もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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最近真面目を書こうとすると拒絶反応が出て、手が止まる。三話同時投稿です。お気をつけてください。


第二十三話 でも、本能と理性と頭と体が書かせてくれない

 翔と三頭龍の両者が正面衝突…………するわけもなく。

 三頭龍に向かって突撃するような勢いで飛び出した翔は、出来る限り平らな地面を見つけると、テーブル、椅子、ティーセット、お菓子を取り出して席に着く。一応アジ=ダカーハの分の席も用意してある。

 

「………」

『………』

「……………」

『……………貴様は、何がしたいんだ?』

 

 若干混乱したような様子を見せる三頭龍。翔はその問いに、口に入れたクッキーを飲み込んでから答える。

 

「ングッ。さっきも言った通り、足止めをしたい。でも、今は動く様子が無かったからな。ゲームルールが邪魔だから、解こうとしてるんだろ?なら俺が邪魔するべきはゲームをクリアするために、動き始めるとき。それまではこうやってのんびり―――」

 

 翔の言葉は最後まで続かなかった。なぜなら、翔の言葉の途中で三頭龍が、テーブルごと彼を斬り刻んだからだ。

 

『………フン』

 

 完全に殺したと判断した三頭龍は、テーブルと翔の残骸に背を向ける。しかし、

 

「俺のお気に入りのティーセットがあああぁぁぁぁ!!!!??」

『ッ!?』

 

 突如背後から響く絶叫。その声に反応して振り向きざまに声の主を斬り刻む。今度こそはっきりと確認した。翔がバラバラになり、地に転がる様を。だが、

 

「に、二度も斬ったね!?親父にですら『ハラキリ』や『クビキリ』しかされたことないのにッ!!」

『………』

 

 即座にその場に五体満足で姿を現す翔。………彼の言葉から読み取るに、最低でも二回は父親に切られているということになるが、気にしないことにする。

 それを見て、これ以上やるのは労力の無駄と判断したのか、腰を下ろして蜷局を巻く。

 

「………ん?もういいの?」

『………貴様を殺しても無駄だと判断した。ただそれだけだ』

「なら俺も自由にさせてもらおう」

 

 そういって、今度は白地にハート柄の炬燵一式と地面に敷物を敷いて、炬燵の中に湯たんぽを入れる。天板にはミカンと緑茶も用意する。準備が終わると、のそのそと炬燵に足を入れて温まる翔。

 

「ふぅ………」

『………』

 

 翔が炬燵のあまりの温さに蕩けていると、アジ=ダカーハがのそのそと寄ってきて、炬燵へと足を入れる。

 その行動には、さすがの翔も驚きのあまりに固まり、じっと三頭龍を見つめてしまう。

 

「………」

『………』

「……………」

『……………変温動物なのだ。許せ』

「それなら仕方ないな。あ、お茶いります?緑茶ですけど」

『………頂こう』

「どうぞー」

 

 翔が緑茶を三人分差し出す。アジ=ダカーハはそれを受け取ると、影を使って器用にそれぞれの口に運ぶ。

 ズズー、と一人と三つ首がお茶を啜る。

 ………………この状況を見たら、誰もが目を疑うだろう。()()三頭龍が炬燵に入ってお茶を啜っているなど、誰もが二度見、もしくは目を擦りたくなる光景だ。

 だが、現実問題そんな光景が実現している。

 そんな光景はしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 三頭龍はゲームクリアのための情報収集に眷属を街へと放つ。しかし、翔は炬燵のあまりの気持ちよさに、天板に顎を乗せて寝落ちしていた。

 やることもやり、時間を消費するために惰眠を貪ろうとする三頭龍。しかし瞳を閉じかけた途端―――カツン、と甲高い足音が聞こえた。

 

『………!』

「………」

 

 ユラリ、と三つのうちの一つが鎌首を上げる。翔も聞こえたのか目を覚ます。

 すると寂れた道の向こうからコツコツと、二人分の靴音が聞こえた。主催者側からのアクションかと思ったが、それにしては早すぎるし迂闊すぎる。翔も不審に思い、視線だけを向けて警戒する。

 何事かと怪訝そうに傾げる左首。

 足音の主は姿を見せると、快活な声を上げた。

 

「あ、居ましたよ旦那様!ほらあそこ!あそこで炬燵に入りながら蜷局巻いてます!」

「そんなものは見れば―――炬燵?い、いや、そんなことよりも、もう少し落ち着けカーラ。閣下の御前だぞ」

「いいなー!私も入りたい!」

 

 美麗な金髪にメイド服を着た快活そうな女は、ふわりと甘い薫りが漂いそうな髪を靡かせ、鼻歌でも歌うかのように三頭龍を指さす。

 苺の様に赤い唇は整った容姿と愛らしさに拍車をかけている。しかしその腰にはその容姿とメイド服に似合わない巨大な大剣が下げられていた。彼女の背丈ほどはあろうかというその大剣は、女性の細腕では一振りも出来ないだろう。

 しかし金髪のメイド―――カーラと呼ばれた女は、大剣の重さをものともせずステップを踏んでいる。並の怪力ではない。間違っても人類ではない。

 

(………相手にはしたくないな)

 

 天板に顎を乗せながらも、来訪者を横目で確認する。

 もう一人の男の方も、目で確認する。一見脅威にはなり得そうもない()()()()()()()()男。

 

(………変な奴。でも、油断したら駄目なタイプだ。何考えてるか全く読めない)

「―――カーラ」

「はーい!」

「―――――はい?」

 

 目を離さずに、空になった湯呑に新しく緑茶を注ぐ翔。

 と、その時。男は女の名を呼ぶ。すると、メイド服の女性は腰の大剣を抜くと、在ろうことか翔へと振り下ろしてきた。観察されたのが気に食わなかったのか、三頭龍と一緒にいるのが気に食わなかったのか分からないが、何か癪に障ったのだろう。

 すかさずスケボーで受け止める翔。反応できたのは偶然だった。速度は決して遅くはなく、むしろかなり速かった。それでも反応できたのは、単純に警戒していたからだろう。

 受け止めた翔も、受け止められたカーラもお互いに驚いていた。

 

「………まさか、今のに反応するなんて。やりますね」

「偶然に決まってんだろッ!俺は戦闘要員じゃないのッ!!後方支援が主な非戦闘要員なんですうッ!?」

「非戦闘要員が私と鍔迫り合えてる時点でおかしいですよ?」

「それについては否定できないッ!!あ゛あ゛!!クッソ重いッ!!!」

「女性に重いって言ったら失礼ですよ?私、傷ついちゃうなあー」

「体重の話はしてねえよッ!?主に大剣と腕力とかの話だろうがッ!!!体重に関しては目測で『軽そうだなあ』程度にしか思ってねえよッ!!!」

「や、やだなあ、もうッ!そんなに誉めないでくださいよお!」

「ごめん!褒めたつもりは一切なかった!!」

「………………………」

「ちょッ!?まだ余力あんのかよッ!!?」

「そちらこそッ………!人のこと言えないじゃないですかッ………!!」

 

 大剣とスケボー。どちらも押せず押されず、拮抗している。カーラと呼ばれた女性もムキになっているのか、更に大剣に力を込めて押し込む。

 ギギギギィッ!と互いに歯を剥き出しにしながら、全力で力を込めている。

 そんな二人を無視して、謎の風貌の男は軽く会釈すると、知人に話しかけるかのような声音で挨拶をした。

 

「久しぶりだな、閣下。相変わらずご健勝なようで何より」

『………その声。貴様、グリムの詩人か』

「如何にも。〝幻想魔導書群〟が崩壊した時に霊格を失ってね。まあ、ご覧の有り様さ」

『戯言を。霊格を完全に失った〝ノーフォーマー〟が生きていられるはずなかろう』

「そうでもねえよ。何事にも裏道や例外はあるものさ。今は遊興屋として雇われている―――と、今はそんなことより、アンタの方だ。随分とのんびりとしたゲームメイクしてるじゃないか。しかも敵と一緒に炬燵に入りながらなんざ。以前のアンタなら罠と承知で敵陣に乗り込み、罠ごと主催者をぶっ殺していただろうに」

 

 やれやれと頭を横に振る謎の風貌の男―――幻想と呼ばれた男は、三頭龍に無防備に近づくと、批難するように瞳を細めた。

 

「二〇〇年ぽっち眠った程度で日和る閣下じゃあるまい。何か考えがあるんだろ?邪魔はしないから、昔馴染みにも教えてくれよ」

『……………』

 

 ヒュン、と風を切る音。

 その直後、ロンドンの街に強烈な疾風が起きた。見れば三頭龍の片翼が大きく広げられ、鋭い刃物の様に男の首を切り飛ばしてる。

 だが幻想と呼ばれた男はノイズの様に揺れるだけで、首と胴体は何事も無く繋がっていた。

 肩を竦めて笑う男は蛇のように絡みつく笑みを浮かべて告げる。

 

「無駄だぜ閣下。そんな子供騙しで今の俺は殺せない。閣下の所持する〝アヴェスター〟なら万が一もあり得るが………試してみるかい?」

『……………』

 

 幻想と呼ばれた男はニヤリと笑って挑発する。しかし三頭龍は取り合わず、蜷局を巻きなおして二度寝に入る。どうやら面倒くさい奴に絡まれたらしい。

 ヒラヒラと尻尾の先を振ると、無感情に告げた。

 

『失せろ、グリムの詩人。今日は興が乗らん』

「つれねえなあ。熱心なファンを無下に扱うもんじゃねえよ?ゲームの謎解きに手間取ってるなら手伝うぜ?」

『いらん。謎ならば概ね解けている』

 

 ………へえ?と、幻想の男は口を歪ませて笑う。その笑みはさながら獲物を前にした蛇の様だ。

 翔も三頭龍の言葉に、一瞬驚き動きを止めるもすぐに茶を啜り始める。その横では、一緒に炬燵に入って翔が淹れた紅茶を飲んでいるカーラがいた。

 いつの間にか、二人の鍔迫り合いは終わっていたようだ。

 

「そうかい。流石は閣下だ。俺もファンとして安心したよ。俺はメイドと一緒に高みの見物と洒落込むんで、閣下はご同類との戦いを楽しんでおくれや」

『………同類だと?』

 

 予想外の言葉に鸚鵡返しで問い直す。この手合いは間違っても真正面から取り合ってはいけないと分かっていたが、三頭龍は聞き返さずにはいられなかった。

 翔は「同類」が何を指すのか分からず、首を傾げていた。

 

「ああ、そうだよ。このトリプルゲームの中には一人だけ、閣下とご同類がいる。〝悪〟の御旗を背負う魔王アジ=ダカーハと、同じ試練を課した者が」

『……………』

「己の鏡像前にした貴方がどんな反応をするのか。どのような暴威を振るうのか。………俺はその瞬間が楽しみでならない。〝人類最終試練〟として幾星霜の戦いを続けてきた魔王は、同類に如何なる採決を下すのか、ってな」

 

 幻想が厭らしく笑う。

 その笑みには、まるで戦いの結末を予知でもしているかのような不気味さがあった。

 

「この戦いの果てに閣下を討つ者がいるなら、その男か、もしくはコウメイの娘か………それとも大本命である金糸雀の駒が勝つのか。カーラはどう思う?」

 

 幻想は女の方に顔を向ける。そこには、

 

「この紅茶美味しいですね!銘柄はなんですか?」

「アッサムだ。欲を言えばアッサムCTCがあればよかったんだが、如何せん見つからなくてな。それで我慢してほしい」

「いえいえ!この味なら十分美味しいですよ!」

「そうか?ミルクティーに適してるってよく言われるから、心配だったんだが………」

 

 暢気に談笑する翔とカーラの姿があった。別に仲間というわけではないはずなのだが、同じ炬燵に入って茶を飲んでいる。いや、それを言うなら同じ炬燵に三頭龍も入っているのだが。

 

「……………」

「あいたッ!?何をするんですか旦那様!?」

「アホ。敵と仲良くなる馬鹿が何処にいる?つか、質問に答えろ」

「あー………なんでしたっけ?」

「誰が閣下を討つかもしれないか、だ」

「あーはいはい。そうですねえ。大穴として、〝ウロボロス〟代表の殿下君とかどうでしょ?」

「それはねえわ。あの子が閣下に挑むのは十年早い。肝心のブレイブが足りてねえよ。じゃあ、そこの少年。お前はどう考える?」

 

 突然話を振られる翔。茶菓子を口にしていたせいもあって、返答が遅れる。

 

「ゴクン。どれが誰か全く分からんけど、とりあえず十六夜に一票」

「そうか。手堅く金糸雀の駒か」

 

 普通だな、と吐き捨てて三頭龍に背を向ける。

 

「まあ、俺が言いたいのはそれだけだな。上層は白旗状態でもうお手上げらしい。なので勝つにせよ負けるにせよ閣下はこれがラストゲームだ。俺はその勧告しに来たってわけ。―――だから、悔いを残すなよ。俺にとっては貴方だけが世界で唯一の魔王なんだから」

「―――せめて、この紅茶を飲み終わってから帰りませんか?」

「……………」

「いたっ!ちょ、痛い痛い!!痛いですって!!ごめんなさい!!」

 

 幻想と呼ばれた男と吸血鬼は霞の如く姿を消した。

 後に残るのは翔と炬燵と蜜柑に茶。

 三頭龍は六つの紅玉を細め、三つの首で天を仰ぐ。

 

『………そうか。これが私の、最後の戦いか』

「……………」

 

 三頭龍は紅玉の瞳に遠い過去を映す。

 ずっと、ずっと。戦い続けた闘争の日々。〝未来に現れる英傑〟を待ち続けた。自身を打ち倒す英傑を。

 そうやって永遠に続くのかもしれない、終わりなど存在しないのかもしれないとまで思っていた日々がようやく終わると考えた刹那―――紅玉の瞳に、一人の女の影が浮かんだ。

 

『……………』

 

 思い返せば、その女の涙こそ全ての始まりだった。

 

『……………』

 

 紅玉の瞳を閉じる。幾星霜という年月が経った今でも、決して忘れることはない。

 宝石のような瞳から止め処なく流れていた涙の理由を。その涙を拭うためなら、永遠を賭しても構わないと思った熱い気持ちを。

 戦って戦って、永遠に等しい時間を戦い続けた。

 その戦いが………ようやく終わりを告げようとしている。

 

『―――裁決の時だ。箱庭の英雄たちよ』

「……………」

『今こそその真価を見せるがいい………』

 

 その宣言を翔は静かに聞き入っていた。

 彼も、やはり人なのだろう。

 翔は心の底から、彼に尊敬の念を抱いた。

 

「………さて、そろそろぐうたらするのもやめて、真面目にやるか」

 

 炬燵などの出したものを全て片付け、三頭龍と向き合う翔。その際にアドレナリンを注射し、ギフトを意図的に暴走させる。

 

『……………』

「んじゃ、アジ=ダカーハ()()。ちょっとだけでも、貴方の血を流せるように努力させてもらうッ!」

 

 力場を生じさせ、周囲の瓦礫を三頭龍に向けて飛ばしたのを合図にして、今度こそ二人は衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――空中城塞・最上階のテラス。

 夜明け前の風が吹き抜け、城の上に掲げられた旗印を揺らす。あと一時間もすれば地平線から太陽が昇り、夜の終わりを告げるだろう。

 召喚された時は主力コミュニティである三つの旗印しかなかったが、今は違う。

 〝ウィル・オ・ウィスプ〟の蒼炎、〝サラマンドラ〟の火龍、その他にも参戦を表明した全てのコミュニティの旗印が雄々しく靡いている。

 この光景は眼下の翔とアジ=ダカーハにも見えるだろう。

 何十もの旗印が最強の神殺しを前にして不退転を鼓舞する様は、壮観の一言に尽きる。名を上げるのにこれ以上の効果があるだろうか。

 正に一世一代、華の舞台と呼ぶに相応しいだろう。

 なのにその旗印の戦列に………一つ、足りない旗があった。

 

「…………」

 

 黒ウサギは最上階のテラスに一人佇み、旗印を見上げていた。

 柄にもなく少し寂しげな表情を浮かべる彼女は、柄にもない溜め息を吐いて柵に凭れ掛かる。

 

「………これから命がけの大決戦だっていうのに、鼓舞できる旗が無い。締まらない話なのです。皆さんは、本当にそれでよろしいのですか?」

 

 黒ウサギは視線をテラスの入り口に向ける。

 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀の三人は、三者三様の表情を浮かべて頷いた。

 

「俺たちは所詮〝名無し〟のコミュニティ。大舞台で命を賭けたとしても、後世に名を残すことは難しいだろうな」

「そうね。こんな大舞台に参戦を表明できないなんて口惜しい気持ちはあるけれど……」

「………今回の戦いは、名前を売る為の戦いじゃない」

 

 戦いとは名誉の為だけに行われるものではない。為すべきを為し、討つべきを討つために行われる戦いがある。

 〝人類最終試練〟―――不倶戴天の敵として蘇ったアジ=ダカーハは、世の全てに降りかかる災厄だと自身を称した。

 命に、都市に、文明に、繁栄に、秩序に、犯罪に、社会悪に。

 この世の正義に牙を剝き、醜悪な地獄を暴悪な地獄で吞み込む魔王。

 それらは嵐の如く、津波の如く、雷雨の如く、世の全てに一切の差異なく降りかかる、意志ある〝天災〟である。

 

「世界の敵………か。何とも大層な敵だが、まあやることは今までと一緒だろ。魔王を倒すために旗揚げし直したのが今の〝ノーネーム〟だ」

「といっても、口惜しさは消えないわ。せめて連盟旗を製作できていたらこんなことにはならなかったのにっ」

「連盟が締結できていたら、これがデビュー戦だったもんね。あのトカゲ魔王さまは空気が読めない魔王だ」

 

 全くだ、と同時に頷く問題児三人。

 

「それよりも翔の野郎は一体全体何処に行ったんだ?」

「居たら食事作ってもらおうと思ってたのに」

「またそこらへんで埋まってるんじゃないかしら?」

 

 三人は姿の見えない翔の話をする。

 どうやらレティシアは話さずにおいてくれたようだ。

 呆れたように溜め息を吐く三人。

 しかし話題の彼はいま、眼下の街で三頭龍と激しい攻防を繰り広げている。いや、一方的な虐殺を受けている、と言った方が適切であろうか。

 だが、三人はそんなことをしているとは夢にも思わず、大して心配もしていない。どうせどこかで埋まって身動きできていないだけか、そこらをフラフラしているだけだろうと考え、話題を終える。

 最終作戦が始まるまであと一刻ほど。

 四人は旗が無いことを嘆くためにテラスを借りたわけではない。英気を養う為に少しだけお茶会をしようという飛鳥の提案で此処まで来たのだ。

 お茶を載せたカートに手をかけた黒ウサギは自慢の

 

「ネコミミ!」

 

 ネコミミをユラユラと揺らし―――

 

「………ネコミミ?」

 

 ネコミミ?え、何ですかその媚び媚びなケモミミは高貴なウサ耳に喧嘩売っているのですかええそういう意味なら買いますよいくらでも、という意図を込めて問題児たちに視線を向ける。

 だが其処には、彼女の想像を超えた物があった。

 

「に、似合う!似合うわ十六夜君!春日部さん風に言うなら〝超グッジョブ〟よ!」

「ううん、それは違うよ飛鳥。これはもう〝超グッジョブ〟を超えてる。それこそ〝ギガグッジョブ〟、〝テラグッジョブ〟、〝オメガグッジョブ〟を越えた究極のグッジョブ―――〝AT・GJ〟だよッ!!!」

「やかましいわ」

「本当、どうしてこんな時に翔君はいないのかしら!勿体無いわ!」

「うん。勿体無い。翔が見つかったら見せてあげよう」

 

 腹を抱えて笑う久遠飛鳥と、何処までも真剣な春日部耀。

 その二人を呆れながら見る逆廻十六夜―――改め、ネコミミ十六夜。

 

「な………な………!?」

 

 黒ウサギは想像を超えた光景に思考を真っ白にさせていた。

 十六夜の頭上には、何時か召喚したネコミミヘッドホンが装着されている。黒ウサギが過去をモノログっちゃってる間に装着したのだろうが………問題は其処ではない。

 ネコミミヘッドホンは、十六夜の頭に抜群に似合っていた。

 元々が外に撥ねる癖毛だったこともあるが、不機嫌そうに尖らせた瞳や彼自身の内面や微ツンデレなキャラクター性も相まって化学反応を起こし、黒ウサギの胸の奥から未知の衝撃を掘り起こしていた。

 

「な、何でしょう、この胸の高鳴りは………!ウサ耳代表としては断固として物申さねばならないはずのこの状況に、何故か身を任せてしまいたい自分がいるのです………!!!こ、この衝動は一体………!!?」

「それは萌えだよ、黒ウサギ」

「………な、なんということでしょう………黒ウサギも遂に己の宇宙観を手にするほどの悟りを開いたのですね………!!!しかしその切っ掛けがライバルジャンルであるネコミミとは、何という皮肉………!!!何という屈辱………!!!」

「―――。わかったから、女性陣一同そろそろ異世界から帰ってこい。………なんでこんな時に翔の奴いないんだよ、クソ」

 

 呆れたように溜息を吐く十六夜。最近少しずつツッコミ側に傾いて来た自分に危機感を覚えつつも、今の自分も悪くないと自嘲の笑みを浮かべる。

 こんな馬鹿な付き合いを何時までも続けられたらいいと、以前までの自分からは考えられない弛んだ思いがあった。

 

 願えるのなら………この戦いの後も、この日々が続けばいいと。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ロンドンの街。

 ある建物の中に翔はいた。その姿は血塗れで、口からも血を吐き出している。しかし、その口元は弛み笑みを浮かべていた。

 壁に背を預けて休む翔。

 

「………フ、フハハ………なんかあいつら、また馬鹿なやり取りしてそうだなぁ。俺も、参加したいもんだ………」

 

 何か電波を受信したのか、小さく笑い声をあげる。

 三頭龍との攻防で自滅気味に斥力で互いを弾き飛ばしたのだ。それぞれは逆方向に吹き飛び、翔はこの建物に突っ込んだ。

 

「ゲフッ………あーつらっ………肺に肋骨刺さってんなぁ、これ。呼吸しづらいったらありゃしねぇ………」

 

 アドレナリンのおかげで痛みこそ感じていないが、息苦しさだけはどうにもならない。

 いつもの翔ならば、リスポーンすれば万事解決する話なのだが、〝物理演算(デバッグ)〟を長時間無理やり暴走させた反動なのか、他のギフトが使いにくくなっているのだ。

 

「………ゴホッ。感覚的にはあと数分でリスポーンできる、か………」

 

 長い攻防により、すっかり夜が明けたロンドンの街。翔が突っ込み、瓦礫になった壁も今では完全に修復されている。

 

「………夜が明けたんなら、何か、仕掛けてくれるとは思うが………あー帰りたい。スケボーしたい」

 

 翔が疲労困憊といった風に、ずるずると壁伝いに床へと寝そべる。

 明るくなり、空中城塞から攻撃を仕掛けてくれると信じて、どうにかしてリスポーンしようと努力する。

 そんな彼の傍には、黄金の杖が安置されていた。

 翔はそれを横目に見て、ため息を吐く。

 

「………どー見ても、あれってゲーム関係のもんだよなぁ………此処で待ってれば、必然的にアイツも来る、か」

 

 今は安全確保のために、建物前面に斥力のドームを生み出している。今の状態では分身体の侵入を防ぐ程度にしかならないが、それでも十分であった。

 

「………つか、逆になんで斥力の壁を突き抜けて攻撃できんだよ。理論上は斥力よりも大きい力なら可能だが、実行するのにどれだけの速度と力が必要だかわかってんのか………?」

 

 翔がいくら斥力の壁を生み出しても、三頭龍はそれを超える力で突破してしまう。

 次はどうやって足止めしようかと考えていると、

 

「………おっ、リスポーンできそう」

 

 感覚的にリスポーンできると判断して、その場に無傷の状態で出現する。

 

「………残るアドレナリンは二本。夜間の攻防で二本も使ったのは痛いな」

 

 外からは激しい戦闘音が鳴り響いている。しかし、それはほんの少しの間だけで、すぐに静かなロンドンの街へと逆戻りする。どうやら一撃離脱で分身体を吐き出させているようだ。

 翔は耳を澄まして、周囲の音を確認する。数分か十数分ほどそのまま立ち尽くしていた。

 

「でも、そううまくはいかないよな」

『ああ。その通りだ』

 

 斥力の壁を突破してきた三頭龍が声をかける。

 

『そこにある黄金杖を渡してもらおうか』

「………ほんの少しでも、時間を稼ぎたいとは思うけど、ここまで来られたら焼け石に水だよなぁ………」

 

 冷や汗をたらしながら、引き攣った笑みを浮かべながらも、アドレナリンを注射する。

 

「もう少しだけ、お付き合い願うぞッ!」

『………フン』

 

 何度目かの衝突を始める両者。

 翔は黄金杖の周りに斥力を発生させて壁を作ると、突撃する。




【ハラキリ】
 文字通りのトリック。

【クビキリ】
 これも文字通りのトリック。

【炬燵】
 白地に赤いハート柄の炬燵カバー。余裕で五、六人は入れる大きめの代物。
 入ったら最後、謎の魔力で出たくなくなる悪魔の代物。
 途中から翔とアジ=ダカーハはずっと入っていた。すごいシュール。
 ………とか言ってるけど、実は作者は生まれも育ちも、全国炬燵保有率ワースト一位の場所に住んでいて本物の炬燵を知らない。これだけで分かる人には場所が分かってしまう。

【変温動物】
 本当にそうかはわからない。だから、この作品の独自設定。


翔 「主人公の翔です」
作者「作者の猫屋敷の召使いです」
翔 「とりあえず今回もサブタイから突っ込ませてもらうぞ?」
作者「おう」
翔 「………どうした?」
作者「真面目を書こうとしたら、手が止まって『あれ?真面目ってどうやって書けばいいんだっけ?』ってなった。そのうえ、俺の全てが『真面目が書けない?ならばギャグを書けばいいじゃない』って囁いてくるんだ………」
翔 「………………」
作者「俺、頑張ったよ?最終決戦ぐらい、真面目に書こうとしたんだよ?」
翔 「………お疲れ様。………そういえば耀は?」
作者「あ、それなら向こうでヌケボーの練習して来るって」
翔 「やめろおおぉぉぉ!!!早まるんじゃないいいいぃぃぃぃ!!!!」
作者「あー、行っちゃった。とりあえず次でアジ=ダカーハ戦は最後です」

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