割り当てられた部屋で、煩い電子音に起こされてヒューイは目を覚ました。
「俺は・・・」
ああ、そうだ。ここはマクロスエリシオンの中、メイヴを預けてこの部屋にいるように言われて―――。
ピピピ、と電子音が鳴り自身の目を覚ましたものの正体が分かった。普段からつかっている携帯端末の起床タイマー。どうやら一日あかしてしまったらしい。凝り固まった身体をほぐしつつ備え付けの洗面台で顔を洗おうと立ち上がる。
宇宙航海も予想されるため、かなりサイエンスフィクションチックな設備だが、いい加減この手の機械も使い慣れたものだ。でなければ機械修理なんかできない。
さて、ついでにシャワーも浴びてしまって、それから朝食はどうしたものかと考えていた時、ドアがノックされた。
「ディスワード、起きてるか?」
「ああ、メルダースさん。起きてるよ」
「なら朝食に行くぞ。そこで今後のお前の処遇も話す。それとアラドでいいぞ」
「今行くよ。それと僕もヒューイと呼んでください」
「ヒューイ?」
「渾名みたいなものですよ」
特に用意もなかったのでそのまま扉を開け部屋を出ると、アラドは僅かに顔をしかめた。
「なんで朝っぱらからフライトスーツ・・・ああ、そういえばそのまま連れて来たんだったな、スマン」
「気にしなくていいですよ」
実際、パイロットスーツで狭い士官室のベッドで寝る、というのは慣れた行いだ。
「で?僕の処遇が決まったんですか?」
「それはこれからだ。しかし今日はやけに紳士的じゃないか。昨日とはまるで別人だな」
「ああ、よくあるでしょう、戦闘してる時は少し性格が変わるというコンバットハイみたいなものです。まあ、どちらかというと勘を戻すためというか・・・。それも気にしないでもらえれば」
食堂に行くとハムや野菜を挟んだバゲットとスープの簡単な食事が出された。対面で同じものをアラドが口にしている。朝食としては妥当な量だが、足りない気がする。そういえば昨日の昼から何も食べてなかった。
「で、お前の処遇だが、うちにスカウトされないか?」
「それはつまりケイオスラグナ支部に?」
「いや、そのなかのデルタ小隊にだ。つまり俺の部下だな」
「それはまた・・・」
「腕のいいパイロットはいつだって不足している。それにまたあの|不明機≪アンノウン≫が襲ってくるとも限らない。ついでにいうとそうしてくれないと昨日の事後処理が面倒このうえない」
そうか。一般人が戦闘に介入したわけだしな。メイヴも一般航空機として登録していたし・・・。
「あ、ひゅいひゅい発見」
「ん?」
「お?レイナさんとマキナさんか」
「ああ、もしかしてワルキューレの?」
「そう。私はレイナ・プラウラー、よろしく」
「マキナ・中島です」
「これはご丁寧に、ヒュー・アンソニー・ディスワードです。ヒューイと呼んでください」
そういえば昨日、ステージにいたような気もする。M4.5で通り過ぎたからあまり覚えていないけれど。
「はい、これ」
レイナさんが白い箱を渡してきた。
「これは?」
「裸喰娘々特製、豪華絢爛ボリュームセット」
「昨日助けてくれたお礼です」
「ああ、すみませんわざわざ」
「いい。助けられたらお礼をするのは当たり前」
「助けたといっても、戦闘に介入してデルタ小隊のみなさんには迷惑をかけましたけれど」
「そんなことはない。ミラージュは助かったといっていた」
「ミラージュ?」
「デルタ小隊のパイロットですよ」
ああ、なるほどそれで。でも、助かったと言われたのか。どうやら僕の古すぎる腕はまだなんとか通用するらしい。
「冷めないうちに食べる」
ぐい、とレイナさんが裸喰娘々の箱を突き出してくる。確かにいい匂いだ。中華かな。久しぶりに見るけれど、これは腹が鳴りそうだ。
「じゃあ、いただくよ。お腹も空いてたし」
早速箱を開ける。これは・・・なるほど豪華絢爛だ。チャーハンに饅頭系のもの。野菜と海鮮の炒め物・・・これはクラゲだろうか。もう一度ふたりにお礼を言って、いただくことにする。ああ、これはおいしい。
「すごい・・・」
「さ、さすが男子、よく食べる」
なにやら驚く声が聞こえるが今回ばかりは無作法は簡便してもらおう。なにせヴァール化のニュースを聞いた時は気晴らしにメイヴを飛ばしていて、そこから一旦着陸して武装を搭載。スーパークルーズで海を一つ越えて現場に到着して戦闘に介入したのだ。この間は何も食べていない。
「ふう・・・ごちそうさま。美味しかったよ」
「それはよかった」
実際、助かった。おかげで空腹も落ち着いたし。無論ここの食堂に不満があるわけではないが。改めて思うと少し気おくれしてしまったが厨房の方をうかがうとコック帽の男がサムズアップしていた。どうやら許してくれたらしい。あるいはワルキューレの人気のおかげだろうか。
食器を片付けてもどってくるとマキナさんが話をふってきた。
「ねえ、ヒュイヒュイはこの後どうするの?」
「なるほど・・・にしてもちょっと語呂が悪いような・・・。言いにくくないですか?マキナさん」
「大丈夫、問題ない」
「さすが歌手ってことか・・・?」
「で、議題はヒューイのこと」
「ああ、そっか。そうでした」
マキナさんが身を乗り出して催促してくる。視界の端ではアラド隊長もうなずいている。ここで答えを聞いておきたいという様子だ。まあ、いいだろう。元よりそう悩む選択肢じゃない。
「デルタ小隊に入ろうかと思ってるんだ。いまさっきアラド隊長にスカウトされてね」
「おおう!?」
「衝撃の急展開・・・」
「いや、ふたりは昨日のデブリーフィングで聞いていたはずでは」
「驚いたフリ」
「テヘッ」
まるで仲の良い姉妹を見ているようでなんだか微笑ましい。で、アラド隊長は答えを聞いたらさっさといってしまった。恐らく入隊のための手続きをしにいったのだろうが、そんなに急ぐほど人材が足りていないのだろうか。
「あ、じゃあ早速ジクフリちゃん組まなきゃいけないよね!」
「ジクフリ・・・?ああ、デルタ小隊の使っているあのVFか」
「そう、正式名称VF-31ジークフリート!YF-30をベースに開発された最新鋭の機体で、
さらにデルタ小隊のものは専用にカスタマイズしてあるの!!最高速度マッハ5.5、前進翼ならではの機動性とパックよりはるかに簡単な換装で装備変更ができる汎用性!」
「最新鋭機にふさわしいポテンシャルの機体」
なぜだか二人ともやたら詳しい。しかもマキナさんの目がきらきらしている。
「もしかして整備とかも手伝ってるの?」
「というよりマキナが主力メカニック。ジークフリートの改造もやっている」
「レイレイだってほとんど一人でシステム系をくみ上げてたじゃない」
「すごいな二人とも・・・」
なんだろう、もしかしてワルキューレって歌以外にも特技なないと入れないような部署なのだろうか。もうパイロットがいても驚かない。そして技術畑の人間というのは、
「話せる」ならとても話しやすい。
「それで、ジークフリートってどんな機体なんだい?」
「おおう、やっぱりヒュイヒュイもパイロットだねえ」
「そりゃあ、最新鋭機なんて言われちゃ気にもなるさ。ましてや自分が乗れるかもしれないなんて。VFは初めてだけど」
「VFの戦闘に普通の戦闘機で突っ込んで生き残っているヒューイなら絶対に乗りこなせる」
「さて?でも楽しみだよ」
だが、実際のところは乗りこなす自信はある。結局は飛行機だし、何より現代のマシンがあの方向音痴より操縦性で劣るなんてことはないだろう。ならばできない道理はない。
「あ、そうだヒュイヒュイ、何か要望はあったりする?」
「え、個人でオーダーメイドなのか?」
「いや、いつもは乗る人が来る前に調達しなきゃだから後付けのカスタマイズしかできないけれど、今回は制作自体がこれからだからね」
「なるほど、名案。ぜひワンオフの最強機にするべき」
最強と言われても。昨日みた限りではジークフリートの戦闘機としてのスペックは十二分だと思うのだが・・・ああ、でもVFということは人型形態もあるのか。あとはそうだ、どうせ自分の乗る飛行機ならば・・・。
「じゃあ、ちょっとお願いしてもいいかな」
「それは面白い、私たちに任せる」
こうして、VF―31ジークフリート魔改造計画がひそかに発足した。
「ふんぬっ!」
「グッ・・・!!」
「セイッ!!」
「ッ、オアアアアッ!」
「もう、一丁ォォ!!」
ズドン!とヒューイは何度目か分からない衝撃に身をさらした。くぐもった悲鳴が口から洩れるのを堪え、必死に体制をたてなおし、次の攻撃の予兆と反撃の糸口を同時に探る。
「ほう、我流ながら衝撃を分散させる術を身に着けているか」
「知り合いに、東洋の武術を使う人がいましてね・・・!」
瞬間、相手の深い踏み込みで懐に入られる。この位置はまずい。身体を移動させろ。―――違う。足を引いた瞬間に相手が笑みを浮かべた。これは罠だ。逃げる動作を誘われた。ならば狙いは―――
(足掛けか!)
ならばこちらの足をあえてひっかけ、その状態で全身をひねり、その動きに相手を巻き込む。生まれる結果は掛けられた足を逆にとりかえすカウンター!
「おしかったな」
瞬間、再三の鈍い衝撃と共に仰向けで天井を見上げるていた。
「俺じゃなかったら10回に3回くらいは上手くいってたかもしれないが、重量差を考えるべきだったな」
「・・・まさか片足で釣り上げられるとは」
「まあ柔道家が無手で負けちゃあ世話ねえしなあ。よし、一回休憩にしようや」
「了解です」
ヒュー・アンソニー・ディスワード、ただいまマクロスエリシオン内の道場にて同艦艦長アーネスト・ジョンソンと格闘訓練中であった。
「しかし、人型の兵器で戦うのが初めてだからってわざわざ俺のところに来るとはいい気構えじゃねえか」
横並びで備え付けのベンチに座り、タオルで汗を拭きつつアーネスト艦長に答える。流石にしゃべれないほど息切れはしていない。
「まあ、せっかく乗るんですし、せめて機体が組みあがるまでにはこっちの準備もととのえないと」
「あのジークフリートか。ワルキューレのお二方が妙にはりきってたが、あれはどういうことだ?」
お前さんの入隊書類が出来上がると同時に俺のところへ直談判しに来たぞ、と笑いながらどやされる。どうやらあの後、分かれてすぐに行ったらしい。
「実は機体について要望を聞かれまして、それでちょっと頼み事をしたんですよ」
「なるほど、どおりで火がつくわけだ。まあそれでいい機体ができるなら問題はない。彼女たちの腕はよく知ってるからな」
ところで、というセリフと同時にスポーツドリンクのボトルが飛んできた。
「お前、素人じゃないだろう?」
それが眼前を通過するところで、右手でキャッチする。
「まあ、昨日の戦闘を見られてズブの素人をうたえるほど神経は太くないですよ」
「経歴に従軍経験はないが、実際のところはかなりの激戦を潜り抜けているはずだ」
「別に絶対に知らせなければいけないわけではないでしょう?それに、言ってはなんですが信じてもらえるとは思ってませんし」
「話す気はない、と」
「申し訳ありませんが。僕は今も昔もただの飛行機乗りですよ」
「・・・お前、疑いをはらす気まったくないだろう」
「胡散臭いのも自覚してますから、今更です」
最終的に、二人そろって苦笑とも失笑ともつかない曖昧な笑みを浮かべてその話は終わった。
「まあいい。部下になる以上は信じるさ。でなければ軍隊なんざやっていけんからな。ヒュー・ディスワード准尉、これからの働きに期待させてもらう」
「誠心誠意努力いたします」
「よおし、じゃあまずは組手からだ。今日中に俺から一本とってみせろ!」
それは無茶だと思うのだが。
散々吹っ飛ばされてエリシオンの自室まで戻って来た時には既に夕方近かった。地味にいろいろなところがこすれて痛い。さっさと食堂にいって、そしたら今日はシャワーを浴びて寝てしまおうと思っていた。
「ねえ、ちょっといいかしら―――」
部屋に帰る途中の廊下で、彼女に声をかけられるまでは。
摘み立ての葡萄のような紫色の豊かな髪。この色彩の髪の持ち主は―――。
「ああ、美雲・ギンヌメールさんでしたよね。ワルキューレの」
「ええ、そう。それと無理して敬語を使う必要はないわよ、新しいパイロットさん。私のほうが年下なのだから」
「別に無理をしていたわけじゃないんだけどね。それと僕の名前はヒュー・アンソニー・ディスワード。ヒューイでいいよ」
まあ、敬語があまり得意ではないのも事実なのだが。
「そう、得意ではないような気がしたのだけれど・・・。まあいいわ。ヒューイ、この間は助けてくれてありがとう」
「当然のことをしたまでだよ。しかし、いつもあんな危険なところで歌を?」
「いつもではないけれど、私たちもケイオスの社員だから」
PMCのケイオスが新統合軍から対ヴァール戦を請け負っていて、その一環としてあのライブもある。そういうことだ。あらためて考えると逞しいことだと思う。
「まあ、君たちを守るのならやりがいのある仕事で僕は満足だよ」
「あら、ありがとう・・・ああ、そうだった。今日は裸喰娘々で夕食にするといいわ」
「裸喰娘々?ああ、確か中華の店だっけ。でもどうして―――」
「いいことがあるからよ」
それだけ言うと、もう用は済んだとばかりに彼女はどこかへ去ってしまった。
ふむ、裸喰娘々か。
アイテールは既にケイオスの支部があるラグナに戻っている。そういえばマクロスエリシオンの外には出ていないな。私服もないことだし、行ってみるか。
あの方向音痴:ヒューイが以前乗っていた機体。飛行中、操縦幹から手を放すと勝手に右ロールを始める。