もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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リメイク前との変更点
一部セリフの追加とそれに伴う地の文の追加。
読み飛ばしても問題ないレベル。


第三話 デバッガーいるところにバグあり

 黒ウサギからの説明も終わり、彼女の案内に従い空から見えた天幕へ向けて移動を始める五人。さすがの翔も足場が悪いところでスケートボードに乗るつもりはないようで普通に歩いている。

 

「なあ」

「んあ?なんだよ十六夜」

「お前って何なんだ?」

「俺は極一般的なスケーターだ。っても、そんなことが聞きたいわけじゃなさそうだよな」

「ああ。さすがに地面に潜れるような奴をスケーターとは思えねえよ」

 

 普通のスケーターということを完全否定されてしまった翔は軽く、いや全力で落ち込んだ。

 

「とはいえ、俺はスケーターとしか言えねえよ。俺の世界じゃあれが普通だったんだからよ」

「………ハハッ、マジかよ………」

 

 十六夜、飛鳥、耀の三人に引かれてしまった。そのことを不思議に感じてしまう翔。彼の世界ではああいうトリックが日常茶飯事に行われていたのだから十六夜たち三人の感覚が理解できなかった。

 そのため翔は一応確認のために三人に問う。

 

「………やっぱ、おかしいのか?」

「おう」

「ええ」

「うん」

 

 三人にすぐさま肯定され再び落ち込む翔。

 まあ当たり前だろう。彼ら三人、いや飛鳥のいた世界の時代にスケーターがいたのかはわからないが、もしいたとしても『地面に潜る』というような奇天烈なトリックはしないだろう。

 

「ハア………。まあいいか。やることは変わんねえし。どうせボードで滑ることしかできないからな」

「嘘だな」

「嘘ね」

「嘘」

「三人してひどくねえか?こんなんでも元の世界でスケーターとして有望視されてんだぞ」

 

 クソ、みんなして俺を馬鹿にしやがって、と不満を口にしながらも足を止めない。とはいえ元の世界でも彼の扱いは今と大差ない。

 何故かとても上機嫌な黒ウサギを先頭に天幕へと向かっていく。

 そこで十六夜が三人に話しかけてきた。

 

「まあ、俺は世界の果てに行ってくるから後は頼んだ♪」

「あっそ。滑れそうな場所見つけたら今度教えてくれ」

「おう」

 

 そんなやり取りをして十六夜はさっさと世界の果て目掛けて走っていった。

 そんな彼を残された三人は黙って見送った。

 

「………良かったのかしら?」

「………さあ?」

「別にいいだろ。何があっても全部自己責任だ、自己責任。それよりさっさとしねえと黒ウサギにおいて行かれちまうぞ」

 

 ハッと気づいたように黒ウサギに追い付くために小走りで追いかける三人。

 それから少しして天幕が近くなると黒ウサギが声をだす。

 

「ジン坊ちゃーん! 新しい方を連れて来ましたよー!」

 

 黒ウサギが声をかけた先にはダボダボのローブに髪の毛が跳ねているジンと呼ばれた少年が天幕の入り口にいた。

 

「お帰り、黒ウサギ。それで、そちらの三人が?」

「はいな、こちらの四名様が――――――」

 

 黒ウサギはクルリ、と振り返り四人のほうへ向く。が、そこにいたのは翔と耀と飛鳥の三人だけだった。

 そのことを認識し少しの間固まるが、すぐに三人に問いかける。

 

「あ、あの?もう一人いませんでしたっけ?〝俺問題児!〟って感じの方が」

「ああ、十六夜君なら『ちょっと世界の果てまで行ってくるぜ』と言って向こうの方に行ったわ」

「ど、どうして止めてくれなかったのですか!?」

「面倒くs………止める間もなく行ってしまったんだ。黒ウサギに話そうにもタイミングを見失ってしまってな。許してくれ」

「今思いっきり面倒くさいって言おうとしましたよね!?」

「気のせいだ」

「気のせいよ」

「気のせい」

「このお馬鹿様方ッ!!」

 

 スパパパンッ!とどこかから出したハリセンで打ち合わせでもしていたかのように口を合わせる三人の頭を叩く黒ウサギ。

 

「た、大変です! 〝世界の果て〟にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が」

「幻獣?」

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て〟付近には強力なギフトを持ったものがいて、人間では太刀打ち出来ません!」

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー?………斬新?」

「別にゲームオーバーになってもリスポーンすれば良くね?」

「そんなことができるのは貴方だけよ」

「うん。私もそう思う」

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

 ジンは慌てて事の重大さを伝えるが、三人は叱られても肩を竦めるだけである。

 黒ウサギは呆れつつも立ち上がりジンに話しかける。

 

「………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御三方様のご案内をお願いしてもよろしいですか?」

「わかった。黒ウサギはどうする?」

「問題児様を捕まえに参ります。事のついでに〝箱庭の貴族〟と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります!」

 

 黒ウサギはそう言うと黒い髪を緋色に染めていく。そして跳び上がると外門の柱に張り付く。

 

「一刻程で戻ります! 皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能ございませ!」

 

 言い終わると全力で跳躍した黒ウサギあっという間に見えなくなった。

 

「………箱庭のウサギは随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

「本当だな。ただの愛玩動物じゃなかったんだな」

「当たり前です。ウサギ達は箱庭の創始者の眷属で、様々なギフトや特殊な権限を持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の事がない限り大丈夫だと思うのですが………」

「そう、なら黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします」

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

「春日部耀」

「んで、俺が板乗翔だ。よろしくジン」

 

 ジンが自己紹介をすると、三人もそれに倣って一礼した。

 

「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね、軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

 飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――箱庭二一〇五三八〇外門・内壁

 翔、飛鳥、耀、ジン、三毛猫の四人と一匹は石造りの通路を通って箱庭の幕下に出る。しかし、ぱっと四人と一匹の頭上に眩しい光が降り注いだ。遠くに聳える巨大な建造物と空覆う天幕を眺め、

 

「………本当だ。外から見たときは箱庭の内側なんて見えなかったのに」

 

 耀がそう声を上げる。

 彼女が言った通り、天幕の下に入ったはずなのに都市の空には太陽が姿を現している。外から見た時には何の変哲もない天幕しか見えなかったというのに。

 その疑問には四人と一匹の中で唯一の箱庭出身のジンが答える。

 

「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」

「うっわ、見えないだけかよ。滑る際に気を付けねえと駄目じゃん」

 

 やはりスケーターとして滑ることしか考えていない翔。いや、それ以前に天幕にぶつかるほどに飛び上がるのかという点に疑問を持つが………まあ彼ならやりそうだと飛鳥と耀の二人はその疑問を飲み込んだ。対して翔のことをまだあまり知らないジンは彼の言葉に首を傾げた。

 

「翔君の心配は置いておくとして、ジン君の話は気になるわね。この都市には吸血鬼でもいるのかしら?」

「え、居ますけど」

「………。そう」

「へぇー。俺はそっちも気になるな」

 

 ジンの返答に複雑そうな顔をする久遠飛鳥。それとは対照的に興味津々といったような表情を浮かべる板乗翔。飛鳥は実在する吸血鬼の生態がどのようなものかは知らないが、同じ街に住むことができる種とは思えないという心配から。対して翔は血を吸われる感覚とか見た目とかを知りたいという純然たる好奇心から。

 すると、三毛猫が耀の腕からスルリと下りると、感心したように辺りを見回す。そしてすぐに耀が声を出す。

 

「うん。そうだね」

「あら、何か言った?」

「………。別に」

「………ふーん?」

 

 耀は三毛猫に話す優しい声音とは対照的な声で返す。

 飛鳥もそれ以上は追求せず、目の前で賑わう噴水広場に目を向ける。

 翔が何か気になったような声を上げるが、飛鳥と同様に追及はしなかった。

 視線の先にある噴水の近くには白く清潔感の漂う洒落た感じのカフェテラスが幾つもあった。

 

「お勧めの店はあるかしら?」

「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので………。よかったらお好きな店を選んでください」

「それは太っ腹なことね」

「それなら適当に近くにあるカフェに入ろうぜ」

 

 四人と一匹は身近にあった〝六本傷〟の旗を掲げるカフェテラスに座る。

 注文を取るために店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出てきた。

 

「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」

「えーと、紅茶を二つと緑茶を一つと「エナジードリンクを一つ」

「は、はい?」

「エナジードリンク一つ」

「………す、すみませんエナジードリンクは置いてないんですー」

「えっマジ?じゃあコーヒー一つ」

「はい♪ほかにご注文は?」

「え、えっと、軽食にコレとコレと」

「ニャー!」

「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね」

 

 ………ん?と飛鳥とジンが不可解そうに首を傾げる。しかしそれ以上に驚いていたのが春日部耀だった。信じられない物を見るような眼で猫耳の店員に問いただす。

 

「三毛猫の言葉、分かるの?」

「そりゃ分かりますよー私は猫族なんですから。お歳のわりに随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー」

「ニャーニャニャーニャー!」

「やだもーお客さんったらお上手なんだから♪」

「へえー。二人とも凄いな。俺にはなんて言ってるかさっぱりなのに」

 

 ケラケラと笑いつつ足元を頻りに気にしながら三毛猫の言葉を解する二人を称賛する。

 そして注文を取り終えた猫耳娘は長い鉤尻尾をフリフリと揺らしながら店内に戻っていく。

 その後ろ姿を見送った耀は嬉しそうに笑って三毛猫を撫でた。

 

「………箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に三毛猫の言葉が分かる人がいたよ」

「ニャーニャー」

「ちょ、ちょっと待って。貴女もしかして猫と会話できるの?」

「気づいてなかったのか?それらしい挙動はいくつかあっただろ?」

「逆になんで貴方は気づけたのよ?」

「スケーターは目も耳もいいんだよ」

 

 フフン、と勝ち誇ったようにドヤ顔で返す翔。そのことに僅かな怒りを覚える飛鳥であったが、何とか抑え込む。

 もちろん飛鳥の質問には頷きで肯定する耀。ジンも興味深く質問を続けた。

 

「もしかして猫以外にも意思疎通は可能ですか?」

「うん。生きているなら誰とでも話は出来る」

「それは素敵ね。じゃあそこで飛び交う野鳥とも会話が?」

「うん、きっと出来………る?ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど………ペンギンが行けたからきっとだいじょ」

「ペンギン!?」

「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」

「ペンギンやイルカまで話せたんなら自信もとうぜ。これからこの箱庭でもっと多くの生き物と話す機会も増えるんだろうしさ」

 

 飛鳥とジンの二人が驚く。

 対して翔は二人が驚いたのはおそらくペンギンと話す機会があったという点だろうとあたりをつけ、未だに足下を気にしながら落ち着いた口調で耀に話しかける。

 

「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」

「そうなんだ」

「まあ、そうだろうなー。いつだってめんどくさいのは言語の壁。人間同士でも国が違うだけで言葉が通じなかったしな。それに箱庭なら言葉の断片を拾って推測するにさらに多種多様な種がいて、より複雑だろうし」

「はい。一部の猫族やウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通も可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです」

「つまりは同じ種かそれ相応のギフトがなければ難しいってことか………」

「そうですね。箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも、全ての種とのコミュニケーションをとることはできないはずですし」

「とはいえ、言語が同じでも、話の通じない奴はいくらでもいたしなぁ………」

 

 しみじみと元の世界のインストラクターや仕事仲間を思い出す翔。

 

「そう………春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ。そして自然に会話に参加してる翔君が心底鬱陶しいわ」

「お前さん、というか十六夜含むお前さんら三人、なんか俺に当たりが強くねえか?」

「「気のせいよ/気のせい」」

 

 足下を気にしながら溜息を吐き、落ち込む翔。

 そんな翔を無視して飛鳥は耀に笑いかける。笑いかけられた彼女は困ったように頭を搔く。対照的に飛鳥は憂鬱そうな声と表情で呟いていた。

 

「久遠さんは」

「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」

「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」

「あっ、それは俺も気になる」

「私?私の力は………まあ、酷いものよ。だって」

「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛〟のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

 

 品のない上品ぶった声がジンを呼ぶ。四人が振り返ると、2mを超える巨体をピチピチのタキシードで包む変な男がいた。変な男は不覚にも………本当に不覚にもジンの知った者のようであった。

 そんな男を見た翔はジンが話そうとするのを遮り、

 

「あー、ジン。お前こんなやつ知り合いなのか?こんな見るからに変人っぽそうでサイズの合ってないタキシードをピチピチに着込んだ気持ちの悪いガチムチのゲイみたいな奴とはさっさと縁を切ることを推奨するが?」

「「「ブフッ………!」」」

「がちむち………?げい………?」

 

 翔の容赦のない実直な第一印象だけの罵倒を聞いた耀、ジン、猫耳店員は笑いを堪えきれずに顔を背け、おなかを抑えて噴き出してしまう。飛鳥はさすがお嬢様とでもいえばいいのか、それとも時代が時代だったからなのかは定かではないが、翔の発した単語のいくつかの意味が理解できなかったようだ。

 そんな謂れのない罵倒を受けた変な男、ガルドはこめかみに青筋を浮かべ、嘘くさい笑みを浮かべている口や眉毛を痙攣させており、あからさまに怒りを抑え込んでいるのが見て取れた。

 

「し、失礼ですがジェントルメン。私は別に同性愛者というわけでは………」

「あ、そうなの?それは失礼した。素直に謝罪するよ。どうも人を第一印象で判断してしまう癖が治らなくてな。もし良ければお名前をお聞きしても?」

「え、ええ。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ〝六百六十六の獣〟の傘下である」

「烏合の衆の」

「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧オォ!!!」

「いや、流れ的にお前しかいないだろ。つか結局名前教えてもらってねえんだけど?」

「この人はガルド=ガスパーですよ、翔さん」

「へー、そんな名前なのか」

 

 そうして興味をなくしたように猫耳店員によって運ばれてきたコーヒーを啜る。

 しかし、ジンに横槍を入れられたガルドの顔は怒鳴り声と共に激変する。口は耳元まで大きく裂け、肉食獣のような牙とギョロリと剝かれた瞳が激しい怒りと共にジンに向けられる。

 

「口慎めや小僧ォ………紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ………?」

「森の守護者だったころの貴方なら相応に礼儀で返していたでしょうが、今の貴方はこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」

「ハッ、そういう貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうがッ。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解できてんのかい?」

「ハイ、ちょっとストップ」

 

 険悪な二人を遮るように手を上げたのは飛鳥だった。その横で「し、紳、紳士………ブフォッ………!」とか言っている人物がいるせいですごい締まらないが。

 

「事情はよく分からないけど、貴方達二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえたうえで質問したいのだけれど―――」

 

 飛鳥が鋭く睨む。しかし睨む相手はガルド=ガスパーではなく、

 

「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私たちのコミュニティが置かれている状況………というものを説明していただける?」

「そ、それは「あ、すいません。コーヒーのお代わりください」」

「「「「「………」」」」」

「………えっ?なにこの空気?俺なんかした?」

 

 ジンの言葉を遮るように翔がコーヒーのお代わりを注文する。

 そんな突拍子もなく、空気の読めない行動をした翔を無言で睨む。

 

「ハァ………。翔君、今からジン君が私たちのコミュニティの置かれている状況を説明してもらうところなのよ?そこでどうして黙って聞こうとか思えないのかしら?」

「いや、長い話になりそうだったから今のうちに飲み物のお代わりを頼もうと思ってだな」

「店員さんはすぐにコーヒーを持ってきてちょうだい。そうすれば静かになると思うから」

 

 暗にお代わりくれてやるから黙っていろ。そう目で語りかけてくる飛鳥に気圧されて縮こまる翔。そして運ばれてきた二杯目のコーヒーをちびちびと飲む。

 

「さて、邪魔者は静かになったわ。じゃあジン君。貴方は自分のことをコミュニティのリーダーだと名乗ったわ。私たちを新たな同士として呼び出したからにはコミュニティとはどういうものなのか、そして貴方達の現状を説明する義務があるはずよ。違うかしら?」

 

 追及する声は静か、されどナイフのような切れ味を持ってジンを責める。先ほどまでふざけた雰囲気を出していた翔でさえ黙って聞いていた。彼女の生まれ持ったカリスマ性がそうさせるのかもしれない。いや、彼が単純に小心者なだけかもしれないが。

 そして、それを見ていたガルド=ガスパーは獣の顔を人に戻し、含みのある笑顔と上品ぶった声音で、

 

「レディ、貴方の言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭のルールを教えるのは当然の義務しかし彼は―――」

「前置きが長い」

 

 ガルドの言葉を遮って翔が声を出す。そしてすぐに次の言葉を紡ぐ。

 

「そんなんはいいからお前がコミュニティについて、そしてジンのコミュニティについて知っていることを全部教えてくれ。飛鳥と耀の二人もそれでいいだろ?俺も本当はジンの口から直接聞きたかったが」

 

 翔はチラリとジンに目をやる。ジンは俯いて黙り込んだままだ。

 

「この様子じゃ無理そうだしな」

「………そうね。お願いするわ」

「承りました。まず、コミュニティについてですが―――」

「あっ、簡潔にね。話が長いのは嫌いなんだ」

「話の腰を折らないでもらえるかしら?」

 

 こめかみに青筋の見える、決して、お嬢様がしていいとは絶対に言えない表情をしている飛鳥が釘を刺す。

 

 

 

 

 

 

 

 ガルドの話を三人は静かに聞いた。

 話をまとめるとコミュニティは複数名で作られる組織の総称で、活動する場合は箱庭に〝名〟と〝旗印〟を申告しなければならない。特に旗印はコミュニティの縄張りを主張する大事な物で広告塔のような役割もしている。しかし、ジンのコミュニティは数年前まではこの東区画最大手のコミュニティであった。が、箱庭の世界で唯一最大にして最悪の天災である〝魔王〟と呼ばれる存在に滅ぼされたということらしい。

 そして今、広告塔となる名も旗印もないことから〝ノーネーム〟と呼ばれる零細コミュニティから自身のコミュニティ〝フォレス・ガロ〟に来ないかと勧誘を受けている。

 

「どうですか?待遇は要相談で―――」

「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」

 

 は?とジンとガルドは飛鳥の顔を窺う。彼女は何事もなかったようにティーカップの紅茶を飲み干すと、耀に話しかける。

 

「春日部さんは今の話をどう思う?」

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?」

「………うん。飛鳥は私の知る女の子とちょっと違うから大丈夫かも」

「あ、じゃあ俺二号に立候補してもいい?」

「……………………………………………………………うん。翔は私の知る人間と違うからいいよ」

「間が長くないっすかねえ?しかも『私の知る人間と違うから』って………俺も立派な人間なんだけど?」

「「それはない」」

「助けてジン君!この女性二人が俺を苛めるんだあ!!」

 

 呆然としているジンに助けを求めて泣き縋る翔。未だに理解が追い付けていないのか固まったままのジン。

 そこで翔が思いついたように追加でお願いをする。

 

「あ、ついでにジン君。俺の足を床から引き抜くのを手伝ってくれ」

「「「「「………………………………は?」」」」」

「いやー座った拍子に足が床をすり抜けて埋まっちゃってさー!話の最中もどうにか抜こうと頑張ってたんだけど無理でさー!」

 

 アッハッハッ、と笑いながら話す翔。そう。頻りに足下を気にしていたのは埋まってしまった足を引き抜こうと動かしていたからだ。

 五人は恐る恐るテーブルの下を覗くと、確かに翔の足は足首のあたりまでが穴の開いてない床になぜかすっぽり埋まっていた。

 一番早く思考が復帰したのはこの店の店員である猫耳の店員であった。

 

「ちょ、ちょっと!?お店の床を壊さないでくださいよ!?」

「壊してない壊してない。ちょっとすり抜けただけ。よって穴は開いてないから安心して」

「それでも早く抜いてください!!」

 

 猫耳店員が翔の足を抜こうと引っ張る。

 

「ちょちょちょッ!?そんな無理矢理やると不味いことに―――」

「「「「「あっ」」」」」

 

 そのとき、スポンッという音を立てながら翔の足が抜け―――

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ―――――――!!」

 

 ―――翔自身もスポーンと遠くへと飛んでいった。そして去り際に、

 

「後で合流するからあああぁぁぁ―――――――!!!」

 

 あー!あー。ぁー。とエコーを残しながらどこか遠くに吹っ飛んでいく翔。

 その姿を呆然としながら見送る五人と一匹とカフェテラスの客たち。

 無論、店の床には穴なんて開いてはいなかった。

 

「………………ハッ!……………えーっと、話を戻しましょうか」

 

 五人の中で、今度は飛鳥が一番早く復活し、話を元に戻す。

 

「え、ええ。そうですね………。それで、理由を教えてもらえませんか?」

「間に合ってるのよ。春日部さんは聞いての通り友達を作りに来ただけ。翔君は………まあスケボーができればいいんでしょうね。そういうわけだからジン君でもガルドさんでもどちらでも構わない。そうよね?」

「うん」

「そして私、久遠飛鳥は―――裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら。だとしたら自身の身の丈を知った上で出直して欲しいものね」

 

 このエセ虎紳士、最後に言って締める。ガルド=ガスパーは怒りで体を震わせていた。飛鳥の無礼極まりない物言いに対してどういい返すべきか、自称紳士としての言葉を必死に選んでいるのだろう。

 もし、もしもここに翔がいたらガルドのことをさらに煽り、怒りを爆発させていただろうことを考えればガルドは我慢することができた。

 

「お………お言葉ですがレデ

()()()()()

 

 ガチン!とガルドは不自然な形で、勢いよく口を閉じて黙り込んだ。

 本人は混乱したように口を開閉させようともがいているが、全く声が出ない。

 

「………!?………………!??」

「私の話はまだ終わってないわ。貴方からはまだまだ聞き出さなければならないことがあるのだもの。貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 飛鳥の言葉に力が宿り、今度は椅子にヒビが入るほど勢いよく座り込む。

 ガルド完全にパニックに陥っていた。飛鳥の恩恵の正体が分からず、手足の自由が奪われている。飛鳥のような小娘ごときにいいようにされてしまっているのだから。

 その様子に驚いた猫耳の店員が急いで飛鳥達に駆け寄る。

 

「お、お客さん!当店でもめ事は控えてくださ―――」

「ちょうどいいわ。猫の店員さんも第三者ととして聞いていって欲しいの。多分、面白いことが聞けるはずよ」

 

 そしてガルドは飛鳥の恩恵によって彼女の質問に答え続けた。

 

 まずはコミュニティに〝両者合意〟で勝負を挑ませた方法を問う。

 ガルドは強制させた方法は相手コミュニティの女子供を攫い脅迫すると答える。

 

 次にそうやって吸収したコミュニティを従わせる方法を問う。

 ガルドは各コミュニティから数人ずつ子供を人質に取ってあると答える。

 

 続けてその子供たちは何処にいるかと問う。

 ガルドは、すでに殺した、と答える。

 

 その答えを聞いた瞬間、その場の空気が凍りつく。

 ジンも、店員も、耀も、飛鳥でさえ一瞬耳を疑って思考を停止させた。

 ただ一人、ガルド=ガスパーだけは言葉を紡ぎ続ける。が、すぐに飛鳥によってその口を閉ざされた。

 

「素晴らしいわね。ここまで絵に描いたような外道とはそうそう出会えなくてよ。流石は人外魔境の箱庭の世界といったところかしら………ねえジン君?」

 

 飛鳥は冷ややかな視線でジンを見る。それに気づいたジンは慌てながらもすぐさま否定する。

 

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません」

「そう?それはそれで残念。―――ところで、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことはできるかしら?」

 

 その質問にジンは厳しいと答えた。

 

「人質や身内の仲間を殺すことはもちろん違法ですが………裁かれるまでに彼は箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」

 

 それはある意味では裁きとは言えなくもない。ガルドが今まで築き上げてきたコミュニティを手放さなくてはいけなくなる。そしてリーダーであるガルドがコミュニティを去れば、脅迫されていたコミュニティも抵抗を始めるかもしれない。もしそうならなくても烏合の衆でしかない〝フォレス・ガロ〟が瓦解するのは分かりきっていることだ。

 しかし飛鳥はそれでは満足できなかった。

 

「そう。なら仕方ないわね」

 

 苛立たしげに指をパチンと鳴らす。それが合図となり、ガルドを縛り付けていた力は霧散し、体に自由が戻る。怒り狂ったガルドはカフェテラスのテーブルを勢いよく砕くと―――

 

「こ…………この小娘が「器物破損の現行犯にィ着弾ンッ!」ヒデブッ!!?」

 

 ―――何かを叫ぶ空からの飛来物に衝突されて床へと倒れた。

 

 一方、飛来物である翔はなぜかダブルピースをしながら床へと落ちる、という直前に関節という関節があらぬ方向を向き、体は捻じれ、腕や足が胴体を貫通した。

 いわゆる彼の世界で言う【ゲッダン】という現象である。スケーターなら誰しも一度は体験したことのある現象だ。しかし、この箱庭ではそんなものを知る者など翔以外にはおらず、その光景を見た者たちの大半が口に入れていたものを勢いよく噴き出した。そしてすぐに、大丈夫なのか!?と翔のことを心配したのも束の間。落下地点に突如無傷の状態で出現する翔の姿があった。

 

「よし!()()()戻ってこられた!」

 

 どこがだッ!?

 先ほどの光景を目撃した者たちの心は完全に一致した瞬間であった。

 

「そんで、こいつどうすんの?」

 

 そんな周りの人物の心境など無視して床で呻いているガルドを指さす翔。

 しかし、飛鳥も耀もジンも猫耳の店員も呆然としたまま動かない。

 

「………?おーい?」

「………ハッ!」

 

 目の前で手をひらひらと振る翔によって本日何度目かはわからなくなった思考停止から復活する飛鳥。

 それと一緒に耀の意識も戻り、すぐさま床に倒れているガルドを押さえつける。

 そして飛鳥は、コホン、と一つ咳ばらいをすると床にいるガルドに話しかける。

 

「さて、ガルドさん。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した〝打倒魔王〟だもの」

 

 その言葉にジンは大きく息を吞む。内心、魔王という言葉に過剰に反応しそうになったが、自分達の目標を問われて飛鳥に問われて我に返る。

 

「………はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。どんな脅しにも屈しません」

「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」

「く………くそ……!」

 

 どういう理屈かは不明だが、耀に組み伏せられたガルドは身動きできず地に伏せている。先ほどの衝突のダメージがないとは言わない。しかし、それでも自身とかなりの体格差があるにもかかわらず身じろぐことも出来ないでいる。

 久遠飛鳥は機嫌を少し取り戻し、足先でガルドの顎を持ち上げると悪戯っぽい笑顔で話を切り出す。

 

「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度のことでは満足できないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。―――そこで皆に提案なのだけれど」

 

 飛鳥が何を言おうとしているのかを理解した翔はクツクツと含み笑いをして成り行きを見守っている。逆に理解していないジンや店員達は顔を見合わせ首を傾げている。飛鳥は足先を離し、今度は女性らしい細長い綺麗な指先でガルドの顎を掴み、

 

「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の〝フォレス・ガロ〟存続と〝ノーネーム〟の誇りと魂を賭けて、ね」

「あ、ついでにこの店の代金と修繕費も賭けねえ?」

「………(無言の腹パン)」

「ゴフッ………俺が、一体、何をした………(ガクッ)」


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