いながら首肯するレティシア。

 危険を冒してまで古巣に来た彼女の目的は、何もかも中途半端になってしまっているのだ。しかし十六夜は軽薄な声で続ける。

 

「その不安、払う方法が一つだけあるぜ」

「何?」

「実に簡単な話だ。アンタは〝ノーネーム〟が魔王を相手に戦えるかが不安で仕方ない。ならその身で、その力で試せばいい。———どうだい、元・魔王様?」

 

 スッと立ち上がる。十六夜の意図を理解したレティシアは一瞬唖然としたが、すぐに哄笑に変わった。弾けるような笑い声を上げたレティシアは、涙目になりながら立ち上がる。

 

「ふふ………。なるほど。それは思いつかなんだ。実に分かりやすい。下手な策を弄さず、初めからそうしていればよかったなあ」

「ちょ、ちょっと御二人様?」

 

 雲行きの怪しくなってきた会話に疑問を持つ黒ウサギ。

 ようするに、十六夜とレティシアの二人が力試しを行う。ただそれだけである。

 ルールは両者が一撃ずつ撃ち合い、最後に立っていた方の勝利というもの。

 笑みを交わした二人は窓から中庭へ同時に飛び出した。

 開け放たれていた窓は二人を遮る事無く通す。窓から十間ほど離れた中庭で向かい合う二人は、天と地に位置していた。

 

「へえ?箱庭の吸血鬼は翼が生えてるのか?」

「ああ。翼で飛んでいる訳ではないがな。………制空権を支配されるのは不満か?」

「いいや。ルールにはそんなのなかったしな」

 

 飄々と肩を竦める十六夜。立ち位置的には十六夜が不利。しかし、彼は別段それを口にせず構える。

 満月を背負うレティシアは微笑と共に黒い翼を広げ、己のギフトカードを取り出した。

 ギフトカードが輝き、封印されていたギフトが顕現する。

 光の粒子が収束して外角を作り、突然爆ぜたように長柄の武具が現れる。

 

「互いにランスを一打投擲する。受け手は止められねば敗北。悪いが先手は譲ってもらうぞ」

「好きにしな」

 

 投擲用に作られたランスを掲げる。

 

「ふっ――――!」

 

 レティシアは呼吸を整え、翼を大きく広げる。全身を撓らせた反動で打ち出すと、その衝撃で空気中に視認できるほど巨大な波紋が広がった。

 

「ハァア!!!」

 

 怒号と共に放たれた槍は瞬く間に摩擦で熱を帯び、一直線に十六夜に落下していく。

 流星の如く大気を揺らして舞い落ちる槍の先端を前に、十六夜は牙を剝いて笑い、

 

「カッ―――――しゃらくせえ!」

 

 殴りつけた。

 

「「———は………!??」」

 

 素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。

 しかしこれまた比喩ではない。他に表現の仕様もない。鋭い先端はたった一撃で拉げ、ただの鉄塊と化し、さながら散弾銃のように無数の凶器とレティシアに向けられたのだ。

 レティシアも避けようとするも体が動かなかった。そして彼女に着弾―――

 

「「あ」」

「え?」

「ん?」

 

 ———する直前、レティシアの前に板に乗った赤い何かが出現した。

 

「ゴベフッ!?」

 

 そう。翔だ。

 彼は全身の骨が砕けながらも、鉄塊をしっかりと受け止めて落下していく。

 なぜいるのか?なぜ間に合ったのか?

 それは彼は【オイシイウメシュ】の練習中に、不覚にも別のトリックを繰り出してしまったことに他ならない。

 そのトリックは【瞬間移動】。だが、それは場所もランダムで、どこに出るかもわからない制御不能の妙技だ。

 彼の本当に偶然の成功だった。タイミングも偶然であった。そのうえ場所までもが、偶然レティシアの目の前だったというだけ。しかし、その偶然の一致が、レティシアを救ったのだ。

 

「まさか、私を庇ったのか………?」

 

 レティシアは驚きながらもそう呟く。

 その声を聞いた十六夜・黒ウサギ・地で蹲る翔は否定の声を上げる。

 

「いや、偶然だと思うぞ?」

「偶然だと思います」

「ほ、本人からも、証言………偶然、です………」

「そ、そうか………」

 

 まさに死にかけの翔からも言われて、何とも言えない表情で納得するレティシア。

 翔は痛みから解放されるためにマーカーを置き、リスポーンする。

 

「本当に偶然だったんだ………トリックの練習をしていたら、何故かあそこにいたんだ。あれはきっと、伝説とまで言われたトリック、【瞬間移動】なんだろうな………」

「どうやったら、スケートボードの練習をしていて瞬間移動するのでございますか!?」

「これがスケーターの為せる奇跡ってやつだよ、黒ウサギ君。覚えておきたまえ」

「何様ですか!?」

「スケーター様だ」

 

 ワーワーと口論をする翔と黒ウサギ。そこにレティシアが歩み寄り、翔のそばまで行くと、頭を下げる。

 

「偶然だとしても、助かったのは事実。感謝する」

「いや、別にいいって。黒ウサギの昔の仲間なんだろ?なら俺も偶然とはいえ、助けられてよかったよ」

 

 それじゃ、俺は練習に戻ると言ってその場を去っていった。

 

「それで、レティシア様。少々失礼いたします」

「く、黒ウサギ!?」

 

 隙を見て黒ウサギはレティシアのギフトカードを掠め取る。

 黒ウサギは抗議には乗らず、レティシアのギフトカードを見つめ震える声で向き直る。

 

「ギフトネーム・〝純血の吸血姫〟………やっぱり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残っていない」

「っ………!」

 

 さっと目を背けるレティシア。歩み寄った十六夜は白けたような呆れた表情で肩を竦ませた。

 

「なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトって、吸血鬼のギフトしか残ってねえの?」

「………はい。武具は多少残してありますが、自身に宿る恩恵は………」

 

 十六夜は隠す素振りもなく盛大に舌打ちした。

 

「まあ、詳しい話は屋敷に戻ってからにしようぜ」

「………そう、ですね」

 

 二人は沈鬱そうに頷くのだった。

 そして、屋敷に戻ろうとした黒ウサギ達三人。異変が起きたのはその時だった。

 顔を上げると同時に遠方から褐色の光が三人に射し込み、レティシアはハッとして叫ぶ。

 

「あの光………ゴーゴンの威光!?まずい、見つかった!」

 

 焦燥の混じった声と共に、レティシアは光から庇うように二人の前に立ち塞がる。

 光の正体を知る黒ウサギは悲痛の叫びを上げて遠方を睨んだ。

 

「ゴーゴンの首を掲げた旗印………!?だ、駄目です!避けてくださいレティシア様!」

 

 黒ウサギの声も虚しく、褐色の光を全身に受けたレティシアは瞬く間に石像となって横たわった。更に光の射し込んだ方角から、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男たちが大挙して押し寄せてきたのだ。

 

「いたぞ!吸血鬼は石化させた!すぐに捕獲しろ!」

「例の〝ノーネーム〟もいるようだがどうする!?」

「邪魔するようなら斬り捨てろ!」

 

 空を駆ける騎士達の言葉を聞いた十六夜は不機嫌そうに、尚且つ獰猛そうに笑って呟く。

 

「参ったな、生まれて初めておまけに扱われたぜ。手を叩いて喜べばいいのか、怒りに任せて叩き潰せばいいのか、黒ウサギはどっちだと思う?」

「と、とりあえず本拠に逃げてください!」

 

 黒ウサギが慌てて十六夜を本拠に引っ張り込むと、空の軍団の中から三人が降り立ち、石化したレティシアを取り囲む。十六夜達は扉の内側から外の様子を窺った。

 騎士風の男達は石になったレティシアを取り囲むと安堵したように縄をかけ始める。

 

「これでよし………危うく取り逃すところだったな」

「ああ。台無しになれば〝サウザンドアイズ〟に我ら〝ペルセウス〟の居場所は無くなっていたぞ」

「それだけじゃない。箱庭の外とはいえ、交渉相手は一国規模のコミュニティだ。もしも奪われでもしたら―――」

「箱庭の外ですって!?」

 

 黒ウサギの叫びに、運び出そうとしていた男たちの手が止まった。

 邪魔者と認識していた〝ノーネーム〟の叫びに、彼らは明らかな敵意を込めて見る。

 

 

 と、その瞬間。空の軍団の下から、妙に手足の長い赤い服を着た何かが飛来する。

 

 

「「あっ」」

「え?」

『『『『『ん?』』』』』

 

 手足が伸縮、もとい【ゲッダン】しながら翔が空の軍団へと突っ込んでいく。そして、

 

『『『『『うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!?』』』』』

「なんで、空にこんなたくさんの人がいんだよおおおおぉぉぉぉぉ!!?」

 

 そう。またしても翔だ。

 思いもよらない場所からの襲撃(?)だったため、避けることも反撃することも出来ずに、百人ほどいる騎士風の男たちは全員が、彼の伸びた手や足や首によって薙ぎ倒されながら、地面に落ちていく。

 地面に落とされた騎士風の男の一人がリスポーンした翔に向かって叫ぶ。

 

「き、貴様ッ!?我らが誰かわかっているのかッ!?」

「んなもん知るかッ!!むしろスケーターのそばの上空にいるお前らが悪いんだよ!!スケーターの半径50m以内の地上、及びその上空にいたら巻き込まれるなんて常識だろ!?そんなところにいるってことは、アンタら巻き込まれる覚悟があったってことなんだろ!!?そうだろ!?」

「し、知らん!!そもそもそんな常識なんぞ、この箱庭には存在していないッ!!」

「ここは〝ノーネーム〟の敷地だ!!だったら郷に入っては郷に従えよッ!!」

「勝手にそんな常識を此処で作らないでくださいませッ!!!」

 

 騎士風の男達と共に黒ウサギも翔に向かって叫ぶ。

 

「もう少しで成功しそうだったっていうのに――――――――!!!」

 

 地面に向かって叫ぶ翔。その光景に唖然とする一同。

 そんな中、リーダー風の男が最も早く、その場の状況を整理したようだ。

 

「………ハッ!邪魔は入ったが、吸血鬼は回収できた!帰還するぞ!!」

「なっ!?待ちなさい!!」

 

 その声を皮切りにして騎士風の男たちはその場から姿を消す。その場からいなくなったわけではない。ただ見えなくなっただけだ。しかし黒ウサギの目は誤魔化されない。

 

「まさか、不可視のギフト!?」

「〝ペルセウス〟ってコミュニティが俺の知るモノと同じなら、間違いなくそうだろうよ。………しかし、箱庭は広いな。空飛ぶ靴や透明になる兜が実在してるんだもんな」

「………そんな変な奴らに、俺は邪魔されたのか………」

「さすがに、お前に変とは言われたくないと思うぞ?」

「申し訳ありませんが、黒ウサギもそう思います」

「………みんなが俺に冷たい………」

 

 さらに落ち込む翔。その様子をもう見慣れたというように流す二人。

 

「まあ、今はやめとけ。俺はいいけど、〝ノーネーム〟と〝サウザンドアイズ〟が揉めたら困るんだろ?」

「そっ………それは、そうですが」

「詳しい話が聞きたいなら順序を踏むもんだ。事情に詳しそうなやつが他にいるだろ?」

 

 はっと思い出す。レティシアを連れてきたのが白夜叉なら、詳しい事情を知っているかもしれない。

 

「他の連中も呼んで来い」

「え?は、はい。分かりました」

 

 そうして、十六夜、飛鳥、耀、翔、黒ウサギ、ジンの六人は〝サウザンドアイズ〟二一〇五三八〇支店を目指す、のだが、

 

「………誰かしら?こんなところに気持ちの悪い石像を置いたのは?」

「あっ、それ俺」

「「「「「………」」」」」

「いや、そんな『お前、こんな趣味してんの?』的な視線を向けないでもらえます?ていうか、置いたのが俺って意味じゃなくて、その石像自体が俺って意味で言ったわけであって………」

「えっ?………あっ、翔さんもゴーゴンの威光を受けてしまったのでございますか!?」

「何それ?あの光ってそんな名前なの?なんか奇妙な光を受けて、石になったからリスポーンしたんだけど、何故か石像はそのまま残ったんだが………」

「「「「「………」」」」」

 

 五人は件の石像へと目を向ける。

 しかし、翔が自分であると言っている割には、その石像はなんとも歪であった。手足や首は伸びて、体は捻じれて、関節は増え、膝が背中へと貫通している、そんな石像だ。

 つまり、翔はこう言いたいのだ。

 スケボーの練習の際に、運悪く【ゲッダン】した瞬間にゴーゴンの威光を受けた、と。

 それを聞いた五人は、

 

「………これ、どうするんですか?」

「………一応、持っていく?」

「………そうね。交渉に使えるかもしれないし」

「………そうでございますね。ないよりはあった方がマシだと思います」

「じゃあ、そうすっか。翔、運搬頼んだぞ」

「………やっぱり、俺が運ぶんだな………」

 

 この歪な石像を()()()、持っていくことにした。

 翔が石像を運ぶ役割を担って、今度こそ六人は〝サウザンドアイズ〟二一〇五三八〇支店を目指したのだった。




【ガルドが翔しか狙わなかった理由】スケーターが怒らせたNPCは無駄にしつこい。つまりはそういう事。

【オイシイウメシュ】服が爆発して梅干しのように見えるアレ。梅酒は関係ない。

【瞬間移動】スケーターに稀によくある謎の移動。

【ゲッダン】攻撃範囲が広がり、不規則な動きで相手を翻弄するスケーター流戦闘術(嘘)。本当はSkate3でお約束のアレ。

【リスポーンしても残る石像】石化したらどうなるか悩んだ結果。石化を解いたら、その場で一瞬で消えると思われる。思われるだけ。



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