もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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 はい…………お久しぶりです………。約二ヵ月ぶりですかね…………?
 いや、まあ、テストとレポートが地獄でして執筆時間が取れませんでしたね………。
 あとは、まあ、展開どうしようかと悩んでいる内に時間が過ぎ去っていきましたね、はい。


 許して!ごめんなさい!

 それと今回の出来はあまり期待しないで。


第三十話 面倒事ってどうすれば回避できるの?

 西郷焰は板乗翔と群体精霊の一匹、地精のメルルに連れられて貴賓室の前まで来た。

 

「………ここだっけか?」

「そう!ここ!女王の部屋、ここ!」

「ああ、合ってた。よかった。じゃ、ほら、クッキー」

「わーい!ありがとー!」

「ちゃんとみんなで食べろよ?」

「はーい!」

 

 翔とメルルが微笑ましいやり取りをする。焰も此処まで案内してくれたメルルに礼を言う。

 

「ありがとな。案内はここまででいいから、お前は機関室に帰っていいぞ」

「わかったー!「あすかの家族によろしくー!」

 

 ぴょん!と翔の肩から飛び降りたメルルは、トッタカトッタカと可愛らしい足音を立てて去っていく。焰は小首を傾げて「あすかの家族って誰だ?」と疑問符を浮かべていたが、すぐに翔に言ったのだろうと考えた。

 そんなことを考えた焰は、扉へと向き直る。するとすでに、扉をノックしようと右手を上げている翔がいたが、隣の車両から聞こえてくる足音を聞き、動きが止まる。視線を音の方へ向けると、彩鳥がこちらに向かって走ってきているのがが目に入った。

 

「………先輩に翔さん?翔さんはともかく、先輩はまた女王に呼び出されたのですか?」

「いいや、此方の用件で来た。そっちは?」

「私は………え、先輩と似たようなものです。預けていた物を返していただこうかと」

「へぇ………」

 

 彩鳥は極めて自然な仕草でそれを口にする。それを聞いた翔は、少しだけ感心したような声を漏らす。ついに自ら戦いに赴くつもりだと理解したからだ。だが、それが分かったところで、翔はどうするつもりもない。彼はただ自分のしたいことをするだけなのだから。

 

「そうか。並の相手じゃないってことは知ってるんだよな?」

「ええ。それはもう先輩以上に」

「マジかよ。その辺りの話も聞いてみたいが、それはまた帰ってからだな」

「………あのー、そろそろいいか?俺は俺でさっさと用事を済ませたいんだが………」

「「アッハイ」」

 

 焰と彩鳥が共に返事をする。

 それを確認した翔は扉をコンコンコンと叩いて入室を求める。

 するとすぐに、中から声がした。

 

「どうぞ。入室を許可します」

 

 女王の声が響く。それを聞いた翔は扉を開け、中へと足を踏み入れ―――

 

「アイタァッ!?」

「「ッ!?」」

 

 ―――ようとしたら、彼の額にナイフが突き刺さった。それを見た焰と彩鳥の二人は驚き、身を強張らせてしまう。しかし、ナイフが突き刺さったままの翔は気にした様子も無く、中へと歩みを進めると女王に苦言を呈す。

 

「………ノックはちゃんと3回しただろう?」

「ええ、そうね。でも、また箱庭の〝外〟に行ったでしょう?」

「………ああ、行ったな」

「せめて正規の手順を踏むなり、もう少しまともな方法で行ってくれないかしら?貴方が自力で〝外〟に行くとき、境界が変に歪むのだけれど」

「意図してなくても、勝手に世界を越えちゃうんだから仕方ないだろう………。それにあの時は正規の手順を踏もうとお前のところへ向かう途中に越えちまったんだよ」

 

 文句を言いながら、額からナイフを引き抜く翔。

 

「それより用事があるのはこっちの二人だ。俺は半ば強制的とはいえ休暇が終わったことを知らせに来た。だから来月から献上を再開すr「今日から再開しなさい。それでお咎めなしにしてあげるわ。いいわね?」………ハイ……………これ、今日のお茶に合うと思われるお菓子です…………。じゃあ、俺の用件はこれで…………失礼しましたー………」

 

 『献上』という言葉に首を傾げる焰と彩鳥。しかし、それを無視して用事を済ませた翔は二人に用件を話すように身振りで促し、女王の部屋を後にする。

 しかし、退出の際に一言。

 

「………デブれ」

「死になさい」

 

 それが聞こえた女王は、彼の頭を弾けさせながら、部屋から追い出すように吹き飛ばした。

 

「え、あ、ちょっ!?ええええぇぇぇぇぇ!!!?」

 

 焰が驚いた声を上げるが、それを全く気にした様子がない女王、スカハサ、彩鳥の三人。

 

「気にしなくていいわよ。いつものことだから」

「いや、でもッ………!?」

「先輩。本当に気にしなくていいですから。あの程度で死ぬ人ではないので」

「だけどよッ………!?」

「「気にするな」」

「……………………ハイ」

 

 これ以上口にするな、という雰囲気を二人が発している。

 そんな女王と彩鳥の二人による重圧に耐えきれず、屈してしまう焰。

 現に翔も部屋の外に吹き飛ばされた後、すぐにリスポーンを行い復活を果たしているため、実質被害者は罵倒された女王だけである。本来なら万死に値するのだろうが、翔のしぶとさは女王も一目置くどころか、諦めるほどのものなのだ。

 

「ハアァァ………次の()()は一週間後か~………それまでは店で金を稼がないといけないなー………」

 

 無事にリスポーンを果たした翔は、しばらくその場でしゃがみ込んでこれからのことを考えては落ち込んでいた。しかし、いつまでも落ち込んでいられないので立ち上がって、貴賓室を後にしようと歩き―――

 

「ああ、翔さん。まだいたんですね。それなら迎撃を手伝ってください」

「……………………ッ!!」

「………そんな、歯が砕けそうなほどの歯軋りしないでくださいよ……………尋常じゃない音が聞こえてますよ………」

 

 ―――出せずに彩鳥に呼び止められてしまう。

 それへの返答がとてつもなく歪んだ表情であった。それはもう、万人が見て万人が全力で嫌がっていると分かるほどには。

 そんな表情を見せられた彩鳥は少し後ずさりながらも、答えを促す。

 

「それで、どうするんですか?」

「………………あくまでも、俺は保険。お前のミスをカバーするだけ。あとは俺の気分でいいなら」

「構いません」

「じゃあ、それで」

 

 翔は女王が係わっているだけあって妥協した。平時ならば絶対に面倒だといって嫌がるはずだが、女王+女王の客+連盟仲間+精霊列車と、様々な要因が混ざり拒否し辛い状況に陥ってしまっていた。そもそもの間違いとしては、この精霊列車に同行することを承諾してしまったことであるのだが。

 

「あーもう………。今回だけでどれだけ消費すれば済むんだか………。また耀とか店員とかに小言を言われるじゃんか」

「なんか、申し訳ありません………」

「そう思うなら行動で示してください。マジで」

 

 肩を落としながら彩鳥にお願いする翔。そんな翔を見て苦笑しながらも彩鳥は甲板へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、二人が甲板に着くと荒れ狂う空を見上げる。そこで気づいた。

 

「………なんか、牛じゃないのがいるな」

「そのようですね」

「狙えるんでしょ?」

「以前なら自信をもって頷けたでしょうが、今の私では少し………」

「そこはできなくても頷いとけ。それにやるしかないんだからさっさとやれ」

「ええ。分かっていますよ」

 

 そう言って、弓を整然と構える彩鳥。そうして放たれる一条の閃光。その一矢は荒れ狂う水流と暴風の隙間を縫って突き進み、見事に視線の先の人物の首を撥ね飛ばした。

 

「おー、お見事」

「いいえ、まだです」

 

 そう言うと、次いで放つ三本の矢。それらは上空に留まっていた首なし死体に迫る。

 しかし突如、首なし死体が動いた。

 クルリクルリと落下してくる生首を片手で受け取り、胴体に装着。切り離された首と胴体は何事もなかったかのように癒着し、傷は一瞬で癒えた。

 カッと瞳を見開いた術師は雨風を凌いでいたローブを脱ぎ捨て、先ほどまで流体を操っていた七つの宝玉を奔らせる。

 彩鳥が射た三本の矢は、空を高速で駆ける七つの宝玉によって阻まれた。

 その一連の様子を見ていた翔が呟く。

 

「………え?殺しても死なないとかズルくない?ズルッこじゃない?」

「…………………あなたがそれを言うんですか………?」

「………?どうした?俺、なんか変なこと言った?」

 

 本気で首を傾げる最も身近な『殺しても死なない』存在筆頭の翔。そんな彼を見て溜め息を一つ吐く彩鳥。しかしそれでも敵から目を離すことはしない。

 だが首を飛ばされた術師は特に何をすることもなく、薄い笑いを浮かべたまま精霊列車を見送った。

 

「………あれ?」

「……………」

 

 素っ頓狂な声を上げる翔と警戒を怠らない彩鳥。

 二人の視線の先にいる術師と仙虎とそれに跨る少年。

 すると、仙虎に跨る少年が両刃斧で虚空を斬ると同時に視界が七つの光に包まれた。

 

「………マジ?」

 

 翔は眼下に広がる迷宮を見て、一言溢した。

 そして、自分の運の悪さに改めて絶望した。休暇が強制的に打ち切られ、外界から箱庭に帰ってきて早々、この様な面倒事に巻き込まれる自分の境遇に呆れかえってしまった。

 だから、だからこそ―――

 

「……つ………じゃ………」

「………?翔さん?」

「八つ当たりじゃボケエエェェッ!!!」

「「「「ッ!!?」」」」

 

 ―――八つ当たりの対象にされた申公豹、白額虎、アステリオスの三人も、運が悪いのかもしれない。

 

「なあぁぁんで俺が毎度毎度毎度毎度面倒事に巻き込まれにゃならんのだクソがアアアアァァァァ!!!!俺にスケートをさせろおおおおぉぉぉぉ!!!休暇の続きを堪能させろやああああァァァァ!!!!牛擬きだけでも面倒なのに、なぁーんで余計なもんまでついてきてんだよ!?ふざけんじゃねえッ!!?だから死ね!!!十回は死ね!!!!こちとらストレス溜まっとるんじゃボケェッ!!!!」

 

 発狂したように大量のゴミ箱先輩を召喚しては、向かってくる敵影に投げつける。

 そして申公豹、白額虎、アステリオスは向かってくるゴミ箱先輩を迎撃しようとする。

 申公豹は流水をかき集めていた宝珠、〝開転珠〟と呼ばれる七つの宝貝で撃ち落とそうと試みた。………そう。()()()

 

「えっ!?ちょっ!?〝開転珠〟がゴミ箱に吞まれたんだけど!?」

 

 ゴミ箱先輩の口に吸い込まれるように消えていく〝開転珠〟。

 その様子に驚く申公豹。

 

「フハハハハハ!!その程度で先輩が止まるものかァ!!ゴミ箱だと思って油断したのかぁ!?甘い!甘すぎるぞォ!!世界一甘いドーナツのグラブジャムンより………は甘くないかもしれんが、蜂蜜程度には甘いぞォ!!」

 

 粉砕!玉砕!大喝采!!と叫びながら高笑いを続ける翔。その間もゴミ箱先輩がアステリオス達に向かって飛んでいく。

 そんな彼を見て流石に不味いと思った彩鳥が止めに入る。

 

「しょ、翔さん!落ち着いてください!!まずは落下を始めている列車をどうにかしないと!!」

「知るかッ!!別に俺は平気だからそんなことはどうでもいい!!!ものすごくどうでもいい!!」

「ちょっと!?同士の皆さんにこのこと話しますよ!?」

「それはッ!」

「………?」

「………………それはー、ちょっとぉー、困るかなぁー、って………」

 

 彩鳥の言葉で少し落ち着き、今回の件に絡んでいる関係各所を思い出した翔は、向こう見ずなゴミ箱先輩の召喚をやめる。あくまでも考えなしでの召喚をやめただけで、アステリオスたちへの牽制としての召喚は止めない。

 それを確認した彩鳥は安堵し、一つ息を吐く。

 

「そ、それで!落下を止められますか!?」

「………頑張ってはみる。正直難しい」

「お、奥の手(アドレナリン)は!?」

「さっきのゴミ箱先輩の召喚の際に最後の一本使っちゃった♪」

 

 テヘペロ♪という感じでウインクしながら舌を出す翔。

 それを見た彩鳥は、殴りたいこの笑顔、と口と行動に出さないまでも心の底からそう思った。

 と、其処に救いの手が現れる。

 

「彩ちゃん、摑まって!」

「鈴華!?ど、どうして甲板に!?」

「おー、鈴華だー、元気ー?」

「元気だよ!てかなんで翔はそんなに落ち着いてるの!?って、そうじゃなくて落下を止めないと!!」

「せやねー。で、なんか案ある?」

「あるから大丈夫!」

 

 そう言うと、鈴華は真っ直ぐ申公豹を見る。彼女に向かって手を伸ばした鈴華は摑まっていた左手を離し―――

 

「あの子のあれを使う!」

 

 途端、鈴華は精霊列車から離れて甲板から宙に浮く。だが自由落下をしたのは僅か一瞬のこと。

 全身に風を纏った鈴華は、甲板の上で飛翔し始めたのだ。

 

「え………は、はあ!?」

「おー、なるほどねー。そりゃあいい。俺もさっきゴミ箱先輩が吞んだのがあるから使ってみるかな」

 

 申公豹が驚く中、そう言った翔の手にも〝開転珠〟があった。

 

「ふんふんふん?まあまあ、かな?〝物理演算〟よりは使いやすいかも?まーでも、なんか楽しいなこれ!」

 

 そう言いながら軽々と飛び回る翔。

 

「でも、いらねーや。なんか性に合わんし。ハイ、あげる」

「えっ?あ、うん、ありがとう………」

「それじゃ、先に迷宮に行って受け止める準備しとくからよろしく!」

「えっ!?ちょっと!?」

 

 自分が持っている〝開転珠〟を鈴華に渡すと、甲板から飛び降りる翔。それを見ていた鈴華は焦るが、それよりも、やるべきことをするために気持ちを切り替える。

 精霊列車から飛び降りた翔は、車両よりも速く落下し迷宮へと突撃しながら()()。そして、すぐさまリスポーンする。

 

「さーて。とはいったものの、どうするべか?」

 

 迷宮に降り立ったものの、全く何も考えていなかった翔。頼みの綱のアドレナリンは先ほど使い切ってしまった。と、そこで一つ思い出した。

 自分の飼っているペットの存在を。

 

「カモン!ラビ!」

 

 長いからと略した名前を呼ぶ翔。そうしてパークから出て来て、迷宮の壁を壊しながらも姿を現すラビットイーターもどき。

 うねうねと無駄に多く、長い触手のような蔓を宙に漂わせながら翔に頭と思われる蕾の部分を寄せてくるラビットイーターもどき。

 

「………なんか、また大きくなった?」

「Shaa」

 

 翔の問いかけにコクン、と蕾が頷く。それを見た翔は、特に何かをするわけでもなく頷き、本題を話す。

 

「とりあえず、アレ受け止められる?」

「Shaa!」

 

 翔の言葉にグネングネン!勢いよく触手を動かし始めるラビットイーターもどき。

 そして、触手を伸ばして網のように迷宮上空に張り巡らせる。その大きさは精霊列車が簡単に収まるほど巨大で

 

「Shaa?」

 

 これでどう?とでも聞くかのように蕾を傾げさせるラビットイーターもどき。その光景を唖然としながら見上げる翔。

 

「………大丈夫そうだな。じゃ、頼むわ」

 

 成長し過ぎて凶悪度が増していっているラビットイーターもどきに、つい頬が引き攣ってしまう翔。

 そして、その網に精霊列車が落ちる。網はゴムのように伸びて落下の衝撃を吸収しながら、地面すれすれでようやく停止した。

 

「おっけー。ゆっくり下ろしてー。オーラァーイ!オーラァーイ!」

 

 翔の呼びかけに応じて受け止めた精霊列車を、網をほどきながらゆっくり迷宮に下ろし始めるラビットイーターもどき。

 地に下ろされた精霊列車には大きな損傷は見られず、無事であることが見て取れた。あくまで外面は、だが。………中身?知らんな。

 

「ふぅ。なんとかなった」

「Shaaaa!」

「………翔さん。助かりましたけど、その、生物?はなんですか………?」

「あれ?初見だっけ?」

「ええ、まあ………」

 

 そうして二人が話していると精霊列車の中から鈴華と焰、スカハサと続いて出てきた。

 

「こ、今回こそ駄目かと思った………!って、なにこのよくわかんない生物!?」

「うわなんだこれ!?生物!?いや、植物かこれ!?」

「まだこんな意味不明なモノを飼っていたんですか、板乗翔」

「意味不明とは失敬な。まったくもって同意だが」

「Sha!?」

「そ、それで、結局これは何なんですか?」

「これは暫定的に『ラビットイーターもどき』と呼んでいる動植物だ。略称はラビ。どうだ?外見が絶妙に気持ち悪いだろう?」

「「「「うん」」」」

「Kii!?」

 

 その場にいる全員に気持ち悪いことを肯定されたラビットイーターもどきは、落ち込んだように触手で地面に「の」の字を書き始める。

 

「ああ、ほら落ち込むなよ。気持ち悪いのは外面だけだ。お前のその主人思いなとこと優しいってことは、俺が心の底から思い知ってるから」

「Shaa………」

「ほら、しばらくパークで休んでなさい」

 

 翔にそう言われ、大人しくパーク(自分の住処)へと戻っていくラビットイーターもどき。

 

「さて、と」

 

 一息ついた翔は腕を伸ばして体をほぐすと、声をあげる。

 

「帰っていいかい?」

「いや、駄目だろ」

「あ、やっぱり?」

「てか、なんで突然そんなこと言いだすんですか」

「え?………たまたま視界に入ったそこにいる奴の右手に持っている武具を見たから、かな?」

 

 そう言ってある方向を指さす翔。そこには、

 

「動くな、転移能力者」

 

 瓦礫の向こうから現れた少年が鈴華に命令する。咄嗟に反応しようとした彩鳥だったが、翔が言っていたように右手に握られている武器を見て動けなくなってしまう。

 

「ふぅん?遠目で見たときも思ったけど、存外若いんだねー」

「貴様に用はない。何か不審な動きをするようならば―――」

「それぐらいは分かってるよー。ま、俺自身は正直どうでもいいんだけどね」

 

 周りの連中は困るだろうけど、と言葉には出さないまでもすぐに動けるように警戒を怠らない。

 両手を上げて降参の意を示す翔。しかしその表情はケラケラと笑っていた。………口の端が少し痙攣しているのはきっと気のせいだろう。

 

「でもさ、用があるのはそっちなんでしょ?それが終わるまではこっちに手を出すつもりはほとんどないでしょ。俺らが何もしなければ、だけど」

「………その通りだ」

 

 汗を一筋流しながら翔が尋ねると、アステリオスは肯定する。そうして彼は西郷焰に視線を向け、最初で最後の問いかけをした。

 

「俺が用があるのはそっちの男だ。俺に―――〝ミノタウロス〟に、何か言うべきことは無いのか?」

 

 アステリオスが言葉を発する許可を出す。ただし武装は解かずに。

 彼は回答を静かに待つ。

 しかし当人である西郷焰は、驚愕した瞳のまま固まっていた。其れは何もアステリオスの問い掛けによるものではない。彼はアステリオスの一字一句頭に入っていない。彼がミノタウロスの正体だと知ってから、焰は硬直したまま顔を強張らせている。

 

「―――――マジ、かよ」

 

 信じられない、と。アステリオスの問い掛けとは無関係な言葉を呟く。それが駆け引きの類であったなら有無を言わさず雷霆を振り下ろしていただろう。

 だが焰の様子は明らかにおかしい。アステリオスも怪訝な顔をした。思い返すと彼がこの場に現れた時から、焰はアステリオスに驚愕していた。

 つまり西郷焰は、アステリオスの姿そのものに驚愕し、衝撃を受けていた。

 それはアステリオス自身の疑問でもある。望み薄かと思っていたが、或いは何か知っているのかもしれない。

 雷霆を傾けたアステリオスは、声を潜めて再度問う。

 

「どうなのだ?お前は、俺の何を知っている!?俺のこの少年の姿は何だ!?俺は………クレタ島の怪牛・アステリオスではないのか………!!?」

 

 隠していた本心が焦りと共に零れた。そんな彼の本心を辛口あたりめをしゃぶりながら聞く翔。彼の本音は早く終わらせて帰りたいということしかないため、話の内容の大半を聞き流していた。今回のゲームの内容にも興味がなければ、誰が何をしようがどうでもよかった。ただただ早く終わって欲しかった。

 翔がぼーっとしながら成り行きを眺める中、地鳴りは遠く響き、雷光が迷宮内に満ちている。それほど時間がないことに気が付いた焰は、突然顔を上げた。

 

「アステリオス。………落ち着いて聞いてくれ。多分今から、恐ろしいことが起きる」

 

 予想外の言葉だった。傍聴していた彩鳥たちでさえ一人を除いて訝しげに顔を見合わせている。その一人である翔は暇そうにあくびを噛み殺していた。焰の言葉が何を示唆しているのかすら判断に困る言葉だった。焰も言葉を選ぶように逡巡した後、最後の勝利条件を。

 〝雷光を掻き消せ〟を口にした。

 

「アステリオス。お前は、ミノタウロスじゃない」

 

 その真実を口にした途端。

 真なる食人の怪物が、迷宮に鼓動を響かせ始めた。

 

「………本当に帰っちゃダメ?」

「少し黙ってろ」

「………うっす」

 

 翔は何故か隣に居たスカハサに尋ねてみるが、返答がYESでもNOでもなく威圧だったため、大人しくその場に留まった。




・献上品
 ポロロが女王との話し合いの際に翔のことを売って、一週間に一度翔お手製の菓子を献上するという契約。ただの横暴。

・殺しても死なない
 一番面倒な類の相手。スルー推奨。死なない例:板乗翔。

・ラビットイーターもどき
 ただいま生長中。どこぞの邪心様のようになっているが見てもSAN値は減らない精神に優しい動植物。何がどうしてこうなったのか原因を現在調査中。


 こんなものかな?
 ちなみに次話は明日の0時に予約投稿済みです。
 本当は今回でラストエンブリオ2巻の内容を終わらせようと思ったけど、15000字くらいになって二つに分けました。

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