もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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問題児編はこれにて最終回。
それと、投稿遅れて申し訳ありません………。
次はもう少し早く投稿できるように頑張ります………。


第二十六話 次からラストエンブリオ編までのつなぎとして番外編です

 ―――〝風浪の鉱山〟温泉街の旅館。

 天然温泉の噴き出る鉱山街の中心に、観光地としての開発を進めている区画があった。その中でも一際大きい建物に〝向かい合う双女神〟―――〝サウザンドアイズ〟の旗印を掲げている旅館がある。

 鉱山で採掘した鉱石を加工して造られた旅館はまだまだ派手さに欠けるものの、今後モニュメントを設置する予定の土地をかなりの規模で保有している。大方、彫刻コンテストのギフトゲームでも開く算段なのだろう。

 そうなれば旅館の中庭や外観は一気に華やかなものになる。

 今は先行投資として土地だけ買った状態なのだろう。〝ノーネーム〟としても纏まった金額を戴いたのでこの件については双方に利があった。

 名前はまだないが、この旅館を中心に観光客は訪れるようになる日も遠くはないだろう。

 (たい)―――いや、御門釈天の接待の場に選ばれ、そこに足を運んだ十六夜と翔。しかし、

 

「温泉って………俺を仲間外れにしたかったのか、グリーが脱いでもいい場所を選んだか、もしくはその両方かー………?」

 

 旅館の入り口付近で十六夜と別れ、女性店長に案内を任せて背中を見送った翔は、近くにあった椅子に座って不貞腐れる。

 

「まあいいや。あの人………人?………今は人間だから人でいいのか?まあ、なんにせよアイツに聞きたいことは特になかったし」

 

 そう言って、スケボーを片手に立ち上がる。

 

「接待終わるまで暇だし、スケボーでもしてるかな~?」

 

 そう考え、いまいち物足りない普通のあたりめを嚙みながら、意気揚々と旅館の()へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 十六夜の案内を終え、翔を客間に案内するために入り口に戻ってきた女性店長。しかしそこに翔の姿はない。

 接待に参加できないから、再び外へと出て行ったのだろうか、となぜか少し残念に思う女性店長。だが旅館の中から鼻歌が聞こえてくる。不思議に思った女性店長は、聞こえてくる方に足を向ける。

 すると、そこには。

 

「てーんじょうてーんげー♪」

「ッッッ!!?!?」

 

 スケボーを頭に乗せて、首より下が埋まった状態で移動している翔の姿があった。

 あまりの光景に息を呑む女性店長。彼女はこのトリック【天上天下】は初めて見る。スケーター以外の者が見れば明らかに異常な光景で、驚きで息を呑まざるを得ないだろう。

 一方の翔はフンフフ~ン♪と鼻歌交じりで床を移動しており、まだ彼女の存在に気づいていない。

 

「………しょ、翔様?一体、何をしているのですか………?」

 

 目の前の光景に目を丸くして戸惑いながらも、翔に尋ねる女性店長。その声でようやく気付いた翔は、グルン!と勢いよく女性店長の方へと首を向ける。

 

「あっ。いや、ね?暇だったからスケボートリックの練習がてらギフトの使い方を錯誤してたんですよ、はい。そしたら、ほら、こんなに簡単に【天上天下】ができ―――」

「今すぐにやめやがれください」

「アッハイ」

 

 言葉遣いが崩れるほどに怒っているのか、いつになくすごい剣幕で翔に告げる女性店長。それに負けた翔は素直に従ってリスポーンして地表に出る。

 

「客間に案内しますのでついてきてください」

「ハイ………」

 

 しょぼん、と落ち込みながらも女性店長についていく翔。

 

「こちらです。この部屋を好きにご使用ください」

「へーい………」

 

 翔は部屋を確認すると、中には入らずに旅館の外に足を向ける。中でやるのが駄目ならば、今度は外で練習するつもりなのだろう。

 

「お待ちください」

「………?」

 

 しかしそんな彼を女性店長が引き止める。

 翔は不思議そうな顔をして女性店長の方へ振り向き、彼女の顔を見つめる。

 

「貴方に少し、話したいことがあります」

 

 

 

 

 

 

 

 湯から上がった春日部耀は旅館の外に出て涼んでいた。それに色々なことが一度に起きすぎて、少し一人で考える時間も欲しかった。

 

「………私がリーダーなんて………やれるわけが無い。………それに飛鳥がコミュニティから抜けるなんて………」

 

 ハア、と一つ息を吐き出す。そして、空に浮かぶ月を見上げる。しかし月以外にも空に浮かぶものがあり、小首を傾げながらその物体を見つめる。

 するとその物体は徐々に彼女の方へと近づいて、いや、落下してきているように思える。

 

「―――――――ヘブゥッ!?」

 

 ヒュゥゥゥウウウウベシャズシャアアアァァァァァッ!!と顔面を地面に擦りつけるように滑っていく。

 

「………………」

 

 落下物は衝突と同時に奇声を上げながら滑っていく。耀はそれをジト目で見ながら問う。

 

「………何してるの、翔?」

「えっ?………ああ、耀か。いたんだ」

「うん。それで、何してたの?」

「いや、ギフトがちょっとまともに扱えるようになったから、〝物理演算〟を使って【パラソル浮遊】で自由に空を飛べないかなって。その実験をしてた」

「…………パラソル浮遊………?」

 

 耀は翔と一緒に落ちてきたパラソル付きテーブルに目をやる。

 翔はそんな彼女を横目にテーブルを起こす。

 

「【パラソル浮遊】は、このテーブルに乗り、両手を上げると―――」

 

 テーブルに上った翔が両手をあげる。

 

「―――推進力が生まれる」

 

 パラソル付きテーブルごと翔が数m上空に飛んだ。が、

 

「あべしッ!?」

 

 すぐに落ちた。

 鼻を押さえながら立ち上がる翔。

 

「―――という感じで飛ぶから、うまくやれば〝物理演算〟で制御できるんじゃないかと思って」

「………まず物理から学び直したら?」

「むっ。失礼な。これでもスケボー物理学とスケボー力学は、両方とも最高評定をとれるほどにはできるんだぞ?」

「まずその学問自体がおかしいと思う」

「逆にこの学問がない世界がおかしいと反論したい」

「それはない。絶対ない」

「いーや、絶対そっちがおかしい」

「私は普通。翔が異常」

「俺が正論。耀が論外」

 

 主張が対立して、しばらく睨みあう二人。

 

「………うん。やめよう。こんな醜い争いは」

「………そうだね。それぞれの常識が違うのに論争しても意味がないし」

 

 しかしすぐに和解した。

 

「それで?耀の方こそ何でこんなとこに?風呂上りなのにこんなとこにいると風邪ひくぞ?」

「………うん」

 

 翔の言葉に頷いて、そのまま顔を俯かせる耀。そんな彼女の様子に翔は首を傾げる。

 

「………?なんかあったのか?」

「………よし。この際、翔()()いいや」

「………いや、『でも』って。『でも』ってなに?ねえ?俺同士だよね?仲間だよね?友達だよね?」

「とりあえず話を聞いてくれる?」

「ああ、はい………話聞くんで、俺に拒否権は与えないという目で睨まないでくれます?普通に怖いです。眼力だけで人を殺せそうですよ?それと肩を離してください。メキメキ鳴ってて痛いです」

 

 そんな翔の言葉を無視して、耀は話し始める。

 先ほど〝ノーネーム〟の頭首に推薦されたこと。

 飛鳥がコミュニティを抜けて独立すること。

 その二つを翔に話す。

 

「―――というわけなんだけど………私、どうするべきなのかな?」

「え?知らない。じゃあ聞くだけ聞いたから実験に戻るわ」

「待って」

 

 背中を向けてその場を立ち去ろうとする翔の首を鷲掴んで止める耀。その際に苦しそうな声を上げる翔。

 

「ぐえっ」

「そ、それだけ?今の話聞いて慰めるでもなく、相談に乗るでもなく?他人事のようにスルー?え?どういうこと?」

「そういうこと。それじゃ首を離してください」

「待てこのクソ変態野郎」

「コラッ!女の子がそんな言葉使いしちゃメッ!でしょッ!」

「キモイ」

「うん。今のは自分でもどうかと思った。吐き気がする」

 

 うげー、と青ざめた顔で手で口を押さえる翔。そんな様子の彼を見た耀はハア、と一つ溜息を吐く。

 

「少しぐらい相談に乗って欲しい」

「なら最初からそう言えばよかったろうに」

 

 よいしょ、と口に出しながら彼女の隣に腰掛ける翔。

 

「………それで、改めて私はどうするべきなのかな?」

「知らんよ。それこそ自分で考えてくれ。耀の自由にすればいい」

 

 耀の相談を一蹴するようにバッサリと切る翔。

 

「でも、耀がやらなきゃ〝ノーネーム〟を担える者はほとんどいないだろうな」

「………?十六夜は?十六夜なら私以上に―――」

「無理だろ。あんな自由が擬人化したような奴は組織のトップに向かない。ま、個人的な意見だけどな」

「………そうなんだ。………なら、翔は?」

 

 耀は翔の顔を見ながら聞く。対する彼はきょとんとした表情で聞き返す。

 

「え?やっていいの?むしろやらせてくれるんですか?それなら喜んでスケーター量産計画を始動―――」

「ごめん。今の無し。ちょっとした気の迷い」

「そりゃ残念だ」

 

 翔がリーダーになった未来を想像したのだろうか。即座に自分の言葉を撤回する耀。

 そんな彼女を見てケラケラと笑う翔。

 耀はため息を一つ吐いて、話題を少し変える。

 

「翔は、これからどうするの?」

「これから?」

「うん。飛鳥は自分のやりたいことを見つけて、行動した。だったら翔はどうするのかな、って。コミュニティを抜けたり、とか」

 

 耀が不安そうに尋ねる。問われた翔は空を見上げながら、んーと唸ると口を開く。

 

「実はさっき女性店長から〝サウザンドアイズ〟に来ませんか?って勧誘を受けた」

「………………………え?」

「以前仕事を手伝った時の手際が良かったらしくてな。俺を引き抜こうと考えていたらしい」

 

 先ほど女性店長に呼び止められた際の話だ。

 

 

『―――ということなのです』

『………つまり、要約すると俺を引き抜きたいって話?』

『はい。〝階層支配者〟も変わり、少しでも人手が欲しいのです。それで貴方ならば加入したら、すぐにでもどんな仕事でも任せられると私が判断しました』

『もし入ったら、以前手伝ったような仕事内容か?』

『ええ。そう考えていただいて構いません。多少別の仕事が増えるかもしれませんが、大筋は変わらないはずです。以前のような手伝いとは違い、しっかりと給料も配布されます』

『ふーん………』

 

 

 このような会話を二人はしていたのだ。

 耀もその話は予想外だったのか、呆然としている。

 

「え………?じゃ、じゃあ翔もコミュニティを抜け―――」

「まあその場で断ったけどな!」

「―――はい?」

 

 再び呆然とする耀。そんな彼女を無視して翔は不満を顕にする。

 

「働きたくないでござるッ!社畜は嫌じゃッ!書類は見たくない確認したくない書きたくないッ!残業も嫌じゃ嫌じゃッ!!誰が喜んで大嫌いな仕事なんかするかボケェッ!!」

「……………………」

「俺は自由気ままにスケボーをしたいんじゃッ!!仕事に束縛されるなんて嫌じゃッ!!だから元の世界でも会社を辞めたんだよッ!!」

「………フ、フフッ、アハハハハハハッ!!」

 

 翔の心の叫びを聞いた耀は、普段滅多に出さない大きな笑い声を上げた。

 その反応に驚いた翔は彼女の方に向いて叫ぶ。

 

「な、なんで笑う!?」

「そ、そんな理由で、大手商業コミュニティの勧誘を断るなんて………ッ!!アハハハハッ!!」

「だって社畜は嫌なんだよ!!?山のような書類を整理するのがどんなに苦痛か知ってるかッ!!無能上司を上に持つ苦しみがッ!!?」

「アハハハハハハハハハハッ!!」

 

 翔が半泣きで訴えかけるも、それを無視するかのように笑い転げる耀。そんな彼女を見た翔は、理解させるのは無理だと判断して諦めたのか、息を一つ吐く。

 ようやく笑いが収まり、笑い過ぎたのか目じりに涙を溜めながら聞き直す。

 

「結局、翔は〝ノーネーム〟に残るの?」

「まあ、そうなるかな?あそこほど好きな時間に自由にスケボー出来る組織は無いだろうし」

「………そっか」

 

 それを聞いて安心した様子の耀。

 コホン、とわざとらしく咳払いをして話を戻しにかかる翔。

 

「ま、何であれリーダーになるかどうかはお前が決めることだ。お前にリーダーとしての資質は十分にあると思うぜ?もう少し自信持ったらどうなんだよ」

「………それは翔にも言えること。真面目にやれば翔だって十分実力もあるし、リーダーとしてやっていける」

「俺が無茶したら、お前らに説教される未来しか見えないから個人的に却下。実力出すにも無茶しなきゃならんから皆が心配するので他者的に却下。リーダーやるにしてもギャンブル的な方法が多いだろうから組織的に却下。よって俺はリーダーに向いてない。以上QED。異論は認める。でも、四人の中じゃ血筋的にも実力的・能力的にも耀が適任だと俺は思う」

 

 よっ、と立ち上がって今度こそその場から立ち去ろうとする翔。

 

「………翔」

「んあ?」

「ありがとう」

「大したことしてないけど、とりあえず、どういたしましてと言わせてもらうかな」

 

 耀は微笑を浮かべながら礼を言う。翔もそれに応える。

 そして「さーて実験、実験♪」と呟きながらその場を立ち去る翔。

 その場に残された耀の顔は、憑き物が落ちたかのようにスッキリとした表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 耀と別れ、実験もうまくいかなかったため一度中断した翔は、息抜きに旅館へと戻ってきていた。

 

「あークソッ。上手くいかねえ。やっぱバランスが悪いのかね?」

 

 どうすれば【パラソル浮遊】が上手く制御できるかを思案しながら、旅館の中にあった椅子に座り背もたれにグデーと体重を預けながら考える翔。そこに声がかけられる。

 

「やーっと見つけたぞ」

「ん?………ああ、アンタか。釈天って呼んでも?」

「構わねえよ」

「そらどうも。で?俺を捜してたような口ぶりだけど」

 

 翔に声をかけてきたのは御門釈天であった。どうやら翔のことを捜していたようだ。

 

「一体今までどこに居やがったんだ?」

「旅館の外だ。ちょっと試してみたいことがあったもんでね」

「あー外だったのか。そりゃ中捜しても見つからねえはずだ」

 

 苦笑しながら翔の隣に腰掛ける釈天。翔は変わらず背もたれに全体重を預けるようにして、天井を見上げている。

 

「それで、どういうご用件で?」

「まあ、聞きたいことは一つだけだ」

 

 そう言って、表情を引き締めて翔のことを見る。

 

「お前は一体何者だ?他の三人が偶然ではなく必然で召喚された。だが、お前はなんで召喚された?なぜ、あの三人と共に箱庭に来たんだ?答えろ」

 

 釈天は鋭い視線で翔を睨む。翔という存在は、いくら調べても考察しても旧〝     〟とは全く関係のない存在だ。だが、そんな人物が十六夜たち三人と共に箱庭に来た。その理由と目的があれば聞かせろと言っているのだろう。

 翔は天井を見上げたまま釈天に話しかける。

 

「………まず、勘違いを一つ正そうか」

「あ?勘違いだ?」

 

 翔の言葉に怪訝な表情をする釈天。

 翔は少し間を置いて答える。

 

「俺って他の三人みたく招待状はもらってないんだよね!『手紙もらった』なんて俺一度も言ってないし!話を合わせる為に、コミュニティの為に召喚された的なことは言ったかもしれないけど、手紙を読んだとかは言ってないはずなんだよね!」

「……………………は?」

 

 先ほどまでの真面目な表情は何処へやら。一転して唖然とする。

 

「ちょ、えっ?てことは自力、もしくは偶然で箱庭に来たってことか?一体どうやってだよッ!?」

「え?どうやってって………スケボーしてて気づいたら十六夜達と一緒にいましたが、なにか?」

「なんでスケボーしてたら世界を超えるんだよ!?」

「………スケーターだからだろうな」

 

 翔は遠い目をしながらスケーターだから(魔法の言葉)を口にする。

 

「スケーターだから!?お前の言うスケーターってなんだよ!?スケボーを乗りこなすスポーツプレイヤーじゃねえのかよ!?」

「それで合ってるぞ?でも更に付け加えるのなら、スケーターはスケーターだし、スケーターに不可能は存在しない。それこそ努力次第で世界を超えられる。この俺が実証したから間違いないね!」

「ふざっけんな!?今まで思い悩んでいた俺の苦労を返せ!!」

「そっちの勘違いを押し付けないで欲しいな、まったく。まあ、何はともあれ。俺が箱庭に来たのは全くの偶然だ。スケボーしてたら突然、周りの風景が変わってただけなんだからな」

 

 本当はスケボーではなく奈落に落下していたのだが。そのことは口に出さない翔。

 翔の話を聞いた釈天は頭を垂れて、先ほどまでの鋭い雰囲気を一瞬で霧散させた。

 

「…………………ハア」

「俺と初めて会った人って、出会ったその日に必ず数回は溜め息を吐くよな。なんで?」

「お前という存在について行けなかったり、理解できないからじゃないか?」

「おお!それは嬉しいな!スケーターとしてこの域に辿り着くのにかなりかかったんだッ!それを簡単についてこれたり、理解されても困るしな!!」

「………………………………………ハア」

「そんなに溜め息を吐いていると幸せが逃げるぞ?」

 

 誰のせいだ、誰の。

 そんなことを思ったが、言ってもさらに自身が疲れるだけだろうと判断して、口には出さずに呑み込んだ。

 

「つまり、結局はお前は只の訪問者だったってわけか?どっかの組織の間者とかではなく?」

「あー、そうなるかな?」

 

 頭を掻きながら曖昧に頷く翔。彼自身「どうやって?」「どうして?」の部分が分からないまま箱庭で過ごしてきたのだ。特に疑問を掘り返すこともなく過ごしてきたために、その返答で正しいのかどうかわからなかった。

 

「まあ、来れて良かったとは感じている」

「…………へえ?」

「無駄にしつこいブラック企業の勧誘から逃げられたからな」

「………………………」

 

 少し感心したような声を上げる釈天だったが、そのすぐ後に続いた言葉にすぐに口を閉じた。

 

「それで、結局それだけだったんだろ?ならもう行っても良いか?」

「あ、ああ。悪いな、時間を取らせちまった」

「別にいいさ」

 

 それだけ言って「もっかい頑張るかぁ~」と言って旅館の外に向かう翔。

 その場に残された釈天は、しばらく翔の背中を見つめていたが、呆れたように溜め息を吐くと立ち上がる。

 

「杞憂にも程があんだろ………。敵とは何の関係もないただの面白可笑しい謎存在だったって訳かよ…………」

 

 勘が鈍ったのかね?と呟きながら、自分に割り当てられた部屋へと戻る釈天。

 だが、実際勘としてはかなり惜しい線までいっていた。

 敵ではなく、味方で最も多くの敵対戦力の人相を知っているのは、今のところ彼だけだろう。

 そういう情報所持者としては適切だろう。

 常に味方で、敵に回ることも無い。だがまあ、敵を倒す術もほとんどないのだが。そのため、敵と出会っても談笑しながら、お茶を飲むという行動しかしない。

 

 

 

 そしてその後、翔は夜通し【パラソル浮遊】の実験をしたが、成果が実ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝金剛の鉄火場〟・本選当日。

 観客席は一つの空席も作ることなく埋まっていた。

 千客万来とは正にこの事だろう。

 相変わらず売り子として走り回っていた狐娘のリリは、狐耳をひょコン!と立てながら翔が用意した品物を捌いている。今回は年長組の少年少女も同じように売り捌いている。

 これから先、〝ノーネーム〟が単独主催するゲームも増えてくるだろう。少しでも彼らに経験を積ませてやろうという黒ウサギの親心だった。

 丁度、品物が半分ほど捌けたその時。

 開幕の銅鑼が一つ鳴り響いた。

 

『大変お待たせいたしました!〝金剛の鉄火場〟の本選を始めさせていただく前に、我ら〝ノーネーム〟の新しい頭首―――春日部耀選手から開幕の言葉をいただきます!』

 

 ―――雄々オオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!

 割れんばかりの喝采が鳴り響く。その声量に少しビビる翔。

 

「おお………さすがに人数が多いだけあるな」

「………翔様?どうかしましたか?」

「ん。なんでもないさ。それより手を動かして。まだ半分残ってるんだから」

「は、はい!」

 

 傍にいたリリが不思議そうに声をかけてくるが、翔は何もなかったように装って仕事を急かす。

 

「………まあ、記念すべき頭首としてのデビュー戦だから、カメラどっかに設置しとくか」

 

 そう考えて、コソコソと耀のスピーチを聞きながら彼女の姿が映るようにカメラを設置する翔。

 

「にしても………」

 

 カメラを設置した翔は、誰かを捜すように会場を見渡す。

 

「十六夜、聞こえてるんかね?ぱっと見、この会場内にいるようには見えないけど。………ま、この観客の中で見つける方が難しいか。いないならいないで耀の恥ずかしいスピーチ映像が撮れるだけか。そうなったら、しばらくはバレないようにお蔵入りさせとかないとマズいかな?」

 

 さて、あと半分頑張るかぁ~。といって品物を持って観客の中に消える翔。

 耀のスピーチが終わり、ゲーム開始の大銅鑼の音を耳にしながら、翔は品物を売り捌くのであった。

 

 

 

 このあと、結局十六夜が耀のスピーチを聞いていないことが発覚し、翔の撮影した映像のお蔵入りが決定した。

 その映像には耀の号泣シーンも含まれていたため、なおのこと耀にはバレないように混沌世界(パーク)内で厳重に保管すると心に決めた翔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ある朝、鞄一つ分の荷物を持った十六夜は本拠を一瞥すると、敷地の外に足を向ける。

 

「………………さて、行くか」

「おお。行ってらー。いつでも帰って来ていいからなー」

「…………………………………」

「…………?どしたん?」

「いや、お前に見つかるとは思わなくてな」

 

 十六夜が驚きながら、声の主である翔に顔を向ける。

 

「普通に夜通し外にいれば、余裕で見つけられるだろ?」

「………お前、ちゃんと寝てんのか?」

「まさかっ!リスポーンすれば全部リセットだぜ?俺にとっちゃ睡眠はただの娯楽だ。寝るよりもスケボーの練習や実験した方が有意義だ」

 

 胸を張って一睡もしていないと言い張る翔。それを呆れたような表情で見やる十六夜。

 

「それよりも早く行ったら?もうすぐみんな起きてくるぞ?」

「……………そうだな」

 

 それだけ言って今度こそコミュニティの外へ向けて歩いていく十六夜。

 

「翔」

「ん?なんぞや?」

「春日部のこと頼んだぞ」

「無理。確約できない。保障できない」

「……………………」

「そ、そんな目で見るなよ………ちゃ、ちゃんと一日五食三時のおやつに夜食も与えて育てるよッ!?」

「ペット扱いかよ。しかも一日五食で足りるのか?」

「うんにゃ。五食で済んで欲しいっていう俺の願望」

「あっそ。……………それじゃ、もうそろ行くわ」

「はいはい。気を付けろよ。周囲に迷惑をかけないように」

「無理だな。確約できない。保障できない」

「せめて今日一日ぐらい大人しくのんびりと過ごしてくださいお願いします」

「ヤハハハハ!」

 

 互いに冗談を言い合って笑うと、今度こそ本当に出ていく十六夜。それを引き留めることもしないで静かに見送る翔。

 

「………十六夜も行ったし、朝食の準備でもし始めるかね。いや、まだ少し早いかね?」

 

 十六夜の姿が見えなくなると、本拠の厨房に足を向けて歩き出す翔。まだ時間的に作り始めるのは早いが、別にいいかと思い、厨房に入って朝食の下準備を始める。

 

(今日は………洋食の日だし、パンでいいか。材料は………強力粉にドライイースト、卵、バター、牛乳………よし、一通り揃ってるな。そうだな………時間もあるし、今日は食パンじゃなくてロールパンにしようか)

 

 材料を確認し終えると、早速調理を始める翔。

 そして日が昇り始めた頃、彼に声をかける人物がいた。

 

「翔さん。おはようございます」

「ん。黒ウサギか。おはよう」

 

 翔は彼女の方を見ずに、声だけ返答する。

 

「何かお手伝いできることはありますか?」

「いや、こっちは大丈夫。子供たちを起こし始めて欲しい。今日はまだ農園の方を見れてないんだ」

「はい!わかったのデスヨ!」

 

 そう返事をすると踵を返して離れの子供達を起こしに向かう黒ウサギ。

 十六夜の部屋にも起こしに行くのだろうか、などと考えながら黙々と調理を続ける翔。

 しばらくすると、子供たちの声が農園の方から聞こえてくる。リリを筆頭とした炊事担当の子も、翔の手伝いとして朝食の準備を進める。

 そこでようやく耀が食堂に姿を見せる。

 

「おはよう、翔」

「ああ、おはよう、耀。もうできるから座って待っててくれ」

「うん。………今日は洋食?」

「昨日が和食だったからな。でも備蓄的に昼は和食になると思う。それでも夜までには買い出しに行って、夕食は洋食の予定だが」

「そっか」

 

 聞き終わると大人しく食卓に着く耀。

 そこへ慌ただしく黒ウサギが駆け込んでくる。

 

「翔さん!十六夜さんがどこにも見当たらないのですが、心当たりはありますかッ!?」

「あいつなら朝早くに出て行ったぞ?荷物持ってたから、しばらく帰って来ないだろうな」

「はい!?しょ、翔さんにだけ別れを告げたのですか!?」

「それは、偶然十六夜の姿を見つけた俺が声をかけただけ。あ、丁度焼けた」

 

 オーブンの中から焼きあがったバターロールを取り出す翔。

 黒ウサギは翔が取り出す終わるのを待って、詰め寄る。

 

「どういうことか、説明していただけますね?」

「おー、落ち着け落ち着け。俺、料理中だから。説明なら後でいくらでもしてあげるよー」

 

 黒ウサギの怒気に押されながらも、冷静に彼女を落ち着かせる翔。

 その後、調理を終え、農園に行っていた子供達も交えて朝食を済ませる一同。

 翔、耀、黒ウサギの三人は集まって翔からの事情聴取を行っていた。

 

「それで、どういうことか十文字以内で説明して」

「十六夜が有言実行した」

「うん。ジャスト十文字」

「って、そうではなく!なぜすぐに知らせてくれなかったのでございますか!?」

 

 黒ウサギがテーブルを叩きながら立ち上がる。

 

「いや、十六夜にも一人でのんびり考える時間が少しぐらい必要だと思ったもんで」

「それで、十六夜さんが面倒事を起こさずに大人しくしているとでも!?」

「まさか。どうせ黒ウサギとグリーとかが後を追うだろうと思ってるし。違う?」

「うぐっ………な、なぜそのことを?」

「あ、当たっちゃった?七割冗談だったんだけど」

 

 ばつが悪そうな表情を浮かべる黒ウサギを見て、ケラケラと笑う翔。しかし、残る一人である耀は表情を暗くする。

 

「黒ウサギも、行くの?」

「ッ!………はい。〝ノーネーム〟は耀さんに任せます」

「まだ、」

「……………?」

「まだ、〝金剛の鉄火場〟の仕返しをやり切ってないのに………ッ!!」

「そんなことでございますか!?」

「そんなことって何?私はまだ許しきれてないよ」

「アハハハハッ!」

 

 不機嫌そうな表情を浮かべる耀。

 そんな二人のやり取りを見て、大きな笑い声を上げる翔。

 

「ま、十六夜と一緒に行くにしても、そんなに急ぐことはないと思うぞ?昼過ぎに出ても普通に合流できるだろうよ」

「そ、そうでございますか?」

「おう。だからそれまでに、子供たちに此処をしばらく離れるってことを伝えて来いよ?」

「うっ………」

「旅支度も終えてないんだったら終わらせておけ。路銀が足りなかったら、言ってくれれば少しは分けてやれるからな」

「はい。わかったのでございますよ………」

 

 少し雰囲気を暗くしながら、その場を後にする黒ウサギ。おそらく子供達にどう説明するのか悩んでいるのだろう。しかし、子供たちもそんなに弱くはない。今までにも長期間離れることがあったのだから、特に気にせずありのままを説明すれば、すんなり分かってくれるだろう。

 

「………本当に行っちゃうんだね」

「ああ。まあ、不定期とはいえちゃんと帰って来るだろ」

「………寂しくなっちゃうね」

「代わりに忙しくなるけどな」

「それはノーサンキュー」

「そこは我慢してやってくれよ、新リーダー殿………。俺が出来る事は手伝うからさ………」

 

 耀の言葉に、呆れながら返事をする翔。

 

「………でも、本当に寂しくなる。今までお茶会とかやってたのに、それも出来なくなっちゃう」

「え?俺それ知らないんだけど」

「………………………………そういえば、翔は呼んでなかった」

「わーい、仲間外れだー」

 

 そう。確かに翔は三頭龍との戦いのときは仕方ないとはいえ、〝アンダーウッド〟のお茶会や〝ノーネーム〟本拠のお茶会でさえ、御呼ばれされていない。

 しかし、耀は首を振って、

 

「それは違う。最後のお茶会の時は呼ぼうとした。でも、翔はアジ=ダカーハの足止めをしてたせいで、何処にいるか分からずに呼べなかった」

「本当にその節はどうも申し訳ありませんでした」

 

 それを聞いてすぐに土下座する翔。今でも本当に悪いと思っているのだろう。

 しかし結局、〝アンダーウッド〟と本拠の時は、呼ぼうとすらされていない事実に変わりないのだが。

 そんな彼を見て苦笑を浮かべる耀。

 

「いいよ。もう怒ってないから」

 

 耀は床で土下座をしている翔に、優しい声で話しかける。

 

「ありがたやーありがたやー……………それじゃあ、俺は農園の方を見てくるから」

 

 そう告げて、翔もこの場を後にしようとする。

 

「翔」

「なんぞ?」

「〝ノーネーム〟に残ってくれて、ありがとう」

「……………いや、俺箱庭に此処以外の居場所に行くことって、多分ないから。ここ以外は全部社畜になる未来しか残ってなかったから」

 

 〝サウザンドアイズ〟然り。〝アンダーウッド〟然り。その他店の客の勧誘等々。

 それら全部、好待遇すら跳ね除けてまで彼は〝ノーネーム〟に残った。その理由は―――

 

「それに他の場所、スケボー禁止って言われたから」

 

 ―――純粋に自分の私利私欲のためであった。

 

 

 

 その後、昼下がりに旅支度を終えた黒ウサギとグリーは十六夜を捜しに、〝ノーネーム〟を後にした。

 その姿を見えなくなるまで見送った耀と翔。

 

「行っちゃったね…………」

「そうだな」

「「……………………」」

「とりあえずおやつにしよう」

「とりあえず書類を確認してくれ」

「「……………………………………」」

「何を言ってるの?おやつが先だよね?」

「いや、食べながらでいいから確認してくれ。頼むから。俺の一存じゃ決められそうにない代物ばかりなんだ。こればかりはリーダーの意見も聞かにゃならん。汚れてもいいものもあるから、そっちから先に確認してくれ」

「むぅ………意地悪」

「おやつはいつもより多くしとくし、明日、いや明後日辺りに好きなもんを作ってあげるから」

「…………………………………なら許す」

「その間が気になるが、とりあえず本拠に戻ろうぜ」

 

 本拠へ足を向けて仲良さげに歩いていく二人。

 

 これから、たった二人だけでこのコミュニティを支えていかなければならない。

 

 今までと同じようにはいかないかもしれないが、それでも最適解を汲み取りながらやっていくだろう。

 

「苺大福お代わり」

「もう材料ないから無理」

「嘘。完成品の匂いがまだする」

「………………………俺、耀のギフトのそういうところが嫌いだ」

 

 ………………本当に、大丈夫なのだろうか………?




【天上天下】
 下に空間のある場所で埋まり、スケートボードを頭に乗せる本来のスケボーとは立場を逆転させるトリック。頭上のスケートボードは前後に揺れ続ける。

【パラソル浮遊】
 skate3で、オブジェクトのパラソル付きテーブルの上に乗り、両手を上げるモーションをすると浮遊感が与えられる。


翔「今作品の主人公の板乗翔だ」
猫「作者の猫屋敷の召使いです………」
翔「………表記、変えるのか?」
猫「うん。今回からこれにしようかと」
翔「そうか。それよりも………」
猫「前書きの通り、今回の投稿遅れて申し訳ありませんッ!!思いの外学校が忙しくて執筆時間がなかなか取れなかったのと、話が思い浮かばなくて右往左往と彷徨ってましたッ!!」
翔「そうだな。それが正しい」
猫「それとサブタイの通り次回から番外編です!ラストエンブリオ編まで原作内時間で二年ぐらいあるので、その間の日常等の出来事を書き綴っていきたいと思ってます!一つ一つが短いと思うので、いくつかを一話にまとめて投稿する予定です!GW中一話二話二投稿できるように頑張ります!」
翔「今後ともとこの作品をよろしくー」
猫「……………ところで耀は?」
翔「パークでスケボーの練習中だ。かなり上達してるぞ?」
猫「あっそう………。じゃ、じゃあ今回はこれぐらいで。また次回!」


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