もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

43 / 46
ただし良い方向か悪い方向かは人によりけり。

はい、お久しぶりです。一か月弱ほどですね。申し訳ありません。

というわけで最新話です。あと、あとがきに今後の方針も書いてありますので、よければ見てください。

あと、3巻の本編の最後まで一気に行ったので、1万字越えです。
重かったらごめんなさい。


第四十話 翔もこの二年で成長している

 新月が過ぎ、夜の帳を脱ぎ捨てた月が顔を見せ始めた刻限。

 一同は作戦が始まるまで、森の奥で息を潜めていた。

 

「―――基本的には俺と耀と飛鳥でやって、十六夜は不測の事態が起きない限り観察……で合ってる?」

「ああ。それでいい」

「うん。できるだけ十六夜が動かなくてもいいように頑張ろう」

「ええ、そうね。アルマも準備はいい?」

「勿論です」

「あー、で……鈴華は役割終えたら即座に退避。もしもの場合は可能なら焰や他の人も連れて集落まで避難。OK?」

「OKです!」

「じゃあ、所定の(焰が見える)位置まで移動してー」

 

 翔の言葉に鈴華は一同から離れ、焰が見える位置まで移動した。

 

「……なんで俺が指揮ってんの?」

「俺は頭が働いてないからな」

「私はお腹が空いちゃったから」

「私は緊張してしまって……」

「私はマスターの成長のために口出ししませんので」

「アルマ以外嘘臭ぇ……。まぁ、もしもの場合は俺を置いて避難して。何とか押さえるから」

 

 絶対面倒臭いだけだろ。翔はそう思ったが口には出さなかった。しかし、なぜ翔がそう思ったのか。

 たしかに、十六夜は自身が言うように貧血でいつもより思考能力が下がってはいるが、その事をニヤニヤ笑いながら告白する必要はない。耀に関しては先ほど翔が作った料理を三十人前ほど食している。それなのにもう空腹なのは噓、だと言ってほしいという願望も入ってはいるが、そのことを告げるときに僅かではあるが、この状況を楽しんでいる様子が窺えた。久しぶりに四人が揃ったことで少し羽目を外しているのかもしれない。飛鳥に関しても十六夜ほどではないが、微笑を浮かべながら言っているのだから信じられない。

 しかし何よりも、この三人の目の奥が笑っていた。結局のところ決めつける理由はそれだけで十分だろう。

 そこで耀が思い出したように翔に尋ねる。

 

「そういえば、翔はどうして飛鳥が来るのが分かったの?」

「んー?他の参加者の動向を探るために視界ジャックしまくってたらたまたま姿が見えただけ。周囲の景色も近場のようだったからそう判断したんだよ」

「「「………………………」」」

「なんだよその顔。一応俺だって、俺なりにできることをやってるんだからな?」

 

 三人は明らかに驚愕した表情を浮かべ、その反応に翔は眉間にしわを寄せた。

 結局、それ以上の反応はなく、さっさと焰の視界をジャックした翔がアルジュナと接触したことを確認すると、飛鳥に準備を促す。とはいっても、転移させられたクリシュナを斬るだけなのだが、タイミングが遅れないように集中する必要はあるだろうが、それぐらいだ。

 そして、

 

「―――来るぞ」

 

 翔が声をかけ、それを聞いた飛鳥が刀の柄に手をかけ、居合の構えをとる。そこへ、

 

「っ!?」

 

 鈴華によって空間を超えて飛ばされてきたクリシュナが姿を現す。

 

「空間跳躍―――!!?」

「遅いッ!!!」

 

 焰を殺そうとしていた瞬間を狙い、飛ばされてきたクリシュナは対象がなくなったことで、刃は空を切り、勢いが余り体勢を崩してしまう。そこに飛鳥の居合い抜きが襲い掛かる。二度の不意打ちを仕掛けられたクリシュナは彼女の刀を避けきれず、袈裟懸けに切り裂かれる。

 

「や……やったわ!!!」

「奇襲大成功!あ、後はお任せしますんで!」

「はいよー。お疲れさまー」

 

 作戦通り、且つ最大限の役割を果たしてくれた鈴華はすぐに森の影に姿を隠す。彼女の空間跳躍させるタイミングが完璧だったからこそ、飛鳥の剣術でも捉えることができた。決行した作戦は少なくとも出だしは最も理想の流れで成功した。

 

「にしても思った以上に上手くいったなー。……あれ?これってフラグ?フラグですか?『ここからが本番だ』的なあれですか?もしかして俺、やっちゃいました?」

「おい馬鹿やめろ」

 

 翔が馬鹿なことを言っていると、十六夜から突っ込みを入れられる。

 そんな中、黒い風が荒ぶり始める。

 

「お……のれ………!!!このような、小癪な手を……グ、ァ……!!!?」

 

 黒い風は明らかに制御を失いつつあった。

 絶え間なく溢れ出る黒い風は周囲の樹々を薙ぎ、地を燃やし、大気を乱れさせながら無差別に襲い掛かる。

 

「お、ノレ……わ、わた、ワタシに、何ヲした……!?」

「ふふ。貴方の霊格と伝承を切り分けたのよ。もし貴方が私たちの推測通りの人物……〝詩人クリシュナ〟なら、この一撃で引き剝がせる筈よ!」

 

 刀を正眼に構えたまま、飛鳥は彼の正体を暴く。クリシュナというのは本来なら土着の神霊を差していた名前だ。

 それが後にダビデ王のオリジナルでもある救世主となり、叙事詩〝マハーバーラタ〟で英雄となり、聖典〝神の詩〟をアルジュナに説いた詩人となった。

 そのことから、神霊クリシュナは複数個の側面を持つ化身を有する強力無比な存在なのである。

 物陰から姿を見せた十六夜は背中に鈴華を庇いながら不敵に笑う。

 

「クリシュナの化身を名乗った者は歴史的にも少なくない。恐らく化身の条件が軽いんだろう。〝僧侶階級であること〟、〝クリシュナの意思に身を委ねること〟って程度の資格でいいんだろう。アルジュナとクリシュナが接点を持っている以上―――」

「あー、その説明は後回しにしてもらってもいいですかね?俺の思い過ごしならいいんだけど、もしかしたらもしかすると、これはちょっとヤバい状況なのではと思うんだけど?俺らはともかく、他は避難させた方が良んじゃね?」

 

 十六夜の言葉を遮って、翔は黒い風が溢れ出し続けるクリシュナを指し示す。

 クリシュナの様子は一向に変化が現れない。確かに飛鳥の刀で斬りつけ、霊格を切り分けたはずにも関わらず、その効果が見られない。

 

「……だな。鈴華。集落まで逃げろ」

「で、でも、」

「いいから早く行け!!!焰や白皮症のチビたちを連れて逃げろ!!!」

「りょ、了解!」

 

 一喝された鈴華は身を縮こまらせ、おっかなビックリ姿を消す。

 異変が起きたのはその直後だった。

 アルジュナから人型の何かが剥離すると同時に、黒い風の発生源がそちらに移る。黒い髪をした青年が詩人クリシュナであることは十六夜と飛鳥、翔にも理解できた。

 もがき苦しむクリシュナは怒りの相貌で三人を睨む。

 

「何てコトを……何テコトヲしてクれタッ!!!アレはワタシとアルジュナダカラ抑えられたッ!!!アーリア人ではない私一人では……アルジュナと二人にワカレテ仕舞えば、抑えがきかん……全てが、滅んでシマウゾッ……!!!!」

「えっ?マジで?ヤバない?」

 

 クリシュナが吐いた言葉を拾った翔が焦り始める。

 彼は斬られたことに対する怒りではなく、別の何かに対して憤激を高めている。そして、一向に消えずに、溢れ続けている黒い風は何なのか。

 少なくともクリシュナにそのような伝承は無かったはずだ。

 

「まさか……クリシュナの中にもう一体、何かが潜んでいるのか!?」

「ほらぁ、やーっぱり上手くいかない~……」

 

 十六夜の言葉にため息を吐きながら翔は呆れ果てる。

 

「で、こっからどうするん?ちなみに俺は何も考えてないよ?」

 

 クリシュナから溢れ出る黒い風が天を覆いつくす様子を呆然と見上げながら、翔は隣にいる十六夜へと問いかける。

 流石の十六夜も想定外だったのか、頬を一滴の汗が流れている。心なしか身体も小刻みに震えている。それが武者震いなのか、恐怖なのかは判断がつかない。ただ、おそらくは武者震いだろうと考え、次に翔は首を左右に回し、耀と飛鳥の様子も確認する。二人も十六夜と同様に眼前の光景に目を見開き身体を震わせていた。

 

(ま、いつもなら何も感じない俺でさえ、ちびっと寒いんだから、三人は俺以上に何かを感じてるんだろうなぁ……)

 

 つい出てしまいそうになる欠伸を噛み殺しながら、そんなことをぼんやりと考えていると、吹き荒ぶ風の中、ゆっくりとクリシュナが立ち上がる。

 そして久遠飛鳥の握っている刀を凝視した。

 

「―――この怖れを知らぬ切り口。器だけとはいえ、よもや極相の星剣が完成していたとは。ギルガメシュ王とエリンの女王め。星鍵を破壊しただけでは足らんかったらしい」

「え?」

 

 今までとは全く違う雰囲気の声がクリシュナから漏れる。

 飛鳥が声を上げた途端、クリシュナの姿が消えた。しかし、

 

「あっぶねッ!?ぎり間に合ったッ!!」

 

 いつからか姿が見なくなっていた翔が()()()()()()、誰よりも早くクリシュナの攻撃を受け止めた。地面から完全に抜け出している翔は、その凶爪の一撃をボードで防いでいた。

 だが、どれほど強力な攻撃でさえも耐えてきたスケートボードがベキベキと悲鳴を上げている。それに気づいた翔が、口の端を引きつらせながら呟く。

 

「あ、これヤバい」

「翔!」

 

 翔とほぼ同時に動き始めていた耀が駆け付ける。そして、その勢いのままに両手から放出した金翅の炎を容赦なく叩きつけ、吹き飛ばす。熱風によって大地は焼け焦げ、陽炎に触れた野花は消え去り、一呼吸するだけで灰を燃やし尽くす。それはもちろん翔も例外ではない。

 

「熱いんだけどッ!?」

「ごめん!それにそんな状況じゃなかったでしょ!」

 

 腕と顔に出来た火傷の文句を告げる翔だが、耀は一言謝ると、敵を見てから発言しろと咎める。むしろ炭や灰になっていない時点でかなり配慮した方である。

 しかし、それでもクリシュナの吹き飛んだ方向から目を離さないのは流石だろう。そんな二人の視線の先で、クリシュナは無傷で立ち上がる。

 

「ほう。大鵬金翅鳥か。この身体でさえなければ、少々厄介だったのう」

「っ!?」

 

 傷一つない体を見て、耀は驚きを隠せなかった。クリシュナはそんな彼女を無視し、翔の方に目を向ける。

 

「だが、まずは一人じゃな」

 

 その言葉と同時に、翔の頭部が首から転げ落ちる。

 

「えっ?わっ、とっととととッ!?」

 

 落ちた頭部を必死に落とさないように両手をわたわたと動かしてキャッチを試みる。その甲斐があってか、地面に落ちることなく受け止められた。

 

「ふぅ……セーフ。落とすところだった……」

 

 両手で持った頭を右脇に抱えるように持ち直すと、額の汗を左手で拭う。もちろん右脇に抱えた頭部の額だ。早くも首を落とされた状況に対応しつつある翔だった。

 いや、普通の人間なら完璧にアウトな状況なのだが。種族が人間(スケーター)の翔であるから無事なのだ。

 

「ていうか、視界が新鮮だなー。何だっけ?デュラハンだったっけ?こんな感覚なのかね?」

「んなこと言ってる場合か!さっさと集中しろっ!!」

「おっと。そうだった」

「さっきの攻撃で無傷のところを見ると肉体だけはクリシュナかもしれねぇ!!」

「それに容赦なく殺しに来たから俺以外の人は気を付けて。参加者として見なされていない存在かも。それにしても箱庭に来てから初めてボードが壊されたなぁ………」

 

 十六夜の叱責によって、すぐにリスポーンして元通りの身体に生まれ直す。先ほど悲鳴を上げていたボードも新品へと生まれ変わった。翔自身、相手が容赦なく自分の首を落としに来たのが意外で警戒の段階をさらに引き上げる。

 そんな翔の様子をクリシュナの肉体を扱う者が興味深そうに眺めていた。

 

「奇怪な奴だな。……さて、それよりもこれは如何なる状況か。説明を求めようにも、小間使い一人おらぬ。ワシを一人にしておくと好き勝手に吞み込むが、其れでよいのか?白夜王かアルゴル、或いはインドラが来ぬとワシは止まらんぞ?」

 

 陰鬱な笑いを浮かべて腕を組む。この男―――言葉の端々から感じる雰囲気から女性かもしれない。その瞳は四人のことを肉としか捉えていない。

 だがふと、何かに気が付いたように瞳を見開いた。

 

「ん?……そこの小僧。よもや、原典候補者か?」

「何?」

 

 十六夜は明確に疑問符を浮かべる。

 その言葉が十六夜の意識を逸らした。

 

「極相の星剣、原典候補者、生命の大樹……ああ、そういうことか!残り一人は分からんが、合点がいったぞ!つまり貴様らが、人類最強戦力というわけか!!!」

「……?ミリオン、クラウン?」

 

 黒い風が歓喜に震えて悶えている。

 そう―――十六夜、飛鳥、耀の三人は知らない。ましてや召喚されたわけでもなく、偶々箱庭に落ちてきた翔なんかが知る由はない。

 三人が召還される際、その様に語られていたことを。

 人類最高位の才を持つ者として召還された事実を、この三人+αは知らない。

 

「いやはや、大したものよ!遅かれ早かれ表舞台に立つことになるとは思っていたが、よもやワシの前に立つのが黄帝でもギルガメシュ王でもなければエリンの女王ですらなく、斯様な小僧たちとは!連中の目論見がほぼ正しく進んでいた証拠よなァ!!!」

 

 獣の様な前傾姿勢になった男は、明確に敵意を込めて四人を睨んだ。

 

「さあさあ、そうと決まれば前哨戦じゃ!!ワシがクリシュナに預けた星権が切れるまで残り四半時!全力で死に抗え、小僧共……!!!」

 

 死に抗ったことなんて一度も無いし、むしろ正面から受け入れているんだが。それどころか、こっちからお歳暮送ってもいいぐらいには仲良しなんだが。

 翔がそんなどうでもいいことを考えていると、クリシュナの全身を黒い風が覆った。

 獣と形容するには余りにも恐ろしいその姿で、十六夜たちの眼にも留まらぬ速さで一直線に駆けだした。

 十六夜すら反応できなかったその疾走に、耀が辛うじて食らいつく。

 右手に金翅の炎を纏わせ、左手にケツアルカトルの杖を手にした状態で吼える。

 

「十六夜はまだ本調子じゃない……だから、二人には絶対に近付かせない……!!!」

「足らぬ足らぬ足らぬよ小娘!!!星の主権なき金星神の力など恐るるに足りぬ!!!さあ、我が瞳のソラを見よ!!!」

 

 言われるがまま、獣の瞳を覗き込む。

 耀はその直後、全身の血の気が失せていくのを感じた。

 黒き獣のその瞳には星が―――星々が―――否、夜空の星そのものが輝いていた。

 

「まさか……貴方は、星霊なの……!!?」

 

 箱庭を支配する三大最強種。

 神霊、龍の純血種とは交戦した経験があったが、完全な星霊とだけは戦ったことがない。知っているのは白夜叉、クイーン・ハロウィン。交戦経験があるのは、力を大きく制限されたアルゴールのみだが、彼女は星霊と言っていいのか分からないほど弱体化していた。そんな経験はノーカンだ。

 そんな最強種である星霊と思われる呵々大笑した黒き獣は、ケツアルカトルの杖を牙だけで食い破る。距離はすでにない。ここからの回避は流石の耀でも無理だ。

 

「でも、そうは問屋が卸さない、ってねー」

 

 しかし、後ろで控えていた翔が絶体絶命の耀を〝パーク〟へと避難させ、すぐに〝パーク〟から自分の後方へと放出した。

 眼前の対象が消えたことにより、黒き獣は勢いのまま、前方へと直進してくる。

 そして、その進行方向には―――

 

「はーい、いらっしゃーい♪」

 

 ―――当然、特大の地雷が存在した。

 翔は先ほどまで()()()()()オブジェクトの後ろにいた。

 そのオブジェクトは黒き獣がオブジェクトの存在する空間に入り込むと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのオブジェクト、大型のゴミ箱(Closed Dumpster)は実体化すると同時に、その空間に存在するすべてを押し退ける。もちろん、黒き獣も例外ではない。

 

「ふぅ……初めての実戦使用だけど思いの外上手くいったな」

 

 ガンガンガンガンッ!と、押し退けられた獣はゴミ収集箱の下敷きになり、激しくバウンドし、身体全体を箱と地面に叩き付けられていた。

 

「なん、ガッ!?これ、バッ!?ふざ、ゲフッ!?」

 

 下敷きになった獣が何か言っているが、連続して叩きつけられているため、言葉にすることができていなかった。

 そんな様子を見ていたアルマテイアを除く三人が、やりきった感を出している翔へとジト目を向ける。その視線に気づいた翔が十六夜たちに顔を向ける。

 

「……なんでしょうか?」

「随分えげつない小手先の技を覚えたんだな、と」

「そうね。私なら絶対に受けたくはないわ」

「うん。味方としては凄く心強いんだけどね」

「……それって、褒めてんのか?」

「「「もちろん」」」

 

 そんな会話をしている間も、鈍い金属音が響き続ける。すると、翔は何かに気づき、飛鳥を急かす。

 

「やっべ、ズレてきてるわ。飛鳥、飛鳥。思い切ってグサッでもズバッでもいいからパパッとやっちゃって!」

「え、ええ……」

 

 連続で叩きつけられている可哀そうな黒き獣に対し、飛鳥は慈悲を与えるように刀を突き刺した。

 

「ヌッ、グゥ!!?」

 

 苦悶ではなく、ただ意外な声。むしろ先ほどまで叩きつけられていた状態の時の方が苦しそうではあった。

 だがまあ狙い通りだったのは間違いない。黒い風は急激に霧散し、クリシュナの身体から離れていく。

 黒い獣は油断したとばかりに蜷局を巻いて薄くなっていく。

 

「……チィ。随分とふざけた手段を使いおって」

 

 十六夜、飛鳥、耀の三人はこんなバグ(こいつ)と一括りにするなとでもいう風に、翔のことを横目で見つめる。そんな張本人の彼は素知らぬ顔で黒い獣を見据えている。

 対する黒い獣は、飛鳥の握る天叢雲剣を、怒りと愉悦を込めて睨みつける。

 

「極相の星剣。よもや一太刀でワシを切り離すとは。未熟者でこれとは、信じがたい切り口よ。神霊ではなく人間の可能性に賭けた王たちの勝利よな」

 

 愉快そうに牙を剝いて言葉を紡ぐ。

 だが翔を除く十六夜たち三人はそれどころではない。一瞬の攻防だったが、箱庭に来てから間違いなく一番の窮地だった。一番気楽そうな翔は死に抵抗がなく、常に捨て身、なによりも相手が遊んでいるから今は何とかなっているだけでしかなかった。そんな翔も他の者よりも数歩前に立ち、いつでも肉壁になれるように気を張っている。

 そんな中、十六夜が黒い風に問いかける。

 

「テメェ……一体何者だ?〝ウロボロス〟の首魁か?」

「〝ウロボロス〟の首魁?何を言っておる?」

 

 知らぬ存ぜぬと首を傾げる黒い獣。

 その仕草に、嘘偽りは見られない。

 十六夜はその様子を見て、拳を強く握り締める。

 

「じゃあ……何なんだ、お前は。神霊か?龍種か?それとも……星霊か?」

 

 問い掛けを受けた黒き獣は、待っていたとばかりに最後の力で威風を放つ。

 轟々と吹き荒ぶ風で星明かりを遮り、さらに暗さが増す。その中で、瞳の中で輝く星々で四人を睨み付け、山々を飲み込むほどに大きく裂けた口で笑って見せる。

 

「我を何者か問うか。———呵々、よかろう。ならば答えて進ぜよう」

「———っ、」

 

「我こそは蒼き星の大星霊が一柱ッ!!!貴様らが母と呼ぶ星の代弁者にして代行者ッ!!!〝世界の敵〟たる人類を滅ぼす者———即ち〝人類の敵〟、殺人種の王である!!!」

 

「なっ………!!?」

「殺人種ですって!?」

「ほぇー……」

「「「………………」」」

「いや、ごめんて。俺って殺されても特に問題ないからあんま関心なくて………」

 

 三人は一斉に声を上げて顔を見合わせたが、そのあとすぐに唯一気の抜けた声を出した翔が三人に睨まれ、「ユルシテ……ユルシテ………」と言いながら身を縮こませてしまう。

 だが実際、翔とはあまり関係のない存在であるのは間違いないだろう。

 殺人種とは読んで字の如く〝人間を殺す〟種のことだ。

 喰らう為でもなく、生存競争の為でもなく、〝人を殺すが為に殺す〟種のことだ。

 代表的なものにペリュトンという幻獣や必要性のない食人を行うミノタウロスのような怪物も殺人種に含まれる。

 だからこそ、殺されたところで死にこそするが、すぐに復活できてしまう翔が興味や関心を持たないのは不思議なことではなかった。

 しかし、重要なのはそこではない。眼前の殺人種の王を名乗った存在は、今まで対峙した殺人種など比にならないほど強力な力を持っていた。

 

「驚くことはあるまい。ペリュトンはアトランティス大陸特有の種。殺人種たる〝ガイアの末子〟が放った幻獣の一体よ。殺人種と星霊は表裏一体に表裏一心。斉天大聖の小娘が己の愚弟を殺して使命を受け入れておれば、もっと早く我々も目覚めたものを」

 

 半星霊である斉天大聖。

 混世魔王は斉天大聖の弟として生まれ、人間を喰らうことを使命として生まれた存在。愚弟とは彼のことを指しているのだろう。

 

「全く………困った末の娘よ。アレだけ神々の弄ばれながら、尚も人と神の側に付くとは。愚弟を殺し臓腑を喰らうだけで楽になれたものを、未熟者がくだらぬ情に流されおって」

「—————」

 

 弟を殺し、臓腑を喰らう。

 流石、殺人種の王を名乗っただけのことはある。残虐なその所業をさも当然の義務の様にいとも簡単に口にする。

 そんな言葉に、十六夜と飛鳥は怒りの余り全身が膨れ上がった。

 

「………ハッ。久方ぶりに、分かり合えねえクソ野郎と出会っちまったな」

「同感よ。地球の星霊だか何だか知らないけど、肉親を殺さなかった故の悲劇を尊ぶならまだしも、未熟者だと嘲笑うなんて論外だわ」

 

 此処に来て意気軒昂の二人。相手が星霊であろうと構いはしない。

 そんな二人の怒気を後ろから諸に浴びている翔は、別に何かを感じることはないのだが、声色から色々と察した。

 

(感情に身を任せて突っ込まなきゃいいけど………。つか、二人は今どんな表情してんだろ。興味本位で見てみたい気もするが、ちょっと怖くもある。でも、アレから目を逸らすのも不味いしなぁ。視界ジャックも隙ができるし………)

 

 黒き獣が薄くなっていき消えかけているとはいえ、油断できない睨み合いに飽きてきた翔が、必死にあくびを噛み殺しながらもどうでもいいことを考えているが、それでも視線だけは眼前の黒き獣に固定されている。そのうえ、左手には薬品の入った注射器が握られており、置き土産や最後の一撃などがあれば、すぐに使用できるように準備していた。

 そんな不安を他所に、殺人種の王は星の瞳を大きく見開き、呵々大笑して消えていく。

 

「ククッ、一人を除き鮮度の良い童たちよ。………この地にはもう星辰体の楔も感じられぬし、近いうちに〝ガイアの末子〟も目覚めるだろう。なればその次はワシの番じゃ!その細首、他の者に喰われぬよう気を付けておくのじゃなァ!」

 

 黒い風が高笑いと共に完全に霧散する。

 先ほどまでの高笑いは夜風に消え、静寂が満ちていく。森の樹々が葉を擦れさせる音が徐々に強くなり始めると、十六夜が天を仰いで大きく溜息を漏らした。

 

「………アレが本物の星霊。しかも殺人種ときたか」

「ええ………想像以上の存在だったわね」

「………うん。私も死ぬかと思った」

「………明言してないけど、絶対除かれたのって俺だよね。なんで?」

「「「……………」」」

「無視か?無視ですか?おい、顔を逸らすんじゃねえよ。いや、顔を逸らしててもいいからせめてなんか言え」

「翔だからな」

「翔君だからね」

「翔だもん」

「俺の名前は何かの代名詞なのか?もしそうなら意味を教えろやコラ」

 

 三人から同じ返答をされ、翔は不満そうに顔をしかめる。

 そんな彼を見て、耀はふふ、と力を抜いて笑みを浮かべた。

 今のやり取りである程度の緊張が抜けた十六夜と飛鳥が、不思議そうに耀をみた。

 

「何だか、箱庭に来た時のことを思い出すね」

「そうかしら?」

「そうだよ。だって私たちが最初に挑んだ魔王って、星霊の白夜叉だったじゃない?」

 

 耀の言う通り、召還されたばかりの頃、四人の前に立ちはだかったのは、東側で最強と謳われていた〝白き夜の魔王〟白夜叉だった。

 

「………ええ。そういえばそうだったわね」

「あの時は度肝を抜かされたもんだ。星の運行に携わるほどの相手となると、流石の俺も半歩退くしかなかった」

「………おかしいな。記憶が間違ってなければ、俺は一度は止めたはずだし、なぜか強制的に参加させられたはずなんだけど」

「細かいことは気にするな」

「そうよ、翔君。男の子なんだから一々小さいことを気にしてはだめよ」

「そうだったかもね」

 

 三人が笑みを浮かべながら口々に言う。そして耀はその笑みを挑戦的なものへと変化させ、十六夜たちに言う。

 

「でも、あの頃とは違う」

 

 そんな言葉に、十六夜と飛鳥は面食らう。

 だが次の瞬間には、同じように挑戦的な笑みを浮かべていた。

 同じ表情を浮かべた三人を見て翔は、「あぁ、またこいつらに付き合わされるんだな」と諦観の念を抱いていた。

 

「………そうだな。不意打ちに面食らったが、戦えない相手じゃないだろう」

「みんなそれぞれ、魔王に対しても切り札があるものね」

「うん。召還されたばかりの三年前とは違う。だけど、もう少しだけ足らない。それを補うためのコミュニティなんだと思う。だから―――」

 

 パンパン、と服の埃を叩いて立ち上がる。

 振り返った耀は、満面の笑みで両手を広げた。

 

「二人とも――〝ノーネーム〟に、おかえりなさい」

 

 改まった再会の挨拶を受け、四人は同時に噴き出した。彼女の傍でずっと見ていた翔でさえ、実力的にも精神的にも立派な頭首として成長に驚いた。三年前の耀からは考えられない台詞だ。

 翔は今の今まで手に握っていた薬品を仕舞うと、意識を失ったクリシュナとアルジュナを担ぎ上げる。

 

「何はともあれ、ミッションクリアだ。此れで暫く白皮症のチビは安全だろう。早速アトランティス大陸の謎解きに向かいたいところだが―――」

 

 十六夜は言葉を切り、空を見上げる。

 すると主催者と出資者たちを乗せた精霊列車が螺旋状に走りながら十六夜たちの許へ降りてきた。

 

「………まずは、事情を知っていそうな奴に話を聞こうじゃねえか。このアトランティス大陸の謎と太陽主権戦争、そして殺人種を名乗る怪物についてな」

 




レイ・サベージ様、ゲッダン侍様、白猫プロジェクト様。感想ありがとうございます!
また、感想を受けて三十二話の内容を改稿しました。

そして、今後の方針についてですね。

とりあえず、7巻までは書きます。理由はラストエンブリオ8巻のあとがきもしくは原作者様のTwitterを見て察してください。

そのあとは一応連載中の表記のままにしておきます。

もしかしたら原作で書いていなかった短編の話などを書くかもしれません。書かない可能性もありますが。

もしも、続刊が出た場合は、おそらく続きを投稿すると思います。

ちなみにこれ以降は脳内プロットだけで文字にすら起こしてません。
なので時間がかかると思います。ごめんなさい。

それでは、今回も読んでくださりありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。