もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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第三十四話 恋愛描写ってどうやればいいの?(今更)

 ゲームが終わり、一同は列車内の一室に移って焰たちは十六夜へ連絡を取っていた。

 

「……ほい、お茶とお茶請け」

「ありがとう」

 

 翔と耀の二人はそんな焰たちを横目に見ながら部屋の隅で茶と菓子を味わっている。携帯電話で現状報告をしている様子を、湯呑を片手に持ちながら静観する。

 

「うん。美味しい」

「そりゃどうもー」

 

 翔は辛口あたりめを銜えながら耀の言葉に返答する。スピーカーで会話しているため、十六夜の声が自然と耳に入ってくる中、のんびりとする二人。

 

「この後は何かあったっけ?」

「ない。精々が風呂入って夕食ぐらい。あとは主催者(ホスト)からの説明かね」

「そっか。おかわり」

「……これ、かなりいいお茶なんだけどなぁ……」

 

 湯呑を差し出してきた耀に文句を言いながらも翔は茶を注ぐ。そしてすでに無くなっていたお茶請けの菓子も新しいのを出す。

 

『……さて、与太話も此処までにしよう。話から察するに近くの部屋に春日部と翔もいるんだよな?』

「………………」

「……ああ。此処にいる。ちょっと耀は食べるのに集中してるけど」

『んなもん取り上げろ』

「ッ!?」

「話は聞こえてるみたいだぞ?お茶請けを抱え込んでガードしたし」

 

 十六夜の言葉を聞いて、耀はお茶請けの入った器を腕で囲むようにして取られないようにする。翔はそれを見て「取り上げないから落ち着いて食べなさい」と告げて、十六夜に話を進めるように伝える。

 

『それにしても春日部にしちゃ人付き合いがいいな?翔に付き合わされてんのか?』

「ううん。十六夜の義兄弟じゃなかったら手伝ったりしなかったと思う。鈴華さんは菓子折りも持ってきてくれなかったし」

「え!?やっぱり怒ってます!?」

 

 鈴華が飛び上がると耀は小さく笑った。

 

「怒ってるんじゃないよ。哀しんでるんだよ」

「ウゴゴ、そっちの方が申し訳なさ度数アップです。次は持ってきますんで……!」

「あー、あまり気を遣わなくていいぞ?なんだかんだ方々からたくさんもらってるし」

『そうだな。それに春日部に関して言うならどう考えても俺が世話を焼いた回数の方が多い』

「そんなことないと思うな。十六夜も飛鳥もコミュニティに仕送りしてくれないから、ずっと私と翔が食い扶持を稼いでたんだけど」

「……耀。あまり自分から話題を掘り返さない方が―――」

『へえ?そりゃ悪かったな。ところで、俺と黒ウサギが贈ったカボチャの森の土産だが』

 

 カボチャの森。その単語が出た瞬間に耀は身体を硬直させて、翔はほら見た事かと言った風に手を頭に当てながら耀に同情する。

 

『ある日突然、人知れず消えたと聞いたんだが。春日部に心当たりは?』

「……それは、妖精さんの仕業ってことに」

 

 此処で翔の名前を出さない辺り、ほとんど名指ししているようなものだが、それでも耀は正直に白状せず言い訳を口にする。

 話の内容が気になったのか焰たちが翔に小声で尋ねる。

 

「あの、カボチャの森はどうなったんだ?」

「……耀が恐ろしい勢いで食べ尽くしそうだったから、その前に生き残っていた部分を俺のパーク内に避難させて現在鋭意栽培中。回復してきたから日照量確保のために邪魔な一部を表に出したいんだが、如何せん前科があるからなぁ……」

 

 諦めの混じった声で翔が話す。それを聞いた一同は信じられないものでも見たかのような目で耀のことを見つめる。

 強情な耀の言い訳を聞いた十六夜は、さらに別のことで追い詰めていく。

 

『ああ、なら焰が作ったヘッドホンを、三毛猫に盗ませて破―――』

「よし、この話題は此処までにしよう!」

「だから言ったのに……」

 

 はいヤメ、と降参ポーズを取る耀に呆れたような視線を翔が向ける。

 勝利した十六夜のヤハハという笑い声が電話の向こう側から聞こえてくる。

 

『ったく……相変わらず色気より食い気だな。まあ、お前はそういう奴か。変わりないようで何よりだ。ちょっとは大人っぽくなったか?』

「丸二年会ってないもの。少しくらい大きくなったよ。十六夜は?」『俺は残念だが変わりないぞ。身長が少し伸びたぐらいだ。他に変わったといえば―――いや、こういう話は後にしよう。少し内緒話がしたい。悪いけど春日部と翔と焰……あとアルジュナだけ残して、それ以外の連中は部屋の外で待つか風呂にでも入ってろ』

「それはいいけど……アルジュナさんも?」

 

 チラリ、と焰はアルジュナを見る。

 

「……わかりました。俺も逆廻十六夜には聞きたいことがありましたから」

『へえ、そりゃ楽しみだ!インド神群最強の戦士階級(クシャトリヤ)に名前を憶えてもらっているとは光栄の至り、って喜べばいいのか?』

「謙遜の真似事は止すべきだ。お前が箱庭で打ち立てた功績は俺の耳にも届いています。特に〝人類最終試練(ラスト・エンブリオ)〟である三頭龍アジ=ダカーハを倒した功績は群を抜いている。アレは人間が倒せる魔王では無かったはずですから。どんな手段で勝ったかは興味があるな」

 

 アルジュナの僅かばかりの皮肉が混ざった言葉に、焰と十六夜と翔がそれぞれ反応を見せる。

 西郷焰は、彼が口にした怪物の名を聞いてハッと顔を上げる。箱庭とつながりの薄い彼がその名を聞いて何を思ったかなどは、この場では本人しか知り得ない。

 対して、彼の傍に居た板乗翔は、その名を聞いてこめかみを押さえて、これから起こるであろうことを予想して生じてしまった頭痛を和らげようとする。そして、電話の向こうから十六夜の声が聞こえてきた。

 

『……ハッ。よりにもよって何だ、その冷める物言いは。期待して損したぞ』

「何?」

「十六夜、ストップ。何を言い返そうとしてるか分からないけど、和が乱れるのはよろしくない」

『いいや、言わせてもらう』

 

 翔は十六夜を止めようとするが、彼はそれを聞かずに言葉を吐き出し始める。

 

『人間に倒せるはずがない魔王だと?馬鹿言ってんじゃねえ。そんなものがこの世にいるものかよ。伝承として語られているアンタなら、わかりそうなもんだと思ってたんだが……ああ、そうか。大英雄アルジュナは確か、誓いを破って勝利した大英雄だったな!』

 

 違約の大英雄―――そう呼ばれた途端、アルジュナから噴出した憤怒は津波のように今までの安穏とした空気を押し流して全員を襲った。

 春日部耀は一瞬で臨戦態勢に入り、久藤彩鳥は即座に連接剣を取り出して焰たちを背にかばい、極めて乏しい武力しかない焰と鈴華も、このアルジュナという青年から沸き上がる怒気に押されて腰を浮かせた。最後の一人、翔だけは欠伸をしていた。

 その後も十六夜とアルジュナの口論が続く。翔は口だけならば可愛いものだと考えて、二人が対面していたらの口論だったらどうなっていたか想像して、ゾッとした。おそらく殺し合いが始まって、列車が破壊されていたかもしれない。

 

『―――それを破って勝利したお前が、魔王の何を語れる?何を誇る?違約の勝利の果てに、最悪の結末を引き起こしたお前が……!!!』

「そこまでにしといてくれ。これ以上はマジで勘弁」

 

 翔の疲れた声が十六夜の言葉を遮る。

 アルジュナは憤怒に身を震わせながらも、拳を握りしめてその怒りに耐えていた。

 重たい空気の中、翔が溜め息を一つ吐く。

 

「アルジュナだっけ?さっきの話題は十六夜にとってはあまり触れられたくないことだ。それこそお前が今、十六夜に言われた内容と同じぐらいに。地雷を踏まれたから踏み返した。自覚してるのかしてないのかは知らないけどな。ま、一旦席を外して落ち着かせてきてほしい」

「……わかりました」

 

 そういって、アルジュナは部屋を出て行く。

 それを見送った翔は、今度は十六夜に話しかけた。

 

「十六夜も怒りを押さえなよ」

『怒ってる?俺が?』

「そうだよ。あの名前が出ると、必ず不機嫌になって内容次第では怒ってるんだよ、お前は。とりあえず感情を落ち着かせろ。俺だってアイツのことをとやかく言われるのは嫌なんだからさ」

『……ああ、悪い。お前に言われたのにそれを聞かずに空気を悪くしたな』

「あれ、珍しいな?俺の言うことを素直に受け入れるなんて。明日は核弾頭でも降るのか?」

 

 翔の言葉を素直に聞いた十六夜に驚きながらも、笑いながら冗談を言う翔だったが、内心本当に明日何かが起きるかもしれないような気がしてならなかった。

 

「というかイザ兄も俺に話があるんだろ?もしかして例の組織を壊滅してくれたとか?」

『そんな話だったら、俺も気が楽だったんだけどな。如何やら事態は俺たちが考えているよりも複雑になっているようだ―――と、悪い。話をする前に場所を変えたい。一時間くらいしてからもう一度連絡をくれ』

「はいよ」

 

 焰が軽快に返事をして通話を切る。そして顔を翔の方に向けると、質問を投げかけた。

 

「あの、三頭龍って……?」

「ん?んー……どう説明したものかなぁ……。もう〝魔王〟は知ってるよな?」

「はい。〝主催者権限〟を悪用する者の総称、だよな?」

「そ。んで〝人類最終試練〟ってのは最古の魔王の総称で、〝主催者権限〟が擬人化したような存在だ。三頭龍はそのうちの一体で、十六夜が打倒した。非常に不本意で不名誉な勝利だったみたいだけど。どっちにしろ、十六夜の怒りは同族嫌悪みたいなものだよ」

「同族嫌悪……?」

「多分だけどな。それじゃ、連絡するまでの間、風呂にでも入ってきなよ」

「……?翔は入んないのか?」

「溺れちゃうからな」

 

 それを聞いた焰と鈴華は首を傾げ、残りの二人は苦笑を浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――精霊列車〝サン=サウザンド〟号・展望車両。

 大浴場に行く一同を見送った翔は、備え付けてある椅子に腰かけて、焰たちが出てくるのを待っている。テーブルの上には辛口あたりめを出して、もそもそと食していた。そんな彼に一つの人影が近づいていく。

 

「………………………………………………………おお。元気?」

「……貴方。いま一瞬、私のことを忘れてたわよね?」

「そんなまさか。ただ、此処に居るとは思わなくて驚いただけだって―――ペスト」

 

 名前を呼ばれた彼女は、嬉しそうにしながら柔らかい笑みを浮かべた。

 




・三頭龍アジ=ダカーハ
 変温動物。翔と一緒にお茶を飲んだお方。


 次の投稿は8月15日予定。

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