「うし、これでオッケーだ。オレがカイラスギリー艦隊と通信してた記録は、消去完了!!後はうまく出撃して、ベスパに合流するだけだ」
端末のモニターでデータ消去を確認し、男はほくそ笑む。
「だいたい、あんな化け物モビルスーツの相手をしてちゃ、命がいくつあっても足りねぇぜ。あの女にスパイの片棒担げって言われた時はビビったが、正しい選択だったな…………今じゃ女神に見えるぜ!!」
男はそう言うと、自室の扉を開けて廊下に出て行った…………
マイは、基地内の居住区を歩いてる。
戦闘時は、皆の邪魔にならないように居住区の自分の部屋にいるようにしようと決めていた。
自分の部屋に戻る為に居住区を歩いていると、突然目の前の扉が開く。
「てめぇ!!なんでココにいる!!今の………見ていたのか??」
扉から出てきた男…………プロシュエールは、鬼のような形相で睨みつけながら、持っていた銃口をマイに向ける。
「な………に??プロシュエールさん??あの………モビルスーツの出撃命令が出てますよ??行かなくて………いいんですか??」
マイは声を震わせながら、プロシュエールに言う。
銃口を向けられた恐怖以上に、2人しかいないこの状況が………基地に着いた夜にプロシュエールに襲われた時を思い出させ、マイの不安を掻き立てる。
「てめぇ1人か!!ちょうどいい…………ついて来い!!」
「きゃあああ!!」
腕を掴まれて大声を出すマイだったが、居住区には誰もおらず、その先の人達にも警報と喧騒が飛び交う中で、その声はかき消された。
「うるせぇぞ!!少し黙ってろ!!」
大声を出したマイに、プロシュエールは後頭部を叩いて気絶させると、そのまま抱えあげて連れ去って行く。
(いざとなりゃ人質に出来るし、頭怪我したから医務室に連れてくって口実にすりゃ、怪しまれずにいきそうだ。本来なら、もうモビルスーツ・デッキにいなきゃいけないんだからな……………)
プロシュエールは、自分に運が向いていると確信していた………
「艦長…………プロシュエールの部屋の端末から、カイラスギリー艦隊に向けて暗号のようなものが発信されたようです」
出撃準備を整えていた新造戦艦のブリッジで、操舵手のマッシュがモニターで情報を確認しながら声を出す。
「至急、基地の管制に居住区の警戒を呼び掛けて!!プロシュエールを拘束するように!!」
新造戦艦の女性艦長スフィア・ノールスは、基地内にスパイがいるだろうと考えていたので、あまり驚かなかった。
むしろ、警戒していた居住区から発信された微細な電波ですら感知する新造戦艦の性能を頼もしく感じる。
「了解。基地管制、応答して下さい。プロシュエールにスパイ容疑があります。居住区を閉鎖して、警備兵にプロシュエールを捕らえるように指示して下さい」
戦艦の管制官ニーナ・ヘイスは、冷静に艦長の指示に従う。
戦艦のクルー達は、来るべき時に備え訓練を続けていた。
今、正にその成果が実を結んでいる。
「基地の位置情報…………漏らしていたのは、プロシュエールで間違いなさそうですね…………」
「まったく、レジスタンス創設メンバーの1人で、F90を任せられてた奴がスパイとは………他にもスパイがいると疑いたくもなるぜ!!」
ニーナとマッシュは、共に闘って来た者がスパイだと信じたくなかったが、プロシュエールの性格を考えると納得出来てしまう。
「さて、色々と思う事はあるでしょうけど…………スパイは基地の方に任せて、私達は出航準備を継続よ!!外で戦うモビルスーツ隊のフォローが出来るように、火器管制は特に念入りに!!処女航海で、早速戦場に出なくてはいけないからね」
スフィアの指示に、戦艦のクルー達は再び慌ただしく動き出す。
「恐らく、この基地には戻って来れない。モビルスーツの収容・整備を戦場でやる事になる!!整備班はマニュアルを頭に叩き込んでおけ!!」
「各武装のチェック急げ!!テスト無しで出航して、すぐ戦闘なんだ!!細かく修正しておけ!!」
各セクションから流れてくる通信が、艦内の活気を感じさせる。
モビルスーツ・デッキの扉が開き、ようやく出航の目処が立った喜びと、戦場に飛び出さなくてはいけない不安………
艦内は、異様な空気に包まれていた………