中々かけないんですけどね(苦笑)
第一話をお読みくださった方々、身に余る高評価を下さった方、本当にありがとうございます。大きな励みになります。
のんびりと進めていきますが、どうかよろしくお願いいたします。
あの日から2,3週間ほど。
彼は、今日も仕事を終え、帰路についていた。
身も凍るような寒さの中、家まで辿り着くと、扉の前に見覚えのある人影を見つけた。
(ん?あれは……)
心が弾んでいるような気がするのは、きっと気のせいではないだろう。
俺が帰ってきたことに気づいたのか、彼女はこちらを向き、手を振る。
振り返す勇気は俺には無かったが、彼女の元に辿り着くなり、声をかけた。
「また、来たのか」
上手く言葉を選べないことにもどかしさを感じる。
「うん、きちゃった」
そう言ってはにかむように笑う少女。
頭を撫でたい衝動に駆られるが、なんとか踏みとどまり、戸を開く。
「……上がって」
「うん」
言葉少なに交わし、彼女は後に続く。
「……あ。」
思い出したかのように呟き、足を止め、振り返る。
何かあったのか。と言いたげな少女へ向け、
「いらっしゃい、こいし」
一瞬面食らったかのような顔をする少女。
しかし、その表情にはすぐに大輪の花が咲いた。
「──うん!」
静かな家に、元気な、それでいて嬉しそうな声が響き渡った。
────────
「今日も、鍋で良いか?」
あいにく、今日も鍋で済ませてしまおうと思っていたので、たいした食材がない。
イヤと言われたら困るのだが……一応、聞いておく。
「うん。大丈夫だよ。わたし、お鍋はあたたかくなるから好きなの」
そう言って笑う少女に、そうかと頷く。
……今度からはもうちょっとマシなものを買いそろえておこう。
「それじゃ、適当に準備してくるから、こたつ入ってて」
はーい。と返事して、いそいそとこたつにもぐりこむこいし。
「はわー……あったかい……」
入るなり惚けたような声を出す少女に、思わず笑みが漏れる。
彼女を待たせぬよう、手早く準備をして、運んできた鍋とガスコンロを炬燵の上にセット。
それから、こちらをキラキラとみつめる彼女に取り皿と箸を渡す。
「ありがと!」
笑顔で受け取り、鍋をわきわきと眺める少女に苦笑しながら、自分も炬燵に入る。
安心するような温かさに全身が包まれ、思わずため息が漏れた。
「あったかいよねぇ……」
しんみりとした呟きに、そうだな、と返す。
炬燵は生活必需品。間違いない。
「さて、そろそろいけるぞ」
「はーい!」
元気に返事をし、いそいそと自らの器に取り分ける。
ふうと息を吹き込んで軽く冷まし、ひょいと口に入れた。
「おいひい!」
ぱあと笑顔になるその様子に、心が充たされていくのを感じた。
(家族がいたら、こんな感じなんだろうか)
ふっと頭によぎったその考えを、かぶりを振って四散させる。
「……? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
きょとんとした様子の少女だったが、直ぐに笑顔に戻る。
「あはは~ 裕也さん、変なの~!」
「なっ、変ってことはないだろっ!?」
気付けば、大きな声を出して笑っている自分がいて、軽く驚く。
……誰かとこんなふうに騒ぐのなんていつぶりのことだろうか。
にこにこと笑う少女をみていると、こういうのも悪くない、と改めて思う。
「……ほら、野菜に余裕はあるから、好きなだけ食べて良いよ」
「わーい!」
────────
食事が終わり、片づけも済ませた後。
二人は、炬燵でのんびりと静かにお茶を飲み、時間を共有する。
「そういえば……」
ふいに、沈黙を破るかのように彼が口を開く。
「ん、なあに?」
にこにことした顔のまま首を傾げる少女。
その様子に微笑を零しながら、彼は続ける。
「今日は、何か用があったのか?」
その問いに、少女は近くに置いてあった自分の帽子をくるくると指で回し、考え込むような姿を見せた後に、答えた。
「うーん……無意識、かな」
「無意識?」
「うん。裕也さんの家、楽しかったなぁ~って考えてたら、いつの間にか来ちゃってたの」
そうか。と無愛想に返す青年だったが、彼の頬が緩んでいるのは誰の目に見ても明らかだ。
「何もない家だけどな……」
「私は、落ち着くから好きだよ?」
にこにこと笑う少女に、彼はまた、そうか。と返す。
二人にはどこか通じ合うようなものがあるのだろう。
無愛想な彼だが、少女もまた、それを心地よいと思っている様子だった。
「それじゃ、私はそろそろ帰るね」
そう言って立ちあがる少女に合わせて、彼もまた炬燵から出る。
「ああ。またな」
すんなりと出てくる言葉。
もちろん、少女はその意味を正確にくみ取り、笑う。
「うん。またね!」
そう言って家を出た少女は、玄関先で不意に足を止め、空を見上げる。
見送りにでた彼も、追うように空を見上げ、思わず声を漏らす。
「……空って、こんなに」
「うん。綺麗だね……」
真冬の冷えた澄み切った空気で、満天に輝く星。
それは、二人にとって、これまで見知ったどの空よりも特別に思えた。