「ミリティアン・ヴァヴ、パラオから発艦します! 各員、発艦時の衝撃に備えて下さい!」
デブリの漂うパラオの出口から、純白の戦艦が暗礁宙域に姿を現す。
「艦長、爆弾の設置は完璧だ。我々のいた痕跡や、ミノフスキー・ドライブのデータを引き出せない程度には破壊出来る筈……」
「でも……いいんですか? パラオにはミノフスキー・ドライブだけじゃなくて色々なデータも残ってるし、アステーラの家族のデータだって……」
無機質に聞こえるリファリアの声に反論するかのように、ニーナが口を開く。
「ニーナ、仕方がないわ。それより、パラオ破壊時に大量の電磁チャフが流れ出す。そのチャフの流れに乗せて、ミノフスキー・ドライブの研究者達を月の基地に向けて射出する。小型艇はステルス機能に、機体形状も変えているから、そうそう見つかる事は無いと思うけど……各艇の自爆装置も正常に作動するか……最終チェックしておけ」
スフィアは唇を噛み締めながら命令を出し、確かめるようにリファリアを見る。
「すまない、艦長。だが、必要な事だ。研究者達がザンスカールに捕まれば、確実にミノフスキー・ドライブの情報は漏洩する。それだけは避けなければならない。逆に1人でも月のミューラの元へ着く事が出来れば、ミノフスキー・ドライブの完成が早くなる。私の元でミノフスキー・ドライブの開発に携わってくれた者は、覚悟と信念を持っている。未来をより良いモノに変える為に……」
そう言うと、リファリアはパラオに視線を向けた。
「しかし、破壊しか出来ないとは……辛いな。すまないな、アステーラ。姉妹の思い出もある場所なのに……」
「今回の戦い、全てを理解している訳じゃないケド……でも、敵の手に渡っちゃいけないデータがある事は分かる。だから大丈夫……トゥエルブだって、理解してくれてる」
アステーラはそう言いながらも、感傷的になっている自分の心に気付く。
「造り物の身体なのに、こんなに感情があるんだな……昔の私って、こんなに悲しんだりしてたのかな? こんなに……心が痛くなった事って、あったのかな?」
「造り物か……それを言ったら、この世にある全ての物は何かによって造り出されている。人だって、人によって作られる。原初の創造主以外、全てな。大切なのは、慈しむ心を持っているかどうかだ。それを持つ者は、手を取り合える筈なんだ。人に作られようが、機械に造られようが……な」
アステーラは、爆発が始まったパラオを……少しづつ離れていく、目覚めた場所を目で追う。
「その心を奪う兵器……そんなの、絶対に造らせちゃいけない!」
自らの心臓に手を添えるアステーラを見て、リファリアは静かに頷く。
「その通りだ。競争心は、人が成長する上で必要だ。仕事だったりスポーツだったり……それ以外の時間は、争う必要は無い。戦争は、その時間を奪う。だが……心を奪われた者は争う事は無くなっても、手を差し伸べる事も出来ない、感謝する事も出来ない……ただ生きているだけになる。それは、とても……とても悲しい事だ」
心とは感情だ。
それが無くなったら、それは人と呼べるのだろうか?
逆に、感情のある強化人間は人間と呼んでいいのではないか?
そう考えながら、爆発していくパラオにリファリアは背を向けた。
冷めている人達の心を震わせる為の戦い……その戦いに向き合う為に……
「ニコル、ダブルバードをオレに託してくれれば、お前は戦いに参加しなくたっていいんだぞ? いや、戦いには参加してくれなきゃキツいが……それでも、生存出来る可能性はあるんだ」
「ははは、マデアさんは正直だね! でも……何度も言ってるケド、オレはダブルバードを下りる気は無いよ。レジアやリガ・ミリティアの皆が託してくれた機体だし、最後はコイツと一緒って決めたんだ!」
「だがな……お前は若い。トリプルシックスに乗ってくれれば、助かるんだぞ。リガ・ミリティアだって、お前の力が必要だろ?」
ニコルは、モビルスーツ・デッキに立つマグナ・マーレイ・トリプルシックスの黒い装甲を見上げる。
「コイツには、ミノフスキー・ドライブの長時間運用時の戦闘データを月に運んでもらわなきゃいけないんでしょ? なら、やっぱりアステーラが適任だよ。死なない人を1人選べって言われたら……オレはアステーラを選ぶ。オレは自分の意思で戦ってる……覚悟なんて無かったけど、オレは自分で選択してここにいる。けど、アステーラは……」
「まぁ……そうなんだがな……」
苦虫を噛み殺した様な表情を浮かべ、マデアは天井を仰ぎ見た。
アステーラは強化人間だ……口から出そうになった言葉を、グッと飲み込む。
ニコルは分かっている……そして、自分も分かっている。
アステーラを人として見なくてはいけないし、それが当たり前の事だと……
「それより心配なのは、トリプルシックスが月まで墜とされないで辿り着けるかじゃない? アステーラの腕は間違いないと思うけど、こんなデカイ機体……見つけて下さいって言ってるようなモンだよ」
「なるほど……ニコルはアステーラの腕は間違いないが、私の腕は間違いがあると言いたいのだな?」
モビルスーツ・デッキに入って来たリファリアは、軽く床を蹴ってマデアの横に下りてきた。
「いやー……そんな事は言ってないっスよ! ただほら、マグナ・マーレイ自体が高機動タイプでもないし、長時間飛行出来る機体でもないから、心配だなぁーって……リファリアさんだからこそ、ここまで完成度の高い機体になってるって思っておりますよ! もちろんであります!」
「そうか? デカイから見つけやすいか……宇宙の色に馴染む様に、宇宙色にでも装甲を塗り直すか? 機体の完成度が高くても、見つかったら意味ないもんな」
「ちょ……マデアさんも、笑ってないで何か言って下さいよ!」
慌てるニコルを見てひとしきり笑ったマデアは、以前の自分の愛機に視線を移す。
「しかし、だいぶ変わったな……もうオレが乗ってた頃の面影は全くないよ」
「まぁ……な。ニコル、心配無用だ。コイツに託した6の文字の意味……機体を隠す程の大型バインダーには、無数の使用用途がある。アステーラなら使いこなしてくれるさ。そして、必ず未来を紡いでくれる」
リファリアの力強い言葉に、ニコルは頷く。
絶望に立ち向かう決意を胸に……