姫松高校麻雀部は土日も夕方五時まで試合形式での特打ち練習がある。その分、祝日は基本的に休みだ。
つまり、ゴールデンウィークは学校も部活もない。存分に羽を伸ばして、日帰りで旅行に行って、幼馴染も連れて行ってやるかーと計画していた。
「……はずやったのになぁ」
ぬくぬくと眠っていたのにかかってきた無慈悲な教科担任からの連絡。
休日当番だったことを伝え忘れていたらしく、いきなり呼び出され登校。麻雀部はなくても他の部活はあるみたいで教師陣の中で若手の私が選ばれたわけだ。
ひどい。もう……うちのせっかくの休みがー!
「やっとお昼や~」
他の同期の先生方は昼食を食べに外へ行った。うちもその流れに乗りたかったけど、一人は残っていなければならず一番若いうちはお留守番。
それでバタバタしていて弁当も持ってきていない。準備もできてない。
「う~、お昼抜くんもな~」
足をパタパタ。手をバタバタ。書類はバサバサ。
拾うのも面倒くさい……。
そんな時、特定の相手からだとすぐにわかる着信音が鳴った。
『――郁乃お姉ちゃん! 電話だよ!』
「は~い~。郁乃お姉ちゃんだよ~。きょーたろー君~助けて~」
『……なに言ってんだ、郁乃姉さん』
電話の相手は愛しの男の子、きょーたろー君。
可愛い顔立ちから立派な男前になった年の離れた幼馴染。
そして将来のお婿さん。
きゃっ。
同級生やプロ時代の友人はみんな婚期に差し掛かり、頭を悩ませている。瑞原さんや小鍛冶プロも血眼で相手を必死に流してるとか聞くけど、うちには小さい頃から手塩にかけて育ててきた有望物件がいる。
もちろん、好きやし、アイシテル。彼が卒業したら即刻、籍を入れるレベル。
まだちゃんと話したことはないけど、きょーたろー君やったら受け入れてくれるやろ~な。あの子も順調にシスコン気味になってるし~。
『おーい、姉さん?』
「あ~、ごめんな~。何のようやろ?」
『何って……今日、郁乃姉さんが予定空けとけって言ったんだろ? それなのに連絡もないからさ』
「あっ」
『ちょっと待て。あ、ってなんだ。あ、って』
「きょーたろー君~……」
『なんだよ』
「ごみ~ん、忘れてた~」
『ええっ!?』
電話越しでも驚いているのがよくわかる大きな声。
あまりにも慌ただしい朝だったから完全に忘れていた。元々きょーたろー君を息抜きに連れて行ってあげる予定やったのに本人に連絡していないのは不味いで、うちのアホ。
「ごめんな、きょーたろー君。本当は今日、一緒に旅行連れていくつもりやってんけど急に仕事が入ってもうて……」
『あぁ、なんだ、それならそうと言えばいいのに』
「サプライズのつもりやったから。そこで~お願いがあるんやけど聞いてくれへん?」
『いや、俺も疲れてるから休みたいんだけど』
「また一緒にお風呂入ってあげるで~?」
『いらねぇよ! ていうか、いつも勝手に入ってくるだけだろ! ……で、なに?』
「実は急ぎに急いだお姉ちゃんはお昼ご飯忘れてもうて~。持ってきてくれへんかなぁ?」
『なるほどな。郁乃姉さんはそういうところ抜けてるよなー』
「そんなことないし~」
『じゃあ、行かなくていい?』
「手作りがええな~」
『素直になったら開き直るのやめろよ……』
「一時間以内でお願いな~」
『はいはい』
「愛もいっぱい詰めといてや~」
『はいはい。愛情Maxで作っとくから。ちょっとだけ我慢していてくれよ』
「うん~! 愛してるよ、きょーたろー君~!」
――と、言う途中で切られた。
むぅ~、きょーたろー君はイケズやわ。でも、照れちゃって可愛いんやから……この時期は多感やし。
ちらっと時計を見る。
……今からとなると30分はかかるかな~。
「……先に仕事終わらしておこうかな?」
ご飯は食べさせてもらいたいし。それを考えればさっさと済ませてしまおう。うん、ちょっとだけやる気出た。
椅子に座りなおすと画面に向かい合う。誰もいない職員室はとても静かでカタカタとキーボードを叩く音が響く。自分でも驚くほどに集中していた。ご褒美を目の前にぶら下げられたら人間やれるもんや。
「ん~……こんなもんかな?」
グっと凝り固まった肩をほぐして、背もたれに体重を預ける。そろそろかな~と思って時計を見ると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「すいません。二年の須賀京太郎です」
グッドタイミング!
待ち遠しい人物の声がしたので普段の自分からは想像できない俊敏な動きでドアまで到達すると、開けると同時に彼の頭を胸に沈みこませた。
「むっ!?」
「あ~ん、もうきょーたろー君。待ったわ~! お姉ちゃんお腹ペコペコなんよ~」
「むむぐっ! んんっ!」
逃げようとするけどガッチリ頭を押さえて離さない。
きょーたろー成分が最近、足りひんかったし、ここで補充しておくんや~。
うるさいおっちゃんたちもおらんし教師生徒といっても関係はもう10年以上。せっかくの二人きりの休日を邪魔されたんやからこれくらいええよね。
「きょーたろー君ええ匂いやわ~。お風呂入ってきたんかな?」
「――! ――っ!」
「あっ、そんな息荒くしたらあかんて~。そういうのはお家に帰ってから~」
とか言いつつ、耳を甘噛みする。
はむはむ。
体は素直だ。力が抜けていくのが手に取るようにわかる。
そのまま抱きしめて、職員室に連れ込んで昼食を一緒に取ろうとする――けど、腕に力を込めて無理やり引きはがされた。
「っぷはっ! な、何してんだよ、郁乃姉さん!」
「なにって――愛の確認?」
「いい年してやめろ! そういうのを外で大きく言うのはやめてくれ! 恥ずかしいから!」
「別にええやん。うちら愛し合ってるんやし~」
「ないって!」
「うりうり~」
「だから、すぐに抱き着こうとするのやめろ!」
きょーたろー君の制止も無視して、たくましい腕にわざと胸を当てるように絡める。
そこで気づいた。きょーたろー君の他に視線があることに。
「な、な、なっ」
「胸なんか、やっぱり胸なんか……」
「ひ、ひゃー」
「グヌヌヌヌ……!!」
きょーたろー君と同じ麻雀部の仲良い面子。うちのお気に入りの末原ちゃんに愛宕姉妹に真瀬ちゃん。
顔を真っ赤にさせたり、ブツブツ呪詛吐いてたり、指の隙間からチラチラと覗いてたり、歯ぎしりさせたり。
四人それぞれの反応を見ていると青春やなぁと若かりし学生時代を思い出す。リアクションが面白くて、んーと間延びした声を出すとうちはニィといたずらな笑みを浮かべた。
「なー、みんなー。見といてなー?」
「へっ」
わざと注目させてからグイっとこちらに引き寄せると私はきょーたろー君の頬に軽く唇を当てた。
「――っ!?」
「何しとるんですかー!?」
「何してんじゃワレェ!!」
「許さん! 許さへんで赤阪先生!」
「あー! そこは私の方が先に狙ってたのにー!?」
「はぁっ!? ちょっと待て、絹! そんなん聞いてへんで!?」
「絹ちゃんも敵!? 敵なんか!?」
「やっぱりおっぱいやないか! 胸がすべてを物語ってんのか……!?」
「と、とにかく! 赤阪先生は京太郎を返してくださいー!!」
「きゃっ」
「うおおおお!?」
全員がなだれ込むようにして飛び込んでくる。
バランスを崩した私たちはそのまま後ろに倒れてしもうてきょーたろー君は間に挟まれる形になった。いろんなところに女の子を感じて顔は真っ赤っか。
「お、おい京太郎! おまえどこ触ってんねん!」
「いや、これは不可抗力だろ!?」
「あ、あかん! 手を動かすなや! そこは私のシャツのなか……」
「ん……なんか柔らかな感触……」
「きゃー! 触られた! 緩んだおなか触られたぁ! もうお嫁に行かれへん……!」
……あー、もう。
面白いわぁ、この子たち。
すでに昨日で知っている人もいると思いますが、夏コミ(C92)参加申し込みしました。当選したら『麻雀少女は愛が欲しい』を文庫本(挿絵あり)にして出します。表紙・挿絵は島田志麻さん。
それにあたって今作もコピー本として出します。それにあたってアンケート取ります。
こちらからお願いします
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