もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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 1万字超えてしもうたぁ……。
 このぐらいだったら大丈夫だとは思うけど、もし読み込みが重かったらごめんなさい。
 そして恒例の書いていると別作品を書きたくなる症候群。

 あと、誤字脱字あったら教えてください。結構推敲の時点で見つけたものは直しているのですが、1万字も書いたので見落としがあるかもしれませんので……。

追記
待ってくださっている方々がいらっしゃり、励みになりました。今後もよろしくお願いいたします!


第三十七話 時間稼ぎは十八番です

 十六夜と別れた翔は、少女を連れて、原住民たちと共に避難する。背中にいる少女は既に眠りに落ち、静かな寝息を立てていた。

 そして、辿り着いたのは巨大な建造物の入り口に広がる街並みだった。

 

「おぉ、凄いな」

 

 街並みを見渡しながら、言葉を溢す。きょろきょろと周囲を見渡し、背中の少女をどこに連れて行こうか、右往左往と入り口付近を彷徨う。

 そんな彼に声をかける人物がいた。

 

「おい、そこのお前」

「はい?」

「その娘を安置する場所まで案内する。ついて来い」

「うーす」

 

 おそらく、先ほどまで牛の仮面をつけていた女性だろう。翔は声からそのように判断した。仮面をつけている時よりも澄んでいるが間違いはないだろう。

 彼女が先導し、白いシーツに囲まれた建物に案内された。その前まで来ると、中に入るように促される。

 

「ここだ」

「へーい」

「中には他にも人がいる。あまり騒がないようにしろ」

「はーい。ありがとねー、牛仮面さん」

「変な呼び方をするなッ!」

「いや、だって名前を知らないし」

「それは、そうだが……いや、待て。そもそも初対面のはずだが?」

 

 そう。女性は今は牛の仮面を着けておらず、素顔を晒している。そして眼前にいる()()には彼女の記憶には見覚えがない。

 彼女はそのことを指摘する。

 

「へっ?……あぁー、そっか。これじゃわかんないか。別に声は変わってないはずなんだけどなぁ」

 

 彼女の言葉に、翔は首を傾げるが、すぐにあることに思い至り、実行に移した。

 とうっ!と、翔はその場で軽くジャンプをすると彼と身長の変わらない大きさの()()へと変貌する。

 

「どや?」

「……」

 

 ステーキ肉の姿でドヤ顔をしている()()()の翔だが、顔がないため、ドヤ()は出来ていないが、雰囲気だけは漂っている。

 目の前で起こった不思議な事象に頭が追い付いていないのか、女性は言葉が出てこない。

 暫く、彼女が再起動するまでじっと待っていた。

 そして、ようやく口を開いたと思うと、

 

「ゆっくりするといい。それと私はララァという」

 

 現実から目を逸らすかのように足早に去っていった。

 言葉を発してからただの一度も(生肉)のことを視界に入れようとはしなかったため、おそらく理解することを諦めたか、逃避したか。どちらかは定かではないが、速くその場から離脱したかったのは間違いないだろう。

 そんな彼女の反応を見た翔は、おそらく首に当たる部分を傾げつつも人型へと戻り、少女を背負ったまま、案内された建物の中に入る。

 中には、褐色肌の女性と寝台に寝かされている少女がいた。その少女は翔自身が背負っている少女にどことなく似ていた。

 褐色肌の女性が翔が中に入ったことで、彼の方を見やった。

 

「ん?お前は?」

「うん?あー……どう名乗ればいいんだろう?〝ノーネーム〟でいいのかな?そのメンバーの板乗(いたのり)(しょう)

「あぁ、君があの有名な」

「……どう有名なのか聞きたいけど、それもそれで怖いからやめとく」

 

 翔は背負っていた少女を空いている寝台に静かに下ろす。

 

「むっ……着いたのか……?」

「そうだけど、まだ寝てていいぞ」

「ん……あぁ……分かった……」

 

 少しの間、起きていた少女だが、翔に言われ、再び目を閉じて静かな寝息を立て始めた。

 そのことを確認すると、一つ背伸びをして考え始める。

 

「さぁて、どうするかなぁ……十六夜を迎えに行こうにも入れ違いになるのも嫌だしなぁ……」

「それなら心配ないぞ。彼には種子を渡したからな」

「あっ、それなら使っちゃった。多分。あの樹って菩提樹って言うんだっけ?なんか光ってるそれが生えるやつだったけど」

 

 そのことを伝えると、彼女が浮かべていた微笑は固まり、二人の間に静寂が生まれる。

 コホン、と一つ咳ばらいをしてから彼女は再び口を開く。

 

「まぁ、生えた樹は暫く残る。それさえ見つけられれば大丈夫だろう。それよりもこの娘たちの傍に居てやって欲しい」

「……まぁ、他に誰か来るまでは待つけど。……そういえば、名前は?」

「うん?言ってなかったか?」

「聞いてない」

「そうか、プリトゥと言う。よろしく」

「そう、よろしくー」

 

 ようやくお互いが名乗り終えると、建物の中に一人の少年が入ってきた。

 

「此処か……?」

「おっ、焰じゃーん。元気ー?」

 

 ひらひらと、入ってきた少年に向かって、翔は手を振って歓迎する。

 それに気づいた相手も軽く会釈を返す。

 しかし、はて?と翔は思い浮かんだ疑問を投げかけた。

 

「なんか、随分速いね?」

「〝代行者権限(ゲストマスター)〟の力で女王に力を借りたんだ。それで、そっちの二人が?」

 

 彼は寝台の少女二人を指差しながら、聞いてくる。

 翔は自身が連れてきた少女についても、ここに安置されていた少女についても、未だどういう存在なのかを理解しておらず、焰の言葉が何を求めているのかが分からなかった。

 

「……さぁ?俺は今来たばっかりで状況はよくわからん。どうなのプリトゥさん?」

「この二人で間違いない」

「だそうです」

 

 とりあえず、自分の隣にいる人物に丸投げた。どうやら彼の目的の少女たちで合っているようだ。

 彼女の言葉に、すぐに寝台に寝かされている二人に近寄って、状態を確認する。特に取り付けられている手甲を念入りに見ている。

 小さく舌打ちをすると、翔とプリトゥの二人に聞こえるように現状と今後について伝えた。

 

「完全に癒着してる。これじゃあ表皮ごと剝がすしかない」

「ワォ、マジで?それなら、俺は席外すね?傍にいると邪魔する気がなくても、邪魔しちゃうかもしれないし」

「私も焰が来たのなら精霊列車に行かせてもらうか」

 

 立っているだけでも、その場にいるだけでも問題(バグ)を引き起こしてしまう。そのため、翔は焰が施術を開始する前にこの場所から離れようと考えた。

 翔とプリトゥは一緒に建物から出ていく。そして、建物のすぐ前で解散する。

 

「では、またいつか会おう」

「はいはい。じゃあねー」

 

 翔はひらひらと手を振ってプリトゥを見送る。それに彼女は軽く手を上げると、精霊列車に向かい始めた。

 

「さぁて、俺はどうしよっかなぁ?……パーク内農園の様子でも見に行こうかな。大分拡張しちゃってるから見回るの面倒なんだよなぁ。でもしないとしないで正体不明の植物生い茂ったりしてるから、しないわけにもいかないんだよなぁ……。この前なんかはブラックラビットイーター()()()()の量産体制が完成間近だったし……。あっ、もしかして、あの猪の背中の奴ってうちから流れたものじゃないよな……?」

 

 そうぼやきながら、翔はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は農園の見回りが終わり、密かに植えられていた奇怪植物を廃棄し、〝パーク〟に住まう植物人間(ドライアド)達、および大樹(トレント)に説教をしてから街に戻ってきた。

 

「……んあ?どういう状況?」

 

 そんな翔が焰の下に戻ってくると、合流した十六夜と見知らぬ人物が二人いた。

 彼が首を傾げている中、十六夜だけは翔を見据えた。

 ただ一人、目が合った彼に状況の説明を求めるために声をかけた。

 

「あ、十六夜。これってどういう―――」

「翔」

 

 だが、その問いは途中で遮られてしまう。

 

「戻ってきて早々で悪いが、この亜麻色の髪の男相手に―――」

 

 ―――()()()()()()()()

 

 その一言を聞いた彼の動きは、早かった。

 

「―――あいよー、任されたー」

 

 青色と灰色のポールを出し、同時に出した柵の上に設置する。

 そして青いポールを灰のポールに交差させるようにずらす。

 

「即席、上級テクニック【ポールガン】!」

 

 すると、何故か青いポールが射出され、亜麻色の髪の男の腹部に直撃すると、その勢いのまま壁を壊して吹っ飛んで行く。

 それを見た十六夜が尋ねる。

 

「〝パーク〟は使わないのか?」

「今回は他のチームの参加者を入れるのを禁止されてるんだ。なんか、卑怯だからって理由だっけ?そんな感じ。同コミュニティと連盟なら良いらしいけどさ」

「あっそ」

 

 〝パーク〟を使って参加者を閉じ込めると、外に出ることはそう簡単なことではない。そもそも〝混沌世界(パーク)〟という恩恵は翔が元の世界で所有していた〝パーク〟を模した空間、または〝パーク〟をこちらに引っ張ってきているのかと、周囲の者達も考えていたが、間違っていた。

 実際は翔の世界にある〝パーク〟に移動させる恩恵である。これは『強制的に別の世界へと移動させる』現象、そのうえで『隔離された空間』という状況下に置くものである。そういった理由で、今回は競争相手を〝パーク〟に入れるという手段は禁じられている。

 

「んじゃ、さっさと追っかけるわ」

 

 その場に残っていた柵とポールを消し、それらと入れ替えるように斜面のオブジェクトを出すと、さらにその上に同じ斜面を少し手前にずらし、斜面の始端が地面に接触するようにして慎重に重ねた。

 そこで、彼に声をかける人物が二人いた。

 

「どれ、ワシも手伝おう」

「僕はたまたま糸が絡まってしまっただけ、ということにしておこうかな」

「了解でーす。……身体は大丈夫なの?」

「手伝うぐらいならば問題はない」

「ならいいけどさ」

 

 了承し、確認を終えると、すぐに白髪の少女を抱え上げ、絡まってきた糸は無視し、パパッと準備を終わらせると、先ほど作り上げた斜面に向かって走り出す。

 急いだのは、さっさとしないとオブジェクトがどんどんズレていってしまうからだ。

 

「【超加速】!」

 

 そして、彼の十八番であるスケボー物理学を利用した基本的な加速方法で三人は空へと飛び立つ。

 傍から見れば何が起きているのか分からない現象を目にした少女は、つい尋ねてしまう。

 

「……どういう恩恵(ギフト)じゃ?」

恩恵(ギフト)?いいえ、スケボー(ヌケボー)です」

「………………………………………………」

 

 その返答で瞬時に確信した。きっと、これ以上尋ねても無駄であろうということを。

 空中ではその問答だけで、以降会話はなかった。

 それから少しして、飛ばされた亜麻色の髪の男が見えてきた。

 

「―――っとと。到着ぅ」

 

 ()()()上手く着地出来ると、抱えていた少女を下ろし、自身の身体に()()()()()()()糸を引き抜く。

 引き抜かれた糸と彼の身体を交互に見比べながら、糸使いの男は尋ねた。

 

「……大丈夫かい?」

「へっ?なにが?」

「いや、大丈夫ならいいんだけど……」

 

 明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()を引き抜き、その際には糸が身体を切り裂くように抜いたにも関わらず、平気そうな翔に男は首を傾げる。

 

「あれぇ、血はついてないけど、明らかに刺さってたと思うんだけどなぁ……」

「諦めろ。この小童は頭も身体も奇妙な意味で常識外の存在じゃと思え。それが最も頭と心の平穏に良い。ワシは先ほど確信した」

「?」

 

 二人の会話を聞いていた翔は何のことか分からずに首を傾げている。

 そこに今まで腹部を押さえていた男が、胡散臭い笑みを浮かべながら顔を上げる。

 

「私を置いて暢気に談笑ですか?いい御身分ですね」

「いや、別に俺は談笑してないんだけど」

「それにしても、何てことだ。よもや―――」

「いや、悪いけど、別に俺もアンタと談笑するためにここまでぶっ飛ばしたわけじゃないんだけど……。あー、でも名前ぐらい教えて貰っても?俺の横のお二人も」

「―――いいでしょう。私はクリシュナです。ちなみにこの身体は借り物でヘラクレスのものです」

「へー。二人は?」

 

 名前を聞いても特に何の反応もない翔を疑問に思いながらも二人も自身の名を告げる。

 

「……ワシはパラシュラーマじゃ」

「僕はオルフェウス……」

「改めてよろしくー。俺は板乗(いたのり)(しょう)。ただのスケーター」

 

 特に驚いた様子もなく自分の名前を伝えた翔に亜麻色の髪の男、クリシュナは疑問を投げかける。

 

「……驚かないのですね」

「……?なんで?なんか驚く要素あった?」

「……なるほど。ただの馬鹿でしたか」

「小童……」

「君って……」

「えっ……?出会って間もない二人が呆れてるのも気になるけど、それよりもなんで初対面の人に馬鹿呼ばわりされてんの?」

 

 翔の反応にパラシュラーマとオルフェウスが呆れかえっている。そんな二人に対して怪訝な表情を向け、理由を教えて欲しそうな目で見つめる。それに溜め息を一つ吐いて、パラシュラーマが答える。

 

「ヘラクレスといえばギリシャ神群最強の戦士じゃぞ?」

「へー、そうなん?初めて聞いた。いま聞いた時は『ヘラクレス?カブトムシかな?』って思っちゃったし」

「流石にそれは……」

「え?別によくない?身体借りてるってことはクリシュナは寄生虫みたいな奴じゃないの?虫と虫で相性ばっちり!みたいな?」

「「ぷっ……!」」

 

 翔の言葉にパラシュラーマとオルフェウスの二人は思わず、笑い声をあげてしまいそうになるが、辛うじて軽く噴き出す程度に留まらせた。

 それを聞いたクリシュナは顔を俯かせ、肩を震わせている。

 

「き、寄生虫……?こ、この私が、寄生虫……?……ふ、ふふ……」

「あ、ごめん。怒っちゃった?ごめんね知識無くて。そういうのは他の人に任せてるからさぁ……。でも、この程度でキレるの?口調からしてもう少し理性的かと思ったんだけど……あっ!虫だっけ?なら人よりも脳みそ小さいもんね。そんな理性とか元からなかったかな?」

「……貴方だけは殺します」

「おー、望むところだー。かかってこいやぁー」

 

 クリシュナの殺意が込められた低い声に対し、気が抜けそうな緩い声で翔は言葉を返した。その表情はへらへらと笑っており、緊張感など欠片も無かった。

 そんな次の瞬間には翔の眼前にクリシュナ、もといギリシャ神群最強の戦士ヘラクレスの拳が迫っていた。その威力は翔を簡単に殺せるどころか、普通の人間よりも()()()()彼では、身体が消し飛ぶほどの威力を持っているだろう。

 

「ほい」

 

 そんな一撃を、翔は簡単に防いだ。

 いや、語弊があるか。

 正しくは、翔()防いでいない、だ。

 では何をしたのか?という話になってくる。

 ヘラクレスの攻撃に対して、彼が行ったことは簡単なことだった。

 相手がギリシャ神群()()ならば、こちらも自分が知っている限りの()()をぶつければいい。単純にそう考えた。

 つまりは―――

 

「ゴ、ゴミ箱……?」

 

 ―――そう、()()()()()の出番である。

 

「ふっ、やはり最強はゴミ箱先輩だな。いつも通り揺るぎない。切実に勝てる存在を教えて欲しい」

 

 『ギリシャ神群最強の戦士』対『翔が思う最強の無機物(存在)』という対決は、ゴミ箱先輩の圧勝で幕を閉じた。

 そして、翔はゴミ箱先輩に食われるヘラクレスを見て、ドヤ顔を決める。

 たしかに召喚したのは彼だが、倒したのはお前ではないのだから、そのドヤ顔はおかしいのではないだろうか。

 そんな光景を傍で見ていたパラシュラーマとオルフェウスの二人は唖然としていた。

 

「……星弓も手放し、若返ってるとはいえ、あのヘラクレスをこんないとも簡単に……」

「ゴミ箱先輩は俺の中では最強なんで。言うことを聞いてくれることは少ないけど」

「駄目じゃん!?」

「だから日頃から機嫌取りは欠かしません☆」

 

 いぇい、とダブルピースを披露しつつ言い放つ翔だが、それはそんな自慢げに、ましてや星をつけてまで言うべきことではないだろう。

 そんな中、ゴミ箱先輩に食われているヘラクレスの全身から黒い風が吹き荒れた。

 

「くっ……!まさかヘラクレスがこんな簡単に負けるとはッ……!」

 

 その黒い風は一匹の蛇のように渦を巻いて唸りを上げた。そのまま三人を避けて十六夜たちの方へ吹き抜け―――

 

「ごめん。もうちょい俺と遊んでいこうよ?こっちは時間稼ぎを頼まれてるんだよ」

 

 ―――ようとしたところを翔に()()()()

 どうやってかは知らない。原理も分からない。だが、スケーターは何故か、()()を摑むことがある。今回のこれもそういった現象の一端が起こしたことなのかもしれない。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 摑まれたクリシュナは驚きの声を上げる。だが同時に翔も驚きの声を上げる。

 

「何故摑めるのですか!?」

「なんで摑めてるの!?」

 

 そう。どうやってかは知らない。原理も分からない。それは第三者に限らず、()()()()()()同じことである。

 まぁ、日頃から様々な物を摑んだり、変な摑み方をしていた影響が出ているのかもしれない。

 不定形のものを摑む機会がなく、気付くのが遅れたうえ、いつからこのような仕様になっていたのかは全くもって不明だが。

 

「つか気持ち悪ッ!?手の中で小さい毛虫が大量に蠢いてる感じッ!?新・感・触ッ!!出来れば今すぐにでも手放したいほどのッ!!倒置法を使うレベルのヤバさッ!!放してもよろしいですかなッ!?」

「「待て待て待て待てッ!?」」

 

 口調がおかしくなるほどの不快感を手の中で感じている。口調だけでなく表情も普段見ないほどに歪んでいる。更には全身に鳥肌まで立っている。

 そんな翔が、今すぐ手を放したい旨を二人に伝えると、パラシュラーマとオルフェウスが全力で止めにかかる。

 彼の手の上から両手を上下から覆い被せるようにして握り、手を開かないように押さえつけた。

 

「小童も先ほど言っていたが、ワシらの目的は時間稼ぎじゃ!実体が顕現していない状態を押さえつけておけるのであればこれほど良いことはないッ!もう暫く耐えるのじゃ!!」

「なら握るの代わってぇッ!?」

「今の状態は小童以外無理だから言っておるのだ!!」

「ならオルフェウス!」

「僕も無理ッ!ていうか、話聞いてた!?彼女が君以外無理って言ったよね!?だから君が頑張るしかないッ!!」

「そんなぁ!!?」

 

 涙目で、いやいやと首を左右に振り、体重を後ろにかけてどうにか出来ないかと些細な抵抗をするが、地力が乏しい翔の力では、片や英雄の師で〝英雄殺し〟、片やディストピア戦争の英雄で半神半人。そんな二人の力を、力だけなら()()()()()()()()翔では振り切ることはできない。ましてや今、手から伝わってくる感触で頭もあまり回っていない。この感触から解放されるには、単純にリスポーンすれば済む話なのだが、それすらも頭の中から消え去っている。そのうえで、頭の片隅にはしっかりと十六夜から言われた『時間を稼げ』という言葉だけは残っているため、例え『リスポーン』という手段を忘れていなかったとしても、おそらく彼はその信頼に応えるためにしなかっただろう。

 ……本音が口からすべて漏れてはいるが。

 しかし、このまま摑まれたままだとまずいと考えたクリシュナは次の手を実行した。

 

「こうなったら、貴方の身体をお借りします!」

「えっ?―――二人とも離れてッ!!」

 

 翔は無理矢理二人を引きはがして、黒い風を一身に受ける。

 黒い風が吹き荒れ、翔の身体を包むようにして侵食していく。そして、黒い風が晴れたときには―――

 

「………………は?」

 

 ―――首だけが地面にあった。

 いや、正確には首より下が地面に埋まっていた。

 

「あっ」

 

 そして、翔の身体を奪ったクリシュナはふと横から聞こえた声に首と目を動かし、なんとか視線を向ける。そこには―――

 

「強制リスポーンされたのかな?いや、今回はマジで助かったけど」

 

 ―――身体を奪われたはずの翔がいた。

 これには流石のクリシュナも眼を見開かざるを得なかった。

 

「な、ななな―――」

「……?言いたいのは『なんで』、かな?いや、それに答えようにも俺自身100%理解してないから困るんだけど……あ、二人とも無事ー?」

「う、うむ……」

「う、うん……」

「それなら良かった。いやー、それにしてもビックリしたー!」

 

 アハハハ!と笑い声を上げながら、額から流れる冷や汗を拭う。顔色も若干青い。流石に彼も今回ばかりは危機感を覚えたのだろう。

 石化のときもそうだったが、前例がない状況というのはいつも焦らされる。

 

「くっ、ならこんな身体は必要ありません!」

 

 その言葉を聞いた翔達三人も対応できるように身構える。

 地面に埋まっているクリシュナが首を動かしている。しかし、ただそれだけで、先ほどのように黒い風が出るわけでもなく、何も起こらない。

 それに三人は不思議に思っていると、クリシュナが叫ぶ。

 

「な、なぜ出られないのですか!?」

「……いや、そればっかりはお前の都合だからまったくもって知らんけど」

 

 奪った身体を捨てようとするも、なんの()()なのか、出ることができない。

 ただでさえ、人間かどうかも疑問視されることもある存在だ。そのうえその身体の持ち主でさえ、よく()()らせているのだ。どんな影響があるのか分かるものではない。

 しばらく藻掻いていたが、すぐには出れないと理解すると、クリシュナは自棄を起こす。

 

「くっ!な、ならば、貴方が先ほど出したゴミ箱を……ッ!」

「あっ!?おい馬鹿やめろ!?」

 

 身体から出ることはできない。ならば、他の恩恵で応戦する。そう考え、十個ほどのゴミ箱先輩が召喚される。

 先ほどの焦りようからこのゴミ箱は彼にとっても脅威なのだろう。そう感じたクリシュナは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、もう遅―――」

 

 ムシャァ……。

 クリシュナは自身が出したゴミ箱先輩に食われてしまった。

 

「あちゃー……だから、やめろって言ったのに……」

 

 せっかく忠告してあげたのに、と顔を右手で覆うようにして嘆く。

 容赦のないゴミ箱先輩の捕食に、パラシュラーマは慄き、彼に確認する。

 

「あれは、小童に従うのではないのか……?」

「誰もそんなこと言ってないよ?従うわけないじゃん。さっきも言った通りだよ。ご機嫌取りは欠かさないって。あのゴミ箱先輩だよ?その時の気分によるに決まってるじゃん」

「そ、そうか……。てっきり先ほどのは冗句か何かかと思っておったのだが……」

「まぁ、これで暫く時間を稼げるから、あとはのんびりしよう」

 

 お茶飲む?と、いつの間に出したのか、翔がお茶の入ったコップを手に持って二人に尋ねる。

 

「……もらおうかの」

「……じゃあ、僕も」

「うい、分かった。今テーブルと椅子も出すから待って」

 

 翔は二人の返事を聞いて、すぐにテーブルを出し、椅子を人数分セッティングした。テーブルの上にはお茶請けまで準備されていた。

 そうして、三人でお茶会を始めた。

 そのまま茶を飲み、茶菓子をつまみながら談笑していると、ゴミ箱先輩に食われていた翔から黒い風が吹き出し、真っ直ぐ十六夜たちのいる方へと抜けていった。……多少覚束ない軌道だったが。

 

「へっ?……あっ、何時の間にか俺の死体(前世)が消えてるし」

「前世って……」

 

 クリシュナが入っていたはずの翔の身体が気付かぬうちに消えていたのだ。以前も石化していた翔が元に戻ったときは暫く残り続け、時間で消滅していたが、それと同じ現象が起きたのだろう。

 黒い風が飛び去った方向を確認しながら、翔は椅子から立ち上がる。

 

「ごめん。一応追っかけるね。俺ならあれ相手でも逃げ回れるとは思うし。最終手段もなくはないから」

「うむ。ではの」

「じゃあね」

「ばいばーい。テーブルとかは放置でいいからー」

 

 翔は二人と別れると黒い風を追いかけ始めた。そんな彼の背中を見つめながらパラシュラーマが呟く。

 

「結局、ワシらはほとんどやることが無かったの」

「そうだね。正直、彼一人じゃ荷が重いと思ってついてきたけど、今回ばかりは僕らは邪魔だったかもしれない」

「……とはいえ、よくわからん童子じゃったな。本当に人か?全く別の新しい種族と言われた方が納得できるんじゃが……」

「さ、さぁ?そればっかりは僕にも分からないかな……。多分、本人に聞いても分からないと思うよ?」

「……そうじゃな」

 

 二人は疑問に思いながらも、残っているお茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は黒い風を追いかけて森を駆け抜ける。

 

「たしか、こっちの方だったけど……?」

 

 森の中という環境で方向感覚を奪われ、直進しているつもりでも多少逸れてしまっているのか、なかなか十六夜と焰が逃げた場所へと辿り着けない。正確な場所も分からない上に、手掛かりは黒い風の向かった方角だけ。単純に遠いだけなのかもしれないが、少しだけ焦り始める。

 と、その時。

 

「おぅッ……!?」

 

 上空を極光が過ぎ去っていった。木々に隠れて過ぎた後の光景は分からないが、あれではしばらく減衰する事もなく、はるか遠くに光を届かせるだろう。

 

「……とりあえず、今の光の発生源と思われる方行に向かうか……?」

 

 新たな道標を辛うじて得た翔は、今度は逸れないように細心の注意を払いながら、一直線に森を進み始めた。

 そして、山の麓に小屋を見つけた。その中には、ボロボロの姿で椅子に腰かけている焰がいた。

 

「おー、いたいた。焰ー」

「……お前は」

「……なーんか、違う?……あーでもこの感じ知ってる。お店の客じゃない……けど、話してた時間が短くとも、密度が凄かったような……?」

「……」

「―――思い出した!三つ首の変温動物!……かな?」

「……たしかに間違いではないが」

 

 何とも不本意な覚え方をされてしまったものだ。

 三頭龍、アジ=ダカーハはそのように思ってしまうが、翔自身が三年前のあの時から大して変化がないことを感じさせた。

 

「おー、当たった当たった。……でも、何で?」

「西郷焰が私の化身であった。ただそれだけのことだ」

「……?……よー分からん。簡潔に敵か味方で言えば?」

「……どうであろうな。味方寄り、やもしれん」

「ならいいや。お茶飲む?」

「―――いただこう」

 

 アジ=ダカーハはクツクツと嗤いながら、翔が手渡す冷茶を受け取る。自分の分も注ぐと、ここまで急いできた理由を思い出した。

 

「あっ、そういえばあの黒い風ってどうなったの?」

「残念ながら逃げ去った」

「ふぅん?あいつ、意外としぶといんだ」

 

 翔はどこからか出した辛口あたりめを咥えながら、アジ=ダカーハの話を聞く。

 

「まぁ、どうせまた絡んでくるんだろうし、その時頑張ればいいかー」

「……」

「とりあえず撃退できたんなら、集落に宿の確保に行ってくるかな。じゃ、またいつかー」

 

 それだけ告げると、翔はボードに乗って()()()()()。アジ=ダカーハはそれを見届けると、わずかに残っていた茶を飲み干した。

 その後、翔が戻ってくると小屋には意識を失った焰、そして健やかに眠る少女に加え、十六夜の姿が増えていた。お互いが疲れていたこともあり、特に会話もせず、十六夜が少女を、翔が焰を運び、集落に借りた一室に安置し、一日を終えた。




 今話を書く際に、クリシュナの描写を何度も見返して、
①黒い風のときも実体がある
②『黒い風のみの時』と『実体がある状態』を切り替えられる
 どういった解釈が正しいのか悩んでました。具体的には上記の二つで。
 原作を何度読み返しても、私の頭ではそこら辺の描写を読み解くことができませんでした。
 ですので、この小説では、②ということにしてください。お願いします。
 ちなみに円月輪などの攻撃手段は『実体がある状態』でしか使えないということにしておきます。
 他にも奪った肉体の持ち主の恩恵を使えるのかどうか、ということも不明でしたが、今回は『使える』ということにしました。

 ちなみに今話で文字プロットと脳内プロットも出し切りました。
 この先の展開は文字にも起こしていませんし、脳内にもありません。
 ですので、次回の更新はいつになるか本当に分かりません。
 申し訳ございませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。

・あの有名な
 一部の界隈では良い噂、大半のところでは変な噂があるらしい。

・上級テクニック【ポールガン】
 ポールが吹っ飛んでいくバグ。思い出せない方は第一部 39を参照。

・〝混沌世界(パーク)
 今回見直すまで恩恵名を忘れていた。こんな感じにルビ振ってたんだって今更ながら思った。まぁ、字面と実態は間違ってはいない。多分以降は〝パーク〟と略すことの方が多いかもしれない。

・三つ首の変温動物
 今回はこたつは無いし、飲み物は冷たい麦茶である。

蛇足
 サブタイ付けるのに1時間ぐらい悩んだ。

追記
待ってくださっている方々がいらっしゃり、励みになりました。今後もよろしくお願いいたします!

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