もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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ギャグ成分ほぼゼロ。翔のある日の一日です。普通の一日です。


番外編というの名の幕間
番外編1 ちょっと変化した日常


~~~番外編1 翔のいつもと少し違う日常1~~~

 

 

 翔の一日は、基本的に始まるということが無い。前日が終わらずそのまま続いているのだから、終わりも始まりも無い。リスポーンすれば睡眠も食事も必要ないのだから、無駄な消費を減らすためにわざわざリスポーンしては、全てをリセットしている。

 そのため、休息するなどということは基本的には無い。大きな精神的ダメージを受けたとき程度にしか休息は無い。それゆえに、彼の部屋のベッドはほとんど使われた形跡がない。

 十六夜に飛鳥、黒ウサギ、グリーが一度にいなくなった〝ノーネーム〟を少し物寂しく感じる翔だが、そんなことを考える暇すらも惜しいと感じるほど、彼の日常は忙しい。それは店の開閉は関係なしにだ。

 

 午前零時から午前六時。

 その間はスケボーの練習と実験、ゴミ箱先輩への挑戦。これが毎朝の日課だ。

 この間にも彼の頭の中では、朝の献立を考えている。〝ノーネーム〟では和食派と洋食派が半々で分かれているので、和食、洋食、和食、洋食と言ったようにそれぞれ変えていないと、以前あったような面倒な闘争が起きうるからだ。本当は、それぞれ別の献立を考え、ビュッフェ形式で作れればいいのだが、余った時が勿体無いので、特別な行事が無い限り、そんな勿体無いことはしないようにしている。

 そして、今日は和食の日であった。

 いつも通り練習と実験を終えて、ゴミ箱先輩に全敗を喫した翔は本拠の厨房に向かう。

 しかし、そこにはいつもと違って先客が存在した。その人物はあくびを噛み殺しながらも、朝食の準備を進めていた。

 

「………あれ?リリ?今日は随分と早いんだな」

「え?あ、はい!最近はいつも翔さん一人で先に始めちゃっていますから、今日からは私も手伝おうかと!」

 

 あくびを噛み殺していたところを見られたと思ったのか、多少顔を赤く染めながら元気いっぱいに答える狐耳の少女、リリ。

 

「それに、作っていないと腕がなまってしまうのでっ!」

「………あー、それは考えてなかったな。………まあ、いいや。明日からはもう少し遅くてもいいぞ」

「え?で、でも………」

「明日からはリリが起きて来てから準備を始めることにするさ」

「………はい!わかりました!」

 

 パァッ!と表情を明るくして朝食の準備に戻るリリ。コミュニティの役に立てることが、彼女にとっては何よりも嬉しいのだろう。

 そんな彼女を見た翔も薄く笑みを浮かべて厨房に入る。

 

 午前六時三十分。

 準備を進めていると、徐々に子供たちやメイド服姿のレティシア、白雪姫も起きてくる。

 

「「「おはようございます!」」」

「おう。おはよう。早速で悪いが―――」

「「「農園に行ってきます!」」」

「―――理解が早くて助かるよ。気を付けてな」

「「「はい!」」」

 

 元気よく返事をして農園へと飛び出していく子供たち。そのあとすぐに、レティシアと白雪姫も姿を見せる。

 

「おはよう、主殿」

「おはようじゃ、翔殿」

「ああ、おはよう。悪いが、所々掃除を頼んでも良いか?それとたまに子供たちの様子も覗いてやってくれ」

「了解した」

「分かったのじゃ」

 

 端的な応答だけで済まして、その場を立ち去る二人。

 

 午前七時。

 口を動かしながらも淡々と料理を作っていく翔。徐々に料理が出来上がっていき、食卓に運ばれていく。

 料理を運んでいると、視界の端にチラリと影が見える。

 

「つまみ食いするなよ、耀」

ひふぇない(してない)

「………その、口の中に入ってるものは、一体なにかな~?」

 

 翔の注意も遅く、既に何かを口に入れた様子の耀。

 額に青筋を浮かべながらも笑顔で、彼女の両頬を引っ張りながら尋ねる翔。しかし、頬を摑まれる寸前で、口の中身を飲み込んだのはさすがと言えるだろう。

 

ひゃべてない(食べてない)

「嘘つけ。おやつなしにするぞ」

ひゃべました(食べました)ほめんなひゃい(ごめんなさい)

「よろしい。なら大人しく座って待ってろ」

 

 そういって、食卓の()()に彼女を座らせる。リーダーになったのだから、立場的にもその席が正しいのだ。しかし、一方の彼女はその席が居心地悪そうな表情を浮かべる。

 

「………やっぱり慣れない」

「慣れてくれ。リーダーなんだから基本的には上座に座らなきゃ、立場というものが曖昧になるからな」

 

 彼女の様子に苦笑しながら告げる翔。それを聞いて渋々その席に居座る耀。それを見ると、厨房に戻って調理を続ける。

 

 午前七時三十分。

 農園に行っていた子供たちが建物内へと帰ってきた。それと一緒に、後ろから二人のメイドの姿も窺えた。

 

「「「作物への水やり終わりました!」」」

「よろしい。手は洗ったか?服に汚れはついてないか?怪我はしていないか?」

「「「洗いました!汚れと怪我、共にありません!」」」

「なおよろしい。ならば、食卓に着席して朝食を待つように」

「「「はい!」」」

 

 翔に報告を終え、厨房から食卓へと移動していく子供の波。

 そして、全ての料理が完成する。

 

「レティシア、白雪。料理を運んでくれ。リリたちは箸やカップを用意して」

「ああ。分かった」

「了解じゃ」

「はい!」

 

 翔の指示に従って、それぞれが指示された通りのことをこなす。

 

 午前八時。

 全てが完璧に準備し終わると、翔が最後に着席する。それを確認した耀は両手を合わせて、

 

「いただきます」

「「「いただきます!」」」

「………いただきます」

 

 食事を始める挨拶を告げる。その後に他の皆も元気よく挨拶する。そして最後に翔が挨拶をして、ようやく食べ始める。

 ワイワイ、と賑やかな声が響く食卓。子供たちが美味しい料理に舌鼓をうちながら、各々感想を言い合っている。

 その全てが料理を美味しく食べてくれていると実感できる、率直な感想で内心嬉しく思う翔。

 

 午前九時三十分頃。

 朝食が終わり、食休みも挟んだ後、耀がリーダーとして書類の確認に移る。翔も補佐として一緒に書類をチェックする。

 

「………やっぱり量が多い」

「文句言うな。毎回言ってるが、これでも先にチェックして減らしてあるんだぞ?」

「………それでも、この量?………無能」

「うるさい。知らないだろうが、これでも最初の頃よりマシだ。それにこの量だって、毎日コツコツ整理すれば、そこまでの量は無かったんだぞ?」

 

 耀が頭首になった当時は、翔だけで書類を処理していた。書類整理を面倒くさがった耀が逃げ出し、翔に全てを押し付けたのだ。そのツケが今一度に回ってきているのだ。

 

「もう少しして、連盟が落ち着けば、量は一段と減るさ」

 

 耀が書類を見ながら、うんざりした表情で文句を言う。翔は書類から目を離さずに話しかける。

 

「耀は先に連盟関係のを処理してくれ。それ以外はこっちである程度処理して、最終確認だけすればいいようにしてある」

「………分かった。頑張る」

 

 その後は淡々と書類の確認作業を進める耀と翔。それから二時間ほどかけて、ほぼ全ての書類を処理し終わる。

 

「今のでほとんど終わりだな」

「あ、あとは………?何が残ってるの……?」

「あとは………」

 

 翔がそこで言葉を切る。それに反応して身を強ばらせる耀。

 そんな彼女を見て苦笑しながら伝える。

 

「連盟の同士たちから、お茶会の誘いだけだ」

「え………?」

「今ので終わりだ。あとはちゃんと手紙を読んで、しっかり返事をしておけ」

 

 彼は耀にそう言って、いくつかの封書を手渡す。

 〝ウィル・オ・ウィスプ〟、〝六本傷〟、おまけの〝ペルセウス〟から四つ合同でのお茶会を開いて交流を深めようという提案をされたのだ。場所としては〝アンダーウッド〟で行いたいという趣旨がその手紙には書かれていた。

 

「……………」

「それじゃ、俺は昼食を準備しに行くから、遅れるなよ?」

「………………………あ、うん」

 

 手紙に喰いつくようにして読み始めた耀は、翔への返事が多少遅れながらもしっかりと返事をすると、再び手紙に集中する。それを見てもう一度苦笑を浮かべ、その場をあとにする翔。

 

 午後零時頃。

 いつもよりも少し遅れながらも昼食の準備に参加した翔は、特にやることも無く食器等を出していた。

 久しぶりに子供たちの手だけで作られた料理が食卓に並べられ、耀以外の全員が既に着席している。

 

「翔様?耀様はどうしたんですか?」

「………あー、ちょっと呼びに行ってくる。先に食べててくれてもいいぞ?」

 

 珍しく食事に遅刻する耀を心配して、リリが翔に尋ねる。彼は遅れている理由をなんとなく理解して、席を立って先ほどまでいた部屋へと戻る。

 

「………………………」

「………耀。遅れるなよ、とちゃんと伝えたはずだけど?」

「………え?あ……えっ?もうそんなに経ってた?」

「時間を忘れるぐらい没頭して読んでたのか?まあ、一先ずは食事にしよう。皆待ってる」

「うん。ごめん」

 

 手紙を机に置いて立ち上がる耀。それを見た翔は食堂へと踵を返す。耀も彼のすぐ後に続いて食堂へと向かう。

 二人が食堂に着く。が、まだみんな食べ始めてはいなかった。

 

「ありゃ、食べてても良いって言ったのに」

「みんなで食べた方が美味しいですからっ!」

 

 リリが狐耳をひょコン!と立てながら翔に告げる。それを微笑ましく見て、自分の席に座る。耀もすぐに着席した。

 

「それじゃ―――」

『いただきます!』

 

 犬が長時間「待て」をされていたかのように、堰を切ったような勢いで食べる子供たち。その何人かは焦り過ぎて、のどに料理を詰まらせて顔を青くしている。

 何人かの青い表情を見た翔は若干焦りながらも、その子たちに急いで飲み物を飲ませる。

 

「落ち着いて食べろ!時間はあるし、料理が生きてるわけじゃないから逃げないって!」

『ご、ごめんなさい………』

「次は気を付けろよ。………て、言っても常習犯どもには意味ないか………」

 

 そう。今のどを詰まらせた者には前科がある。今と同じく、焦ってのどを詰まらせるという前科が。

 こんな光景もこのコミュニティでは日常茶飯事なのだ。その証拠に周囲の者は皆、苦笑を浮かべている。

 そんないつもの食事を終え、午後の自由時間へと移行する。

 食べ終えた者から自身の食器を片付けて、各々やりたいことをやりに散っていく。

 翔は自分の食器を片付けながら、隣に居るリリに話しかける。

 

「今日は買い出しに行くんだっけ?」

「はい。買い足しておかないといけない物がいくつかありますので、それの買い出しに!」

 

 リリが元気よく答える。翔はそんな彼女の元気を少し分けてもらいたいな、などと考えながら食器を洗い終わる。

 

「行くとき教えてくれ。俺も買いたいものがあるから。それに一緒に行って荷物持ちもするし」

「はい!わかりました!」

 

 リリも丁度洗い終わった様で、そのままパタパタと走り去っていく。

 

 午後二時頃。

 身支度を整え、財布も持ち、準備万端な二人は買い物のために街へと駆り出す。

 

「よお!翔!今日はリリちゃんと買い出しか?」

「ああ。でも、おっさんのところで買うもんはねえな。悪い」

「坊主!いつになったら店は再開するんだ!?」

「コミュニティが落ち着いたらだな。まあ、近日中に再開予定だ」

「なら店主!これやるから次に店行ったらサービスしてくれッ!」

「酒のつまみを一つ追加でつけてやるよ、この飲んだくれめ」

 

 行く先々で翔の店の常連が話しかけてくる。

 ここしばらくコミュニティのごたごたで店を閉めているため、みんなまだかまだかと落ち着きが無いのだろう。

 翔が近々再開すると伝えると、色々と商品を渡してくる店員達。店が再開すると聞いて嬉しいのだろう。大半が次回来店時のサービス目的なのが見え見えなのだが………。

 

「相変わらずすごい人気ですね………!」

「ここら辺は全員が店の常連だからな」

「おっ!聞いたぜ?近いうちに店を再開するんだって?」

「そのつもりだよ。果物屋のおっちゃん」

「ならこれ持ってけ!そこの嬢ちゃんの分も!」

 

 果物屋の店主がリンゴを二人に向けて投げる。翔は受け取ると一つをリリに手渡す。

 

「だから今度行ったら―――」

「分かってるって。サービスするよ。今散々強請られてきたところだ」

「ハハハハハッ!みんな待ち遠しいんだろうよ!」

 

 店主は笑いながら翔達を見送る。それを横目で見ると、もらったリンゴをシャリッ、と一齧りする。リリもそれを見て控えめにしゃくり、と一口齧る。そして、口内に広がる香りと味に驚く。

 

「おいしいです!」

「あそこの親父は果物を見る目に関してはプロだ。どれが一番美味しいかを一目で見抜く。あの中で一番と二番目にいい奴を投げ渡してきたんだろうな」

 

 リンゴを食べながらリリの言葉に反応する翔。

 リリはそれを聞いて先ほどの店に積まれていた果物の山を思い出す。あの中から一瞬で、こんな美味しい果物を見つけて手渡してきたのだろうか、と疑問に思う。

 

「とはいえ、あの店のはどれも一級品でどれを選んでも大差ない。素人目にはな」

「そうなんですか?」

「ああ。何か欲しい果物があるならあそこに頼むと良い。かなりの変わり種も用意してくれたりするし」

 

 そう言いながら、早くも食べ終わり手を拭きながら答える翔。芯は手持ちの袋に入れたようだ。

 

「さて。何故か買い物する前から荷物がいっぱいだけど、ちゃっちゃと買って帰ろうか」

「はい!」

 

 その後二人は、コミュニティで不足してる食材等を購入し、コミュニティへと帰還した。その道中でさらに多くの物を貰ったが。

 

 午後四時頃。

 自由時間も終わり、再び子供たちに仕事が与えられる。風呂掃除から始まり、片付け、炊事等の仕事が毎日分担されている。最低限の家事が自分でできるようにするために、毎日ローテーションさせて経験を積ませている。

 まあもちろん中には、何か苦手なことがある子もいる。だが、そういう時のために―――

 

「これやるからもう一回頑張ってこい」

「うん………」

 

 ―――便利な手段(餌付け)が存在する。中にはお菓子が欲しくてわざと失敗する子もいるが、翔に掛かれば一瞬でバレる。叱ればちゃんと自分の仕事を終わらせに戻るため、そこまで面倒ではない。

 それと分担しているといったが、中には仕事が固定されてる子もいる。炊事担当のリリがその筆頭だ。ある意味では翔もそうなのだが、全て子供たちの中ではっきりと決められている。

 子供たちも仕事の時はなんだかんだしっかりとやってくれる。そのため基本的には監督はつけずに、子供たちに任せている。

 

「………これで一通りは大丈夫か」

 

 翔も厨房に立って、献立を決め作る料理の下準備をしていた。リリも傍におり、翔を手伝っていたのだろう。

 

「それじゃあ、あとはリリに任せても良いか?」

「はい!」

 

 そういって翔は厨房をリリに任せて、外に出る。彼が向かう先は―――

 

「ハルトー」

「ヒン!」

 

 ―――ヒッポカンプのハルトの下だ。一日一回は彼にブラッシングをかけ、その後に遊んでやっている。いつもはもう少し早い時間に出来るのだが、今日は少し遅れてしまった。

 翔に呼ばれたハルトは、彼専用に作られた硬水の池を走って近寄って来る。

 

「よしよし。悪かったな、今日はこんな遅くなって」

「ヒヒン」

 

 気にしてない、とでも言うかのように首を左右に振るハルト。それを見て薄く笑ってブラッシングを始める翔。

 その後、夕食ギリギリまでハルトと遊びつくした翔。

 

 午後七時頃。

 食卓には夕食が綺麗に並べられていた。全員がもう既に着席していた。今回はさすがに耀も遅れていない。

 耀は全員の顔を見渡して、

 

「いただきます」

『いただきます!』

 

 食事の挨拶を告げた。やはり朝食や昼食と変わらない光景。皆が楽しく食事をする。ただそれだけの光景。

 しかし、それが翔にとっては何よりも楽しかった。

 ………いや、訂正。スケボー関連の次ぐらいに楽しい。

 何事も無く、食事が終わる。食器も片づけ、子供たちは風呂へと走る。ただし翔だけは行かずに自室へと戻る。まあ、理由は『水』だ。触れると死ぬ。だから身体の汚れはリスポーンでリセットされるため、それで済ませる。

 自室に戻ると、翔は真っ直ぐ机に向かっていく。そのまま椅子に座って机の上にある手帳を開き、明日以降の予定を確認し始める。

 自室では机と向かい合うことが一番多いだろう。前述のようにベッドなんてのはあまり使わない。彼の唯一人が使っていると分かり、生活感のある場所がこの机だろう。その次に机の傍にある本棚だろう。

 

(………店の再開は順当にいけば一週間前後ってところか。大きな問題が発生しない限りは問題ないか。それに急ぎの書類や溜まっていた書類は今日で全部片付けた。二、三日はのんびりできるか?)

 

 そうやって考えていると、部屋のドアがノックされる。

 

「………?誰だ?」

「私」

「………箱庭にもオレオレ詐欺があるのか?」

「詐欺師じゃなくて耀だよ」

「冗談に決まってるだろ。入っていいよ」

 

 少しふざけた様子で答えて、入室を許す。そんな許可を得る前にすっとドアを開けて入って来ると、真っ直ぐベッドに腰を下ろす。

 

「………迷わずベッドに座るなよ」

「………?でもここしか座る場所ないよ?」

「いや、そういう意味じゃないから」

 

 確かに椅子は翔が座っているもの以外に、この部屋にはない。

 相手が相手なら勘違いされてもおかしくないぞ、などと考えながら耀の方に体を向ける。

 

「それで、何か用か?」

「うん。連盟のお茶会のことで、ちょっと相談しに」

「ああ、あれか。受けるんだろ?」

「うん。でも、場所の変更をお願いしたいかな、って」

 

 耀の言葉に、ん?と首を傾げる翔。

 場所の変更、とは?果たしてどこに変えるというのか。それを尋ねる。

 

「翔のお店で、できないかなって」

「………………………はい?俺の店?なんでまた?」

 

 彼女の提案に呆気にとられた翔。彼女の意図が分からず、今度はその理由を聞く。

 

「連盟のリーダーとして、会談、とまでは行かないけど、みんなが集まる場所の提供は最初ぐらい私たちでやった方がいいのかな、って思って………」

 

 声が尻すぼみになっていく耀。ダメかな………?と最後に小首を傾げながら尋ねる。

 

「駄目じゃないが………。返事はしっかりとお前が書けよ?リーダーとして」

「っ!うん、わかった!」

 

 顔を明るくして、翔の部屋を飛び出す耀。しかしすぐに戻って来る。

 

「………まだ何かあるのか?」

「えっと……………便箋って、ある?」

 

 はあ、と溜め息を吐きながら机に立ててある便箋と封筒の束を手渡す。

 

「それはお前が持っとけ。これから使うことも多くなるだろうし」

「いいの?」

「俺の分はまだまだあるからな」

 

 そういって机の本立ての部分を指す翔。そこにはパッと見ても、それぞれ二部ずつほどあるように見えた。

 

「ペンはあるのか?」

「……………貸して」

「はいよ。それも自分で管理しておけ。それと書類は今日ので終わりだ。少しの間はゆっくりしていい」

「わかった」

 

 今度こそ部屋を出ていく耀。それを見送った翔は手元の手帳に視線を落とす。

 明日以降の予定はほとんど何もない。招待状か何かを貰わない限り、急に予定が狂うことは無いだろう。

 そう考えると、手帳を閉じて、一冊のノートを持って自室を後にする。

 

「さーて、今日も今日とて練習と実験の繰り返しー、っと」

 

 スケボーとギフトの合わせ技の練習に行くのだろう。ノートにはこれからやる実験が事細かに記されているのだろう。後は日が変わるまで、試行錯誤して終わるのだろう。

 翔の少し忙しい日常はこれにて終わり。

 

 

 

 そして、この日も何の成果も得られなかったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

~~~番外編2 翔のいつもと少し違う日常2~~~

 

 

 翔の日常は以前記述したような日常がほとんどだ。

 ただしそれは、店が無い時の日常だ。店がある時は多少、彼の行動は変化してくる。

 まず午前四時には、もう店の厨房に立っている。

 午前七時頃には店を開店できるようにしているため、朝は誰にも会うことはなくコミュニティを出ている。

 連盟のごたごたで店を閉める前まで、順調に客も増え、忙しい日々を送っていた。

 しかし、以前と変わった点がある。それは、彼が露店ではなくテナントを借りて、ちゃんとした店としてリニューアルしたことだ。

 そのため、一度に入る客の数は制限されるが、店の前にもテーブルを用意することで、そこら辺はしっかり解消させている。

 そして、今日がその記念すべきリニューアル一日目なのだ。

 しっかりとした厨房でしっかり調理できるというのは、翔にとってはきっと楽なのだろう。外では砂埃などを厳重に注意しながら切り盛りしていたので、屋内の調理の方が幾分か心持ちが軽いのだろう。

 そんな彼はたった一人で今の店を頑張っている。

 

「………よし。下拵えはこれで十分かな。後は持ち込み食材だけど、あれはいつも通りその場その場で対応するしかないか」

 

 最近は真新しい食材は見ないから全然いいけど、と口から溢しながらドアに掛かった『close』の看板を『open』へと裏返す。そして変えること数秒後。ドドドドッ!!と雪崩のような勢いで店へと流れ込んでくる客たち。開店待ちをしていた常連や、この店の噂を聞き、必死に並んだ一見さんだ。翔の知らない顔ぶれがちらほらと見える。

 彼らの多くが目当てにしているのは個数限定の品の数々だろう。翔の店では在庫が限られている食材を用いた料理や、調理の手間、つまり下準備に数日を要する物や、一つ作るのに時間がかかる物は個数限定品として、メニューに載せている。

 それらは毎回変わり、同じものがもう一度メニューに載ることの方が珍しい。しかし、どの限定品も並んで良かった、食べに来た甲斐があったと誰しもに思わせるような一品ばかりだ。

 

「とりあえずビール!それとつまみを適当に!」

「おいまだ朝だぞ?」

「今日は店は休みなんだよ!それよりさっさとくれ!この時をどんだけ待ってたと思ってんだ!?」

「へいへい。奥さんに怒鳴られんなよ?」

「許可はもらった!あっ!追加で燻製肉の盛り合わせは確実にくれ!」

「こっちは厳選肉の盛り合わせ!」

「それと特選野菜のサラダもだ!」

「私は限定ケーキ!」

「私も私も!」

「はいよー。ドライアドさん。注文の受け取りよろしくー」

『はーい』

 

 一気に騒がしくなった店内。

 店員として雇っているドライアドたちに注文を任せ、厨房へと入っていく翔。

 この店員たち、ドライアドは翔のパークにいるトレント爺から生まれた娘たちだ。翔が気が付いた時には彼女たちがパーク内で農園の管理をしていたのだ。そのうえあまりにも数が多かったので、翔が店員として此処で雇用しているのだ。

 ちなみに彼女たちの給料は肥料と水だ。お金をもらっても使うことが出来ないので、返って迷惑なのだそうだ。

 

「店長ー!一先ず注文票ここに置いておきますよー?」

「おーう。とりあえずケーキとビール運んでくれー」

 

 既に朝の段階で作ってあったケーキを盛り終わっていた翔は、ドライアドに頼んで客に持って行ってもらう。

 一先ず簡単なものからさっさと終わらせて、多少作業がいるものを片手間にやっていく。出来るだけ客を待たせないように次々と注文を捌いていく。

 

「燻製肉、厳選肉、特選野菜ができたから、それぞれ持って行ってくれ」

『はーい』

 

 凄い勢いで増えていく注文を、ほぼ同等の速さで消化していく翔。朝はしばらくはこのままだろう。

 いつもならこの勢いが収まるのは九時、十時を過ぎた頃だ。しかし、しばらくを店を閉めていたせいか、店の外にはまだ列ができており、更には未だに長く伸び続けている。

 

「…………席、足んなかったかな?」

「増やします?」

「これ以上増やすにしてもスペースがな。外に増やすにしても、公共の場所だし」

「おい兄ちゃん!この店の前を使う許可をもらってきたから、席を増やして早く食わせてくれッ!」

「……………………ご都合主義ってスゲー」

「じゃあ、席増やしてきますね。仲間も追加で出してくれるとありがたいです」

「りょーかい」

 

 何故か大々的に店の前の通りまでを借りて、リニューアルオープンさせられている翔。

 今日はずっと忙しいだろうなー、などと考えながら料理を作り続ける。食材だけは大量に買い込んでいるため、まったく心配はしていない。

 ビール、ワイン、燻製肉、厳選肉、ステーキ、サラダ、シチュー、ケーキ、パフェ、その他諸々。

 一気に多くの注文を消化していく。

 そして、昼時が近くなった時。

 

「食材持ち込み、入りまーす!」

「っ!わかった!今行くッ!」

 

 食材が持ち込まれる。

 こんな忙しい時間に、と悪態をつくことも無くすぐに食材を確認しに行く。そこには翔には見慣れた人物が立っていた。

 

「おっ、店長!今回はこれを頼むな!」

「………………今度は何を持ってきやがった?」

 

 翔はカウンターの上に乗せられている巨大な肉塊を見る。肉の重みでカウンターの板がしなってミシミシと音を鳴らし、今にも板が折れてしまいそうになっている。

 この食材を持ち込んできた彼は、この店の常連だ。悪い意味で。

 彼は毎回来店するたびに、何処から持ってくるのか妙な食材ばかりを持ち込んでくるのだ。

 以前はコカトリス、ハギスなどが持ち込まれたことがある。どちらも食材としては申し分ない上等な代物だったが。

 そして今回。どんな肉を持って来たのか警戒しないわけがない。

 

「今日はシーサーペントの肉だ!」

「……………………はぁ。まったく、毎度毎度どこから持ってくるのやら。いつも通り味見用に少し食わせてもらうぞ?」

「おう!店長は仕事熱心だから、味見には本当に爪の先くらいしか食わねぇしな!」

「全部料理しちまっていいのか?」

「おう!全部だ!」

 

 翔はため息を吐きながらも、肉塊を抱えて厨房の奥に入っていく。

 普通の客の注文も処理しながら、持ち込まれたシーサーペントの皮と肉を薄く切って、それぞれ味見をする。

 注文を処理しながらも、頭の中で今食べた肉の味に合う料理を構想する。

 

(皮は弾力が少ないが、ぬめりがあるな。肉は味的には鶏に近い。歯ごたえも含めると、感覚的にはほぼ蛇だな。なら蛇料理を参考にして料理するか………。肉は唐揚げ、塩ゆで、炒め物。皮はぬめりを取った後、素揚げ、塩炒めとかにするか。流石に初めての食材で変化球はできないな………)

 

 そう考えをまとめると、注文を捌きながらもシーサーペントを調理していく。

 

(構造的には完全に大きい蛇。でも蛇と違って大きいから骨は取り除きやすい。これならそこそこの大きさの唐揚げにしても大丈夫そうだ)

 

 捌きながらも、次の工程を考える翔。

 

(短時間で味を染み込ませるのは、以前は電子レンジを使っていたが………さて、どうするか?十数分だけでも漬けておくか?)

 

 そう考えフォークで二十か所ほど肉に穴を作ると、調味料を付けてよく揉んでからたれに漬け込む。漬けている間に他の料理に手を付ける。

 塩ゆで、炒め物はすぐに終わらせられるのでそこから手を付ける翔。だが、火を使う料理ならば翔の手に掛かれば一瞬のうちに出来上がる。

 

「これ、アイツに持ってって」

「はーい」

 

 出来上がったものをドライアドに頼んで、すぐに持って行かせる。

 次にシーサーペントの皮の処理を始める。

 

(一先ずは塩でぬめりが取れるか試すか)

 

 そう考えて大量の塩を皮へと擦りつける。しかし、

 

「ッ!意外とッ!取れねえなッ!?」

 

 どれだけ強く擦ってもなかなか取れず、途中で断念する。

 

「これは要研究だな。今回は諦めてもらって次回に回してもらうとするか」

 

 皮の調理は諦めて、肉にだけに専念する。しかし肉の方が圧倒的に多いために彼に出す分には十分すぎる量だろう。

 先ほどたれに漬け込んだ肉を調理することにした翔。入れ物に卵、小麦粉、片栗粉を直接入れると、そのまま適温の油へと投入して揚げ始める。肉の表面が小麦色になり浮いてくると、油から上げて余分な油を落とす。皿に盛ると、翔自身が直接客に持っていく。

 

「おっ!それが最後か?」

「今回はな。流石に初めての食材だと冒険できないんだよ」

「そうかそうか!初めてだったか!」

「あんな食材持ち込んでくんのは、この店にはアンタしかいねえよ」

 

 呆れながらも料理を男の前に置く。

 

「それとシーサーペントの皮に関してなんだが、しばらく時間くれ。あれは一日二日でどうにか出来そうにもない」

「おっ?そんなに苦戦してんのかい?珍しいな」

「ぬめりがな、なかなか取れんのだよ」

「あー………」

 

 何か思い当たる節があるのか、納得したように声を漏らす男。

 

「三日後までにはどうにか調理できるようになっておく。もしかしたらアンタに出す分が無くなるかもしれないが」

「ならそん時は追加で持ってくるさ」

「………なら早めに持ってきてくれ。唐揚げなんか味を染み込ませたいんだ」

「了解だ、店長殿」

 

 そういって朗らかに笑った男性。今回はこの料理で満足なようだ。翔は懐から紙を一枚取り出すと、何かを書いてテーブルに置く。

 

「領収書だ」

「………いつもより安くねえか?」

「皮を調理できなかった分、割り引いた」

「いいのか?」

「構わねえよ。どうせプラマイゼロぐらいの損しかねえ」

「じゃあ、いつもはぼったくられてたのかよ………」

「技術料とその他食材費用に決まってんだろ。じゃなきゃ大損だわ」

 

 それじゃあ良い食事を、とだけ言い残して厨房に戻る翔。

 その後も注文する声は止まずに、ずっと賑やかであった。

 

 

 

 この日、翔に休む暇はなかった。彼が本拠に帰ってきたのは、周囲が薄明るくなり始めた頃であった。

 それでも彼は苦に感じておらず、久しぶりに楽しく料理できたと満足気であった。

 

 しかし結果として帰ったら、耀とリリからお叱りを受けたとかなんとか。

 




【シーサーペント】
 姿形に関しては諸説あるけど、この作品では巨大な海蛇。肉の味は鶏に似てて水っぽい。皮はぬめりがあって処理が大変。しかし処理が終わり、調理したものの味は格別だった(翔談)。


翔「主人公の板乗翔だ」
猫「作者の猫屋敷の召使いです」
翔「今回は日常回か。描写されてないけど、影では結構埋まってるんだよなー………」
猫「うん。そして次回は非日常回」
翔「……………………え?」
猫「それよりもFGOのCCCイベントが忙しくてヤバい。金林檎がすごい勢いで溶けてく」
翔「待てまてマテ。()日常ってなんだ?何が起きるんだよ?なあ?なあ!?なあッ!!?」
猫「ごめん。AP回復したし、これからイベント周回するから構ってらんないわ」
翔「ハァッ!?」
猫「あ、番外編のあとがきで感想返しをまとめてやろうと思っているので、作者や作品についての質問とかがある人は、出来る限り活動報告の方に書いてください。それ用のを作っておくので。感想とかだとものによっては消えちゃうんで。そんな危ない感想がないことを祈りますが………。それではまた次回!」
翔「え、ちょっ!?このまま終わんの!?俺どうなんの!?」
猫「精神的に疲れるだけだから平気平気」
翔「それ俺にとって致命傷ッ!!」

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