麻雀少女に愛を囁く   作:小早川 桂

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今日は求婚の日らしいです。
トップバッターは弘世菫さん。


01-世話焼きは社会人になると苦労人にランクアップする

 高校時代。私は部長としてみんなに頼られていたと思う。そのような風潮もとある友人の御守りをしていたからできたのだろう。

 

 宮永照。

 

 学生時代は三年連続で個人戦のインターハイチャンピオンに輝き、団体戦でも二年連続優勝。エースの名にふさわしい活躍をやってのけた。

 

 卒業後はプロ麻雀団体、横浜ロードスターズにドラフト一位で競合の末に入団。一年目に新人王。弱冠二十歳で最優秀和了率とシーズンMVPの座を奪取し、瞬く間に人気選手となった。

 

 首位打点王のタイトルを獲得した三尋木詠プロとのWエースとして看板選手の彼女だが、その裏にはもう一つの顔がある。

 

 実は彼女は麻雀以外はからっきしのポンコツダメダメ少女なのだ。

 

 お菓子がないと生きていけない。運動はしない。化粧もできない。道に迷う。朝一人で起きられない。などと例を挙げればキリがない。

 

 そのようなダメっ子ぶりは十年経った今でも変わらない。

 

 だから、あれほど自分磨きをしろと私は言い続けたのに……。

 

 もう二度とお前の世話係は嫌だからな! 絶対にしないからな! ……と、そう思っていた時期が私にもあったなぁ……。

 

「弘世さん。良かったよ! 宮永さんに今度も頼むって言っておいてくれる?」

 

「はい、わかりました」

 

「弘世さん! この後、次の打ち合わせイケる? ちょっと普段と違うことやりたくてさー」

 

「わかりました。すぐに伺わせて頂きます」

 

「菫。お菓子欲しい」

 

「ダメに決まってるだろうが! 話を聞いてなかったのか? 打ち合わせだ!」

 

「それは菫の仕事。私はお菓子を補充してくる」

 

「あっ、こら、逃げるなって速い!? クソォ……また逃げられた……」

 

 弘世菫。29才。独身。

 

 そんなステータスになってしまった今もマネージャーとして彼女の世話係を勤めていた。

 

 おかしい……! 私は一流大学を出て、大手企業にてエリートコースを歩んでいたはずなのに……。それがアレヨアレヨと物事は進んでいき、いつの間にか照のマネージャーになっているのだから世の中不思議である。

 

 正直言って、こればかりはオカルトで済ませたくなかったが。

 

「そもそも私がハイヒールで照はスニーカー……。追い付けるわけがない……」

 

「アハハ……。ま、少し休憩したら会議室までお願いね?」

 

 定例化した私たちのやり取りに苦笑いを浮かべたプロデューサーは手を振って、その場を去る。

 

 あまりにも惨めな私の姿を見て、同情してくれたのだろう。

 

 ……やめよう。考えると余計に悲しくなる。

 

 お言葉に甘えることにした私はスタッフ席に座って、水を口に含んだ。

 

 苛立つ気持ちを流して、飲み込むと頬を叩いて気合いを入れ直した私はバッグを手に取るとプロデューサーのいる部屋へと向かった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

 打ち合わせの後、簡単に行われた飲み会も終えてダメ同期を送り届けるとようやく一日の休息の時間がくる。靴の扱いもそこそこに犬をモチーフにしたお気に入りのスリッパに履き替えた。

 

 自宅に帰ってきた私は自室のハンガーラックにスーツをかけると到底女性とは思えない低く汚い声を出す。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁ。体の節々が痛い……」

 

 外では清潔に真面目を意識して仕事の出来るキャリアウーマンを努めているが、その反動で我が家に帰ってくるとスイッチが切りかわったようにダメな部分が露出する。

 

 学生時代はそんなことなかったのに社会に出たらいつの間にか堕落した弘世菫(わたし)が完成していた。事情を知らない当時の後輩が今の私の姿を見たら驚き、失望するだろう。

 

 だが、知ったことか。そいつらは一緒に暮らしていない。ここにいるのは私の心許した者だけ。そう……あいつだけだ。

 

「ただいま」

 

 そう言ってリビングに入るとソファに体をこっちに向けて座っている男がいた。ポンポンと膝を叩くのを見ると私は心持ち早足になり真横から飛び込む。はしたなくもそのまま太ももへと頭を乗せる。

 

「京太郎……疲れたぁ」

 

 おい、目線でキツイとか訴えてくるな。

 

 私にだって甘えたいときだってあるんだ。こんなところ見せられるのはお前しかいないんだから。

 

「お疲れさま、菫さん。ご飯は食べてきたんだっけ?」

 

「ああ。京太郎、頭撫でてくれー」

 

「……菫さん、酔ってる?」

 

「酔ってない。いつもこんな感じだ」

 

「そっか」

 

 そう言うと京太郎は髪に沿って私の頭を優しく撫でてくれる。

 

 この時間が私は好きだ。彼との距離が近くて、体温を間近に感じられるから。京太郎は宮永咲のマネージャーとして高校卒業と共に務めている。そもそも私たちが出会ったきっかけが宮永姉妹つながりであのポンコツたちの相手をする苦労話から仲が深まり、ある日に彼から告白されて私もそれを受け入れた。同棲を始めて一年。付き合ってからは二年。そろそろ私としては結婚も視野に入れておきたい。年齢的にも。

 

 しかし、彼は私より年下で年齢的にもまだ遊んでいたい年頃……だと世間では聞く。……やはり私は……ダメなのだろうか。

 

「はぁ……」

 

 仕事の疲れも相まってため息が漏れ出る。すると、京太郎の人差し指が私の唇に触れた。

 

「あんまりため息ばかりだと幸せが逃げるらしいよ」

 

「……すまん」

 

「何か悩みがあるなら聞くけど」

 

「……いや、仕事でちょっとな」

 

 京太郎は優しいからこんな言葉をかけてくれる。だけど、つい誤魔化してしまう。やはり年上としてあまり年下の彼氏に気を遣わせるのもよくはないだろう。

 

 考えれば普段から私は彼の世話になっている気がする。

 

 本来なら私が膝枕をしてあげるべきなのに、いつの間にか私が甘える側になっているし、朝食も昼の弁当も夕食も用意しているのは京太郎だ。

 

 私と言えば何もしてやれていない。その……最近は夜の方も忙しくて……なにも。

 

 改めて認識すればするほど嫌気がさす。

 

 気が付けば私は寝返りを打つと京太郎の腰に腕を回していた。

 

「……菫さん?」

 

「……京太郎は私といて楽しいか?」

 

「もちろん。こうやって甘えてくる弱い菫さんも可愛いなって思ってる」

 

「……お前は優しいなぁ」

 

「本心から言っているんだけどなぁ。……ねぇ、菫さん」

 

「なんだ?」

 

「嫌だったらごめんね」

 

「なにが――」

 

 視界が上に向けられたと思うと、京太郎の顔で埋め尽くされて口がふさがれていた。中へと舌が侵入してきて、互いの唾液が絡まる。突然のキスに驚いた私だったが体はすぐに受け入れて、貪るように唇をついばむ。熱く求められた嬉しさに体温が上昇する。

 

 続けられる長い長い口づけに私は胸が苦しくなるまで応え続けた。

 

「……ぷはっ。バ、バカ! いきなり何をするんだ、お前は!」

 

「俺の気持ちをちゃんと伝えておこうと思って」

 

 彼の指が前髪にかかる。そこから額、頬と流れてそっと唇に触れると首を通って胸まで下りた。指先は私の心臓の位置にある。

 

「俺は菫さんが好きだから。これはいつまで経っても変わらない」

 

「……でも、京太郎はこんな年増より若い子の方がいいんじゃないか?」

 

「菫さんならそう言うと思った。だから、俺も……踏ん切りがついたよ」

 

 京太郎はテーブルの上に置いてあったバッグから封筒を取り出す。仕事の書類と思っていたその中から出てきたのはたったの薄い一枚で、その左側には確かにこう書かれていた。

 

 婚姻届、と。

 

「本当はずっと前から用意していたんだけどさ。断られるのが怖くて、切り出せなかった。でも……断られるよりも想いを伝えられない方が怖いってわかったから」

 

 京太郎は私の手を取る。そして、指輪を嵌める仕草をしてみせた。

 

「ごめん。本当なら指輪も準備してから伝えたかったんだけど……。それに俺ももう少し格好つけたかったし」

 

 彼は恥ずかしそうに頬をかく。けれど、すぐに真剣な顔つきになって私へ向き直った。

 

「……弘世菫さん。あなたを愛しています。俺と……結婚してください」

 

 ……なんだ、悩んでいたのは京太郎も一緒だったんだ。関係が壊れるのが怖くて一歩踏み出せなかっただけで……ちゃんと気持ちは通じ合っていた。

 

 ……バカだなぁ、私は。……本当にバカだ。

 

 呆れて笑いも……涙も止まらないじゃないか。

 

「……京太郎」

 

「はい」

 

「今も十分……格好いいぞ、バカ」

 

 私は彼に抱きつくと、首に腕を回してそっと――。

 





【挿絵表示】


挿絵は後日談な感じ。例の如く島田志麻さん(@shima_shimada)に頂きました。ありがたやー。

不定期更新。
ご迷惑おかけしました。
お題募集しているので活動報告でキャラ、シチュお好きにどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=139752&uid=78710

ただ全員のリクエストを消費できるわけではないので、その点はご了承ください

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