ゆっくりのんびりと書き連ねていきます。
関係ないですが、こめこん超楽しみです。 一部でも売れると嬉しいけど……
それでは、本編をどうぞ。
長かった冬が終わり、季節は移ろう。
そろそろ太陽が真上に昇ろうかというころ、丸い帽子を被った緑髪の少女──こいしは、人里をのんびりと歩いていた。
人通りは決して少ないというわけではないのだが、道行く人々の中で、彼女に声をかけるものはいない。
それどころか、特徴的な外見の少女が歩いているのにも関わらず、誰一人として視線を向けない。興味を示さない。
しかし、少女はそれすらも当たり前であるかのように、無人の野を歩くがごとく、一人マイペースに歩く。
ついに歌まで歌い始めた彼女だったが、不意に、その足を止め、ある方向に視線を向ける。
その先に、店先で腕を組んで考え込んでいる青年の姿を認め、少女はぱっと笑って駆けだした。
「裕也さん!」
背中から飛んできた声に、青年が振り向く。
彼は、声の主を確認すると、穏和な笑みを浮かべた。
「……こいし」
名を呼ばれ、その笑みを濃くした少女は、青年の下まで駆け寄り、話しかける。
「こんにちわ、裕也さん。お買い物?」
「こんにちは。 ああ。夕飯は何にしようかと思って」
そう言って陳列棚に目を向ける祐也。それに釣られて目線を動かすと、新鮮そうな魚が並べられているのを確認できた。
「今日は、おさかな?」
「うん。たまにはどうかなって」
「わたしは、あまり食べたことないんだよね〜。
住んでいるところが、お魚が手に入りにくいの」
それを聞き、彼は少し考えるようなしぐさを見せた後、口を開く。
「……食うか?」
それはぶっきらぼうで、あまりにも言葉が足りていないものだった。
しかし、少女はその言葉の意味をしっかりと汲み取り、そして破顔する。
「──うん!」
これを、阿吽の呼吸というのだろうか。
二人は、より添うようにして夕飯の魚を選び始めた。
────────
かつて、人里から少し離れた館に、他人の心を読むことが出来る姉妹が住んでいた。
覚り妖怪と呼ばれる姉妹は、その強力過ぎる能力によって、あらゆる人妖から恐れられていた。
しかし、その中においてなお、姉妹は誰かと関わることを選んだ。
少々人見知りだが、誰かを思いやることに長けていた姉と、活発で、他人の感情に敏感な妹。
彼女らは、互いに支え合い、助け合うことによって、人に歩み寄った。
当然、それは簡単な事ではなかった。
しかし、必要以上に踏み込むことはせず、あくまで相手を気遣う姉と、沈んでいる者を明るく励ます妹。
その二人の姿勢に、村人たちも徐々に彼女らを受け入れ始め、少しずつだが、彼女らへの恐れも薄くなっていった。
しかし、姉妹が打ち解けていくにつれ、それを快く思わないものも出てくる。
『妖怪の排斥』を掲げる彼らは、あくまで強硬姿勢を取り続る。姉妹に見え透いた悪意を持って近づくことも増えた。
勿論、その悪意に気付けない姉妹ではない。
しかし、『負の感情を積極的に読むことは、他の方々と築け始めている折角の関係を不意にしてしまうのではないか』そう考えた姉は、それらをみないことにしていた。
『少々悪意に疎いところがある妹のことは心配だが、最悪、数人に暴力的な手に出られたところで、"覚り"の力ならば難なく状況を打破することが出来るだろう』という自負のようなものもあった。
そう言う意味では、彼女らは人間の底知れなさ、そして、あまりにもあっさりと手のひらを返すその性質を、甘く見ていたと言えるのかもしれない。
彼女らは、人間の悪意の真の怖さを知ることになる。
そして、それは、姉妹にとって取り返しのつかない傷をもたらした。
『心を読んだって哀しくなるだけ』
あんなに純粋無垢だった妹が、心を閉ざした。
そのことは、姉にいつまでも重くのしかかる事となる、
────────
あの吹雪の日から、はやいものでもう数か月。
あの日以来、私はしばしば、こうしてこの人の家に来るようになった。
彼はとても優しくて、一緒にいるだけで心が安らぐ。
見ず知らずの私を温かく受け入れてくれて、こうして一緒に食事もしてくれて……。
ちょっと不器用なところもあるけれど、あの人の態度の全ては、温かいものに包まれている。
お姉ちゃんが、私にとって真っ暗闇のなか寄り添ってくれる存在だとしたら、
彼は、その闇自体を振り払おうとしてくれるような、闇に射し込んでくる一筋の光のような、そんなひと。
勿論、彼にそんなつもりがないのはわかっているけれど、私の中で、彼は。裕也さんは、お姉ちゃんの次くらいに大きなものとなっている。
それがどういう感情なのかはわからない……いや、わかってはいけない。
ふと湧き起こる想い。私を内側から温めてくれるその想いを、私は気づかないふりをする。わからないことにする。
なぜならそれは──
──彼が、人間だから。
人間である彼と、人外である私。それらは決して相いれないもの。
それは確固たる事実。
だから、私は本来ならばこうして彼と食卓を囲うことすら許されない。
今からでも遅くない。 すぐにこの場を去るべき。
……でも、私にはできなかった。だって、私はもう彼の事が──
ううん、だめ。これは、許されざる想い。
再び頭を出しかけた気持ちに蓋をする。目を逸らす。
もう少しだけ、彼の優しさに甘えよう。
けれど、もし、彼が私の正体に気付いたときは……
──その時は、直ぐに私は消えよう。
ズキリと痛んだ胸元の瞳に、無意識に手を添える。
彼女は想う。願わくば、この幸せが少しでも続くように。
しかし、運命というものは、かくも残酷に、冷酷にできているものだ。
"その時"は、もう目前まで迫ってきていた。