麻雀少女に愛を囁く   作:小早川 桂

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エイスリンちゃん!


02-青春純情度100%

 茜色の夕日が射し込む教室。たまにカーテンを揺らしながら吹き込む風が冷たい。寒くなってきたなと思うと同時に冬が近づいてきているのを肌で感じた。時計を見ると五時過ぎ。日が沈むのも早くなったものだ。

 

「ふぅ……」

 一息つき、そっとノートパソコンを閉じた。うんと背を伸ばして固まった筋肉をほぐす。

 

 もう残り一週間と迫った宮守高校の文化祭。共学化してからこれで3回目の祭りになる。 文化委員の仕事を果たした俺は隣で悪戦苦闘を繰り広げている相方に声を掛けた。

 

「なぁ、エイスリン。大丈夫か?」

 

「…………」

 

 だが、一向に反応は帰ってこない。いつものことではある。

 

 留学生の彼女は日本語がお世辞にもうまいとは言えない。なので、首にぶらさげているホワイトボードに絵を描いて意思疎通を図るのだ。

 

「……俺はもう帰ろうと思うんだが、エイスリンはどうする?」

 

 彼女は首を左右に振る。ノートパソコンの画面には作成途中のパンフレットの表紙が映し出されていた。どうやらまだ仕事が完成していないらしい。

 

「じゃあ、俺も手伝うよ。貸して」

 

『ブッブー』

 

 可愛らしい効果音でも出そうな×印。

 

「いや、でも帰るのが遅くなるぞ?」

 

『ブッブー』

 

「疲れてきただろ? 俺に任せておけって」

 

『ブッブー』

 

「……ふむ」

 

 どうやら意地でも自分でやりきるつもりらしい。 うーん……どうしたんだろうか。いつものエイスリンっぽくない。

 

「………………」 

 

 じっとエイスリンを見つめる。

 

 イラストを描く時、彼女はいつも表情豊かだ。透き通る碧眼は人の視線を自然と吸い寄せる。

 

 日の光に照らされて輝く金色の髪。そよ風に揺れ、絵画のように完成された美しさが彼女からあふれ出す。

 そんな魅力に満ちたエイスリンが俺は好きだった。

 

 友達としてではない。異性として愛している。

 

「…………」

 

「……キョウタロウ?」

 

 小首を傾げて彼女は話しかけてくる。

 

 自分の名前を呼ばれたのが、なんだか嬉しくて身を乗り出してしまう。

 

「なんだ?」

 

「ソノ……ズットミラレテタラ、ハズカシイ……」

 

 頬を背景の夕日に負けないくらい朱色に染めたエイスリンはギュッとホワイトボードを握り締める。その言葉に自分がしていたことの恥ずかしさが湧きあがり、急いで頭を下げた。

 

「わ、悪い! 嫌だったよな?」

 

「ア……ウウン!」

 

 否定するようにブンブンと彼女は首を振る。

 

 すると、急にピタリと動きを止めておろおろとして、俯いてしまった。

 

「……どうかしたのか?」

 

「……ゴメンネ?」

 

 唐突に彼女の口から紡ぎだされた言葉は謝罪だった。

 

「ソノ……ワタシ、ワガママイッテ……」

 

  作業のことを言っているのだろうか。あんなのワガママにも入らない。俺もエイスリンの気持を組んでやることができなかった。

 

 そうだ。共学化して三回目ってことは俺たちは高校三年生。つまり、彼女にとっても日本での最後の文化祭になる。

 

 ……そう考えると胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。

 

「……いや、それなら気にしなくていいぞ。俺だってエイスリンの嫌がることしてごめんな?」 

 

「チ、チガウノ! ワタシハ……ソノ……」

 

 エイスリンは上手く言葉が見つからないらしい。

 

 あたふたとして、ボードに絵を描いては消して、描いては消すを繰り返す。やがて、彼女は手を止める。

 

 そして、マジックで薄く黒に汚れたキャンパスにポタポタと水粒が零れ落ちた。

 

「エ、エイスリン!?」

 

 予想外の展開に思考がついていけない。

 

 急いでハンカチを取り出すと彼女の双眼から滴り落ちる涙をぬぐう。 すると、自然と俺たちの距離は近くなって――エイスリンが抱き着いてきた。

 

「っ!?」

 

 言葉にならない叫び。好意を寄せる少女が突然抱擁をしてきたら誰だってそうなる。腰に回された腕の力は強く、他人の温かさを直に感じる。

 

「エ、エイスリン……?」

 

「…………ワタシ、ネ? サミシイ……」

 

 たったその一言が彼女の心境を如実に表していた。

 

 彼女は交換制度でやってきた留学生。来年には向こうへ帰ってしまう。国内ならばどれだけ良かったか。

 

 彼女が戻るのは外国だ。海を隔てた遠い遠い所。学生がそうやすやすと通える場所じゃない。 そう思うと彼女が急に遠くまで行ってしまうような気がして、いてもたってもいられなくてその華奢な体を抱きしめた。

 

「ッ…………キョウタロォ……!」

 

 泣くな、泣くなよ。

 

 俺がいつまでも一緒にいるから。

 

 頑張って働いて、金稼いで、お前に会いに行って、思い出作って、昔話に花咲かせて、それでそれでそれで……!

 

 溢れ出てくる気持ち。もうそれを止めることはできなかった。

 

「キョウタロウ…………ワタシ、ワタシ……キョウタロウガ――」

 

 消える言葉。ふさがれる唇。

 

 数秒を経て、視界一杯の金色が小さくなっていく。

 

 柔らかな感触は一瞬で失われたが、きっと忘れることはない。

 

 そんなキスだった。

 

「……好きだ、エイスリン。お前がどこに行っても俺はずっとエイスリンの傍にいたい。お前の隣で手を繋いでいたい」

 

「 ……ウン。ゼッタイ……ハナシチャ、ダメ」

 

 手のひらを重ねて指を絡めた。エイスリンの白い手を握り締める。強く、強く。俺の想いが通じ合うくらいに。

 

「……ネェ、キョウタロウ」

 

「なんだ?」

 

「モイッカイ……シテ、ホシイ……」

 

「なっ」

 

「………………ン」

 

 彼女はゆっくりと瞳を閉じてぷくりと膨らんだ小さな唇をちょっとだけ突き出す。羞恥からさっきよりも色濃く赤く染まった顔。待ちきれない心が現れるようにほんの少し身を乗り出している姿に愛おしさを感じながら、俺は彼女の肩を抱いた。

 

「好きだよ、エイスリン」

 

 もう一度、自分の隠していた気持ちを全てさらけ出すように言葉にして唇を重ねる。

 

 二度目のキスは甘い味がした。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 




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