もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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第十九話 類は友を呼ぶ!

 ―――〝ヒッポカンプの騎手〟・地下都市の観戦会場。

 そこで翔は当日に開く店の準備をしていた。翔は水場での活躍が難しいため、サポート役として参加するか悩んでいた。せめてスケボーが幻獣と認められたなら、選手として参加する可能性もあっただろう。だが、そんな暴論が通るわけもなく、一瞬で却下された。

 

「なぜスケボーが認められないのだろう?ならばと思って提案したゴミ箱先輩とベニヤ板先輩も却下されたから、幻獣の区別はやっぱり息があるかないかなのだろうか?」

 

 絶対にそんな定義ではないだろう。まず生きた細胞が無い時点で生物とは認められないのだから。逆に通ると考えている前提から違うのだ。

 

「だからといって水の側じゃなおさら活躍できないし。白雪姫が居るからそっちのが断然役に立つしなぁ。騎馬に危害を加えられないなら、騎手に直接ゴミ箱先輩を吹っ掛けるか、パークに引き摺り込んで放置っていう手もあるけどさ。それより俺、料理人よりスケーターしてたいんだよなー。最近料理しかしてないし」

 

 滑りたいなぁーとぼやきながら、屋台を組み上げる翔。当日はリリたちも売り子として手伝ってもらえるように頼んである。勿論水着でだ。美少女たちが売り子をしていれば、売り上げが伸びるだろうという魂胆からだ。白夜叉の暴走に便乗しようとしているのだ。

 

「はぁ………店はリリたちに任せてサポート役として出て適当に滑ってようかなぁ………」

 

 そろそろスケーターとしての何かが爆発しそうな翔は、水面でもいいから滑りたい衝動に駆られ始めている。

 

「………どうせ俺は強制参加かね?それならそれでただ滑るだけなんだが………」

 

 もっと【ポセイドン】や【ロケット】以外のトリックを決めたいという思いが、沸々と湧きあがってくる。

 

「むぅ………あとで駄目元で三人に聞いてみるかぁ………」

 

 そんなことを考えていると屋台が組み終わり、地面にいる酔っ払いたちを跨ぎながらその場を後にする翔。

 

 

 

 その後、三人に聞いた結果。

 

 

「駄目よ。貴方は何をするかわからないのだから」

「駄目。私たちが絶対困ることになるから」

「駄目に決まってるだろ。お前が一番の不確定要素なんだよ」

 

 

「何するかわからない、困る、不確定要素、ねぇ………いいよいいよ。そっちがその気ならこっちにも考えがある」

 

 不敵に笑う翔。そして、ある場所へと誰にもバレないように向かう。

 彼が何を考えているのかは、本人とある人以外は当日に知ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝ヒッポカンプの騎手〟・参加者待機場。

 快晴だった。当日の朝は雨雲がちらほらと出ており天気が崩れそうな雰囲気であったが、昼間を過ぎれば強い日差しが〝アンダーウッド〟に差し込んでいた。

 大樹の水門に設けられたスタート地点で、意気揚々とレースの開始を待つ参加者たち。

 しかしそんな活気に溢れる中―――十六夜たち他〝ノーネーム〟のメンバーは、コミュニティごとに宛がわれた更衣室テントの前で、ジンから昨夜の出来事を知らされていた。

 

「―――以上が、サラ様とポロロから要請を受けた内容です。〝二翼〟とは遺恨もあります。絶対に勝ってください」

 

 優勝者が、次期〝階層支配者〟を連盟から指名する。

 十六夜たちは呆れたようにため息を吐いた。

 

「………なるほど。サラも面白い面倒事を任せてくれたな」

「でもせめて一言欲しかったわ。私、本当に心配したのよ?」

「これはもう、サラには美味しいものを奢ってもらうしかないね」

「………程々にしておけよ?じゃなきゃまた料理人が泣くぞ」

「………?翔が作ってくれるんでしょ?」

「ごめん。それサラじゃなくて、俺に奢ってもらうことになってると思う。普通にプロの方に作ってもらってくださいお願いします」

 

 耀に土下座で懇願する翔。そんな二人のやり取りを見て苦笑する十六夜達。

 

「しかしレンタルをした女性出場者は、本当に全員水着なんだな………白夜叉の発案にしては珍しくまともじゃねえか」

「酔った勢いで言ってたからな。理性があったのかなかったのかは知らんが」

 

 十六夜と翔はそう言って、飛鳥と耀の水着姿を見つめる。

 飛鳥はビキニタイプにパレオを付けた水着、対して耀はセパレートタイプの水着だった。

 ………二人が観察していると、飛鳥が頬を赤くして二人を睨む。

 

「ちょっと、ジロジロ見過ぎよ」

「馬鹿言えよ。水着姿なんて見られてなんぼだろ。二人とも、中々にエロっぽいぞ」

「似合ってないわけじゃないんだし、いいじゃん。こんな機会なんて滅多にないんだから楽しめよ」

 

 ビシッ!と親指を立てる十六夜と、頬杖を突きながらダルそうに言う翔。恥ずかしさからますます紅潮する飛鳥。

 耀は逆に、親指を立て返してビシッ!と返す。

 丁度そんなお馬鹿な四人のやり取りが終わった頃。更衣室の中から、水着に着替えている黒ウサギの声が聞こえた。

 

「お………お、お待たせしました」

 

 ヒョコ、と。テントの出口からウサ耳だけが出てくる。心なしか紅潮しているのは気のせいではないだろう。

 既に水着に着替えている飛鳥と耀は、じれったそうにウサ耳を摑み、

 

「「てい!」」

「フギャァ!?」

 

 思いっきり引っ張った。黒ウサギは堪らずテントの外まで引き摺り出される。その引っ張った勢いで、黒ウサギの胸元が艶めかしく揺れた。

 

「………お?」

 

 十六夜の瞳が、揺れる胸元に釘付けになる。

 黒ウサギの衣装は―――愛らしいフリルで着飾られた、煽情的なビキニの水着だった。

 童顔とは相反する蠱惑的な肢体に、一同は息を呑んだ。

 

「………十六夜君。エロっぽいというのは、こういうのを言うのよ」

「馬鹿を言え。これはエロいっていうんだよ」

「うん。エロエロだね」

「白夜叉にしては普通のチョイスで安心した」

「ほ、他に言う事はないのですか………?」

 

 ツッコミを入れる気力すら湧かずに、ウサ耳と頬を真っ赤にする黒ウサギ。

 十六夜は黒ウサギの心境を察したように、笑って付け加えた。

 

「いや、自信持っていいぞ。〝アンダーウッド〟全域を見回しても、黒ウサギが一番可愛い。俺が保証する」

「………そ、そう、ですか」

 

 ド直球な言葉にもっとウサ耳が紅潮する。

 

「というか、翔君はどんなのを想像していたのかしら?」

「どんなのって………白夜叉の事だから………スリングショット、とか?まあ、もし用意してたら、殴り込みに行こうかとは思ってたけど」

「す、スリングショット………?」

「アレか、紐の奴だな」

「うん。紐の奴だね」

「そう。紐の奴だ」

 

 飛鳥は首を傾げていたが、十六夜と耀は分かったのか頷いていた。黒ウサギも分かったのか、さらにウサ耳が紅潮する。

 川辺で参加者を集める鐘が鳴り響いたのは、それから間もなくのことである。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝ヒッポカンプの騎手〟・舞台。

 十六夜、飛鳥、耀、白雪姫の四人はなんとも言えない表情を浮かべていた。その原因は―――

 

「………なんで貴方も出場するのかしら?」

「………暇だったから俺も出たいなー、って。それで白夜叉に相談したら『面白そうだから良いぞ!〝サウザンドアイズ〟名義での出場を許す!』って言って許可くれた」

 

 ―――飛鳥の横でヒッポカンプに跨る翔であった。

 

「くっ………まさか、こんな身近に思わぬ伏兵が出るなんて………!」

「大丈夫だよ、飛鳥。翔の騎馬は走るのが苦手な子だった。仲間内では、可哀そうだけど落ちこぼれって呼ばれてた」

 

 耀が飛鳥に耳打ちする。確かに翔が乗っている騎馬は彼女が昨日確かめた中で一番水面を奔るのが苦手であった。だが、翔もちゃんと調べているのだ。その結果が今の騎馬なのだから。彼の秘策にはこの騎馬が最適と考えたからである。

 そんなことも知らない一同は、少し安堵する。

 

「………それなら、安心かしら。なら私たちが注意しなきゃいけないのは………」

 

 そういって飛鳥は離れた場所にいるフェイス・レスの姿を見つめる。

 大河の両岸にいる十六夜、耀、白雪姫も目配せし合って頷き合う。

 黒ウサギは舞台の真ん中まで移動し、ルールの最終確認を行った。

 

『それでは黒ウサギより、〝ヒッポカンプの騎手〟の最終ルール確認を行います!

 一、水中の落下は即失格!但し、岸辺や陸に上がるのはOK!

 二、進路は大河だけを使用すること!アラサノ樹海からは分岐路がありますので、各参加者が己の直感で進んでください!

 三、折り返し地点の山頂に群生する〝海樹〟の果実を収穫して帰る事!以上です!』

 

 黒ウサギが言い終わると、白夜叉は両手を開き準備を整え。

 

『それでは参加者たちよ。指定された物を手に入れ、誰よりも速く駆け抜けよ!

 此処に、〝ヒッポカンプの騎手〟の開催を宣言する!』

 

 

 

 

 

 

 

 ―――開会宣言後、刹那の剣閃だった。

 白夜叉が柏手を打つと同時に、フェイス・レスは蛇蝎の魔剣を引き抜いて範囲内に居る参加者を全て切り伏せた―――否。正確には、首の皮一枚傷つけることなく。

 仮面の騎士は一瞬にして参加者たちの水着をバラバラに引き裂いたのだ―――!!!

 

「きゃ………きゃあああああああああああああああ!!?」

 

 途端に広がる黄色い絶叫。水着を斬られた者たちは何が起こったのかも分からず、己の裸体を隠すためにドンドン水面に落馬していく。男性も容赦なく素っ裸にされた。

 

「うへぇ………えげつない………」

 

 〝水着斬り裂き魔(フェイス・レス)〟はその間も悠々と騎馬を進め、参加者の水着や衣服を近寄る傍から斬って捨てている。そして翔にもその魔の手が襲い掛かる。

 だが、宙に舞ったのは衣服の切れ端ではなく、鮮血であった。騎手である翔は跳ね上げられて、岸に投げ飛ばされる。そして叫ぶ。

 

「あ、相棒おおおおおおおおおおおおおおおッ!!?」

「………え?」

『『『え?』』』

 

 フェイス・レスも観客も驚きの声を上げる。彼女が斬ったのは翔の服ではなく、彼の騎馬のヒッポカンプであったのだから。

 

「え、衛生兵!衛生兵いいいぃぃぃッ!!!治療を早くうううぅぅぅ!!!?」

『は、はい!』

 

 一体どういう事だろうか?先ほどまで一分のズレも無く、水着と衣服だけを斬り捨てていたというのに。彼女の手元が狂ったというのだろうか?………答えは否だ。彼女の狙いは正確であった。()()()()()()()翔の衣服を切り捨てていただろう。何かあったから今、翔の騎馬が血塗れなのだから。

 では何があったか?根本としては、彼女が翔を狙ったのが不味かったのだ。

 フェイス・レスの蛇蝎の魔剣は、彼の衣服を斬ろうとした瞬間………何故か【()()()()】したのだ。本来ならば、【ゲッダン】は人がする現象で物体がすることはほぼないのだが運悪く、彼女はその超低確率を引き当ててしまったようだ。そのせいで刃先がズレて、騎馬を斬りつけてしまったのだ。

 黒ウサギはなんとも言えない表情で、審判として告げる。

 

『え、えっと………〝ウィル・オ・ウィスプ〟のフェイス・レス選手、禁止事項抵触のため、失格でございますヨ………』

「………はい」

「相棒おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 ルールだから仕方ないと頷き、退場するフェイス・レス。

 そのすぐ傍で血塗れの騎馬を傍で見守る翔。だが、次の瞬間!

 

「ヒヒンッ!」

『『『………え?』』』

「なん………だと………?お前、まさか………」

 

 彼の騎馬は無傷の状態で姿を現したのだ!

 この現象に似通ったものを翔は、というより翔という人物を知っている者ならば知っている。

 

「お前は………()()()()()だったのか!?だから泳ぐのが、というよりも水が苦手だったんだな!?」

「ヒンッ!」

 

 衝撃の真実。彼のヒッポカンプは〝スケーター(ヌケーター)〟のギフトを一部所持しているようだ。

 だからなのだろうか?フェイス・レスの蛇蝎の魔剣が【ゲッダン】したのは。一人と一頭のギフトが合わさり、相乗効果で刃先がズレたのかもしれない。

 だが、これで翔はレースに復帰できる。彼自身も落馬せずに岸に上がっていたのだから。

 

「相棒、行けるんだな?大丈夫なんだな?」

「ヒヒンッ!」

「よっしゃ!なら行こう!今すぐ行こう!!俺が硬水ロードを作るから、お前はその上を走れ!硬水ロードならお前は真価を発揮できるッ!!硬水こそが、お前のボードだッ!!」

 

 翔は騎馬に跨ると、オブジェクトの水を召喚して進行方向に敷いていく。

 彼がこの騎馬を選んだ理由は、スケーターだったからではない。その事実は彼自身もいま知ったものだ。

 本当の選んだ理由は、この騎馬は『硬水』の上を走らせたならば、【超加速】並みの加速と速度を発揮するのだ。翔にボードが必要であるように、このヒッポカンプにとって『硬水』こそが必要な物、彼にとってのボードであったのだ。

 翔は硬水の道を敷き続ける。ヒッポカンプはその水とは思えない硬さを持つ、文字通りの『硬水』の上を駆けていく。そうして彼らは、他の参加者を次々と追い抜いていった。

 

「………………………一番の強敵だと思ってた人が、さっそく退場したのだけれど?」

「………………………翔が勝っても、多分問題ないんだろうが―――」

「「それだけは嫌だな(それだけは嫌よ)」」

 

 口を揃えて言う二人。

 

「絶対に負けてなるものですかッ!」

「あんな野郎に二度も負けて堪るかよッ!」

 

 飛鳥も騎馬であるヒポポタママに鞭を打ち、加速させる。十六夜も離れないようについて行く。先を行く翔に負けないために。

 

 

 

 

 

 

 

 樹海を進む翔は細い河を通って山頂を目指していた。しかしその途中で〝水霊馬〟に襲われる。だが、

 

「………この程度だったら、ベニヤ板先輩とゴミ箱先輩で事足りるからなあ………」

 

 正面を見据えながら呟く翔。

 右手に(ゴミ箱先輩)を左手に(ベニヤ板先輩)を持って、突き進む翔とその騎馬であるヒッポカンプ。

 

「別に優勝を目指さなくてもいいんだよなぁ………お前はどうだ?優勝したい?」

「ヒヒンッ!」

 

 走りながら器用に首を振って、否定の意を示すヒッポカンプ。

 今まで思う存分に走ることが出来なかったから、現在のこの状況だけで十分満足しているのだろう。

 

「そっか。………まあ参加したからには好成績残して終わりたいよな。優勝とか」

「ヒンッ!!」

 

 今度は同意するかのように力強く鳴いて、さらに速度を上げるヒッポカンプ。

 そのことに驚く翔。

 

「おおッ!?まだスピード上がるのかよッ!?すげえな!」

「ヒヒヒンッ!!」

「ハハハ!いいぞこれ!!ガンガン行こうぜ、相棒!!ついでに楽しもう!!気の済むまでなッ!!!」

 

 テンションも速度も上がっていく一人と一頭。〝水霊馬〟なんか気にならない速度で河を駆けていく。

 その後は難なく山頂まで一気に駆け上がっていく一人と一頭。

 

「………着いた!山頂はここだろ!?」

「ヒンッ!」

 

 そういって山頂に一番乗りで辿り着いた翔は目の前の大海原に目を奪われる。

 

「………ハハ、アハハハハッ!スゴいなコレッ!?これだけでも参加した価値があるな!!とはいえ海は怖い!!強制リスポーン地獄の産地だし!!さっさと採るもん採ってバイバイしようぜッ!!?」

 

 ヒン、と短く鳴いて、すぐ近くの海上に生えている樹へと寄るヒッポカンプ。それに生っている実を素早く回収する翔。そこへ、

 

「………ッ!先を越されてたわ!十六夜君!」

「クソッ!負けて堪るかよクソッタレ!」

「あちゃー?追い付かれちゃった?」

「ヒン………」

「あー大丈夫大丈夫。お前さんのせいじゃないから」

 

 追い付かれたことを申し訳なく思ってるのか、哀しそうな声で鳴く翔のヒッポカンプ。翔は気にするな、と騎馬を慰める。彼自身そこまで差を開くことはできないと考えていたのだろう。

 

「でもなぁ、一番の不安要素は飛鳥達じゃないんだよなぁ………」

「あら?それはつまり、私たちは眼中にないという事かしら?」

 

 額に青筋を浮かべながらお嬢様らしからぬ表情で、翔に尋ねる飛鳥。しかし彼は首を振って否定する。

 

「眼中に無いわけじゃない。優勝を競い合うことになるのは確定だとも考えてる。でも、それ以上の不安要素が―――」

 

 瞬間、緩やかに足場が揺れ始め、心なしか波風が強くなり始める。

 

「ああ、クッソ。やっぱ参加してんじゃねえか………最悪。勝ち目ねえじゃん。十六夜ー、お前に丸投げしていいー?」

 

 翔が独り言のように暗い表情で呟く。

 地鳴りは滝の下を震源として徐々に強くなり、大噴火のように水柱を上げてその姿を現す。天まで届くかという水柱には、一頭の騎馬と騎手の影。先ほどまでの地鳴りは大河と滝の流れを逆流させるものだったのだ。

 

「いやあ、参った参った!寝坊したらこんな時間になってもうた。無理やりねじ込ませてもらったのに、白夜王には悪いことしてもうたなあ」

 

 胡散臭い関西弁を話しているがしかし、その雰囲気に昨夜までの親しみやすさはない。突然現れた最後の参加者―――蛟魔王は、濡れた髪を搔き上げて翔達を一瞥する。

 

「ハァ………マジクソゲー………こんなん萎えるわー………仕方ないからスケボーしよ………」

 

 そんな翔の声が広い海原へと消え入る。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――海樹の園・海岸沿い。

 潮風が吹き抜ける海岸で、四人はそれぞれの陣営を―――

 

「ああ、相棒………ここまでのようだな………もし来世があるなら、その時はまたお前の背中に乗せてくれよ………」

「ヒンッ………ヒンッ………!」

「遺言みたいなことを言うん止めてくれへん?僕、其処までやるつもりあらへんで?」

「馬ッ鹿お前!俺らは金槌なんだよ!水に浸かった瞬間、命を刈り取られるんだよッ!!」

「ヒンッ!!」

「じゃあなんで参加したん、君ら!?」

「暇だったからに決まってんだろ!?なあ相棒!!」

「ヒヒンッ!」

「それにここはお前のフィールドだ!なら此処で全員を潰すつもりで津波の一つや二つ起こす気だろう!?」

「…………あちゃー、バレてもうたか………残念ながら君、正解や」

「…………え?マジで?さっきのフラグだったか?言わなくてもどうせやってたんだろうけどッ!」

 

 蛟劉が馬上で右腕を掲げると、先ほどの何倍もの地鳴りが彼らを襲う。

 次の刹那、巨大な津波が迫り始めた。

 

「………覚悟決めるか、相棒!」

「ヒンッ!」

「死んだらリスポーンして会おう!優勝できないのは残念だがな!」

 

 そういって、硬水ロードで滝へと全力疾走し始める一人と一頭。そして、一〇〇mもの高さからダイブした。

 

「暇つぶしだから負けても良いうえに、リスポーンできるからって思いっきり飛んでいったわ!」

「けど他に手はない!お嬢様も滝に向かって走れ!」

 

 そんな声が後ろから聞こえた。だが、翔は気にすることも無く、久方ぶりの落下を楽しむ。

 

「ヒャッハー!〝Hall of Meat〟をやってる気分だ!!」

「ヒヒィン!!」

 

 翔がそんなことを言っていると、彼の騎馬が一際甲高い声で嘶く。すると、

 

「おおう!?硬水が、集まってきてる!?って、これは―――」

 

 至る所から硬水が押し寄せて来て、足下にウォータースライダーを形成する。そう。これは、

 

「―――ボード呼び戻し!?ボードの代わりが硬水だからこんな風になるのか!?」

「ヒンッ!」

「………ハハハッ!すげえな、相棒!スケーターらしくなってきたじゃねえか!!」

 

 ―――なら、もう一段スケーターらしくしてやろうか?―――

 そんなことを言っているかのような気配が、彼らの背後から感じた。それに悪寒を感じて、勢いよく振り向く。

 

「ゴ、ゴミ箱先輩………ッ!?も、もう少しでゴールなんだ!!だからそれまでは、それまではせめてッ!!」

「ヒ、ヒンッ………!?ヒンッ!ヒンッ!」

 

 翔とその相棒が懇願する。だが―――

 

 ムシャリ。

 

 ―――現実は無常である。

 

「ぎゃあああああぁぁぁ!!!?」

「ヒヒイイィィン!!!?」

 

 一人と一頭がゴミ箱先輩に喰われる光景を、唖然としながら飛鳥と観客たちは見ていた。現在一位の選手がそんな呆気ない終わり方をしてしまえば、そんな表情にもなるだろう。

 そのまま大河へと落下して失格となり、スタート地点にリスポーンする。

 一人と一頭は岸辺に寄って、反省会を開く。

 

「むぅ………まさか、あんなところに伏兵がいるとは思わなんだ」

「ヒン………」

「まあ、優勝こそ逃したが楽しかったから良しとしよう」

「ヒンッ!」

 

 翔は右手で、ヒッポカンプは左の蹄で、ペシッっと何とも締まらない音のハイタッチをする。

 

 

 

 その後、文字通り最後の参加者となった飛鳥達〝ノーネーム〟がゴールを果たして、ギフトゲーム〝ヒッポカンプの騎手〟は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝アンダーウッド〟階層支配者就任式。

 最終日を迎えた収穫祭の夜。

 連日行われた酒宴は一時取り止められ、荘厳な雰囲気に包まれていた。

 大樹の天辺では、南の守護者としてサラ=ドルトレイクが新たな〝階層支配者〟として任命され、〝鷲龍の角〟を授与されている。

 地下都市の広場でそれを見上げていた十六夜たちは、収穫祭を振り返りながら斑梨のジュースを飲んでいた。

 

「これで〝龍角を持つ鷲獅子〟連盟も落ち着くかな」

「そうですねー。今回の一件でグリフィスが出奔し、反発する声はほとんど無くなったでしょうから」

 

 十六夜に黒ウサギが応じる。グリフィスはサラが〝階層支配者〟を継ぐと決定するとすぐにコミュニティを去った。それが潔さからでた行動なのかは分からない。しかし長の座をかけて戦った以上、敗者が去っていくのは別段おかしなことではないのだろう。〝二翼〟の同士もすぐに現状を受け入れた。

 

「サラの折れた龍角も、〝鷲龍の角〟があれば大丈夫なのよね?」

「元々がドラコ=グライフの龍角だから、一本だけだしね。他にも何かギフトを授かるって言ってたから、きっと大丈夫だよ」

 

 そう、と相槌を打つ飛鳥。そこで十六夜が疑問の声を上げる。

 

「そういや、翔の奴はこんな時にどこに行ってんだ?」

「さあ?また料理でも作ってるんじゃないかしら?」

「本人のいないところで好き勝手に言わないでくれ。さすがに最終日まで料理していたくはねえよ。俺にも休息ぐらいくれよ」

「ヒンッ」

 

 翔が文句を言いながら、一同に合流する。何故かヒッポカンプを乗せた台車と共に。

 

「………そのヒッポカンプはどうしたのでございますか?まさか、盗んできたのでは―――」

「風評被害が甚だしい発言は止めてくれませんかねぇ!?コイツは、こんな奇妙なヒッポカンプは扱いづらいから、って向こうの方から引き取らせてくれたんですぅー!」

「ヒンッ!」

 

 そういってため息を吐きながら、空いている場所に座る翔。

 しばしすると、大樹の天辺で炎の嵐が吹き荒れた。

 その熱風は地下都市にまで届き、夜風の肌寒さを一斉に吹き飛ばす。新たな〝階層支配者〟が生まれた事を知り、地下都市では乾杯の音があちらこちらで鳴り響いていた。

 黒ウサギは〝アンダーウッド〟を見上げ、羨望と祝福を込めて呟いた。

 

「………お疲れ様です、サラ様。黒ウサギたちも負けずに頑張るのですよ」

 

 コミュニティの命運を背負い、再建に貢献し、その功績が認められた。

 黒ウサギはそれが他人事とは思えなかった。崩壊から〝ノーネーム〟を支え続けている彼女にとって、復興の前例というのは強い励ましになるだろう。

 何時か旗と名を取り戻し、同士たちと再会する。

 その夢を大樹の旗に重ねて見上げる。

 傍に控えていたリリたち年長組は、今がタイミングだと走り寄ってきた。

 

「あの、黒ウサギのお姉ちゃん」

「………リリ?どうしたのですか?」

 

 神妙な顔をしているリリに、小首を傾げる。

 リリは狐耳を紅潮させて、胸に抱きしめていた小袋を手渡した。

 

「………これは?」

「プレゼント。十六夜様や、飛鳥様や、耀様や、翔様、ジン君や、私たちみんなで選びました」

 

 ―――へ!!?とウサ耳を逆立たせて驚く黒ウサギ。

 視線で問いかけると、問題児三人はそれぞれ別方向にそっぽを向いたまま頷いた。翔はそんな三人の様子を見て、クツクツと含み笑いを溢す。

 

「………ま、こんな面白い場所に招待してくれたからな」

「連盟も組んで、一つの節目が出来たわけだし」

「何時もありがとう、黒ウサギ」

 

 耀が笑顔で締めると、更にそっぽを向く十六夜と飛鳥。それを見てもう既に含み笑いを我慢できなくなったのか、盛大に笑い転げる翔。だがすぐに二人の手によってシバかれる。

 そんな不器用な心遣いが、今は心から嬉しかった。

 

「あ、ありがとう………ございます。とても大切にするのですよ………!」

 

 そう言って袋を開けようとする黒ウサギ。しかし問題児三人は、慌ててそれを遮り、広場の中央まで黒ウサギを連れて走り出した。

 

「いいから、贈り物の確認なんか後でやれ」

「今夜は最終日よ!飲んで食べないでどうするの!?」

「行こう、黒ウサギ!」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 プレゼントをリリに預け、広場に躍り出る四人。僅かに開いた小袋の中をリリが覗くと、プレゼントとは別の手紙が入っていた。宛名にはこう書いてある。

 

『親愛なる同士・黒ウサギへ』と。

 

「………ふふ。十六夜様達も、素直じゃないです」

「それがあの三人じゃん」

 

 〝親愛なる同士へ〟。その一文が嬉しくて、パタパタと二尾を揺らすリリの横で、カメラを覗き込みながら翔が呟く。

 

「おかげで、いい写真も撮れた」

「………翔様は映らなくていいんですか?」

「カメラマンは映らなくてもいいの。本当かどうか分かんないけど、写真には撮影者の心が映り込むって、よく色んな写真家が言ってるんだから。それよりもお前らも行ってこい」

 

 慌ただしく駆けていく彼らの後を、年長組に追いかけさせる翔。年長組も嬉々として追いかける。

 そして、一番後ろで、もう一枚写真を撮影する翔。

 

 映っている全員の、背中しか映っていない写真だが、見る人にも楽しい雰囲気が伝わってくる一枚であった。

 

「じゃあ、俺らも行くか。相棒」

「ヒンッ!」

 

 写真に満足してカメラをしまい、相棒の乗る台車を引きながら、皆の背中を追いかける翔。

 夜風と祝福に包まれた大樹の地下都市は今宵も眠らず、何時までも明るい声が響いていた。

 




【幻獣】
 グリフォンやヒッポカンプのこと。決してスケートボードやゴミ箱先輩、ベニヤ板先輩は含まない。

【スリングショット】
 紐の水着。何故か男性用もある不思議。

【サウザンドアイズ名義での出場】
 白夜叉にジャンピング土下座して頼み込んだ。そしてなんか面白そうってことで参加させてくれた。その結果、序盤で白夜叉の仇敵である、女王の騎士を脱落させるという番狂わせをした。


【ヒッポカンプ(スケーター)】
 作者の苦肉の策。この回書くことなさ過ぎてどうすればいいか悩んだ結果、『猫屋敷の召使いよ………スケーターを増やせばいいのです』という天啓を受けた(大嘘)。
 まだスケーター(ヌケーター)として半人前で、オブジェクト召喚が上手くできないため、翔に硬水を召喚してもらっていた。
 そして、扱いづらい騎馬のため、翔に押しつk、引き取られた。名前は次回。

【硬水】
 水とは思えない硬さを持つ水。skate3にはありふれた水。水中こそ存在しないが、それでもスケーターは溺れて死ぬ。

【刃先のズレる蛇蝎剣】
 (ヌケーター)ヒッポカンプ(ヌケーター(半人前))、『硬水』。これらの要素が一か所に集まっていたから、物理先生がご乱心してもおかしくないね!

ボード(硬水)呼び戻し】
 スケーターとして覚醒したヒッポカンプが成せる技。呼び戻す硬水は一つか全部かなどと枚数指定できる。


作者「サブタイトルは『(ヌケーター)(ヌケーター)を呼ぶ』と読んでください」
翔 「ついに、ついにスケーター仲間が………!」
ヒッポカンプ
  「ヒンッ!」
翔 「相棒!」
作者「というわけで今回で原作五巻が終了ですね」
翔 「今回は書く内容に困ったんだったか?」
作者「うん。舞台は水場だし、スケーター立ち入り禁止区域の海もあったからな。だから苦肉の策としてヒッポカンプのスケーターを急遽増やした」
翔 「今回だけは作者に感謝しとく」
作者「今回だけって………もっと感謝してぇな!」
翔 「特にする必要が無い。それより読者様に言っておくことがあるんじゃないのか?」
作者「あ、そうだった。えー、この作品についての意見等についてなのですが、お書きになる場合は感想ではなく、活動報告の『「もしもスケーター(ry」なんでも掲示板 』をご利用ください」
翔 「………以上か?じゃあ、また次回!」
作者「さて………次回も書くものには困り果てているんだが、どうなるかな………?」
翔 「おい」

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