「ここが、アーシィさんの実家かぁ…………結構、質素なんだな…………」
アーシィの家は、アメリア・コロニーの郊外にあった。
お世辞にも大きいとは言えない小じんまりとした家は、程よい大きさの庭に囲まれている。
「おい、ニコル。失礼だろ??」
「いえ、ケイトさん。本当の事ですし、ザンスカールの生活…………というより、コロニーの生活を見てもらうには、丁度いいんじゃないかしら??」
ニコルを窘めるケイトに、アーシィは笑顔を向けた。
軍服を着ていないアーシィの表情は柔らかく、言葉使いも優しいものに変わっている。
「いや、甘やかしたら駄目なんですよ。大人がしっかりと、しつけてやらないとね!!」
「失礼な事を言った事は謝るよ!!だから、睨まないでくれよ。まぢ怖いから!!」
睨むケイトの視線から外れるように、ニコルはアーシィの蔭に隠れた。
「別に怒ってないから、家に入って。母が待っているわ」
アーシィがニコルの背を押しながら、家の中へと誘う。
「お邪魔しまーす」
「ご病気と聞いているのですが…………お邪魔してしまって、申し訳ありません」
ニコルに続いて、ケイトも家の中に入った。
家の中には最低限の家具が置いてる程度で、帝国のモビルスーツ・パイロットの家にしては、あまりに質素に感じられる。
「いらっしゃい。何もお構い出来ないけど、娘の友達なら大歓迎だわ。病気のせいで、1人で家にいると気が滅入ってしまうのよ」
アーシィの母は、病気のせいなのだろうか…………頬が痩せこけており、お世辞にも元気とは言えない顔で出迎えてくれた。
それでも、笑顔が素敵な人だとニコルは感じる。
「何も無い家だけど…………寛いでってね。お茶、持って来るわ」
アーシィは立ち上がってニコル達を迎えてくれた母を座らせると、キッチンに消えていく。
「太陽光に晒されてしまった病気と伺いました…………特効薬なんて、無いものなんですか??」
「ええ…………帝国から支給される薬で、何とか生き永らえてるんです。娘には、いつも苦労をかけてしまって………」
ケイトの質問に、少し咳込みながらアーシィの母は答えた。
「特殊な薬だから、地球でしか作られてないの。数も少ない貴重な薬だから、本来は地球に住めるぐらいの連邦の高官の家族ぐらいしか貰えないのだけど、引っ越し公社から定期的に運ばれる薬を譲ってもらってるんです」
コーヒーの良い臭いを漂わせながら、アーシィがキッチンから出て来る。
「引っ越し公社は宇宙移民した人達の為に、帝国でも連邦でも、分け隔てなく物資を運んでくれている。私達にとっては、とっても有難いわ」
「アーティ・ジブラルタルのマスドライバーから飛んでくるんですよね??一年戦争の時から、宇宙移民者の為に働いていた会社か…………」
アーシィからコーヒーを受け取ったケイトは、そのカップから伝わる温かさに、人の心の温もりを感じた。
「そっか………地球に住んでいる人も、宇宙に出た人の事を想って働いている人達もいるんだ。オレ、地球に住んでいた頃は、コロニーに住んでいる人達の事まで考えられなかった…………」
「それは、当たり前よ。けど、今は違うでしょ??そうやって、色々な事を知って、人は成長していくものよ」
ニコルにもコーヒーを渡したアーシィは、空いていた椅子に腰を下ろす。
「ゲルダさんも言っていた………個人個人は、こんなに優しさに溢れている人達が、なんで戦争しなきゃいけないんだ…………戦っていたら、悲しみが続くだけなのに………」
ニコルはコーヒーの苦みを感じながら、カップの中に現れる渦を眺めた。
「ニコル君だったわね………生前、主人がお世話になったみたいで………娘も、戦場では助けられたって…………ありがとう」
「そんな…………オレは、ゲルダさんを助けられなかったし、戦場に出たキッカケだって、モビルスーツが空いてて、オレにも出来るんじゃないかって軽い気持ちで…………」
呟くニコルを、アーシィは立ち上がって、その身体を自分の方に引き寄せて頭を撫でる。
「始めは、皆そんな感じかもしれない。けど、人の命を奪うという事…………私達は、もっと真剣に考えないといけないのかもね………」
アーシィの言葉に、ケイトも考えさせられていた。
「何の為に戦うか………信念を持って戦わないといけないな…………引っ越し公社の人達が、宇宙移民者達を分け隔てなく助けているように…………」
ケイトはそう言うと、コーヒーを一気に飲み干す。
「私の家は、ここから遠くない。少し時間を貰って、私も母に会ってくるよ。ニコルはどうする??」
「そういえば、ケイトさんの御実家もアメリア・コロニーにあると言ってましたね??ニコルは食事をしていって。会わせたい人もいるし」
アーシィの言葉に、ケイトは頷く。
「じゃあ、ニコルをお願いしてもいいですか??」
ケイトはそう言うと、ニコルを自分の方に連れて来る。
「ニコル、私は実家に帰りがてら、マイの情報も調べられるだけ調べておく。後で合流しよう」
「分かった。アーシィさんとの話が終わったら、ケイトさんに連絡するよ」
ケイトは頷くと、家の外に出た。