「小さくても、人は重いな!!」
迫って来るイエロージャケットの兵達の圧力を背中に感じながら、レジアはスージィを抱いて必死に走る。
母の血を全身に浴びて真っ赤なスージィを、レジアは何故か大切な物に感じていた。
人の血を浴びたのが衝撃的過ぎたのか…………銃声に驚いているのか…………小さなスージィは、泣く事もなくレジアに抱かれている。
静かにしてくれている……………それが、レジア達にとって唯一の救いだった。
「急げ!!ミューラさん!!ここでオレ達が捕まったら、皆に申し訳が立たない!!何が何でも逃げ切るんだ!!」
女性の足で必死に付いてくるミューラに、レジアは激励の言葉をかける。
「レジアさん!!そこを曲がったら、モビルスーツの格納庫があるわ!!そこまで頑張りましょう!!」
息を荒げ死に物狂いで走る2人は、乳酸が貯まっていく足に鞭を打ち、モビルスーツの格納庫に向けて加速していく。
2人とも、自分の命より皆の意思を途絶えさせる事が怖かった。
その想いが、限界に近づく足を更に前へと踏み出す力になっていた。
格納庫の扉の前にたどり着くと、追っ手の足音が聞こえるぐらい迫っている。
「エステルさん、ミューラです!!開けてくださいっ!!」
ミューラは鉄製の扉を力強く叩きながら、息を整える間もなく大声で叫ぶ。
ギギギギィっ
渋い音をたて開いた扉からは、こちらも渋い顔をした初老で白髪の女性が顔を出す。
「ミューラさん、無事だったか!!ここからは私達にまかせな!!!」
初老の女性……………しかし恰幅のいいエステルは、大型のマシンガンを構えると、躊躇いもなくイエロージャケットの兵士に銃弾を浴びせ始めた!!
「ぐわああぁ!!」
次々と倒れるイエロージャケットの兵士達を見て、レジアは思わず顔を背ける。
敵であっても、人の死んでいく姿は気持ちいいものではない。
「ミューラさん、早く入るんだ!!逃げる手筈は整っている!!」
エステルの声に頷いたミューラは、倒れていく生身の兵達の姿に言葉を失っているレジア腕を引っ張る。
「レジアさんっ!!しっかりして!!早く!!こっちです!!」
格納庫の中に引っ張りこまれたレジアの視界に入ったのは、数機のジェムズガンがすでに固定具から外されて、動き出し始めた姿であった。
「ジェムズガンがこんなに…………これなら、ガチ党のモビルスーツと戦えるんじゃ…………」
レジアの独り言が大きかったのか、マシンガンを全弾撃ちきり、格納庫の分厚い扉を閉めた直後のエステルが顔をしかめる。
「相手のパイロットはプロ!!こっちはモビルスーツを作ってるから、辛うじてモビルスーツを動かせる程度だ。それにラングとジェムズガンでは、最初から相手にならないんだよ!!」
「ふ…………ふぇーーん!!」
エステルの声があまりにも大きく、低く力の入った声であった為、今まで泣く事なくレジアに抱っこされていたスージィが大きな声で泣き出した。
「ばぁさん!!声がデカイ!!泣いちまったじゃねーか!!」
「誰がばぁさんだ!!初対面なのに失礼なガキだね!!」
子供を落ち着かせようとするレジアとエステルのやり取りに、ミューラは少し笑顔を取り戻す。
「2人とも、まだ逃げ切った訳じゃないんだから、協力し合いましょ。レジアさん、子供をコッチに」
ミューラがスージィを抱っこしあやすと、すぐにスージィは泣き止んだ。
「へぇ……………ミューラさん、うまいモンだな…………」
「最近まで、子育てしてたからね。そんな事より、早くジェムズガンの手に乗って!!宇宙港まで逃げるわよ!!」
レジアが頷き、近くで起動したジェムズガンの手に乗ろうとした瞬間……………
ガァァァン!!
格納庫の外に繋がるハッチが破壊された事を告げる、凄まじい音が響き渡る。
「ちっ!!ラング……………か。それも5体……………これまでか………」
エステルは絶望を感じ、その場に膝をつく。
ギッギッ
屋内側の扉も少しづつ開き始め、ミューラは大切な書類とスージィを抱き締めながら、扉とハッチの真ん中で青ざめていた。
「ミューラと機密書類だけは守らなければ……………ジェムズガン隊、ラングを外に押し出すぞ!!ミューラの逃げる時間を作れ!!」
サナリィの技術者達の乗るジェムズガン隊が、一斉に5体のラングに飛び駆かる。
「ばぁさん!!さっきまでの威勢はどうした!!俺達は死ぬ訳にはいかないんだ!!この隙に逃げるぞ!!」
「生意気な小僧だね!!誰だか知らないが、いちいち命令するな!!」
レジアの大声に呼応して、エステルは膝を上げて走り出す。
ジェムズガンの塊がラング隊を格納庫から外に押し出した瞬間、ミューラとスージィ、そしてエステルとレジアも外に飛び出した。
「ジェムズガンごときが舐めやがって!!返り討ちにしてやれ!!」
ラングと交戦を始めたジェムズガン隊だが、圧倒的な機体性能の差で次々と墜とされていく。
更に、鉄の扉を抉じ開けたイエロージャケットの部隊の足音も、レジア達に迫る!!
(これまでかよ!!親父を失い……………母さんも失い……………結局、オレが得たものって何だったんだ………………ずっと、平和に暮らしてたのに…………………)
思わず、レジアの瞳から涙が零れた。