もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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変更点
説教部分を無くし、代わりとなるものを追加。


第四話 ヌケーターによるヌケボー超加速理論

 日が暮れた頃に噴水広場で合流し、話を聞いた黒ウサギは案の定ウサ耳を逆立てて怒っていた。突然の展開に嵐のような説教と質問が飛び交う。

 

「な、なんであの短時間で”フォレス・ガロ”のリーダーと接触して喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」「準備の時間もお金もありません!」「一体どういう心算あってのことですか」「聞いてるのですか四人とも!」

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省してます」」」

「あたりめおいちい」

 

「黙らっしゃい!!!そして翔さんはせめて反省してください!!!」

 

 約一名関係ないことを(のたま)っている(バカ)が居り、それがさらに黒ウサギの怒りを加速させる。

 それをニヤニヤと笑って見ていた十六夜が止めに入る。

 

「別にいいじゃねえか。見境なく選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんが、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この〝契約書類(ギアスロール)〟を見てください」

 

 黒ウサギの見せた〝契約書類〟は〝主催者権限(ホストマスター)〟を持たない者達が〝主催者〟となってゲームを開催するために必要なギフトである。

 そこにはゲーム内容・ルール・チップ・賞品が書かれており〝主催者〟のコミュニティのリーダーが署名することで成立する。黒ウサギが指す賞品の内容はこうだ。

 

「〝参加者(プレイヤー)が勝利した場合、主催者(ホスト)は参加者の言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する〟―――まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

 

 ちなみに飛鳥達のチップは〝罪を黙認する〟というものだ。それは今回に限ったことではなく、これ以降もずっと口を閉ざし続けるという意味である。

 

「でも時間さえかければ、彼らの罪は必ず暴かれます。だって肝心の子供達は………その、」

 

 黒ウサギ言い淀む。彼女も〝フォレス・ガロ〟の悪評は聞いていたが、そこまで酷い状態になっているとは思っていなかったのだろう。

 

「そうだな。皆死んでる。それでも、自己満足でもなんでも、あんな近場にいる不穏分子は早めに摘むに越したことはないんだよ」

 

 翔があたりめをくわえながら話す。

 

「更なる面倒事に発展する前に潰す。それが一番いいんだよ。あんな外道なら特にな」

「そうね。あんなのに周りをうろちょろされたら翔君並に鬱陶しくて仕方ないわ」

「おい。あれと同列にしないでくれよ、頼むから………。俺だってされて嫌なことはあるんだぞ………」

「あら、ごめんなさい」

 

 クスクスと笑いながら謝罪する飛鳥には一切の反省の色が見てとれなかった。翔はそのことに気づいて溜息を吐きながら、あたりめをくわえ直す。

 

「それに、今回は利益がまるっきしゼロってわけでもねえしな………」

「え?そうなのでございますか?」

「まあ、終わってみなきゃ何とも言えねえけどさ………。ま、一旦置いておこう。それにどうせ誰もこのゲームに関しちゃ折れる奴はいねえからさ」

 

 翔の言葉に飛鳥、耀、ジンの三人が同調し、頷いている。

 それを見た黒ウサギはついに諦めたように頷いた。

 

「はぁ~……。仕方がない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。〝フォレス・ガロ〟程度なら十六夜さんが一人いれば楽勝でしょう」

 

 それは黒ウサギの正当な評価のつもりであったが、十六夜と飛鳥と翔は怪訝な顔をして、

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」

「まったく同意見だ。なんで参加させると思ってんだよ」

 

 フン、と鼻を鳴らす十六夜と飛鳥。対して翔はへらへらと笑って流す。黒ウサギは慌てて三人に食ってかかる。

 

「だ、駄目ですよ!お二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと攻略しないと」

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 

 十六夜が真剣な顔で黒ウサギを右手で制する。

 

「いいか?この喧嘩は、コイツらが売った。そしてヤツらが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

「あら、分かっているじゃない」

「そうだ。途中参加は厳禁だ」

「………。ああもう、好きにしてください」

 

 

 

 

 

 

 

 椅子から腰を上げた黒ウサギは、横に置いてあった水樹の苗を大事そうに抱き上げる。

 コホンと咳払いをした黒ウサギは気を取り直して全員に切り出した。

 

「そろそろ行きましょうか。本当は皆さんを歓迎する為に素敵なお店を予約して色々とセッティングしていたのですけれども………不慮の事故続きで、今日はお流れとなってしまいました。また後日、きちんと歓迎を」

「いいわよ。無理しなくて。私達のコミュニティってそれはもう崖っぷちなんでしょう?」

 

 驚いた黒ウサギはすかさずジンを見る。彼の申し訳なさそうな顔を見て、自分達の事情を知られたのだと悟る。ウサ耳まで赤くした黒ウサギは恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「も、申し訳ございません。皆さんを騙すのは気が引けたのですが………黒ウサギ達も必死だったのです」

「もういいわ。私は組織の水準なんてどうでもよかったもの。翔君と春日部さんはどう?」

 

 黒ウサギが翔と耀の顔を恐る恐る窺う。すると二人は、

 

「特には。むしろ底辺からのし上がる方が面白そうだし願ったり叶ったりだ」

「私も怒ってない。そもそもコミュニティがどうの、というのは別にどうでも……あ、けど」

 

 思い出したように迷いながら呟く耀。ジンはテーブルに身を乗り出して問う。

 

「どうぞ気兼ねなく聞いてください。僕らに出来る事なら最低限の用意はさせてもらいます」

「そ、そんな大それた物じゃないよ。ただ私は………毎日三食お風呂付きの寝床があればいいな、と思っただけだから」

 

 ジンの表情が固まった。この箱庭で水を得るには買うか、もしくは数kmも離れた大河から汲まねばならない。水の確保が大変な土地でお風呂というのは、一種の贅沢品なのだ。

 その苦労を察した耀は慌てて取り消そうとしたが、先に黒ウサギが嬉々とした顔で水樹を持ち上げる。

 

「それなら大丈夫です!十六夜さんがこんな大きな水樹の苗を手に入れてくれましたから!これで水を買う必要もなくなりますし、水路を復活させることもできます♪」

 

 一転して明るい表情に変わる。これには飛鳥も安心したような顔を浮かべた。しかし翔だけは内心、その報告はもっと早くできなかったのか?と疑問に思っていた。

 

「私達の国では水が豊富だったから毎日のように入れたけれど、場所が変われば文化も違うものね。今日は理不尽に湖へ投げ出されたから、お風呂には絶対入りたかったところよ」

「それには同意だぜ。あんな手荒い招待は二度と御免だ」

「そのせいで俺は溺れ死んだしな」

「あう………そ、それは黒ウサギの責任外のことですよ………。って翔さんのは黒ウサギは関係ないじゃないですかッ!?」

 

 召喚された三人、及び箱庭に突然来てしまった翔の責めるような視線に一瞬怖気づくが、突然の責任転嫁に反応してしまう黒ウサギ。ジンも隣で苦笑する。

 

「あはは………それじゃあ今日はコミュニティに帰る?」

「あ、ジン坊ちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら〝サウザンドアイズ〟に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この水樹のこともありますし」

 

 十六夜達四人は首を傾げて聞き直す。

 

「〝サウザンドアイズ〟?コミュニティの名前か?」

「YES。〝サウザンドアイズ〟は特殊な〝瞳〟のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

「ギフトの鑑定というのは?」

「勿論、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定する事デス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 出処って何?と翔は首を傾げ思った。が、他の三人の表情はあまり芳しくはなかった。それでもギフト鑑定に向かうことは拒否しなかったのだから一応は気になるのだろう。

 そうして黒ウサギ・十六夜・飛鳥・耀・翔の五人と一匹は〝サウザンドアイズ〟に向かう。

 道中、十六夜、飛鳥、耀、翔の四人は興味深く街並みを眺めていた。すると、そこで飛鳥が思い出したように声を上げる。

 

「そういえば、翔君はどうしてあのとき空から降ってきたのかしら?」

「あ、確かに」

 

 飛鳥に同調するように耀も声を上げる。そして四人の視線が翔へと集まる。

 

「ああ、あれはスケボーのテクニックで超加速というのがあってだな」

「「「「あ、もう大丈夫です」」」」

「せめて、せめて説明だけでもさせてよぉッ!!」

 

 翔の必死の懇願によって四人から説明する許可が与えられる。

 

「よ、よし。じゃあ超加速についてだが、いくつか種類があって今回使ったのは壁加速と呼ばれる方法だ。実践すれば早いんだけど、さすがに一日二回も街中でやるのは憚られるからやめておく。方法については壁に向かって二十度ぐらいの角度で走って行ってぶつかる手前でボードを手元に呼び戻すんだ。そうすれば壁にボードがぶつかった際の反作用によって加速させられる」

「「「「ちょっと待て」」」」

「………?なんか変なとこあったか?」

 

 四人を代表して耀が質問してくる。

 

「まず手元にボードを呼び戻すってなに?」

「それはこういうことだ」

 

 ボードを五mぐらい後ろに放り投げる。そして翔がボードに手を向ける。するとボードがひとりでに浮かび上がり翔の手元に戻ってくる。

 

「な?」

「「「「いやいやいや、それはおかしい」」」

「スケーターなら基本テクニックだぞ?スケーターになる際に一番最初に習うことだ」

「じゃあ、反作用って正しく理解してる?」

「………?超加速の原理だろ?スケーターとしての基本知識だ」

「「「「………………………」」」」

 

 自信満々に答える翔に四人全員が「コイツ手遅れだな」という顔をする。

 しかし、彼の世界での作用・反作用はこの理論で大体あっていた。彼の世界のスケーターに同じ質問をすれば半分以上は似たような回答が得られることだろう。

 

「つーか、もう質問がないなら急がないか?店ってことは閉店時間も決まってるんだろ?」

 

 それを聞いた黒ウサギがハッとした様子で、そうでした、と言いながら歩みを早める。

 そして再び街並みに目が行く四人。商店へ向かうペリベッド通りは石造で整備されており、脇を埋める街路樹は桃色の花を散らして新芽と青葉が生え始めていた。

 

「桜の木………ではないわよね?花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「あれ?晩夏じゃなかったっけか?」

「………?今は秋だったと思うけど」

 

 ん?っと噛み合わない四人は顔を見合わせて首を傾げる。黒ウサギが笑って説明した。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

「「「あー………」」」

「おい。なんでそこで俺を見て納得したような声を出すんだ?」

 

 三人が翔を見て腑に落ちたといったように声を吐き出す。

 

「それってパラレルワールドってやつか?」

「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども………今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」

 

 曖昧に濁して黒ウサギは振り返る。どうやら店に着いたようだ。商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。あれが〝サウザンドアイズ〟の旗なのだろう。

 まあ、彼らはそんなことより今まさに看板を下げる割烹着の女性店員に目がいっただろう。そんな女性店員に、黒ウサギ滑り込みでストップを、

 

「まっ」

「待った無しですお客様。うちは時間外営業はやっていm「すいませーん。ここってあたりめおいてますかー?」………おいてません。それ以前に時間外営業は「あ、じゃあどこならおいてますー?」………知りません!それと時間外営業はやっt「神は死んだッ!!」急になんなんですかこの人は!?」

 

 女性店員の言葉を遮って翔が割り込む。そして他の四人からすれば至極どうでもいいことを聞く。

 あたりめがないという事実に絶望を顕にする翔。「どうして超巨大商業コミュニティがごく普通のあたりめ如きをおいていないんだ!?辛口あたりめはないと悟って妥協してノーマルあたりめを要求しているのにッ!!」と大声で叫びながら店の前で頭を抱えて蹲る翔。

 そんな翔を無視しながら四人が女性店員に文句を言う。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら?」

「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は「なあ!なんであたりめおいてないんだよッ!!」「「「黙れ」」」「アッハイ」………あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」

 

 途中なにか幻聴が聞こえたような気もしたが、何事もない様に話を進める四人と女性店員。その足元に真っ白な何かもあるが特に気にしない。

 キャーキャーと喚く黒ウサギに、店員は冷めたような眼と侮蔑を込めた声で対応する。

 

「なるほど、〝箱庭の貴族〟であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

「………う」

 

 一転して言葉に詰まる黒ウサギ。しかし十六夜は何の躊躇いもなく名乗る。

 

「俺達は〝ノーネーム〟ってコミュニティなんだが」

「ほほう。ではどこの〝ノーネーム〟様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 ぐ、っと黙り込む。黒ウサギが言っていた〝名〟と〝旗印〟がないコミュニティのリスクとはまさにこういう状況のことだった。

 力のある商店だからこそ彼らは客を選ぶ。信用できない客を扱うリスクを彼らは冒さない。

 真っ白に燃え尽きている翔以外の全員の視線が黒ウサギに集中する。彼女は心の底から悔しそうな顔をして、小声で呟いた。

 

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィィ!」

 

 店の奥から何かが飛んできた。そしてそのままの勢いで黒ウサギに抱きつき、彼女と共にクルクルクルクルクと空中四回転半ひねりして街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛ぶ着物風の服を着た真っ白い髪の少女。

 

「きゃあーーーーー…………!」

 

 ボチャン。そして遠くなる悲鳴。

 十六夜達と真っ白に燃え尽きていたはずの翔でさえ目を丸くし、店員は痛そうな頭を抱えていた。

 

「……おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺にも別バージョンで是非」

「ありません」

「何なら有料でも」

「やりません」

 

 真剣な表情の十六夜と、真剣な表情でキッパリ言い切る女性店員。二人は割とマジだった。

 そしてそこに先ほどまで何とも言えない雰囲気を醸し出していた翔が店員に話しかける。

 

「………苦労してんだな。愚痴ぐらいなら聞くが?報酬はあたりめでいいが」

「いえ、お気持ちだけで大丈夫です」

 

 女性店員に同情の視線を向ける翔に女性店員は一瞥するだけで対応する。それでも女性店員の雰囲気が和らいだように思える。

 そして一方、フライングボディーアタックで黒ウサギを強襲した白い髪の幼い幼女は、黒ウサギの胸に顔を埋めてなすり付けていた。

 

「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに!フフ、フホホフホホ!やっぱり黒ウサギは触り心地が違うのう!ほれ、ここが良いかここが良いか!」

 

 スリスリスリスリ。

 

「し、白夜叉様!ちょ、ちょっと離れてください!」

 

 白夜叉と呼ばれた少女を無理やり引き剝がし、頭を摑んで店に向かって投げつける。

 くるくると縦回転した少女を、十六夜が足で―――

 

「てい」

「ゴバァ!」

「え?」

 

 ―――翔に向かって蹴り飛ばした。

 

「ヘブァ!」

 

 少女が腹部に直撃した翔はそのまま後ろに倒れた。そしてすぐに少女を除けて十六夜に向けて叫ぶ。

 

「俺ってなんかしたかぁ!?」

「「「なんか腹立ったから」」」

「ただの八つ当たりだよねえ、それッ!?」

「「「そうともいう」」」

「やっぱり俺に対してのあたりが強くないッ!?」

 

 その場で怒りを発散するように地団駄を踏む翔。そして翔によって受け止められた(ぶつかった)白夜叉も文句を言う。

 

「お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で蹴り飛ばした挙句人に当てるとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」

「おんしもだ!なぜしっかり受け止めん!」

「ただのスケーターに飛んできた美少女を受け止めるという高等テクは持ち合わせていないんで………ていうかなんで俺が責められてんだ………?」

 

 ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。そして、何故か受け止め切れなかったことを責められる翔。

 一連の流れ(翔の成敗)に意識が向いていた飛鳥は、思い出したように白夜叉に話しかける。

 

「貴女はこの店の人?」

「おお、そうだとも。この〝サウザンドアイズ〟の幹部様の白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

「オーナー。それでは売り上げが伸びません。ボスが怒ります」

 

 どこまでも冷静な声で女性店員が釘を刺す。

 濡れた服やミニスカートを絞りながら水路から上がってきた黒ウサギは複雑そうに呟く。

 

「うう………まさか私まで濡れることになるなんて」

「因果応報………かな」

「ニャニャー」

「リスポーンすれば乾くぞ」

「そんなことができるのは翔さんだけでございますよッ!」

 

 悲しげに服を絞りながらもツッコむのを忘れない黒ウサギ。

 反対に濡れても全く気にしない白夜叉は、店先で十六夜達を見回してニヤリと笑った。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は………遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

 ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。何処まで本気かわからない白夜叉は笑って店に招く。

 

「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

「よろしいのですか?彼らは旗も持たない〝ノーネーム〟のはず。規定では」

「〝ノーネーム〟だと分かっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

 む、っと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方がないことだろう。まあ、翔のいた世界ではルールを守りつつも破天荒な方法で勝利するスケーター(ヌケーター)だっていたのだから、それぐらいのことをこの女性店員に密かに期待している翔であった。あと、その人物は言うまでも翔本人であることを追記する。

 そんなことはさておき、女性店員に睨まれながら暖簾をくぐった五人と一匹は、店の外観からは考えられない、不自然な広さを持った中庭に出た。

 正面玄関を見れば、ショーウィンドウに展示された様々な珍品名品が並んでいる。物珍しそうにその品々を眺める四人。

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

 五人と一匹は和風の中庭を進み、縁側で足を止める。翔は足が埋まらないように慎重に行動している。

 障子を開けて招かれた場所は香の様な物が焚かれており、風と共に五人の鼻をくすぐる。

 個室というにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく背伸びをしてから十六夜達に向き直る。気がつけば、彼女の着物はいつの間にか乾ききっていた。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

 投げやりな言葉で受け流す黒ウサギ。その隣で耀が小首を傾げて問う。

 

「その外門って何?」

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

「スケーターは住んでる?」

「住んでません!」

 

 競争相手がいないことを寂しく感じる翔をバッサリと切って、黒ウサギは説明を続ける。

 此処、箱庭の都市は上層から下層まで七つの支配層に分かれており、それに伴ってそれぞれを区切る門には数字が与えられている。

 外壁から数えて七桁、六桁、と内側に行くほど数字は若くなり、同時に強大な力を持つ。箱庭で四桁ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境だ。

 黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。

 その図を見た四人は口を揃えて、

 

「………超巨大タマネギ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

「………三○六の切れ端を食いたくなってきたな」

 

 うん、と頷き合う四人。身も蓋もない感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。

 対照的に、白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。

 

「ふふ、うまいこと例える。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は〝世界の果て〟と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったもの達が棲んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな」

 

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。白夜叉が指すのはトリトニスの滝を棲みかにしていた蛇神の事だろう。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」

「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」

 

 自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉が驚きの声を上げる。

 

「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな!?ではその童は神格持ちの神童か?」

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見ればわかるはずですから」

「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人とではドングリの背比べだぞ」

 

 神格とは生来の神様そのものではなく、種の最高ランクに体を変幻させるギフトを指す。

 蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。

 人に神格を与えれば現人神や神童に。

 鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化すように。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

 小さな胸を張り、呵々と豪快に笑う白夜叉。

 だがそれを聞いた十六夜は物騒に瞳を光らせて問いただす。

 

「へえ?じゃあオマエはあの蛇より強いのか?」

 

 十六夜のその言葉を聞いた翔は、どうか巻き込まれませんように、と心の中で何度も唱える。

 

「ふふん、当然だ。私は東側の〝階層支配者(フロアマスター)〟だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者なのだからの」

 

 〝最強の主催者〟―――それは翔が今一番聞きたくないし、言って欲しくなかった言葉であった。

 十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に瞳を輝かせた。そしてそれに気づいた翔が頭を抱える。

 

「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるのう」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

 三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。白夜叉はそれに気づいたように高らから笑い声をあげた。

 

「抜け目のない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームを挑むと?」

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?翔さんも一緒に止めるのを手伝ってください!!」

「え、いや、俺こんなかで一番立場が低いし………」

「それでもですッ!!」

 

 黒ウサギは最後の一人の翔に助けを求める。翔は頭を掻きながら仕方なく三人の説得を試みる。

 

「ハァ………。じゃあ、一応。本当に挑む気か?こんな化け物に?」

「あら?怖いのかしら?」

「怖くはない。だが、お前らが無謀すぎるって言ってんだよ喧嘩売る相手くらいしっかり見極めろ」

 

 翔の言葉にムッとする三人。

 

「へえ?どこが無謀すぎるってんだ?」

「いや、話を聞いてると白夜叉は東側最強だ。そのうえ超巨大商業コミュニティの幹部。それに他者に神格も与えられる存在ときた。そんな奴が生半可な実力しか持ってないなんてありえないと思うんだ。きっとお前らよりもギフトの扱いは起源なんかを知らないより格段に上だろう。そして何より少し考えれば思いつく理由だってのに、今お前らがこんなことにも気づけずに無謀にも挑もうとしてるのはどうかと思う。それは実力をうまく隠せている証拠であり相手に実力差を悟られないほどの実力を持っているという証拠だと考えられる、かな?………以上、長々と失礼しました。あとはお好きにどうぞ」

「「「………」」」

 

 翔の説明を聞いた三人が黙る。そして―――

 

 

「「「なんかムカついたから強制参加で」」」

 

 

 ———翔の参加が決定された。彼はそれを聞くと黒ウサギに詰め寄る。

 

「ほらッ!ほらァッ!!結局こうなっただろうがッ!!なんか俺まで参加することになってるしッ!!?どうしてくれんだよ黒ウサギィッ!!??」

「ひゃあああぁぁぁ!!?申し訳ありません――――!!?」

 

 三人によって無理やり参加を決められる翔。黒ウサギを責めるが、そうしたからといって参加するという決定は覆らない。

 

「もう、よいかの?」

「ああいいぜ」

「構わないわ」

「………うん」

「よろしくない!全ッ然よろしくないッ!!」

「ふふ、そうか。―――しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

「なんだ?」

「えっ!?無視ッ!?俺の意見ってないの!?」

 

 ギャーギャー喚く翔を無視して四人は話を進めていく。

 白夜叉は着物の裾から〝サウザンドアイズ〟の旗印―――向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言、

 

「おんしらが望むのは〝挑戦〟か――――もしくは、〝決闘〟か?」

 

 刹那、四人の視界が爆発的に変化が起きた。

 四人の視覚は意味を無くし、脳裏を様々な情景が掠めていく。

 黄金色の穂波が揺れる草原。

 白い地平線を覗く丘。

 森林の湖畔。

 記憶にない場所が流転を繰り返す。

 四人が投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔、そして―――太陽が水平に廻る世界だった。

 

「……なっ………!?」

 

 余りの異常さに、翔を除く十六夜達は同時に息を呑んだ。

 箱庭に招待された時とはまるで違うその感覚は、もはや言葉で表現出来る御技ではない。

 遠く薄明の空にある星はただ一つ。緩やかに世界を水平に廻る、白い太陽のみ。

 まるで星を一つ、世界を一つ創り出したかのような奇跡の顕現。唖然と立ち竦む三人に、今一度、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か?それとも対等な〝決闘〟か?」

 

 魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄味に、再度息を呑む三人。

 〝星霊〟とは、惑星級以上の星に存在する主精霊を指す。妖精や鬼・悪魔などの概念の最上級種であり、同時にギフトを〝与える側〟の存在でもある。

 十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現してるってことか」

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私がもつゲーム盤の一つだ」

 

 白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

 〝白夜〟の星霊。十六夜の指す白夜とは、フィンランドやノルウェーといった特定の経緯に位置する北欧諸国などで見られる、太陽が沈まない現象である。

 そして〝夜叉〟とは、水と大地の神霊を指し示すと同時に、悪神としての側面を持つ鬼神。

 数多の修羅神仏が集うこの箱庭で、最強種と名高い〝星霊〟にして〝神霊〟。

 彼女はまさに、箱庭の代表ともいえるほど―――強大な〝魔王〟だった。

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………?」

「如何にも。して、おんしらの返答は?〝挑戦〟であるならば、手慰み程度に遊んでやる。―――だがしかし〝決闘〟を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

「えっ?命と誇りだけでいいのか?」

 

 飛鳥と耀、そして自信家の十六夜でさえ返事を躊躇ったというのに、ただ、ただ一人だけ即座に質問を投げかける者がいた。皆が皆、声のした方へと向く。そこには―――

 

「「「「「…………………」」」」」

「………え?なに?」

 

 ―――上半身だけ地面から出して、下半身が埋まっている翔がいた。

 

「って、なんで埋まっているのでございますかッ!?」

「いや、ほら、あれだ。世界が急に変わったら、スケーターっていうのは埋まるのが、その、常識というかなんというか………」

「そんな常識は知りません!」

「はぁ!?なんで知らないんだよ!?やっぱりこの世界はおかしいッ!!」

「逆切れ!?って、それを言うのであれば、翔さんの世界も大概なのでございますよッ!!」

 

 あーだこーだ、と口論する二人。それを見かねた白夜叉が止めに入る。

 

「そこら辺にしておけ。それよりもおんし。命と誇りだけというのはどういうことだ?」

「え?いや、たとえ死んでも、リスポーンし続ければ俺の命は無限だし、誇りも言うほどないし………。あーでも、〝決闘〟を選んでも敗けることはないが、勝つこともできないか………。それはさすがにな…………。絶対に勝てない勝負に挑むほど無鉄砲でもねえから………。うん、決めた。俺は他の三人に合わせる。だから、答えはそいつらに聞いてくれ」

 

 埋まったまま唸りながら考える翔は、そのように答えた。

 彼の言葉を聞いていた十六夜・飛鳥・耀の三人は死の恐怖を全く持っていない彼に多少の恐れを抱いた。

 なぜ?自分の命を何とも思っていない者を好ましいと思えるか?そんなものは否だ。ましてや痛みにも死にも恐怖を抱かない者など、普通の者からすれば、そんな得体のしれない感性を持つ存在など恐怖の対象でしかない。

 翔の言葉を聞いた白夜叉は少々悲しそうな視線を彼へと向け、目を閉じて小さく頷いた。

 

「………そうか。それよりもまず地面から出たらどうかの?」

「………そうだった。すっかり忘れたよ」

 

 改めてリスポーンして地中から脱する翔。

 

「では、三人に改めて問おうかの。おんしらが選ぶのはどちらだ?」

 

 白夜叉の言葉に三人は、

 

「………今回は黙って試されてやるよ」

「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

「右に同じ」

「………正直ほっとした。このまま〝決闘〟とか言われたらどうしようかと思ってたわ………」

 

 一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギはホッと胸を撫で下ろす。

 

「ふむ。しかし、どうするかのう?」

 

 白夜叉が扇子を顎に当てて悩む素振りを見せる。とその時、彼方にある山脈から甲高い叫び声が聞こえた。獣とも、野鳥とも思えるその叫び声に逸早く反応したのは、春日部耀だった。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

「ふむ………あやつか。おんしら四人を試すには打って付けかもしれんの」

 

 湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。すると体長が5mはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く四人の元に現れた。

 鷲の翼と獅子の下半身を持つ獣を見て、春日部耀は驚愕と歓喜の籠もった声を上げた。

 

「グリフォン………嘘、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

 白夜叉が手招きする。グリフォンは彼女の元に降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

 

「さて、肝心の試練だがの。おんしら四人とこのグリフォンで〝力〟〝知恵〟〝勇気〟のいずれかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞うことが出来ればクリア、ということにしようかの」

 

 白夜叉が双女神の紋が入ったカードを取り出す。すると虚空から〝主催者権限〟にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。白夜叉は白い指を走らせて羊皮紙に記述する。

 

 

『ギフトゲーム名〝鷲獅子の手綱〟

 

 プレイヤー一覧

   逆廻十六夜

   久遠飛鳥

   春日部耀

   板乗翔

 

 ・クリア条件 グリフォンの背に乗り、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる。 

 ・敗北条件 降参、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

〝サウザンドアイズ〟印』

 

「私がやる」

 

 読み終わるや否やピシ!と指先まで綺麗に挙手した耀。彼女の瞳はグリフォンを羨望の眼差しで見つめている。比較的大人しい彼女にしては珍しく熱い視線だ。

 

「ニャー?ニャニャーニャー」

「大丈夫、問題ない」

「ふむ。自信があるようだが、コレは結構な難物だぞ?失敗すれば大怪我では済まんぞ」

「大丈夫、問題ない」

 

 耀の瞳は真っ直ぐにグリフォンに向いている。キラキラと光るその瞳は、探し続けていた宝物を見つけた子供のように輝いていた。隣で呆れたように苦笑いを漏らす十六夜と飛鳥。

 

「OK、先手は譲ってやる」

「気を付けてね、春日部さん」

「負けるなよー」

「うん。頑張る」

 

 三人はそれぞれ思うがままに耀へと声援を投げかける。

 その言葉を背に受け、グリフォンに駆け寄る耀。だが、グリフォンは大きく翼を広げてその場を離れた。

 戦いの際、白夜叉を巻き込まないようにだろう。その程度でどうにかなるような存在でもないが、あのグリフォンにとってはよほどの恩義があるのだろう。

 春日部耀を威嚇するように翼を広げ、巨大な瞳をギラつかせるグリフォンを、追いかけるように春日部耀走り寄った。

 数mほど離れた距離で足を止め、まじまじとグリフォンを観察する。

 鷲と獅子。猛禽類の王と、肉食獣の王。数多の動物と心を通わせてきた彼女だが、それはあくまで地球上に生息している相手に限る。

 箱庭にいる生態系を逸脱した幻獣と呼称されるものと相対するのは、これが初めての経験。まずは慎重に話しかけるようであった。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

「!?」

 

 ビクンッ!!とグリフォンの肢体が跳ねた。その瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。彼女のギフトが幻獣にも有効である証であった。

 

「ほう………あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

「やっぱり幻獣相手でも通じるんだな」

 

 白夜叉は感心したように扇を広げ、声を漏らす。翔は幻獣相手でも関係なく言葉を交わせることに安心した。

 二種の王であるグリフォンの背に跨る方法は二つ。

 一つは、力比べや知恵比べで勝利し、屈服させること。

 二つ目は、王であり誇り高い彼らにその心を認められることだ。

 たとえこの二つ以外の方法でも言葉を交わせるのであれば、自分の有利なように、もとい自分の好きなように交渉を進められるだろう。そして、春日部耀は大きく息を吸って、一息に述べた。

 

「私を貴方の背に乗せ………誇りを賭けて勝負をしませんか?」

「………!?」

「おおう。これまた大きく出たな、おい」

 

 耀がグリフォンに向けて言った『誇りを賭けろ』というのは、気高い彼らにとって最も効果的な挑発だろう。その証拠にグリフォンの声と瞳に闘志が宿る。春日部耀はグリフォンの返事を待たずに交渉を続ける。

 

「貴女が飛んできた山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。逆に私が背に乗っていられたら私の勝ち。………どうかな?」

 

 耀は小首を傾げる。確かにその条件ならば力と勇気の両方を試すことができる。

 だが、グリフォンは如何わしげに大きく鼻を鳴らす。そしてグリフォンが耀に何と返したかは彼女とグリフォン自身にしかわからなかった。だが、耀が次に発した言葉である程度は察しがついた。

 

「命を賭けます」

 

 そう答えた。グリフォンは対価を求めたのだろう。誇りの対価に、耀は何を賭けるのか?そう問われ彼女はすぐに自分の命と答えた。

 その余りに突飛な返答に黒ウサギから驚きの声が上がった。

 

「だ、駄目です!」

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。………それじゃ駄目かな?」

「………」

 

 耀の提案にますます慌てる黒ウサギ。それを白夜叉と十六夜と飛鳥が厳しい声で制す。

 

「これ黒ウサギ、下がらんか。これはあの娘が切り出した試練だぞ」

「ああ。無粋な事はやめておけ」

「そうね。春日部さん自身が決めたことよ。そう簡単には曲げないわ」

「そんな問題ではございません!!同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには―――」

「大丈夫だよ」

 

 耀が振り向きながら黒ウサギに頷く。その瞳には何の気負いもない。むしろ、勝算ありと思わせるような表情だ。

 グリフォンはしばし考える仕草を見せた後、頭を下げて背に乗るように促した。

 耀は頷き、手綱を握って背に乗り込む。鞍がないためやや不安定だが、耀は手綱をしっかり握りしめて獅子の胴体に跨る。

 耀は鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を擦りつつ、満足そうに囁く。

 

「始める前に一つだけ。………私、貴方の背中に跨るのが夢の一つだったんだ」

「………」

 

 決闘を前に何を口走っているのやら。グリフォンは苦笑してこそばゆいとばかりに翼を三度羽ばたかせる。前傾姿勢を取るや否や、大地を踏み抜くようにして薄明の空に飛びだした。

 その姿を雪原から見送る五人と一匹。

 

「しょ、翔さんもなんとか言ってくださ………い?」

 

 黒ウサギが翔の方へと振り向きながら抗議の声を上げようとした。………そう、したのだ。

 

「………なんでまた埋まってるんでございますかッ!?」

 

 振り向いた先にいた翔は腰から下が埋まっていた。黒ウサギの叫び声に近いツッコミを聞いた他の者たちも翔の方を見る。翔は慌てながらも説明する。

 

「いや、知るかよ!?俺は普通に立ってただけだぜッ!?おい白夜叉!お前のゲーム盤、地面ヌケやすすぎるだろ!!?」

「それこそ私の知ったことではないわッ!!?それに今までおんしのようになった者など一人も居らんッ!!!」

 

 ギャーギャーと騒ぐ、翔・黒ウサギ・白夜叉の三人。

 そして、十六夜と飛鳥がその様子を遠巻きに見ている。

 

「………なんでさっきアレを怖いと思ったのかしら?」

「ヤハハ!常識が違うからじゃねえか?」

 

 二人は、黒ウサギと白夜叉が翔のことを頑張って引き抜こうとしているのを、笑いながら見守る。

 




彼は至極真面目(意味深)に生きてます。

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