もしもスケーターが異世界に行ったならば。 作:猫屋敷の召使い
第三十二話 料理人は苦労人
―――大樹の大瀑布と水上都市〝アンダーウッド〟。
太陽の主権戦争に参加するために春日部耀と共に〝アンダーウッド〟に来ている板乗翔は、今は彼女と別行動をしていた。
「……ここで買うべきものはこれぐらいかな?食材オッケー。調味料オッケー。携帯調理器具オッケー―――」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、指を折って数え始める。それを周囲の人は遠巻きに不審者でも見るかのように眺めている。だが、ここでは知らぬ人はほぼいないと言っても過言ではない人物だ。翔は良くも悪くも有名なのだ。たとえ、その多くが悪い意味だとしても。
そんな中、必死に記憶を探っている彼に近付いてくる者がいた。
「……何やってるんだよ、翔さん」
「んえ?あっ、ポロロじゃん。それにシャロロも」
「ど、どもっす」
声をかけられ、その方向へと首を向ける翔。そこにはポロロ=ガンダックとその姉のシャロロ=ガンダックがいた。この土地の権力者でもあるポロロのことだ。これから乗車予定の賓客に挨拶回りをしに行くところなのだろうと翔は考えた。だが、それよりもいつもと違う様子のシャロロに目がいってしまった。
「……?なんかよそよそしいな?なんかあった?」
「い、いや!なんもないっすよ!?」
翔の言葉に必死に両手を振って否定するシャロロ。彼女はおそらく翔がいるということは、その頭首である少女もここに来ていると気づいたのだろう。シャロロは彼女と関わってあまりいい記憶がないのだから、仕方のないことかもしれないが。
そんな彼女に首を傾げながらも、翔は気にしないことにした。
「そ、それよりも!翔さんは何してるんすか!?」
「俺?俺はただの買い出しだよ。何かを補充できるのはここが最後かもしれないし、買えるものは買っておいた方が安心だからな。主に食材とかな……」
明後日の方向を遠い目で見つめながら話す翔。そんな彼に同情するような視線を向ける二人。どことなく周囲の何人かも、彼を温かい目で見つめている。きっと以前に彼女の被害に遭った者達か、知っている者達だろう。
「ま、というわけで。考え出したらさっき買った分じゃ、ちょっと不安になってきたし、買い出しに戻るわ。幸いまだ時間はあるから」
「あ、ああ。頑張ってくれ……」
「それはエキシビションとか本選に対して言ってる?それともそれ以外の何かに言ってるのか?」
「全般だ」
「……そりゃどうもー」
ハァ、と溜め息を吐きながら踵を返して、市場の方へと戻り始める翔。ポロロとシャロロは見送るように手を軽く振る。
彼の姿を見送り、その背中を見ながらポロロふと口にする。
「……あの人も参加するとなると、マジで勝敗が分からなくなるよな」
「突拍子もない行動とか、予測不可能回避不可能なことも平然とやることもあるっすからねえ……」
ポロロの呟きに反応したシャロロは諦観が混じった声音で律義に返す。
「それこそ未来予知でもしない限りは無理だろ」
「いやぁ……予知できても咄嗟に反応できるっすかねぇ……?もしできてもそれこそ〝
「「………………」」
自分達ならできるだろうか?と考え、よく分からない動きでこちらに突っ込んでくる様子を思い浮かべ、唖然としている場面しか想像できなかった二人。
「……考えても仕方ないし、さっさと挨拶回りに行くか」
「そうっすね」
二人も足を動かし始め、乗車予定の賓客の下へと向かい始めた。
買い物を終えた翔は列車内に置いたマーカーの下にリスポーンする。
「ただいまー……」
「おかえり、翔。お土産は?」
耀の座っている席の横の通路に出現した翔に、彼女はいの一番に手を出して何かを要求する。その様子に呆れながらも、パーク内から木箱に入れられた菓子を取りだして、耀に差し出す。
「今はこれで我慢してください……」
「うん。わかった」
笑顔で翔が差し出してきたそれを受け取ると、さっさと箱を開けて中に入っている大福のような菓子を食べ始める。
「そっちの二人もどうぞ」
「えっ?あ、ありがとうございます……」
「なんか、ごめんなさい……」
帰って来た時には既に席に座っていた二人、彩里鈴華と久藤彩鳥には耀に渡したものよりも小さい木箱を手渡す。二人は頭を下げて礼と謝罪を言ってくるが、翔は手を振って遠慮しながら席に着く。
「いいっていいって。どうせ日持ちしないから食べちゃって……」
買い物の途中に〝アンダーウッド〟で主に営業してる店の店主が、料理長という翔の側面を知っているうえに、以前アドバイスを受けたことで腕前が向上したうえに箔が付き、客足が増えたためそのお礼にと押し付けられたものだ。今は耀が持っている立派な木箱のものをズイッと差し出され、流石の翔も断るのはマズいと思って大人しく受け取ったのだ。だが、ただで受け取るだけだと悪いので、更に小分けの商品も購入したのだ。今鈴華と彩鳥が持っているものがまさにそうだ。ぶっちゃければただの在庫処分である。もちろんコミュニティの同士たちにも渡す予定はあるが、それでも余るほど買ってしまっていたのだから。
「………………」
そんなこととは知らずに、申し訳なさそうに小箱を持っている二人。そんな彼女たちの手元を物欲しそうな目で見る耀。その視線をずらして隣に座る翔へと移す。それに気づいた彼は軽く一瞥してからはっきりと告げる。
「そんな物欲しそうな目でこっちを見たってやらんぞ。今はもうこれで終わり」
「残念」
二人の持っている木箱を見やってから翔の顔を見つめる耀。彼はその視線を一蹴する。耀もそれ以上は要求しようとはせず、大人しく自分の分で我慢した。
「それで、買い物は全部できた?」
「一応は。でも、貴賓車両の下見に時間使い過ぎたかも。時間を無駄にした」
「そうなの?」
「ゲームが始まってから舞台が変化するらしいんだよ。今の状態でも十分面倒な構造なのにどうなることやら。あ、それにゲームの様子は中継されるらしいから、下手に
「そっか。なら、ほどほどにしないとダメだね」
翔の言葉に素直に頷く耀。その二人の様子を見て、鈴華が尋ねてくる。
「えっと、お二人はどういった関係で……?」
「ん?前に聞いてなかった?俺は耀の補佐とか事務仕事とかをしてるって」
「えっ?あっ。この人なの?翔さんを専属料理人にしてる人って?」
「……まあ、そうだな」
不本意そうな表情を浮かべながら鈴華の言葉に頷く翔。そうして隣に居る耀を指さしながら話を続ける。
「こんなでも耀は基本的に自由人だからな。上手く手綱を握れる人がいないんだよ。俺も含めてな」
「自由人なのは翔も同じ。私だけそうみたいに言わないでよ」
「むしろ、うちの主力は基本全員が自由人だろ。主力に俺を含んでいいかは別としても」
「……それもそうだね」
「そう思うなら少しは自制してくれ」
「無理」
「知ってた」
鈴華と彩鳥も思うところがあるのか、翔の言葉に頷いて同意している。おそらくそれぞれ想像している人物は別々か、片方が思い浮かべている人物の数が多いのであろうが。
「それで、今日は焰は一緒じゃないのか?」
「あっ、それなんですけど―――」
翔に聞かれて、事の顛末を話した二人。それを聞いて納得したように一つ頷く。
「……となると、異界舞台車両が有力だよなぁ」
「えっと、それってポロロも言ってたけど七両先のですか?」
「ああ。そこで負債持ちの参加者が一チームにまとめられてゲームに強制参加させられる、はず。招待状に書いてたんだっけかな?」
「「……負債?」」
「負債」
話の中にあった単語をおうむ返ししてくる二人に頷きながら、同じ単語を言い返す。そうして思い浮かべるは正体は神で、今は人間の一人の
「急いで合流して事情を聞きましょう!」
「そうだね彩ちゃん!これは緊急事態だよ!」
勢いよく席を立って勇む二人。しかし、その二人に翔と耀が現実を突きつける。
「でも、貴賓車両を君ら二人で通るのは難しいと思うけど?多分向かっている途中でゲームが始まるだろうし、〝参加者〟と〝主催者〟が用意した生物なんかも出現するだろうし」
「……そうだね。十六夜の義兄弟とその友人だし、連れてってあげようか?」
「「……お願いします」」
声の勢いがなくなって二人に向かって頭を下げてお願いする鈴華と彩鳥。それを見て苦笑を浮かべる二人。
「じゃあ、移動しようか」
「そうだな。ここに居てもゲーム開始時に出遅れるかもしれないし」
それじゃあ離れないでね。と二人に言い聞かせると、先導して移動を始める耀。そして彼女についていくように促す翔。どうやら最後尾に付くことで背後を警戒するつもりなのだろう。その指示に従って鈴華と彩鳥の二人は、実力者と実力者(?)に挟まれながら、西郷焰と合流するために移動を始めた。
・菓子をくれた店主
〝アンダーウッド〟で人気な販売店。洋菓子から和菓子、箱庭特有なものまで幅広く作っている。翔にアドバイスを貰ったそうだが、肝心の翔はそのことを覚えていない。
・ゲーム開始時に舞台が変わる
仕様がよくわからなかったから、不正防止用に開始と同時に変化することにしただけ。
とりあえず5巻が出たので更新再開。でも6巻で色々進展するらしい……。
一先ず月一か、月二更新で、15日と月末(30日・31日・28日等)の18時に更新予定中。
というわけで!これからもよろしくお願いします!