カイロスの超合金でないかなー。
裸喰娘々。
ものすごい名前だが、別に卑猥な店ではない。ただの中華料理店だ。かなり繁盛しており、普段は客足が絶えないが、今は諸事情により客はいない。ケイオス、デルタ小隊三番機のチャックの店でもあり、デルタ小隊の男子寮として空き部屋をつかっている関係で、ワルキューレ、Δ小隊の両メンバーがよく集まるのだ。実際、今日もヒューイという新人の歓迎会ということで大円卓にはメンバーの殆どが集まっている。というか、本日は貸し切りである。客がいない理由はそれだ。
「お、来た!」
二階から見張っていたチャックの弟が声を上げる。
「よーし、みんな準備はいいな!」
弟に答え、チャックが回りに確認する。この場においては店長の彼がルールだ。
「飾りつけ準備完了!」
「料理準備完了!」
開けられるであろう扉に注目するのは大勢。デルタ小隊はもちろん、ワルキューレやマクロスエリシオンのブリッチ要員、こういう場に普段参加しなそうな美雲までいる。
はたして、彼はドアを開けて入ってきた。
「すいませ―――」
「「ようこそ、ケイオスへ!」」
「え、これは一体―――」
「さあさあ、ヒュイヒュイはこっちの席だよ!」
一斉の歓迎に、目を丸くする男が一人。何の騒ぎかと問う間もなくマキナに腕をひかれて円卓前につれてこられてしまった。
「それでは、ヒュー・アンソニー・ディスワードことヒューイのΔ小隊入隊歓迎会を始めまーす!!」
宴会騒ぎができて嬉しい彼らはヒューイをおいてどんどん状況を進めていく。そしてあれよあれよといううちに誰が入れたのか入隊者あいさつなんていうイベントが進行役のマキナの口から発表された。まったくの不意打ちである。
「さあ、どうぞ!」
「ビシっと決めろ!」
「上手いこと言えよー」
「短くなー」
ヤジを飛ばされたヒューイは、さてどう答えたものかとわずかに考え、すぐに決めた。今、彼はフライトスーツではなく道中で買った服を着ている。シャツの上にベスト。そしてフロックコートとせっかくなので買ってみた丸帽子だ。その帽子をおもむろにとり、胸にやってそのまま一礼する。
「初めまして、デルタ小隊、ならびにワルキューレの皆様。私はヒュー・アンソニー・ディスワード。気軽にヒューイと呼んでいただけたなら幸いです」
その身のこなし、まさに紳士というべき完璧な作法である。半端役者がやるような真似事ではない、自然体の上でこそ成り立つとでもいうべき風格があった。
「―――」
ちなみに今更だが、かつてこのような挨拶をしていたであろう貴族のような人々はかつての戦争で地球人類ごとほぼ消滅しているため、ヒューイのやったような挨拶がかつてあったことは映像で知っていても本物を目にする機会などあるはずもない。案外やってみるものだなと観衆の反応を見てほっとするヒューイ。
パチパチパチ
一人だけ気迫に呑まれずにいた美雲の拍手によって静寂は破られた。
「おみごと」
「恐縮です、フロイライン」
と、そこで他のメンバーも金縛りがとけて復活する。
「す、すごい。あんなの初めて見た」
「ほんとに、びっくりしちゃった」
「ぜひ映像記録に残しておくべき、アンコールを要求する」
「それはまたの機会に。短くまとめろとのことなので」
「むう、了承した。次に期待する」
「・・・さて、おまちかねの料理を持ってきたぞ。みんなじゃんじゃん食えー!」
「「「おー!」」」
チャックの持ってきた料理がテーブルに運ばれ、皆が待ち望んだディナータイムがやってきた。
ヒューイも卓に並んだ料理を食べることにした。実際、一日いろいろあったので空腹ではあったのだ。
「おじゃましまーす」
「とつげき」
マキナ、レイナが彼のいる卓に移動してきた。
「やあ、驚いたよ。こんなに盛大な歓迎会が待っているとは思わなかった」
「へへ、喜んでもらえてよかったー」
「でも、驚いたといえば美雲のこと」
「美雲さん?彼女がどうかしたの?」
「ああ、美雲はいつもこういうパーティーみたいなのには参加しないからね。ほら、今日ヒューイに裸喰娘々に来るようにって美雲が伝えに行ったでしょ?あれ、美雲が自分で立候補したんだよね」
「あのときはみんな驚いた」
「なるほど」
「それはそうと、あんな挨拶、というか作法。どこで覚えたの?」
「名家の出とか」
「いや、僕の家はそんなもんじゃないよ。まあ、100年ちょっと前まではイギリスの貴族だったらしいけれど」
「まさかの本物!?」
「いや、本当に昔の話だから。それにずいぶんと小さな家だったみたいだしね。聞いた話だと100年前の時点で当主は一人暮らしだったらしいよ」
「へえー」
「当時のこと、詳しいんだね」
「まあ、ガラクタはけっこう残ってるからね」
例えばこれとか。そういって懐から一本の鍵を取り出す。
「うわ、きれい」
「例の100年前の当主が遺した鍵らしいよ。どこにつかう鍵なのかわからないんだけどね」
「なんか書いてある」
「え、ああほんとだ」
「なんですそれ?」
「お、なんだなんだ?」
変わったものを見つけた、といった様子のミラージュが隣の卓から覗き込み、料理を運んでいたチャックが便乗し、それで目立ったためにアラドもちゃっかり入り込んでいる。
「なにかしら、いってみましょうメッサー君」
「え?ああ、確かに気になりますね」
それだけ人が集まればそれは目立ち、何の騒ぎかと人がどんどん集まってきた。
あれ、失敗したかも。とヒューイは後悔するがもう遅い。
彼からしてみれば少なくとも見た目はただの鍵である。が人類が宇宙に一大銀河文明を築くこの時代、アナクロな鍵はもはや骨董品。それも小さな旗のような造形で柄に装飾を施された黄金のウォード錠ともなれば下手をすれば美術館に個別に飾られるかもしれないレベルなのである。
「へえ、なにそれ」
ついにあの美雲までが参加してしまった。アラドが体をどかし、美雲の入るスペースを空ける。
「これ、あなたの?」
「ああ、うん。まあね。うちのじいさんが遺した鍵なんだ。まあ鍵穴のある扉なんかどこにも残ってないんだろうけれど、変わった文字が掘ってあってね」
「ふうん。なんて掘ってあるの?」
「さあ。古いからね、殆ど薄くなって読めないんだ」
なんだ、つまらん。綺麗な鍵ですね、もっと見てもいいですか?等々反応は様々だったが、やがてそれも終わり元の宴会騒ぎにみんな戻っていった。
「ねえ」
艦長やアラド隊長と共にアルコールの類を飲んだため、すこし体を冷まそうと外に張り出したテラスのところで風にあたっていると、美雲が水を片手に静かに歩み寄ってきた。
「美雲さん」
「あなた、さっきの鍵の文字が本当はなんて書いてあるか分かってるんじゃない?」
「どうしてそう思うの?」
「ただの勘よ」
思わず肩をすくめてしまう。これはまいった。女性の勘というものが馬鹿にできないとは言うけれど、彼女のそれは並外れているらしい。
「正解だよ。僕にはあの文字が読めるし、なんて書いてあるかも知っている」
「何が書いてあるのかしらね」
「・・・呪文さ。言葉には力がある。あれはその力を呼び出す鍵なのさ。わけあって読み上げることはできないけれどね」
「そう。でも確かに言葉には力があるものね。だったらそうやすやすと口にはできないというのも、なんだかわかる気がするわ」
「そう・・・本はすきかい?」
「さあ、読んだことないの」
そっか。と彼は一言つぶやき、目の前の少女がいつか本を楽しめる日がくることをそっと願った。
やがて宴はおわり、夜があける。
以前とくらべ、信じられないほどに広がった世界。彼が見上げる太陽の下に、壺中天はない。
紳士:あくまで執事なやつとかその主人とか、見敵必殺(女)とか、領地の半分と本一冊を交換する蒐書狂とかのこと。え、違う?
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