魔導士達の英雄譚   作:鈴木龍

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第六話です。
前奏曲(プレリュード)が終わり、円舞曲(ワルツ)が始まります。


開会

新宿駅から、市ヶ谷にある陸上自衛隊駐屯基地までの道を走って進む。

日の出前の白み始めた空が照らす暗い街を人工的で無機質な光によって明るくなっている街に人気(ひとけ)はなく、車も通っていない。

まだ朝の早い時間だからか、どこのビルからも人の気配はなく、ただただ無音の中に俺たちの走る音が響くだけだ。

 

基地へとつくと、そこには地獄が広がっていた。

焼けている庁舎、応戦するために出てきたと思わしき自衛隊員の死体、爆発によってえぐられたグラウンド、粉々になった小銃の山。

ほんの数十分前までとは全く違った様相の駐屯基地に、俺たちはただ言葉をなくすばかりだ。

周りを見渡しても生きた人間の姿はなく、また襲撃してきた魔導士の姿も見えない。

次第に暴動事件鎮圧に駆り出されていた他の魔導士たちが戻ってきて、彼らも皆一様に言葉を失って立ち尽くす。

この駐屯基地に所属していた魔導士が全員戻ってきた時、その場に場違いな拍手と笑いが起こった。

「ハァーッハッハッハッハッ!いやーお帰り、諸君。君たちの帰りを待っていたよ。」

炎の中から、拍手を送りながら、嘲るように笑って人影がこちらへ動いてくる。

その人影は、炎の中を悠然と歩き、俺たちの前へと姿を現す。

声は女性のようで、その背丈は俺と同じか少し大きい程度だった。

腰まで届くかという長く黒い髪をなびかせ、地獄を背にして拍手を送る様は、悪魔のそれである。

しかし、白い小袖や黒い袴は熱風が吹き荒れているにもかかわらずなびいておらず、彼女はそこにいないのではないかという錯覚を持たせる。

そして、彼女の最大の特徴は、頭に三角形の尖った獣の耳と、腰のあたりから根元は太く先端は細い獣の尻尾が生えていることである。

それは、彼女が獣人であることを示しており、同時に俺たちに絶対の敗北の可能性を感じさせた。

なぜなら、獣人は身体能力が高いだけでなく、魔力も通常の人間より高く、魔術を使う獣人は、一流の魔導士でも単独では倒すのが困難だと言われる程だからだ。

しかし、そんな圧倒的絶望が支配する空間の中で、一人の男が動いた。

「貴様ーーァッ!」

京介だ。

炎を風で払いのけながら進み、獣人に向かって突進する。

しかし、京介の刃が彼女の元へ到達したかのように見えた時には、獣人は俺たちの背後に瞬間移動して、笑いながら言葉を綴っていた。

「今日は、貴様らと遊びにきたのではない。来るべき日が来た時、私から招待状を出そう。」

一方的に言い放ち、その姿は虚空へと消えていく。

後に残されたのは、圧倒的な敗北感と、喪失感だった。

膝をつき、うなだれて涙を流す者。地獄を見て嗚咽する者。

様々な者がその場にいたが、誰もがその場から動くことができずにいた。

 

「誰か生きているかもしれない…」

誰かが呟いた言葉に、それまで悲しみにに打ちひしがれていた魔導士達に光が差し込む。

それから、生存者の捜索が始まった。

荒れ狂う炎を魔術で消し、瓦礫を粉砕する。

しかし、いくら探せども、瓦礫の下から見つかる者はいなかった。

それでも、誰かいるかもしれないと魔導士達は己の全力を振るって生存者を捜し続けた。

 

あの地獄の日から一日が経ち、被害状況が鮮明になってきた。

庁舎に残っていた人の中で生存者はゼロ。

残っていた通信機器で他の駐屯地へと連絡を取ったところ、東京では練馬の駐屯基地一つを残し、他は壊滅していることがわかった。

そして、東京都内の各駐屯地から生き残った魔導士達が練馬に集まってくる。

集まった魔導士達で、総勢百五十名にのぼる急ごしらえの大部隊が編成された。

通常、四、五人の魔導士の部隊で、二百人程度の中隊を相手取っても勝利を収めることが可能な程の戦力を秘めているのが魔導士なのだが、それが百五十人ともなると、五千人程度の旅団なら互角以上の戦いをすることができる。

 

そんな部隊が作られてから四日がたった頃、あの時の獣人からの『招待状』が届いた。

夕方、空が暗くなり、闇が世界を支配し始めた頃、あの時の獣人が屋外にある射撃演習場に現れた。

その報せを受け、総勢百五十名の魔導士部隊が射撃演習場に集結する。

しかし彼女はそんな大部隊を前にしても臆することなく、むしろ嬉しそうに顔を歪める。

「今宵は皆様御機嫌よう。先日より一週間、顔ぶれも増え、私は嬉しい限りだ。」

彼女の顔は黒いベールに覆われており、その表情をうかがい知ることはできない。

「私は、今宵、富士の麓にて貴様らを待つ。せいぜい私を楽しませろ。」

高圧的に言い放って、着物の袖を翻し、歩み去ろうとする。

しかし、一見無防備に見える姿は、一切の隙を感じさせず、負ければ必敗というような予感だけがある。

それ故に、誰もが固まったように足を動かせずにいた。

今度ばかりは、京介さえも足が止まっていた。

そして、俺達のいる方とは逆方向に歩んでいき、虚空に姿を消してしまった。

その光景に、狐につままれたような気持ちになりほとんどの魔導士が、その場に立ち尽くしていた。

…ただ一人を除いて。




紺の戦闘描写とかしていきたいです。
どんな魔術を使うかは、お楽しみにしてください。
…勘の良い方ならば、薄々感づいているかもしれませんが。

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