もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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第十一話 ヌケーターは意図せず魔王を越える

 黒ウサギが発動した審議決議により、ギフトゲームは一時中断。幸いにもその間の〝ノーネーム〟への被害はごくわずかであった。

 審議決議とは、〝主催者権限〟によって作られたルールに、不備がないかを確認するために与えられたジャッジマスターが持つ権限の一つのことだ。発動したら、〝主催者〟と〝参加者〟でルールに不備がないかを考察する。しかし、審議決議を行いルールを正す以上、〝主催者〟と〝参加者〟による対等のギフトゲーム。相互不可侵の契約が交わされることにもなる。

 これにより現在、〝主催者〟である魔王達と〝参加者〟の代表として十六夜達が交渉のテーブルについている。交渉が終わるまでの間、暇を持て余した翔・飛鳥・耀・三毛猫の三人と一匹は空いている部屋を借り、談笑することにした。

 

「それにしても、翔君の妄想が当たるなんて思わなかったわ」

 

 椅子に座り、膝に小さなとんがり帽子の精霊を乗せた飛鳥が呟く。その呟きを一字一句逃さず拾ってしまった翔は間が悪そうな表情をする。

 

「当たって悪かったな。俺だって当たってほしくなかったよ」

 

 そういってため息を一つ吐く翔。その様子を見て、苦笑する耀。

 

「でも、これで活躍すれば名前が知れ渡るんだよね?」

「まぁな。六桁のコミュニティや、かなり遠くのコミュニティも来ているから、七桁・六桁では多少なりとも広がるだろうな。今やってる交渉でも、そこそこの成果を期待してる」

 

 椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見るような体勢でそう答える翔。

 

「だが、やっぱり今回が一番厳しいな。名前が売れてないから、〝ノーネーム〟ってだけで信用され辛いのが鬱陶しいな」

「それは、仕方がないわね。でも、今の状況だと皆、藁にも縋る思いなのだから、〝ノーネーム〟にも頼るのじゃないかしら?」

「そう期待するよ」

 

 口角だけを軽く上げて薄く笑う翔。

 

「それにしても、翔君は交渉に参加しなくて良かったのかしら?」

「考える力はあっても、知識がないからパス。それに長い話を聞いてると、どうしても茶々を入れたくなるからな」

「………そうだったわね。貴方は長い話が嫌いだったわね」

 

 呆れたような表情を浮かべる飛鳥。そこで、部屋のドアがノックされる。

 

「はい?」

「部屋のご用意が出来ましたので、お知らせに参りました」

「あー、わざわざ………俺は別になくてもいいとは言ったんだがな………二人はどうする?」

「………そうね。一応覚悟はしていたけれど、色々なことがありすぎて疲れたから、少し休ませてもらうわ」

「うん。私も」

「んじゃ、これでお開きだな。案内お願いします」

 

 知らせに来た〝サラマンドラ〟の者と思われる火蜥蜴に案内を頼む三人と一匹。そして案内されたのはそれぞれ個室で、三部屋が横並びにあった。

 

「それでは、私はこれで」

「ありがとうなー」

 

 それだけ言って離れていく火蜥蜴。

 

「それじゃあ、ゆっくり休めよー。もし体調が悪くなったらすぐに申し出るように。三毛猫も異変を感じたら教えてくれよな?」

「………なんか、学校の先生みたい」

「ええ、そうね」

「えぇー………お前らを心配して声かけただけなんですけど………」

 

 落ち込んだ翔を放っておき、飛鳥と耀、三毛猫はさっさと自分に割り当てられた部屋へと入っていく。それを見届けた翔は、先ほどの雰囲気がどこかに消え、怒りの炎をその目に灯らせた。

 

「さて、ゴミ箱先輩め………ッ!さっきはよくもやってくれたな………!俺を怒らせたことを後悔させてやる………!!」

 

 そして足早に外へと向かう翔。

 その後、ゴミ箱に全身を吞みこまれた状態でいる翔を、交渉を終えた黒ウサギが発見・救出するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 交渉も終わり、その結果一週間という時間を与えられた一同は集まり、話し合いを始めようとしていた、の、だが。

 

「………もう一度聞きますが、本当に誰も飛鳥さんを見ていないのですね?」

「ああ。俺と御チビ、黒ウサギは交渉してただろ?」

「俺は部屋に入るのは見たが、それ以降は知らないな」

「私も翔と同じ」

「「「「……………」」」」

 

 そう。飛鳥の姿が見えないのだ。姿を消したのは交渉後だと思われるため、魔王に攫われたという事はないだろうが、それでも心配なのだ。

 

「まあ、平気じゃないか?飛鳥も途中で投げ出すような奴じゃないし。再開の前日か当日には姿を見せるさ」

「そ、そうでございますね」

 

 翔にそういわれても不安を拭い切れない表情の黒ウサギ。そこで翔が提案した。

 

「さて、それでどうする?十六夜とジンはこのままゲームの考察を続けてもらうとして、一応俺と黒ウサギと耀で街に出て、飛鳥の捜索に回るか?」

「………うん。やっぱり心配」

「………そうでございますね。街中を捜索してみましょうか。それでは、十六夜さん、ジン坊っちゃん。黒ウサギと翔さんは飛鳥さんを探して参ります!」

「うん。気を付けて」

「十六夜。一応これ渡しとく。中にステンドグラスが撮影されてるし、参考になるかもしれねえから」

「おう。悪いな」

 

 そうして、黒ウサギと翔は飛鳥の捜索、十六夜とジンはゲームの考察という分担になった。

 

「とはいえ、どこから捜すか………」

「一先ずは虱潰しに探してみましょう。黒ウサギは北側を捜してみます。耀さんは東側、翔さんは南側をお願いします!終わり次第西側に集まりましょう!」

 

 それだけ告げると、黒ウサギは物凄い速度で街へと消えていった。その背中を見つめる翔は、

 

「いや、俺、黒ウサギや耀ほど速くないんだけど………って、行っちゃったよ………はあ………」

「じゃあ、頑張って」

 

 耀もそれだけ告げて、グリフォンのギフトを用いて街へと駆けだしていった。そんな二人を見た翔は、ため息をもう一つ吐き、スケボーに乗り言われた通り南側に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「ん………」

 

 眠る前とは明らかに違う、背に感じる固く湿った地面。それを感じながら飛鳥は目を覚ました。

 

「あすかっ!」

「ん?起きたのか?」

 

 とんがり帽子の精霊と、何故かいる翔が彼女に声をかける。そんな彼の声に嫌気がさした彼女は、自身に掛けられているものを手繰り寄せ、寝返りを打ち、もう一度眠りに就こうとする。

 

「いや、この状況で二度寝しようとしてんじゃねえよッ!?」

 

 しかし、それは翔が飛鳥に掛けてあった上着を剥ぎ取ることで中断させられた。

 

「………ハァ。それで、翔君?ここは何処なのかしら?悪戯にしても少し笑えないのだけれど?」

「いや、俺は飛鳥が突然行方をくらましたから、黒ウサギと耀とで手分けして、街ん中を捜してたんだよ。そんで、スケボーしながら捜してて、妙な挙動をして落ちた、と思ったら此処だ。飛鳥こそ、こんなところで寝てるなんざ、夢遊病にでもなったんじゃないのか?」

「………失礼ね。それなら誰かが気づくでしょう」

「さすがに今のは冗談だ。それに犯人らしきものの正体は分かってる」

 

 そういって翔は立ち上がり、松明を二本、壁から引き抜くと一本を飛鳥に差し出す。

 

「ほら、ついてこい」

 

 飛鳥を先導するように洞穴を進む翔。

 

「それで、犯人って誰なのかしら?」

「それはついてくれば分かるさ」

「………貴方、本当に翔君?」

 

 飛鳥が疑わしそうな視線を翔に向ける。その質問に呆けた顔をする翔。

 

「………え?酷くない?心配して捜しに出て、合流できたと思ったらそれ?なに?【ゲッダン】?【天上天下】?【オイシイウメシュ】?それとも【すっぽんぽん】とか【ポセイドン】辺りを披露すればいいのか?此処にマーカー置きたくないから、さすがにやりたくはないんだけど」

「いえ、分かったわ。そんなよくわからない言葉が出て来るのは翔君しかいないわ」

 

 翔の発言に即座に本人だと判断する飛鳥。本人だと理解し、大人しく彼についていく飛鳥。すると、天井高くまであるような巨大な門の前に着く。

 

「ここだ」

「門………?それにこの紋章………」

 

 巨大な扉には、旗印と思われる細工が施されている。門を見上げている飛鳥を気にせず、門へと歩み寄る翔。

 

「ほいッと」

 

 そして、翔がその門の中心に貼られている羊皮紙、〝契約書類〟を剝がして飛鳥に渡す。

 

 

『ギフトゲーム名〝奇跡の担い手〟

 

・プレイヤー一覧

 久遠飛鳥

 

・クリア条件

 神珍鉄製 自動人形〝ディーン〟の服従。

 

・敗北条件

 プレイヤー側が上記のクリア条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝    〟はギフトゲームに参加します。

〝ラッテンフェンガー〟印』

 

 

「これって、〝契約書類〟?」

「あすか」

 

 飛鳥が内容を読み終えると、とんがり帽子の精霊は飛鳥の肩から降りて、手ごろな岩壁の突起に立つ。

 幼い表情には寂しそうな、切ないような、でも少し嬉しそうな、そんな瞳で精霊は―――

 

「わたしから、あなたにおくりもの。どうかうけとってほしい。

 そして偽りの童話―――〝ラッテンフェンガー〟に終止符を」

 

 声は四方八方から聞こえた。目の前の精霊ではなく、洞穴の虚空から岩肌の中から。

 この場にいるのは彼女だけではない。飛鳥は彼女が何者か思い出し、そして直感した。

 ここに彼女の仲間がいたのだと。

 

「〝群体精霊〟。貴方達は、大地の精霊か何かなのかしら?」

「え?大地の精霊?なにそれ?うちのコミュニティに一人ちょうだい」

「「………」」

「あ、ごめんなさい。続けてどうぞ」

 

 突然、空気を壊しに来た翔を視線だけで黙らせる飛鳥。

 

「コホン。………はい。私達はハーメルンで犠牲になった一三〇人の御霊。天災によって命を落とした者達」

 

 ———〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャのように、天災や天変地異で亡くなった魂は、時にその魂の形骸を肥やしとして新たな超常存在へと昇華する。

 人の身から精霊へ。転生という新たな生を経て、霊格と功績を手にした精霊群。

 それが彼ら〝群体精霊〟の正体である。

 

「………。私を、試していたの?」

「いいえ。この子と貴女の出会いは偶然であり、私達にとって最後の奇跡。そこに群体としての意識的介入はありません」

 

 幼い精霊が飛鳥に惹かれたのは、故意ではなく。

 彼女は運命的に貴女に惹かれたのだと群体は語る。

 

「貴女には全てをk「もう帰っていい?」………」

「ええ。大丈夫よ。だから早く消えなさい。私はこのゲームをクリアして帰るから」

 

 飛鳥のこめかみに見えた青筋は気のせいであろう。とにかく、邪魔だからさっさと消えろ、と告げる飛鳥。それに従い、即座にリスポーンで消える翔。

 

「さて、邪魔者は消えたわ。続きを話してちょうだい」

「は、はい。貴女には全てを語ります。―――――」

 

 これから、対魔王に向けて、飛鳥の試練が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、予期せぬ動きで予期せず飛鳥を発見できたわけだが………西側で合流って、二人は何処だよ?」

 

 そこに建物の上から黒ウサギと耀が飛んでくる。

 

「………やっと見つけた」

「翔さん!飛鳥さんは!?」

「一応見つけたけど、ギフトゲームをクリアしてから帰るってよ」

「………?あ、あの、一体どういう事でございますか?」

「かくかくしかじか」

「そうでございますか………ってそれで通じるわけがないでしょう!?」

「そっか。飛鳥はあの精霊のコミュニティのゲームを受けてるんだ」

「耀さん!?今ので分かったのでございますか!?」

「………?」

 

 耀がどうしてわからなかったの?とでも聞くように小首を傾げる。それを見てさらに困惑する黒ウサギ。

 

「い、一体なぜ?黒ウサギがおかしいのでございましょうか………?」

「ほら、飛鳥の無事も確認できたし帰るぞ」

「うん。お腹減った」

「は、はい………」

 

 ウサ耳をへにゃらせた黒ウサギが二人の後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、隔離部屋個室。

 交渉からは既に六日が過ぎていた。

 閑散とした空気が立ち込める部屋で、春日部耀は目を覚ました。

 発熱で頭は霞がかかったように鈍く、意識がはっきりとしない。

 寝苦しくてベッドの上で寝返りを打つ。今わかるのは、この部屋には自分以外に―――

 

「………。十六夜?翔?」

「お、起きたか。容体はどうだ?」

「とりあえず水と雑炊、デザートにプリンはあるが食欲は「食べる」………ありそうだな。さっき持って来たばっかだから、熱いうちに食べろ」

 

 十六夜が首だけ振り返り、尋ねる。耀が眠るベッドの脇で本を読んでいたらしい。

 一方の翔はエプロンを付け、お盆に雑炊の入った土鍋、蓮華、水の入ったピッチャーとコップ、そして、いま言っていたプリンと思しき小さな容器とスプーンを乗せて立っていた。

 

「………翔が作ったの?」

「俺が作っちゃだめですかー?材料の調達に苦労したけど、この程度の料理ぐらいなら俺でも作れますー!」

 

 口を尖らせて拗ねたように言う翔。そして、お盆を耀へ渡す。彼女は土鍋の蓋を開ける。その瞬間に湯気と雑炊の香りが、ふわりと広がる。一見は卵がご飯に絡み、汁が多めではあるが、普通の卵雑炊のように見える。耀は恐る恐る、口をつける。

 

「………予想以上に、おいしい………ッ!?」

「マジかよ………ッ!?」

「おい。お前らは一体どういうのを予想してたんだ?答えろ」

 

 目を見開き、翔の作った雑炊に慄く耀。

 彼女が口にした雑炊は、塩味こそ薄いが、カツオダシの味と香りが代わりに口と鼻に広がる。しかし、それも卵の甘みを損なわない程度に抑えている。ご飯の方も柔らかいがしっかりと形と触感が残っていて、噛んで味わうことが出来る。それに卵がふんわりと絡み、口の中で卵と米の甘みが広がる。

 本当に翔が作ったのか疑いたくなるほど、おいしい仕上がりの雑炊であった。

 耀はそれを一瞬のうちに平らげる。そして、息を一つ吐く。

 

「………これ、本当に翔が作ったの?」

「完食してから聞くな。こんなんでも一人で暮らし続けてたからな。とはいえ、こんなにまじめに作ったのは久しぶりだが………」

「お前って、料理上手かったんだな?」

「それなりにな。俺の世界はスケボーとアレ以外の事となると、どうしても娯楽が少なかったからな。こういう風に食事とかで娯楽を求める必要があったんだよ。他にも実験目的ってのもあったが」

 

 懐かしむ様な表情を浮かべる翔。

 

「なんの実験?」

「ゴミ箱先輩に弱点はないのかという実験の一環でやった味覚実験だ。不味い料理と美味い料理、普通の料理を食わせた場合の反応を見るっていうものだ」

「いや、無いだろ」

「それがあるっぽいんだよ」

「あんのかよ」

 

 十六夜ですら呆れた声で反応する。

 

「不味い料理と普通の料理、それとケーキをぶつけた時は荒ぶったが、美味い料理の時は荒ぶらず、大人しかったんだ」

「………偶然じゃないの?」

「それぞれ一〇〇回ずつ試行して全部が同じ結果ってのは、流石にないだろう?」

「「………」」

「その結果として、料理が上手になったってだけだ」

 

 こいつは一体何をしているんだ?といったような顔をする二人。

 

「それより早くプリンも食ってくれ」

「………こっちも翔が作ったの?」

「どんだけ疑うんだ?いや、その目は期待してるのか?まあ、一応俺が作ったが………」

 

 それを聞いて、息を呑む耀。そして、一口。

 

「………ッ!」

 

 耀が目を見開き、先ほどの雑炊とは違い、一口ごとにしっかり味わって食べている。

 口に入れた瞬間に、溶けて消えるような滑らかさ。しかし甘さは控えめで後に残らず、邪魔しない。柔らかい口当たりで、とても食べやすくできていた。

 先ほどとは違い、ゆっくり食べていた耀の手が五分ほどして、ようやく止まる。

 

「………御馳走様」

「お粗末様」

「………これ本当に「それはもういい」………信じられない」

 

 女性として何か大切な部分が傷ついたのか俯き、落ち込む耀。それを見てケラケラ笑う翔。

 

「そんなに出来んなら、本拠でも作ればいいじゃねえか」

「子供達の仕事を奪うのはさすがに気が引ける。それに俺のは大人数に作るのに向いてないんだよ。一品一品に時間かかるしな」

「………料理自体は何年ぐらいやってるの?」

「大体一二年くらいだな」

「「………え?」」

 

 翔の言葉に耳を疑う二人。そして、翔の体を上から下まで観察する。

 

「………お前今何歳だよ?」

「一三歳、だったか。いや、もう一四になるのか」

「「………」」

 

 さらに自身の耳を疑う二人。

 

「………どういうこと?」

「………あー、そっか。俺の世界ってお前らとは違うんだっけ?俺の世界の人って、容姿を決められてその姿で突然壁や地面、虚空から現れるんだ。肉体年齢や服装、スケーターか否かも。その時にすべて決まる。だから俺は生まれた時からこの姿だ。肉体年齢的には一五、六ってところだ」

 

 なおもケラケラ笑い続ける翔。その話に唖然とする二人。

 

「それ以前の記憶とかはどうなってんだ?」

「一応あるぞ?親とか、学校とかな。しっかり経歴も存在してる。それらもすべて生み出されるからな。まあ、スケーターは少し融通が利く面もあるが………」

 

 そこで一つ、コホンと息を吐く翔。

 

「それより、ゲームの話をしようぜ?俺の話はまた今度、もっと暇なときにでも」

「………そうだな。翔の仮説通り、ステンドグラスが魔道書だろう。だが、本物が最初の一枚だけなのか、それ以外にも本物があるのかどうかだ。翔は他は何も感じなかったんだろ?」

「残念ながらな。最初の以外はさっぱりだ。だが、逆を言えば最初のを参考に本物を逆算すればいいんじゃないのか?」

「それもな………お前の感覚だけに頼るのは危険だしな。ちゃんとした解答を導いといた方が確実だ」

「ごもっともで。よって、これ以上は俺は力にはなれませーん」

「諦め早えよ」

「仕方ないだろ。俺には知識がないんだから。記憶があっても、必要最低限の義務教育程度の知識しかないんでな。力にはなれんよ。というわけで、あとは頑張って!」

 

 それだけ言って、お盆に土鍋とプリンの容器、蓮華、スプーンを乗せて退室しようとする翔。

 

「あ、翔」

「………?なんだ?」

「今度作る時はもっとたくさん作って」

「………善処する。今度があればな」

「それとお菓子は和菓子が好き」

「………それも覚えておく」

「………作れるんだ………」

「一応。材料と時間さえあればな。ゴミ箱先輩の好み調査実験でも作ったしな」

 

 耀の希望に呆れた表情で返事をし、退室した翔。

 それを確認すると、二人はゲームについて話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ———境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 黄昏時の夕陽に染まる舞台区画の歩廊は、今や人一人いない。

 赤いガラスの歩廊も閑古鳥が鳴き、一週間前までの賑わいがうそのようだ。

 尖塔群の影も傾き、陰る宮殿の大広間に集まった人員の数は、僅か五〇〇程。

 一週間前に屈服を強要された者や、ジャックなどの『出展物枠』には参戦資格がないことが判明し、病魔に犯されていないメンバーを集めたが、それでも全体の一割未満だ。

 ざわつく衆人の前に現れたサンドラとマンドラは、不安を搔き消すような凛然とした声で話をする。

 内容は今回のゲームの行動方針についてだ。

 方針其の一、三体の悪魔は〝サラマンドラ〟とジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟が相手をする。

 方針其の二、その他の者は、各所に配置された一三〇枚のステンドグラスの捜索。

 方針其の三、発見した者は指揮者に指示を仰ぎ、ルールに従い破壊・保護をすること。

 それらが二人の口によって告げられる。

 その話を聞きながら、翔は呟いた。

 

「………えっ?俺はどうすればいいんだ?」

 

 自身の役割を見つけられなかった。

 

 

 

 その後、ゲームが始まると同時に、木造の街並みが広がるハーメルンの街へと変貌し、本格的にどうすればいいかわからず、ふらふらしていた翔は、突如黒ウサギに攫われる。

 

「………えっ!?なんぞ!?」

「も、申し訳ありませんが、黒ウサギにご協力願います!」

「………あー………まあ、盾ぐらいにしかならないと思うけど、それでもいいなら………」

「十分です!むしろそれがいいのデス!!」

「……………………………………黒ウサギもあの三人に似てきたな~」

「さすがにそれは失礼にもほどがあるのでございますよッ!!!?」

 

 翔の言葉を聞いた黒ウサギは、自覚がないのか問題児三人と一緒にしないで欲しいと叫んだ。

 

「事実だろうがッ!?俺を盾にするっていう発想の時点で、あの三人に毒されてんだよッ!!」

「そ、そんなッ………黒ウサギは、あの問題児方に、毒され………」

 

 翔に諭され地面に両手をつき落ち込む黒ウサギ。

 

「ああ、そうだ。お前はもう毒されていた。だが、今からでも元に戻れる。まだ遅くはないさ」

「翔さん………」

「………………もうそろそろいいかしら?」

「「あっはい」」

 

 二人の茶番を見せられていたペストが声をかける。すでに来ていたサンドラも呆れ顔であった。

 

「というわけでペスト、久しぶり。こうやってちゃんと話すのは二度目か」

「………ええ、そうね」

 

 表情を変えずにペストが応える。対する翔は敵を前にしているというのに、ケラケラと笑っている。

 その表情を見たペストは舌打ちする。

 

「ムカつくわね、その顔」

「そりゃ残念。俺は生まれた時からこんな顔だ」

 

 なおも笑い続ける翔を見て、顔を不快そうに顰めるペスト。

 

「………貴方は殺すわ」

「いくらでも殺ってみろ。その度にリスポーンしてやんよ」

 

 殺意を向けられても、依然として笑みを崩さない翔。

 

 

 

 

 

 

 

「………………ねえ、そろそろ諦めない?」

「五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!!なんで死なないのよ!?」

「死んでますー。リスポーンしてるだけで、ちゃんと死んでますー」

「それが意味わかんないって言ってんのよッ!?」

 

 もう自棄になって必死に翔だけを狙うペスト。それを面倒臭そうに相手をする翔。更にそんな二人の様子を、翔が出したベンチに座って眺める黒ウサギとサンドラ。

 

「………あ、あの………私達はこれで大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫でしょう。翔さんのおかげで、あの黒い風は生命を奪い取る類のモノと実証されました。それに黒ウサギ達の攻撃は彼女には通じないという事は、最初の衝突で理解させられたので、黒ウサギ達にできることはありません」

「………………やっぱ黒ウサギは手遅れだな(ボソッ)」

「聞こえていますよ翔さん!!!!」

「チッ………昔みたいに苦労ウサギに戻ればいいのに………(ボソッ)」

「それも聞こえていますッ!!!!!!」

 

 殺されながらも黒ウサギを批判する翔。その声をしっかり聞き取り、怒鳴る黒ウサギ。

 しかし、流石に殺され続けるのも飽きてきた翔がペストに提案する。

 

「なあ、ちょっとお前のこと教えてくんね?お茶も菓子もあるんだが」

「………まあ、いいわ。休憩がてら話してあげる」

「んじゃ、ちょっと準備するから待って。そっちの二人もどうだ?」

「いただきますヨ」

「え?………じゃ、じゃあ、いただきます………」

 

 返事を聞いた翔は持っていた茶と菓子の準備を始める。テーブル一つ、椅子四つを出現させ、用意が終わる。

 

「それじゃ、話してどうぞ」

「ええ。………美味しいわね、このお菓子。貴方が作ったのかしら?」

「そうだが?俺以外に誰がいるよ」

「………意外ね。そういう物には興味がなさそうな顔なのに」

「生まれた時からこの顔ですー!それより話をはよう」

「………そうね」

 

 ペストの話によると、彼女は魔王軍・〝幻想魔道書群〟を率いた男に召喚されたようだ。そんな彼女の正体も八〇〇〇万の悪霊群で、男は彼女を死神に据えれば、神霊として開花させられると踏んでいた。しかし男は彼女、正確には彼女達を召喚する儀式の途中で何者かとのギフトゲームに敗北し、この世を去った。そして時が過ぎ、何かの拍子で召喚式が完成され、呼び出された。

 

「私達が、〝主催者権限〟を得るに至った功績。この功績には私が………いえ。死の時代に生きた全ての人の怨嗟を叶える、特殊ルールを敷ける権利があった。黒死病を世界中に蔓延させ、飢餓や貧困を呼んだ諸悪の根源―――怠惰な太陽に、復讐する権限が………!!!」

 

 ティーカップを持つ手が怒りによって震えるペスト。そして、感情と震えが収まると、息を一つ吐く。

 

「これが私達についてよ。どうだったかしら?」

「えっ?あ、ごめん。思いのほか長くて聞いてなかった」

 

 翔があっけらかんとした表情で言った。その表情から察するに、本当に何も聞いてなかったのだろう。

 その返事に、ペストは一瞬唖然とするが、すぐに顔を俯かせたと思うと、次に体を震わせ始める。彼女の周りには黒い風が現れ、吹き荒れる。黒ウサギとペストはすぐに彼女から距離を取る。翔も二人を見倣って、一応距離を取る。

 

「……………………もう……………わ」

「ん?」

「もう怒ったわッ!!!!!!皆殺しにしてあげるッ!!!!!!」

「ちょっ!?翔さん!?なんで怒らせてるのでございますかッ!?」

「えー?だって話長いんだもん」

「だもん!?というより自分で聞いたんですから、ちょっとくらいは聞いて差し上げてくださいッ!!!」

「あーあー、なにー?全然聞こえなーい」

 

 つまんなそうな表情をしてぼやく翔を咎める黒ウサギ。その声すらも耳に手を当てて、聞こえないようにしている翔。

 

「先ほどまでの余興とは違うわッ!触れただけで、その命に死を運ぶ風よッッッ!!!」

「え?なんて?耳塞いでて全然聞いてなかったから、もっかい言ってくんね?」

「………………死ねッ!!!!」

 

 殺意に満ちた、女の子が決してしてはいけないような表情で、翔に向かって黒い風を飛ばすペスト。それに対して翔は―――

 

「翔、行きまーすッ!」

「あっ!ちょ、翔さん!?」

 

 ———自ら突っ込んでいった。

 

「フンッ!やっぱり馬鹿ね。生き返るとしても、常に死の風に包まれていたらどうしようも無いでしょうに」

 

 ペストが死んだ翔に向かって吐き捨てるように言う。しかし、

 

「【アスカブンカアタック】………」

「「「………え?」」」

 

 死してもなお、両膝を抱えた体勢でペスト目掛けて、黒い風の中を突っ込んでいく翔の姿があった。なぜか、物的力で突き進める翔。

 

「な、何なのよコイツッ!?」

「スケーターハ、シンデモウゴク。コレ、ジョウシキ………」

「そんなの知らないわよ!?って、こっち来るんじゃないわよッ!?」

 

 死んでいるせいか、弱弱しい声で言う翔。

 死んでいるのに自身に向かってくる翔に恐怖を抱いたのか、後ろへ下がるペスト。そこで、すかさずリスポーンする翔。

 

「もう一回ッ!!」

「来るなッ!!!!!?」

 

 ひと際大きな声で怒鳴るペスト。それを無視して、黒い風の中へと突っ込む翔。

 

「【アスカブンカアタック】ニカイメ………」

「い、いやあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!??なんなの!?なんなのよコイツッ!?」

「オレハスケーター。ブツリエンザンヲ、セイスルモノナリ………」

「知るかあッ!!!!!!」

 

 再び後退するペスト。

 リスポーンする翔。

 殺しても殺しても終わらない恐怖。いや、むしろ―――

 

「【アスカブンカアタック】サンカイメ、ホネバージョン………」

「来ないでよおッ!!!」

「【アスカブンカアタック】ヨンカイメ、ニクバージョン………」

「もう、いやッ…………!なんで、こんなことにぃ………ッ!」

「【アスカブンカアタック】ゴカイメ、アイザックバージョン………」

「私達は、ただ、怠惰な太陽に………ッ!!!?」

 

 ―――骨や肉、エンジニアになり、より意味不明なものに追われる恐怖が増していく。

 しかし、これは………傍目から見れば、実に危ない光景だろう。

 涙目の少女。

 それを変態機動で追いかける青年。

 この状況は、場合が場合でなければ、相手が魔王の一人でなければ、即通報ものであろう。

 そんなこんなで翔がペストを追いかけていると、飛鳥、十六夜と順々にこの場へと現れた。の、だが………。

 

「…………こ、これは、ちょっと………見てるこっちも、可哀そうになってくるわね…………」

「………………………おい、黒ウサギ。これは一体どういう状況だ?」

「………………………さ、さあ?黒ウサギにも、ちょっと説明できないのでございますよ…………」

「………………………す、すみません。私にも出来ません…………」

 

 念のためにもう一度言おう。

 涙目で泣き叫び、逃げ惑う少女。

 そんな彼女を一心不乱に追いかける、変態機動の青年。

 果たして………どちらが悪者だろうか?いや、場合と正体からして少女の方なのは分かりきっているのだが。しかし、

 

「………俺らはどっちを倒せばいいんだ?」

「…………………わ、分かりません………」

 

 現にその光景を見ている四人は翔とペスト、どちらを倒すべきか悩んでしまっている。

 だが、そこで十六夜達に気づいたペストが彼らの足下に縋りつく。

 

「貴方達ッ!私達を倒す方法があるんでしょうッ!?それなら早く私達を倒してよぅッ!!」

「………良いのか?」

「ええ!アイツに追い掛けられなくなるならどうでもいいわッ!!」

 

 今度は奇妙なダンス(ゲッダン)している翔を涙目で指さすペスト。

 

「………もう一回聞くが、本当に良いのか?」

「そんなのはどうでもいいから、早く私を倒して楽にしてッ!!!太陽に復讐なんて、あんな奴に追われる恐怖に比べたら、どうでもよくなったのよッ!!!!」

「「「「………………」」」」

 

 もう涙目どころか、ボロボロと涙をこぼし、ガチ泣きへと移行したペストの必死な要求によって、渋々倒すことにした四人。

 その後、ペストの対策として考案されていた黒ウサギのギフトによってペストは無事に倒された。止めの間際に、嬉し涙を流しながら、感謝の言葉を口にした彼女を見て、彼らは再び彼女を哀れむのであった。

 ………今回の功労者は間違いなく板乗翔だが、その方法を見ていた四人は居た堪れない気持ちになってしまったのであった。

 この四人は人間的には間違っていない。そう、間違っていない。あのような少女を、変態機動で追いかけまわすという非道な手段を選んだ板乗翔が、人間(ヒト)として間違っているのだ。だが、当然だろう―――

 

 

 

 

 

 ―――だって、彼はスケーターだもの。

 

 

 

 

 

 




【アレ】
 Hall of Meatのこと。え?娯楽じゃない?いいんです。元の世界では一応世界大会もあったという事にもしてます。賞金も痛みを伴うので高額という設定。ちなみに主人公は世界大会ベスト8の実力者。最高順位は第四位。世界ランキングは七位。………あくまでこの小説での設定ですよ?

【生命の誕生】
 地面や壁や虚空から人は生まれる。少なくとも彼の世界では。

【一人暮らし】
 生まれた時から一人。でも寂しくないよ。だって、それが普通だから。だから、家事全般出来るよ。元の世界ではお腹も減るし、睡眠欲も一応あるからね。リスポーンすれば全部リセットだけど。料理が上手いのは本編通り、ゴミ箱先輩実験のため。さすがにプロに、ゴミ箱に喰わせるから最高に美味い料理ください、と言った暁には、彼は夜空の星の仲間入りを果たしてしまいましたからね。えっ?彼は実際に頼みましたが、なにか?
 そして、仕方ないから自分で作ろう、となり今に至ります。

【ゴミ箱先輩の実験】
 五感は軒並み実験し、すべて存在しているという確証が得られている。しかし、それとは別の実験だが、痛覚は未だに確証が得られていない。詳しくは『板乗翔によるゴミ箱実験レポート』No.14875~No.14881を参照してください(そんなものはない)。好み調査実験の記録は同冊子と次の冊子の、『板乗翔によるゴミ箱実験レポート』No.14882~No.15799を参照してください(だからそんなものはない)。

【飛鳥文化アタック(アスカブンカアタック)】
 両膝を抱えた状態で前転で突撃する。ただし、威力は絶大(当たれば)。

【奇妙なダンス(ゲッダン)】
 全ての元凶のあのダンス。ギフトを無意識に制御して、無我夢中でやり遂げた。もう一度実行できる日が来るのは遠い未来。

【火龍誕生祭】
 一応、〝造物主達の決闘〟は耀が優勝。ギフトは生け簀を作るための水質設定&安定化させるものをもらった。メルン?ああ、ちゃんと仲間になりましたよ。他の〝ラッテンフェンガー〟の方々は、消える間際に事の顛末を聞いて、なんとも言えない表情をしてたらしいですけど。


作者「まずは謝罪を。ペストファンの皆さん、誠に申し訳ございませんッ!!!!いや、私もペストは好きですよ?もう一つの作品の方ではそこそこ優遇してますし!」
翔 「そんなことよりも、思ったより原作二巻は早く終わったな」
作者「そんなこと!?そんなことってなに!!?」
翔 「落ち着け」
作者「………………あーいや、うん、まあ、そうだね。一旦落ち着こう。………よし、落ち着いた。それで短い理由としては、原作一巻の方は、最初の一話二話が文字数少なかったってのもあるけど、二巻はそれぞれ視点の違う描写が多かったから、その部分が削れたんだよね」
翔 「なるほど。それで、今回も没ネタあるのか?」
作者「一応」
翔 「どんなのなんだ?」
作者「耀のヌケーター化」
翔・耀
「「!?」」
作者「そうすれば黒死病もリスポーンで治って、ゲームに参加できるし。何よりスケーターは人じゃない別の生き物って、耀のギフトで証明できるから」
翔 「いや、証明するなよ!?耀のヌケーター化もすんなよ!?」
耀 「………ゲームに参加できたなら、別にそれでもよかった」
翔 「いや、駄目だろ!?」
作者「だから、没ったじゃないか。今後の展開的にも厳しいし、何より私がその設定を忘れそうだし」
翔 「そ、そうか………」
作者「やるとしても『ラストエンブリオ』に入ってからか、本編に関係ない番外編で一発ネタとしてやるかだな」
翔 「やるなよ!?いいか、絶対やるなよ!?」
作者「フリか?」
耀 「フリ?」
翔 「違うッ!!」
作者「まあ、いずれ問題児の短編集の中に書きたい話があるから、読みたいとか要望があれば、そん時にでも書いてみよう」
翔 「ゴミ箱先輩、アレ(作者)食べちゃっていいっすよ」
ゴミ箱先輩
「…………(すぅー)」
作者「え?うわなにをするやめ(ry」
翔 「ふう。これでよし」
耀 「………(すこし、スケーターするのも楽しそう、とか考えている)」
翔 「それじゃあ、作者が退場したから俺から言わせてもらう。次話から原作三巻突入する予定だ。原作二巻のエピローグ部分も若干含むかもしれないが、それは作者の気分次第だ。そんじゃ、また次回!」
耀 「また次回」


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