もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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第十三話 スケーターは樹木と相性が悪い

 ———〝アンダーウッドの地下都市〟壁際の螺旋階段。

 螺旋状に掘り進められた〝アンダーウッド〟の都市をグルグルと回りながら登っていく。深さは精々二〇mといったところだが、壁伝いに登るとなるといささか距離がある。

 しかし〝ノーネーム〟一同は億劫そうな顔など一切見せず、初めて訪れた都市に瞳を輝かせていた。収穫祭ということもあって、出店からは美味しそうな薫りが漂っている。

 耀は〝六本傷〟の旗が飾られている出店に、ふっと瞳を奪われた。

 

「………あ、黒ウサギ。あの出店で売ってる〝白牛の焼きたてチーズ〟って、」

「駄目ですよ。食べ歩きは〝主催者〟への挨拶が済んでから、」

「美味しいね」

「いつの間に買ってきたんですか!!?」

 

 その背景では、翔がお店の人に必死に頭を下げて謝りながら、代金を支払っている姿が窺えた。

 黒ウサギのツッコミを意に介さず、耀は小さな口に含んだ熱々のチーズを手で伸ばす。

 二口、三口、と食べ進める耀の隣で、飛鳥とアーシャが物欲しそうに見つめる。

 それに気づいた耀は、包み紙を二人に近づけて小首を傾げた。

 

「―――――………匂う?」

「匂う!?」

「匂う!!?匂うって聞かれた!?そこは普通『食べる?』って聞くはずなのに『匂う?』って聞いたよコイツ!!」

「うん。だって、もう食べちゃったし」

「しかも空っぽ!?」

「残り香かよ!!」

 

 そこに代金をしっかり支払い終え、手にチーズの匂いを漂わせる袋を下げた翔が戻ってくる。袋から流れてくる薫りを瞬時に嗅ぎ取った耀は、

 

「あ、翔。おかわりちょうだい」

「ちょッ!?これ耀のおかわりじゃなくて皆の分!皆の分だからッ!!」

 

 翔から袋を奪い取ろうとする。

 

「ほら!羊羹やるからそれ食ってろ!!」

「あむ………おいしい」

 

 一瞬で袋への興味がなくなり、心底美味しそうに羊羹を頬張る耀。

 その間に、袋からチーズを皆に配る翔。

 

「ほら、飛鳥とアーシャの分」

「ええ。ありがとう」

「………私もいいのか?」

「別にいいさ。大した出費でもないしな」

 

 そういって、押し付けるように手渡すと、黒ウサギやジン、食べられるのかどうか分からないがジャックにも渡していく翔。ただし、自分の分だけは買っていないようだ。

 

「あら?自分の分は買わなかったのかしら?」

「………店とかにチーズを持ち込まれたりするから、見飽きてんだよ。今じゃ見るだけで胸焼けする」

「………そ、そう………」

 

 翔の返答に困ったような声を上げる飛鳥。

 彼は店で酒のつまみとして、よく持ち込まれたチーズを調理していたのだ。焼くだけのものからスモーク、フライまで、挙句にはピザにもしている。それにほぼ毎回持ち込まれるのだ。耀にバレてからは不定期ではなく定期でやっている為、客足も増え繁盛している。その弊害が彼の胸焼けであるのだが。今では、野菜や肉を見るのすら嫌になりかけている。そのため基本的に彼の食事は、店では絶対に作らない類の面倒な料理を自ら作っている。その度に耀が味見と称して大半を食べていくので、最近では自分の分と耀の分とを作るようにすらなってしまっている。

 

「ヤホホ。気遣いができる方なのですね、翔さんは。それに賑やかな同士をお持ちで羨ましい限りですよ」

「そうだな。我がリーダーが俺の存在を忘れるくらいには賑やかだよ」

「うぐっ………まだ根に持ってたんですか、翔さん………」

「当ッ然ッ!しばらくは忘れるつもりはねえよ」

「ヤホホホホホ!」

 

 どの集団よりも賑やかに進む一同は、網目模様の根を上がって地表に出る。

 しかし長いのはここからなのだ。大樹を見上げる一同。

 

「………目測でまだ200m以上はあるな」

「〝アンダーウッド〟の水樹は全長500mと聞きます。まだ中ほどの位置ですから、翔さんの言う通りでございますね」

「それはさぞ、頂上から滑ったら爽快だろうな。………それにしても500mか。それなら相応の移動手段が備えられてると思うんだが………なんかあるか?ないとか言わないよな?頼むからあるって言ってくださいお願いします」

「ヤホホ!安心してください!お察しの通り本陣まではエレベーターがありますから、さほど時間はかかりません」

「………安心した。ものすげー安心した。そんなものはない、とか言われたら自分で飛んでいこうかと思ってたわ」

「私も」

 

 翔と耀が見るからにほっとして胸を撫で下ろす。そんな二人を見て苦笑する一同。

 ジャックは歩みを進めると、太い幹の麓に行く。木造のボックスに乗り全員に手招きをする。

 

「このボックスに乗ってください。全員乗ったら扉を閉めて、傍にあるベルを二回鳴らしてください」

「わかった」

 

 木製のボックスに備えられたベルの縄を二回引いて鳴らす。

 すると上空で、水樹の瘤から水が流れ始めた。

 翔たちが乗っているボックスと繋がった空箱に、大量の水が注がれているのだ。乗用ボックスと連結している滑車がカラカラと回ると、徐々に上がり始めた。

 

「わっ………!」

「上がり始めたわ!」

「ヤホホ!反対の空箱に注水して引き上げているのです。原始的な手段ですが、足で上がるよりはよほど速い」

「あっヤバッ!?落ちるッ!!」

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

 翔がそう叫び、皆が彼の方を振り向く。しかし、先ほどまでは確かにそこにいたはずの翔の姿はなく、代わりに床から生える一つの手首があった。

 

「ちょっ!?誰か手を引っ張るか掴むかして!!?このままだとマジで落ちる!!さすがに空中にマーカーとか置けないよ!!せっかくここまで来てリスタートとか、嫌だよ俺!?」

 

 ここまであからさまに埋まるのはあまりに久しぶりのことで呆然とする一同だが、翔の言葉で我に返る。

 一番早く動いたのは黒ウサギであった。すぐに翔のかろうじて出ている手を瞬時に摑み取る。

 

「しょ、翔さん!気を付けてくださいと、常日頃からあれほど言っているじゃないですか!?」

「いや、俺も出来れば埋まりたくねえよ!?でも埋まるんだからしょうがないだろ!!文句は床とか地面に言え!!」

「言葉が通じないから無理です!!」

「やってみれば意外と通じるかもしれないさ、きっと!!」

 

 そうギャーギャー騒ぐ翔と黒ウサギ。何とかギリギリ落ちることを防げた一同はホッと息を吐く。

 

「まったく。翔君は忙しないわね」

「うん。もう少し落ち着いてほしい」

「お前らにだけは言われたくないッ!!………あっ」

「あっ」

「「「「あっ?」」」」

 

 翔と黒ウサギが同じような声を漏らす。その瞬間、スルリ、といったように黒ウサギの手から翔の手が滑り落ちた。

 

「テメッ、黒ウサギ!?覚えてろよおおおぉぉぉ!!!」

「も、申し訳ないのですよおおおぉぉぉ!!」

 

 下へと落ちていく翔。それをエレベーターの底で見ることもかなわず、遠ざかっていく声だけを聴いている一同。

 

「黒ウサギ………今のはさすがに………」

「酷いわね。いくら翔君が問題を起こすからといって、報復にわざと手を離すなんて」

「いえ、わざとではありませんよ!?」

「「犯人は皆そう言う」」

「だから違いますッ!!」

 

 耀と飛鳥から責められる黒ウサギ。その様子を見てため息を吐くジン。

 

「………引き返しますか?」

「………いえ、多分リスポーンしてると思うので、後で合流することにします………それに翔さんも必死に登ってくると思うので………」

 

 ジャックが提案するが、流石にこの高さでは死んでいると考え、こちらに向かってくることを信じたジン。

 その後、数分して本陣まで移動した水式エレベーター。

 吊られたボックスを固定する金具を付け、木造の通路に降り立つ。

 木の幹に取り付けられた通路は何枚もの板木を繋げて作られており一見危なく思えたが、乗ってしまえばそんな不安はすぐに消えた。見かけより頑丈な作りなのだろう。

 落ちないように両側にも柵が設けられており、身を乗り出さない限りは落ちそうにない。いや、一人はこの通路に到達する前に落ちたのだが。

 幹の通路を進むと、収穫祭の主催者である〝龍角を持つ鷲獅子〟の旗印が見えた。七枚の旗を見た耀が疑問を口にして、黒ウサギが七枚の旗の説明、それぞれの旗と連盟旗について話す。その後、受付へと向かう一同。

 

「〝ウィル・オ・ウィスプ〟のジャックとアーシャです」

「〝ノーネーム〟のジン=ラッセルです」

「はい。〝ウィル・オ・ウィスプ〟と〝ノーネーム〟の………あ、」

 

 受付をしていた樹霊の少女は、ハッと顔を上げる。

 彼女はメンバーの顔を一人一人確認していき、飛鳥で視線を留めた。

 

「もしや〝ノーネーム〟所属の、久遠飛鳥様でしょうか?」

「ええ。そうだけど、貴女は?」

「私は火龍誕生祭に参加していた〝アンダーウッド〟の樹霊の一人です。飛鳥様には弟を助けていただいたとお聞きしたのですが………」

 

 ああ、と思い出したように頭を痛そうに押さえる飛鳥。

 〝黒死斑の魔王〟が翔に追いかけられていたときに避難させた、樹霊の少年の事だろう。

 受付の少女は確信すると、腰を折って飛鳥に礼を述べた。

 

「やはりそうでしたか。その節は弟の命を助けていただきありがとうございました。おかげでコミュニティ一同、一人も欠ける事無く帰って来られました」

「そ、そう。それは良かったわ。なら招待状は貴方たちが?」

「はい。大精霊は今眠っていますので、私たちが送らせていただきました。他には〝一本角〟の新頭首にして〝龍角を持つ鷲獅子〟の議長でもあらせられる、サラ=ドルトレイク様からの招待状と明記しております」

 

 〝ノーネーム〟一同は一斉に顔を見合わせて驚いた。

 

「サンドラの姉である、長女のサラ様が?まさか北側に来ていたなんて………もしかしたら、北側の技術を流出させたのも―――」

「流出とは人聞きが悪いな、ジン=ラッセル殿」

 

 聞き覚えのない女性の声が背後から響き、ハッと一同が振り返る。

 途端、熱風が大樹の木々を揺らした。激しく吹き荒ぶ熱と風の発生源は、空から現れた女性が放つ二枚の炎翼だった。

 

「サ、サラ様!」

「久しいなジン。会える日を待っていた。後ろの「此ォ処ォかあああぁぁぁッ!!!って、熱いいいいいいッッッ!!?ホノオ!?ホノオナンデ!?」な、なんだ?」

 

 サラの後ろを何かが物凄い速度で通り過ぎ、炎翼に巻き込まれながら過ぎ去る。〝ノーネーム〟の一同はそれが何か分かり、頭を痛そうに押さえる者やホッと安心する者に分かれた。しかし、まだ安心はできない。なぜなら、彼はまだ燃えているのだから。

 

「コヒュー………コヒュー………ゲフッ………ゲフッ………」

「「「「あっ」」」」

 

 喉が焼けたのか、悲鳴も上げられない翔。苦しそうな呼吸音と咳き込む声だけがその場に響く。その様子を見て我に返ったサラは焦り始める。

 

「す、すまない!まさか炎翼に人が巻き込まれるとは思わなかった!すぐに治療を―――」

「残念ながら、もう手遅れです」

 

 ジンが焦る彼女に対し、すでに息絶えた翔を指さす。それを見て顔を青くするサラ。〝主催者〟の一人として、参加者を事故とはいえ殺してしまったという事実を、重く受け止めているのだろう。しかし、その心配は杞憂で終わった。

 翔の死体はすぐにその場から消えた。そしてすぐに、

 

「ああああアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアッッッ!!!!!!!!!!クソがああああぁぁぁぁ!!!!せっかく登ったってのにゴール地点で焼死かよッ!!?ふざッけんな!!!なんで俺の進行方向にピンポイントで、炎なんざあんだよ!!!?んなもん予想できるかあッ!!!!こちとらマーカーも置けなけりゃ、空中で方向転換とかいう高等技術も持ち合わせてねえんだよおおおおおおお!!!!!!」

 

 翔の絶叫が大樹の下の方から響いてきた。それを聞いて、今だけは不憫に思う〝ノーネーム〟と〝ウィル・オ・ウィスプ〟の一同。サラもその声が聞こえていたようで、表情を暗くする。

 

「………なんか、すまない。私が炎翼なんて出していなければ………」

「………気にしないでください。今のは不幸な事故でございます………」

 

 表情を暗くしたサラを気遣う一同。今のはどちらが悪いとも言えない。偶然が重なった不幸な事故だ。偶々翔がエレベーターから落ち、水樹の幹を登るという方法での登頂を試みる。偶々、サラが炎翼を出していた場所に、登ってきた翔が突っ込む。偶々、翔に燃え移った炎が肺と気管を焼き尽くし、呼吸ができなくなり窒息死したなど。本当に偶然が重なった不幸な事故だ。

 それを気に病む必要はない、と〝ノーネーム〟メンバーが慰める。現に死亡した翔は生きているのだから、後で謝罪し、許してもらえばそれでいい、と。それを聞いて気持ちが軽くなったのか、少しだけ表情を明るくするサラ。

 そこに、二度目の登頂を果たした翔が辿り着く。先ほどのような勢いはなく、若干やつれて、細くなっているようにも思える。肌も土気色だ。彼でも、この水樹の登頂は精神的に来るものがあるのだろう。だが、それも当然だ。スケボーでここまで上がって来るには、一直線に登るのでは、すぐに失速して落下してしまう。だから彼は、螺旋を描くように、幹を何周もして登ってきたのだ。それならば、階段を用いた方が楽なような気もするだろうが、スケボーの【超加速】を使った方が時間的にも早く、速度的にも速い。なにしろ一度は登ってきたものの、あんな結果に終わった。それでも彼は諦めずに、もう一度同じ方法で登頂してきた。たとえ精神的に苦しくてもだ。言ってしまえば、彼の人としての、そしてスケーター(ヌケーター)としての最低限の意地だ。

 登頂した翔は〝ノーネーム〟メンバーの顔を見て安心したように脱力する。

 

「やっと、着いたっ………!さっきの炎で心が折られかけたが………!ニュートン先生、もとい重力にも折られかけた………!!でも、それでも、俺はやり切ったッ………!!ここまで、この本陣まで登り切ったんだ………ッ!!」

 

 地面に手をつき嗚咽する翔。その光景に呆然とするサラ・ジャック・アーシャの三人。

 

「………お疲れ」

「………お疲れ様」

「………お疲れ様でございます」

「………ご苦労様です」

 

 咽び泣く翔を見て、それぞれ声をかける〝ノーネーム〟の四人。それを見て、気まずそうな表情でサラが近づき、謝罪する。

 

「………先ほどは、すまなかった。炎翼に人が飛び込んで来るとは、考えていなかったんだ………」

「………別に、いいさ。………こっちだって水樹の幹を登ってきたんだ。予想外なことをしている自覚は一応あるしな………」

 

 一応あるのか、と〝ノーネーム〟の四人は思った。

 サラは自身が思った疑問を口にする。

 

「だが、なぜその者は別に来たのだ?」

「「「「………」」」」

 

 サラの質問に口を閉ざす一同。まさか、エレベーターの床から落ちたとは言えるわけもなく、どう説明していいものか悩んでいる。そんな中、翔が説明する。

 

「途中までは一緒だったが、そこのエレベーターの床から落ちただけだ………。気にしなくていい………」

「床から落ちた?壊れたのか?それならすぐに整備を―――」

「「「「壊れてないので大丈夫です!」」」」

「………?だが落ちたのだろう?つまり床が抜けたと―――」

「「「「そういうわけではないので大丈夫です」」」」

「………むぅ。言っている意味がよくわからないな」

 

 サラが首を傾げて不思議がる。

 翔は泣き止むと、サラのことを見て首を傾げる。

 

「あれ?というか誰?」

「それは中で茶でも飲みながら話そう。キリノ、受付ご苦労。中には私が居るからお前は遊んで来い」

「え?で、でも私が此処を離れては挨拶に来られた参加者が、」

「私が中にいると言っただろう?それに前夜祭から参加するコミュニティは大方出そろった。受付を空けたところで誰も責めんよ。お前も他の幼子同様、少しくらい収穫祭を楽しんで来い」

「は、はい………!」

 

 キリノと呼ばれた樹霊の少女は表情を明るくさせ、飛鳥達に一礼し収穫祭へ向かった。

 残ったサラは一同に目を向けると、口元に僅かな笑みを浮かばせて仰々しく頭を垂れる。

 

「ようこそ、〝ノーネーム〟と〝ウィル・オ・ウィスプ〟。下層で噂の両コミュニティを招く事が出来て、私も鼻高々といったところだ」

「………噂?」

「ああ。しかし立ち話もなんだ。皆、中に入れ。先ほど言った通り茶でも淹れよう」

 

 手招きしながら本陣の中に消えるサラ。

 両コミュニティのメンバーは怪訝に顔を見合わせるも、招かれるままに大樹の中へ入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ———〝アンダーウッド〟収穫祭本陣営。貴賓室。

 翔達が招かれた貴賓室は大樹の中心に位置する場所にあった。

 サラは〝一本角〟の旗が飾られた席に座り、翔達へ座るよう促した。

 

「では改めて自己紹介させてもらおうか。私は〝一本角〟の頭首を務めるサラ=ドルトレイク。聞いた通り元〝サラマンドラ〟の一員でもある」

「じゃあ、地下都市にある水晶の水路は、」

「勿論私が作った。しかし勘違いしてくれるな。あの水晶や〝アンダーウッド〟で使われている技術は、私が独自に生み出したもの。盗み出したようなことを言うのは止めてくれ」

 

 ホッと胸を撫で下ろすジン。その事が一番気がかりだったのだろう。

 

「それでは、両コミュニティの代表者にも自己紹介を求めたいのだが………ジャック。彼女はやはり来ていないのか?」

「はい。ウィラは滅多なことでは領地から離れないので。此処は参謀である私から御挨拶を」

「そうか。北側の下層で最強と謳われる参加者を、是非とも招いてみたかったのだがな」

「………北側、最強?」

 

 耀と飛鳥が声を上げる。

 隣に座っていたアーシャが自慢そうにツインテールを揺らして話す。

 

「当然、私たち〝ウィル・オ・ウィスプ〟のリーダーの事さ」

 

 話によると、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のリーダー、ウィラ=ザ=イグニファトゥス。〝蒼炎の悪魔〟とも呼ばれ、生死の境界を行き来し、外界の扉にも干渉できる大悪魔だそうだ。だが、実態は余り知られていない。噂だが、〝マクスウェルの魔王〟を封印したという話もあるそうだ。

 

「もしも噂が本当なら、五桁最上位と言っても過言ではない」

「ヤホホ………さて、どうでしたか。そもそも五桁は個人技よりも組織力を重視致します。強力な同士が一人居たところで長持ちはしませんよ」

 

 ジャックは笑ってはぐらかす。表情から読み取ろうにも、カボチャ頭が相手では分が悪い。

 詮索は出来そうにないと判断したサラは、視線をジンへと移す。

 〝ペルセウス〟を打ち破ったことや、〝黒死斑の魔王〟を倒したことを追及され、困り顔のジン。〝黒死斑の魔王〟を倒したのか?と問われた時は、特に困ったような表情をしていただろう。その原因は、椅子に座りながらも疲れた表情をし続けている翔なのだが。

 

「故郷を離れた身だが、礼を言わせてくれ。………〝サラマンドラ〟を助けてくれてありがとう」

「い、いえ………」

 

 赤髪を垂れさせて一礼するサラ。

 彼女は顔を上げて一同の顔を一瞥すると、屈託のない笑みで収穫祭の感想を求める。

 

「それで、収穫祭の方はどうだ?楽しんでもらえているだろうか?」

「はい。まだ着いたばかりで多くは見ていませんが、前夜祭にもかかわらず活気と賑わいがあっていいと思います」

「それは何より。ギフトゲームが始まるのは三日目以降だが、それまでにバザーや市場も開かれる。南側の開放的な空気を少しでも愉しんでくれ」

「ええ。そのつもりよ」

 

 飛鳥が笑顔で答える。

 その後もしばらく談笑を続ける。連盟のコミュニティは、それぞれが身体的特徴や役割によって分けられているなど、なかなかに興味深い話を聞かせてもらえた。

 耀は黒ウサギを見て、ふっと思い出したように尋ねる。

 

「南側の植物って、ラビットイーターとかブラックラビットイーターとか?」

「まだその話を引っ張るのですか!?そんな愉快に恐ろしい植物が在」

「どちらも在るぞ」

「在るんですか!?」

「在んのか。無いなんて抜かしたのは誰だよ。箱庭も大概じゃねえか」

「ああ。発注書が此処に」

 

 バシッ!とサラの机から発注書を奪い取る黒ウサギ。

 そこにはお馬鹿っぽい字でこう書かれていた。

 

『対黒ウサギ型プラント:ラビットイーター&ブラック★ラビットイーター。八〇本×2の触手で対象を淫靡に改造す

 

 グシャ!

 

 その行動で何かを察した翔は迅速に行動を起こす。

 

「ジン。俺らは俺らで見て回るぞ。耀と飛鳥は黒ウサギと一緒に女性同士で見て回れ。ほら小遣い。好きに使え。ただし耀には渡すなよ?日が暮れるぐらいには宿に戻るつもりだ」

「えっ?ちょっ―――」

「ええ。いってらっしゃい。私たちもそれぐらいになると思うから大丈夫よ」

 

 口早で二人にそう告げると、戸惑うジンを引きずって一目散にその場から退散する翔。それを苦笑で見送る耀と飛鳥。

 

「………フフ。名前を確かめずとも、こんなお馬鹿な犯人は世界に一人シカイナイノデスヨ」

 

 翔とジンは、起訴も辞さないのですよッー!?という黒ウサギの叫びを聞きつつ、そそくさと収穫祭を見て回りに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翔とジンは苗と種子を売っているバザーや市場を重点的に回った。その中でも、野菜などの食物系のものを特にだ。

 

「ふむ?これって全部、成長したら接ぎ木とか種子って採れる?」

「ハハハ!兄ちゃん、それが出来なきゃ今ここで売ってねえよ!」

「だーよねぇ!んー………生育環境とかって特に関係ない感じ?」

「ああ。極端に暑かったり寒くなけりゃ、基本的には平気だ」

「そっか。出来れば食って美味いやつがいいんだが………おっちゃんのオススメとかってある?」

「そうだなあ………この苗とかどうだ?成長するまで時間がかかるが、生る実は甘くて美味いぞ」

「むぅ………。実が取れるようになるまで何年ぐらい?」

「五年ってところだな。勿論接ぎ木も可能だ。他の苗は大体生長期間は二、三年ぐらいだ」

「………うん。じゃあそれ三つと………ここからここまでの種子をこの容器一杯分ずつ。あとはそれとそれ、あとあっちの苗も三つずつ」

「あいよ!」

 

 翔がお猪口のような容器と代金を店の人に手渡す。すると店員は種子を掬って、それぞれを小袋に入れると翔に手渡す。()()()の苗も一緒に手渡してくれる。

 

「………?三本多くないか?」

「おまけだよ。それらの苗はどれも特殊な代物なんだ。どれも出来る実は正しく調理すれば美味いんだがな。それ以外の調理法は食えたもんじゃなくてな」

「全部違うのかよ!?それってただの在庫処分じゃん!?っていうか正しい調理法ってなんだよ!?」

「知らん!自分で見つけてくれ!」

「………あー本格的に在庫処分かよ。まあいいや。ありがたくもらっておくよ」

「まいど!」

 

 翔は苗を自分で持ち、種子をジンに持ってもらう。彼の買いっぷりを見てジンは困った表情を浮かべる。

 

「今こんなに買ってしまってどうするんですか?植える場所も置いておく場所もないですよ?」

 

 そう。すぐに本拠に戻るわけにはいかず、これらを植えることはできない。たとえ、本拠に帰ったとしても、まだこれらすべてを植えられるほど土壌の回復は済んでいない。

 ジンは一体どうするのか、と翔に問う。

 

「勿論今から植える。手伝ってくれよ?」

「え?」

 

 ジンが驚きの声を口にすると同時に視界の光景が変化する。

 〝アンダーウッド〟の地下都市から、天井の開いているどこかのスタジアムのような場所へ。しかし、そこには土があり、水があり、植物が存在していた。とても競技場(スタジアム)というには、あまりに異質な場所であった。

 

「あ、あの………此処は?」

「俺のギフト、混沌世界(パーク)の一つだ。元はスケボーするためのとこなんだが、今は農園にしちまってるな。まあ、他にもいくつかあるパークのうちの一つを使い潰してるだけで、スケボー活動には影響しないしな」

 

 翔の言葉に、迷惑をかけてしまっていると考えたのか、表情を暗くするジン。そんなことはお構いなしに翔は告げる。

 

「ほら、ジン。鍬を持って手伝え」

「え?」

「え?じゃねえよ。植えるのを手伝えってんだよ。ついでに水まきもだ!ほらキビキビ動けッ!!早くしないと陽ぃ暮れちまうぞ!!俺は他にも店を見て回りたいんだ!!わかったら苗を植えられる穴を掘れ!!印はもう旗を立ててある!!その場所を掘るように!!直径80㎝!深さは60㎝!掘った分の土は傍の手押し車に入れとけ!」

「は、はい!」

 

 翔の声に弾かれるように、手に持った鍬でマークされた場所を掘り返すジン。彼がそれを四回繰り返す間に、翔は一本分の穴を作り終わっていた。

 その後も樹木を植える一通りの工程をそつなくこなし、ものの一時間ほどで全ての作業を終わらせる。

 終わる頃にジンは、疲れ果て地面に這いつくばっていた。

 

「おい、ジン。まだ見てないとこあんだから、もうちょい付き合えよ?」

「……………………………………………はい」

 

 これは存在を忘れたことへの仕返しなのだろうか………。

 そう考えずにはいられないジンであった。

 その後も翔は買い物を続け、その度に植える作業を手伝わされたジンは、宿に戻る頃には燃え尽きたように、翔に引き摺られていた。

 




【羊羹】
 ちゃんと管理さえしてれば日持ちするから作り置きしている。

【翔の店】
 バレたから定期的に営業。現在は週四で営業。休養日(元の世界で言う土日)と平日に二回(火・木曜日)。食材が切れたら持ち込み以外はNG。保存のきくチーズを持ち込まれることが多い。次点でいい肉が入ったらすぐに持ち込まれる。持ち込みの際は技術料と燃料代程度の代金をもらう。

【水樹を登る】
 無謀な挑戦。ただし成功する。重力なんかには負けないぜッ!

【炎翼に突っ込む】
 いつからサラちゃんが弄られ役だと錯覚していました?残念!巻き込まれキャラです!

【混沌世界(パーク)】
 現在は一部を農園として使用中。………ちゃんと真面目(意味深)なスケボーもしてますよ?




 感想で十六夜と耀もかなり料理できるけど、この世界では出来ないのかという質問を受けました。それについてですが、ここで少し返信したいと思います。

 一点目に、他の三人は基本的に子供達に料理は任せているけど、翔だけは店の都合もあって一応している。その都合で調味料から何まで自作し、その他の加工食品もすべて自作しています。ただし、それらは箱庭の食材で使ったモドキであって、かなり調整したものになっています。
 二点目に、翔はその時その時の食材にあった味付けや調味料に変えるので、かなりのこだわりを持って調理しています。それに時間があれば、一人一人に合わせて味付けをそれぞれ変えてます。
 三点目に、現時点では十六夜と耀よりも翔の方が、箱庭独特の食材の扱うことが多いので、二人より最適な調理方法や味付けを理解してます(例:ペリュドンや鰺に似た川魚など)。以前のシーチキンもマグロに似たナニカを用いています。
 大きな差としてはこの三点です。十六夜や耀も時間があれば料理しますが、その二人よりも時間が有り余ってるのが翔というのもあります。
 ただ耀は作るよりも食べることが好きなので、この作品で作ることはたぶんない。十六夜は話にこそ出てこないだろうけど、時間さえあればちゃんと料理しています。
 え?翔がそこまでこだわる理由?中途半端に美味しい料理を作ったら、ゴミ箱先輩がお怒りになるからですよ。先輩も美味しい料理が好きなようです。翔にとってはトラウマなのでしょう。それでも実験するし、挑戦するけど。


作者「とりあえずこんなもんかな?」
翔 「………それよりも、あの謎の苗たちは一体何なんだ?」
作者「まだ秘密。気になるなら、お客様からもらった成長促進の霊薬を使えばいいさ」
翔 「…………え?すげえ怖いんだけど?」
作者「お楽しみだよ。育てるのを頑張ってくれたまえ。ではまた次回!」
翔 「………燃やそうかなぁ………」
作者「環境破壊、駄目、絶対」

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