もしもスケーターが異世界に行ったならば。   作:猫屋敷の召使い

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第十話 問題児に係わると碌なことが無い

 ———境界壁・舞台区画。舞台袖。

 春日部耀と板乗翔は観客席から見えない舞台袖で、待機していた。

 セコンドについたジンとレティシアは、次の対戦相手の情報を確認していた。

 

「―――〝ウィル・オ・ウィスプ〟に関して、僕が知っていることは以上です。参考になればいいのですが………」

「大丈夫。ケースバイケースで臨機応変に対応するから」

「人は俗にそれをノープランと言うんだが………」

 

 呆れ顔の翔を見て、苦笑いするジン。

 会場では黒ウサギの手でゲームが進行し、とうとう試合開始が近くなる。

 

「さて、俺は邪魔にならない程度に頑張りますかね」

「うん。最初に盾になってもらうつもり」

「それ、せめて最初じゃなくて最後にしません?」

 

 耀の言葉に口元を痙攣させる翔。

 舞台の真中では黒ウサギがクルリと回り、入場口から迎え入れるように両手を広げた。

 

『それでは入場していただきましょう!第一ゲームのプレイヤー・〝ノーネーム〟の春日部耀と、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャ=イグニファトゥスです!』

 

 三毛猫をジンに預け、通路から舞台に続く道に出る耀。その彼女に追随する翔。

 その瞬間―――耀の眼前を高速で駆ける火の玉が、

 

「あ、足埋まった」

「あ」

「ちょッ!?」

「YAッFU!?」

 

 こけて前のめりになった翔に直撃した。その際に火が翔に引火し、燃え上がる。

 意図せずして、先ほど耀が言っていた通り、最初に盾になってしまったようだ。

 

「熱っつい!?」

 

 叫ぶがすでに遅く、そのまま燃え続けて地面に黒い人型を残し、消し炭になった翔。

 その光景に静まり返る会場。

 強襲した人物―――〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャは、口を開けて唖然としていた。

 

「………え?い、今のやつ、し、死んだの?」

 

 顔を青ざめ、体を震わせるアーシャ。彼女は自分のちょっとした悪戯のつもりであったが、まさか人が飛び出し、そのうえ死んでしまうとは思わなかったのだろう。だがまあ、

 

「ええ、死にましたとも!いくら〝ノーネーム〟だからって突然焼死なんざ、あんまりだチクショウがッ!!」

 

 翔だから問題ないだろう。

 耀のすぐ横にリスポーンする翔。

 

「おい、そこのガキンチョ!!」

「え?わ、私?」

「そうだ!!お前以外に誰がいる!?」

 

 先ほど死んだはずの翔が現れたことへの驚きを、未だ整理できていないアーシャ。そんな彼女を翔が指をさし、今の出来事の不平不満を告げる。

 

「殺すんなら、溺死か斬殺か惨殺か絞殺か失血死か圧死かゴミ箱捕食死とか色々あんだろうが!!それなのになぜ、なぜ焼死をチョイスしやがった!!?次に殺す時はせめて焼死以外にしろッ!!殺すなら対象の人物が慣れてる殺し方か、苦しまないような殺し方にしろ!!!これは常識だ!!!わかったか小娘!!?」

「え?あ、う、うん………」

 

 いや、そこじゃないだろ!?

 耀の横に突然現れた翔の言葉に、やり取りを聞いていた観客たちの心が一つになった。

 どうしてそんな変な理由で怒られなければいけないのだろうか。アーシャはそのことを理解できず、どこか虚しい気持ちになった。

 

「ったく。いきなり燃やされるとは思わなかったぞ」

「………翔がこけたのが悪い」

「足が埋まるのは仕方ないだろう。それは俺じゃなくて地面が悪い」

 

 んなわけあるかッ!!

 観客たちは翔に向かって叫びたい気持ちを必死に抑える。

 耀は火の玉にの中心のシルエットへと目を向ける。

 

「その火の玉………もしかして、」

「………ハッ!?な、何言ってんのオマエ。アーシャ様の作品を火の玉なんかと一緒にすんなし。コイツは我らが〝ウィル・オ・ウィスプ〟の名物幽鬼!ジャック・オー・ランタンさ!」

「YA、YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 戸惑いながらもしっかり答えるアーシャ。それに呼応して火の玉は取り巻く炎陣を振りほどいて姿を顕現させる。その姿に耀のみならず、観客席の全てがしばし唖然となった。

 轟々と燃え盛るランプと、実体の無い浅黒い布の服。

 人の頭の十倍はあろうかという巨大なカボチャ頭。

 その姿まさしく、飛鳥が幼い日より夢見ていた、カボチャのお化けそのものだった。

 

「ジャック!ほらジャックよ十六夜君!本物のジャック・オー・ランタンだわ!」

「はいはい分かってるから、落ちつけお嬢様」

 

 らしくないほど熱狂的な声を上げて十六夜の肩を揺らす飛鳥。下の声が聞こえなかったのは幸いだろう。眼下の舞台袖では、アーシャが耀を見下して嘲り笑っていたからだ。

 

「ふふ~ん。〝ノーネーム〟のくせに私達〝ウィル・オ・ウィスプ〟より先に紹介されるとか生意気だっつの。私の晴れ舞台の相手をさせてもらうだけで泣いて感謝しろよ、この名無し」

「YAHO、YAHO、YAFUFUUUuuuuuuuu~♪」

「はーい、感謝しまーす!放火殺人犯のアーシャさんとジャックさん!」

「うっ……あ、あれは事故だっつの!まさか人がこけるとは思ってなかったんだよ!!」

「犯人は皆そう言うんだ。素直に認めたら楽になるぞ?」

「お前がこけた時点でまぎれもない事故だろうがッ!!」

「一理ある」

「あああああぁぁぁ!!!メッチャ腹立つ!!なんだコイツ!?」

「貴女が先ほど燃やし殺した〝ノーネーム〟ですが、なにか?」

 

 アーシャを揶揄って遊ぶ翔。

 至近距離で見ていた黒ウサギは、苦笑しながら告げる。

 

『正位置に戻ってくださいアーシャ=イグニファトゥス!あとコール前の殺人行為は控えるように!』

「だからさっきのは事故だっつの!!?」

 

 黒ウサギも若干、翔に悪乗りしているようだった。

 アーシャは黒ウサギにも叫びながら、舞台上に戻る。耀と翔も彼女に続いて舞台に上がる。耀は円状の舞台をぐるりと見まわし、最後にバルコニーにいる飛鳥達に小さく手を振った。

 飛鳥もそれに気が付いて舞台に手を振り返す。

 アーシャはその仕草が気に入らなかったのか、舌打ちして皮肉気に言う。

 

「大した自信だねーオイ。私とジャックを無視して客とホストに尻尾と愛想ふるってか?何?私達に対する挑発ですかそれ?」

「うん」

 

 カチン!と来たように唇を尖らせるアーシャ。どうやら効果は抜群らしい。

 それを見てケラケラ笑う翔。その顔は、よく言ったとでも言いたげだ。

 一見して大人しい耀だが、これで結構負けず嫌いな一面もある。

 そして黒ウサギが宮殿のバルコニーに手を向けて厳かに宣言する。

 

『―――それでは第一ゲームの開幕前に、白夜叉様から舞台に関してご説明があります。ギャラリーの皆さまはどうかご静聴の程を』

 

 刹那、会場からあらゆる喧騒が消えた。〝主催者〟の言葉を聞くために静寂が満ちていく。バルコニーの前に出た白夜叉は静まり返った会場を見回し、緩やかに頷いた。

 

「うむ。協力感謝するぞ。―――さて。それではゲームの舞台についてだが………まずは手元の招待状を見て欲しい。そこにナンバーが書いておらんかの?」

 

 観客は一斉に招待状を取り出した。手元にないモノは慌てて鞄の中を捜し、置いてきた者はひたすらそれを悔いていた。一喜一憂する観客たちの様を温かく見つめる白夜叉は、説明を続ける。

 

「ではそこに書かれているナンバーが、我々ホストの出身外門―――〝サウザンドアイズ〟の三三四五番となっている者はおるかの?おるのであれば招待状を掲げ、コミュニティの名を叫んでおくれ」

 

 ざわざわと観客席がどよめく。

 するとバルコニーから真正面の観客席で、樹霊の少年が招待状を掲げていた。

 

「こ、ここにあります!〝アンダーウッド〟のコミュニティが、三三四五番の招待状を持っています!」

 

 おおお!っと歓声が上がる。白夜叉はニコリと笑いかけ、バルコニーから霞のように姿を消し、次の瞬間には少年の前へ立っていた。

 

「ふふ。おめでとう、〝アンダーウッド〟の樹霊の童よ。後に記念品でも届けさせてもらおうかの。よろしければおんしの旗印を拝見してもよろしいかな?」

 

 コクコクと勢いよく頷く少年。彼の差し出した木造の腕輪には、コミュニティのシンボルと思われる、巨大な大樹の根に囲まれた街が描かれていた。しばし旗印を見つめた白夜叉は微笑んで少年に腕輪を返し、次の瞬間にバルコニーに戻っていた。

 

「今しがた、決勝の舞台が決定した、それでは皆のもの。お手を拝借」

 

 白夜叉が両手を前に出す。倣って全ての観客が両手を前に出す。

 パン!と会場一致で柏手一つ。

 その所作一つで―――全ての世界が一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 変化は劇的だった。

 春日部耀と板乗翔の足元は虚無に吞みこまれ、闇の向こうには流線型の世界が数多に廻っていた。その世界の一つに、白夜の大地があることに気が付く。

 それに気づいた耀は不安は一切なかった。そう、耀は。

 翔は()()()()というだけで嫌な予感しかしなかった。どうかその予感が外れますように、と心の中で願い続ける。

 そして、バフン、と少し意外な着地音と、

 

「白夜叉あああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 翔の絶叫が響いた。耀はその絶叫を上げた彼の方へ顔を向ける。そこには下半身は樹木に埋まっている状態の翔がいた。

 

「………また?」

「ああッ、そうだよ!まただよチクショウ!!なんでこうもアイツが関係してるとこうなるんだよ!!?」

 

 どこか遠くから、だから私が知るかッ!!と聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「それにしても、此処………樹の根に囲まれた場所?」

 

 上下左右、その全てが巨大な樹の根に囲まれている大空洞だった。樹の幹が根だとすぐに理解できたのは、耀の強力な嗅覚が土の匂いを嗅ぎとったからだ。

 耀の独り言を聞いていたもう一人の人物が、小馬鹿にしたように彼女を笑う。

 

「あらあらそりゃあどうも教えてくれてありがとよ。そっか、ここは根の中なのねー」

「………翔、一人で出られそう?」

「いや、リスポーンしても無理だった!助けて!!」

 

 そんなアーシャを無視して、翔のところに行き、スポンッ、と彼を助け出す耀。今度は挑発行為のつもりはなかったが、アーシャを苛立たせるには十分だったらしい。

 横に立つジャック・オー・ランタンと共に臨戦態勢に入るが、耀はそれを小声で制す。

 

「まだゲームは始まってない」

「はあ?何言って」

「耀の言うとおりだ。今のままじゃゲーム内容がさっぱりだ」

「勝利条件も敗北条件も分からない。これじゃゲームとして成立しない」

 

 むっとするアーシャ。だが二人の言い分に正当性を感じたのだろう。

 そんな耀と翔、アーシャの間に亀裂が入る。

 亀裂の中から出てきたのは、輝く羊皮紙を持った黒ウサギだった。

 ホストマスターによって作成された〝契約書類〟を振りかざした黒ウサギは、書面の内容を淡々と読み上げる。

 

 

『ギフトゲーム名〝アンダーウッドの迷路〟

 

・勝利条件

一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外にでる。

二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。

三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)

 

・敗北条件

一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。

二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。』

 

 

「―――〝審判権限〟の名において。以上が両者不可侵であることを、御旗の下に契ります。御二人とも、どうか誇りある戦いを。此処に、ゲームの開始を宣言します」

 

 黒ウサギの宣誓が終わる。それが開始のコールだった。

 二人は距離を取りつつ初手を探る。勝利条件が複数ある以上、明確な方針が欲しかった。

 しばしの空白の後。先に動いたのは、小馬鹿にした笑いを浮かべるアーシャだった。

 

「睨み合っても進まねえし。先手は譲るぜ」

「……………?」

「ま、さっきの一件があるしね。後でいちゃもん付けられるのも面倒だし?」

 

 ツインテールを揺らしながら肩を竦め、余裕の笑みを浮かべるアーシャ。

 春日部耀は無表情でしばし考えたあと、一度だけ口を開いた。

 

「貴女は………〝ウィル・オ・ウィスプ〟のリーダー?」

「え?あ、そう見える?なら嬉しいんだけどなあ♪けど残念なことにアーシャ様は、」

「そう。分かった」

 

 リーダーと間違われたことが嬉しかったのか、愛らしい満面の笑みで質問に答えるアーシャ。だが耀は聞いていない。耀は会話をほっぽり出し、背後の通路に疾走していったのだ。翔もスケボーに乗り彼女に追随し、【プッシュ】、【ボンレス】、【オーリー】を駆使して追いかける。

 

「え………ちょ、ちょっと…………!?」

 

 自分から投げかけたにも拘らず話の途中で逃げ出した耀。アーシャはしばし唖然とする。

 ハッと我に返ったアーシャは全身を戦慄かせ、怒りのままに叫び声を上げた。

 

「オ………オゥェゥゥウウェェェェイ!とことん馬鹿にしてくれるってわけかよ!そっちがその気なら加減なんざしねえ!行くぞジャック!樹の根の迷路で人間狩りだ!」

「YAHOHOHOhoho~!!」

 

 怒髪天を衝くが如くツインテールを逆立たせて猛追するアーシャ。春日部耀は背中を向けて通路と思わしき根の隙間を次々と登る。アーシャはその背中に向かって叫んだ。

 

「地の利は私達にある!焼き払えジャック!」

「YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 左手を翳すアーシャ。ジャックの右手に提げられたランタンとカボチャ頭から溢れた悪魔の業火は、瞬く間に樹の根を焼き払って耀と翔を襲う。

 しかし耀が最小限の風を起こし、炎を誘導して避けた。

 アーシャはジャックの業火の軌道が逸れたことに舌打ちする。

 対して、春日部耀は既にジャック・オー・ランタンの秘密に気が付き始めていた。

 

「あーくそ!ちょろちょろ避けやがって!」

「そりゃあ、もう燃えたくないからね。まったく、放火殺人犯が言うとより恐ろしく感じるな」

「………あの馬鹿に三発同時に撃ち込むぞジャック!」

「YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 アーシャが左手を翳し、次に右手のランタンで業火を放つ。先ほどより勢いを増した三本の炎が翔へと向かう。何故か狙われた翔は加速し、樹の根を縦横無尽に移動して避ける。

 

「……な………!?」

 

 絶句するアーシャ。スケボーで滑ることしか能の無い翔に避けられたことが、ショックだったのだろうか。

 

「おいおい。相手をしてくれるのは嬉しいが、俺ばっか構っててもいいのかい?」

「ハッ!?そうだった、くそ、やべえぞジャック………!このままじゃ逃げられる!」

「Yaho………!」

 

 走力では俄然、春日部耀が勝っていた。そのうえ翔も囮として十二分に機能しており、アーシャとの差は大分広がっている。

 豹と見間違う健脚は見る見るうちに距離を空けて遠ざかる。しかも耀の五感は外からの気流で正しい道を把握している。迷路の意味は既にない。

 アーシャは離れていく耀の背中を見つめ―――諦めたようにため息を吐いた。

 

「………くそったれ。悔しいがあとはアンタに任せるよ。本気でやっちゃって、ジャックさん」

「わかりました」

 

 え?と耀が振り返る。遥か後方にいたジャックの姿はなく、耀のすぐ前方に霞の如く姿を現したのだ。巨大なカボチャの影を前にした耀は、驚愕して思わず足を―――

 

「そーッらッ!!」

「「ッ!?」」

 

 ———止めた瞬間にジャックを飛び越える角度で投げられた。犯人はもちろん翔だ。三人の意識が逸れた際に、何時の間にか耀の背後に来ていたのだ。

 耀を投げた翔は叫ぶ。

 

「走れッ!!」

「ッ!」

 

 ガルドの時のように翔の声に弾かれるように走り出す耀。それを見たジャックが追いかけようとするも、

 

「せいやッ!」

「ヤホッ!?」

「ジャックさん!?」

 

 翔のスケボーによって殴られ、横に吹き飛んで樹の根に叩きつけられる。

 

「お前さんの相手は俺だよ?無視しようとするなんて、寂しいじゃないか。一人遊びは虚しくなるだけなんだ。だから、少しぐらい付き合ってくれてもいいんだよ?」

「ヤホホ………予想外でしたね。私にヒビを入れられるような方が、サポートとして参加しているとは」

 

 カボチャの頭に若干ヒビが入ったジャックが翔を見つめる。

 

「やだなあ。俺は後方支援、囮、待ち伏せ、足止めといった完全サポート役だ。それに今回のルールでは、それらの手段(ギフト)が全く使えないと来たから、困ったもんだぜ」

 

 ケラケラと笑い、笑みを崩さない翔。

 

「だから、今回は不意打ちという手段を取らせてもらった。悪く思わないでくれよな?それとヒビに関しては偶々だ。もう一回やれと言われても絶対無理だぜ?期待しないでくれよな?」

「………ヤホホ!面白い方です!」

「俺は正面からぶつかったら一瞬でやられちまうんでな!」

 

 笑みを崩さない翔。しかし、その額には汗がにじんでいる。

 

「それで、貴方はこれからどうするおつもりで?」

「お前の相手をする……………………とか言うわけねえだろ!いい夢見ろよ、じゃあなッ!!」

「ヤホッ!?」

 

 突然背中を見せて逃亡を始める翔。その行動に驚きを隠せないジャック。

 顔だけをジャックに向けて声を上げる翔。

 

「さっきの会話で、もう十分に時間は稼がせてもらったんでな!」

 

 呆然と彼の背中を見つめるジャック。その背中を見失ったその時。

 舞台がガラス細工のように砕け散り、円状の舞台に戻った。

 黒ウサギが宣言する。

 

『勝者、春日部耀!!』

 

 ハッと観客席から声が上がる。次に割れんばかりの歓声が会場を包んだ。

 おおと声が上がる舞台の中心で辺りを見回す耀。そこにジャックが近寄って声をかける。

 

「どうかしましたか?」

「………翔が見当たらない」

「………ヤホ?もしや、あれでは?」

 

 そういってジャックが示したのは、舞台の端の方で地面から生え、ジタバタしている手だった。

 耀はそれを見て、笑って頷いた。

 

「多分、アレ。ありがとう」

「いえいえ。貴女こそ、おめでとうございます」

 

 ジャックは素直に勝利した耀を祝福する。その後ろから、不機嫌そうなアーシャがやって来た。

 悔しそうな視線で耀を見たと思うと、

 

「おい、オマエ!名前はなんて言うの?出身外門は?」

「………。最初の紹介にあった通りだけど」

 

 突き放すように言う耀。しかしアーシャはそれでも食らいついた。

 

「あーそうかい。だったら私の名前だけでも覚えとけ、この〝名無し〟め!私は六七八九〇〇外門出身のアーシャ=イグニファトゥス!次に会うようなことがあったら、今度こそ私が勝つからな!覚えとけよ!」

「………うん。わかった。でも次も私が勝つ」

 

 耀は笑いながらそう返した。アーシャはそれを聞くとツインテールを揺らして去っていく。

 

「あの、そろそろ助けてください………」

 

 何とか上半身を地中から出すことに成功した翔がそう呟いた。

 

「………何とかそこまで出れたんだ」

「無理やりな。それより早く助けて」

 

 仕方なく翔を地中から引っ張り出す耀。

 

「助かった………」

「今度は埋まらないでね?」

「それはどう足掻いても無理な話です」

 

 舞台上で二人がそんな会話を繰り広げていると、遥か上空から、雨のようにばら撒かれる黒い封書が目に入った。二人もそれに気づいて、降ってきたうちの一枚を翔は手に取って目を通す。耀も横から覗き込むようにして見る。

 

 

『ギフトゲーム名〝The PIED PIPER of HAMELIN〟

・プレイヤー一覧

現時点で三九九九九九九外門、四〇〇〇〇〇〇外門、境界壁の舞台区画に存在する参加者、主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

・ホストマスター側・勝利条件

全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側・勝利条件

一、ゲームマスターを打倒。

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

〝グリムグリモワール・ハーメルン〟印』

 

 

「………翔の仮説が当たった?」

「みたいだなあ。………ハア、最悪。こんな面倒事になるなら来なきゃよかった」

「………でも、顔が笑ってるよ?」

「………そんなウソには引っかかりませーん」

 

 耀が冗談を言う。翔はそれには乗らず、ため息を吐く。本当に笑顔を浮かべておらず、むしろ疲れきった表情の翔と笑顔の耀という対照的な二人。

 そんな中、観客席の中で一人、膨張した空気が弾けるように叫び声を上げた。

 

「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ―――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 最初の変化は本陣営のバルコニーから始まった。

 突如として白夜叉の全身を黒い風が包み込み、彼女の周囲を球体に包み込んだ。

 

「………なに、あれ?」

「俺が知るか。でも、なんか予想外の事態になっているのだけは分かる」

 

 特に焦りの見えない翔と耀が舞台上で様子を窺う。

 すると、黒い風は勢いを増し、白夜叉を除く全ての人間を一斉にバルコニーから押し出した。

 

「………行こう」

「ハア………嫌だなあ………」

 

 無表情の耀と心底嫌そうに顔を顰めている翔が、舞台に降りてきた十六夜と飛鳥のところへと向かう。

 

「翔の仮説が大当たりのようだな」

「本音を言えば当たってほしくなかったなー」

「ヤハハ!昨日は結構ノリノリだっただろうが!」

「杞憂で終わればいいなって昨日からずっと思ってました。妄想のままでいてくれって考えてましたー!正直強がってただけですー!!くそったれ!!なんで当たるんだよ!!?」

 

 地面に拳を打ち付ける翔。それを見て緊張していたメンバーの表情が少し和らぐ。

 そんな中、舞台周囲の観客席は大混乱に陥っていた。

 阿鼻叫喚が渦巻く会場の中心で、軽薄な笑みを浮かべている十六夜。

 しかし瞳には何時もの余裕が見られない。

 翔が息を一つ吐き、覚悟を決めたように口を開く。

 

「さて、まずはどうする?」

「〝サラマンドラ〟の連中が気になる。アイツらは観客席の方に飛んで行ったからな」

「では黒ウサギがサンドラ様を捜しに行きます。その間は十六夜さんとレティシア様の二人で魔王に備えてください。ジン坊っちゃん達は白夜叉様をお願いします」

「分かったよ」

 

 レティシアとジンが頷き、皆が動こうとしたとき、声がかけられる。

 

「お待ちください」

 

 一同が声の方向に振り向く。同じく舞台会場に上がっていた、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャとジャックだ。

 

「おおよその話は分かりました。魔王を迎え撃つというなら我々〝ウィル・オ・ウィスプ〟も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

「う、うん。頑張る」

 

 前触れなく魔王のゲームに巻き込まれたアーシャは、緊張しながらも承諾する。

 

「ハハハ!ああ、こりゃ心強いや!」

「そうでございますね。では御二人は黒ウサギと一緒にサンドラ様を捜し、指示を仰ぎましょう」

 

 一同は視線を交わして頷き合い、各々の役目に向かって今度こそ走り出した。

 逃げ惑う観客が悲鳴を上げたのは、その直後だった。

 

「見ろ!魔王が降りてくるぞ!」

 

 上空に見える人影が落下してくる。

 それを気にせず、白夜叉の下へと駆ける飛鳥、耀、翔、ジンの四人。

 そして、バルコニー入り口扉前に辿り着く。が、そこには吹き飛ばされた時と同じ黒い風が、彼女たちの侵入を阻んでいた。

 進むことも出来ずに歯噛みする飛鳥は、扉の向こうにいる白夜叉に向かって叫ぶ。

 

「白夜叉!中の状況はどうなっているの!?」

「分からん!だが行動を制限されておるのは確かだ!連中の〝契約書類〟には何か書いておらんか!?」

 

 ハッとジンが拾った黒い〝契約書類〟を取り出す。

 すると書面の文字が曲線と直線に分解され、新たな文面へと変化したのだ。

 飛鳥は風で舞い上がる髪を押さえながらも、すかさず羊皮紙を手に取って読む。

 

『※ゲーム参戦諸事項※

  ・現在、プレイヤー側ゲームマスターの参戦条件がクリアされていません。

   ゲームマスターの参戦を望む場合、参戦条件をクリアして下さい。 』

 

「ゲームマスターの参戦条件がクリアされてないですって………?」

「参戦条件は!?他には何が記述されておる!?」

「そ、それ以上の事は何も記述されていないわ!」

 

 白夜叉は大きく舌打ちした。彼女の知る限り、この様な形で星霊を封印できる方法は一つしかない。白夜叉は続けて叫んだ。

 

「よいかおんしら!今から言う事を一言一句違えずに黒ウサギへ伝えるのだ!間違えることは許さん!おんしらの不手際は、そのまま参加者の死に繋がるものと心得よ!」

 

 普段の白夜叉からは考えられない、緊迫した声。今はそれだけ非常事態なのだ。

 飛鳥達は大きく息を呑み、白夜叉の言葉を待つ。

 

「第一に、このゲームはルール作成段階で故意に説明不備を行っている可能性がある!これは一部の魔王が使う一手だ!最悪の場合、このゲームはクリア方法が存在しない!第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高い事を伝えるのだ!第三に、私を封印した方法は恐らく―――」

「はぁい、そこまでよ♪」

 

 ハッと白夜叉はバルコニーに振り返る。

 其処には白装束の女―――ラッテンと呼ばれた女が、三匹の火蜥蜴を連れ立っていた。

 

「あら、本当に封じられてるじゃない♪最強のフロアマスターもそうn「行け、ゴミ箱先輩三連星!あの蜥蜴どもを喰らうのだ!!」ちょ、ちょっと!?まだ私が話している途中でしょう!?」

 

 ラッテンが話している間に三匹の火蜥蜴に向かって、白い円柱状のゴミ箱が飛んでいく。そして、

 

「「「………(ムシャムシャ)」」」

 

 頭から綺麗に食べ、火蜥蜴たちを行動不能にするゴミ箱先輩。………殺してはいないようだ。

 

「お前ら、白夜叉の話は聞いてたな!?ならさっさと誰か、もしくは全員が黒ウサギの下に行け!!ちなみに俺は話を聞いてなかったからよろしく!!ほら、早く行かないとさっきの耀みたいに投げるぞッ!?」

 

 何か翔が馬鹿丸出しの発言をしていたが、それを無視して三人が行動を起こす。

 

「飛鳥、ジン!摑まって!」

「え、ええ!」

 

 耀は二人の手を摑んで旋風を巻き起こす。

 鷲獅子のギフトを用いた力に、ラッテンは少なからず驚きの声をあげた。

 

「あら、今の力………グリフォンかn「ゴミ箱先輩、射出!」ちょっ!?こいつ、また!?」

 

 今度は笛を吹こうとしていたラッテン本人に向かって、ゴミ箱先輩を射出する翔。

 その隙に耀、飛鳥、ジンの三人は黒ウサギのいる観客席に向かって飛翔した。

 

「このッ!鬱陶しいのよッ!!」

 

 笛を吹くのを一旦諦め、翔に向けて突っ込んでくるラッテン。

 しかし、翔に殴りかかろうとした直前に、翔の姿が消える。

 

「なっ!?い、一体どこに!?」

「ゴミ箱先輩二発目、射出!」

「えっ!?」

 

 翔の声は後ろから響いた。彼はリスポーンして、マーカーを置いてあった舞台中央まで移動したのだ。

 翔の奇襲を寸前で避けるラッテン。

 彼女はそんな彼を奇異の視線で見る。

 

「………貴方、一体どういうギフトなのかしら?」

「敵のお前さんに教えるとでも?」

「………いいえ」

「そうだろう?………だが敢えて言おう!俺のギフトはスケーター(ヌケーター)であるとッ!!」

 

 先ほどのセリフはなんだったのかというほど、清々しく自身のギフトネームを告げる翔。

 その言葉にラッテンは口を開け、唖然とする。その顔を見た翔がラッテンを指をさし、吼える。

 

「ほらな!?そんな顔をする!!どうせ、どうせ理解なんてできてないんだろ!?やっぱり箱庭に俺の理解者なんていないんだあッ!?」

 

 また、地面に拳を打ち付けて吼える翔。その背後から白い円柱状の物体、ゴミ箱先輩が転がってきて、

 

「うぎゃああああぁぁぁぁ!!!!?謀反ッ!?謀反ですかッ!?謀反なんですかッ!?おのれ、おのれえぇ、ゴミ箱先輩いいいぃぃぃぃ!!!!ゴミ箱の分際で、覚えてろよおおおおぉぉぉ!!!いつか絶対加速装置にして、そのまま放置してやるッ!!」

 

 下半身をゴミ箱先輩に吞みこまれる翔。

 異様な光景に再び唖然として、固まってしまうラッテン。と、次の瞬間。

 激しい雷鳴が鳴り響いた。

 

「そこまでです!」

 

 放心していたラッテンは我に返り、ハッと空を仰ぐ。

 

「今の雷鳴………まさか!」

 

 ラッテンはバルコニーから宮殿の屋根に跳び上がった。幾度も轟く雷鳴を発していたのは、〝疑似神格・金剛杵〟を掲げた黒ウサギである。

 黒ウサギは輝く三叉の金剛杵を掲げ、高らかに宣言する。

 

「〝審判権限〟の発動が受理されました!これよりギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します―――」

 

 黒ウサギの声が街に響く。

 

「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!!?そうだった!?リスポーン地点は此処だった!!?だ、誰か助けて!!このままじゃ無限にゴミ箱先輩に喰われ続けるうううぅぅぅぅ!!!!??」

 

 ………翔の悲鳴も虚しく、街に響いた。

 

 

 




【問題児】十六夜・飛鳥・耀・白夜叉の四人(現在)

【プッシュ】地面を蹴って加速させる、スケボーの基本テクニック。

【ボンレス】片腕でデッキの側面を掴んで前足を地面に置き、その足でジャンプして跳び上がるトリック。

【オーリー】ボードに乗りながらジャンプするトリック。

【スケートボード】殴られた者は通常の物理演算では有り得ない現象が起きる。例:吹き飛ぶ。

【翔の本音】帰りたい。ただその一言。

【ゴミ箱先輩】共闘、そして裏切り。これで捕食回数が97713回目。詳細な記録は以下の通り。
ゴミ箱実験回数:98251回+74回(第十話現在)
ゴミ箱共闘回数:32回+2回(第十話現在)
ゴミ箱挑戦回数:126回+28回(第十話現在)
ゴミ箱に滑りを妨害された回数:1574回+0回(そこら辺にゴミ箱先輩がいないため)
ゴミ箱捕食回数:97618回+95回(うち二回が今回)
「+回数」は箱庭に来てからの記録。


今回はこれぐらいで!それではまた次回!

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