「ニコル、どうかしましたか? なんか元気無いですよ。せっかく気分転換で出てきているんです。今は、リラックスしましょうよ」
「うん……ごめんクレナさん。分かってはいるんだけどね……」
衛星パラオの居住区画……商店街があったであろう場所で、時計屋を見つけたニコルは足を止める。
少し時間のできたミリティアン・ヴァヴのクルーに、艦長のスフィアは休暇を与えていた。
そこで、若いクルー達はパラオの居住区に気分転換しに向かう事にしたのだ。
その商店街の中の廃墟と化した時計屋の前でニコルは足を止めた後、自分の身につけている腕時計に目を移す。
マイがレジアに贈った腕時計……今はニコルが身につけている。
レジアの止まってしまった時間……それでも、レジアが成そうとしていた事を受け継ぐ決意をした。
自分が正しいと思う事を信じて、ただ真っ直ぐに……
腕時計が刻む時間が、ニコルにはレジアと共に歩んでいる時間に感じられた。
ただ、腕時計を見ると思い出してしまう事がある。
マイがレジアの為に買った腕時計……
これを買った時には、レジアもいてゲルダさんもいた。
アーシィさんとも分かり合えた気もしたし、マイと他愛もない会話もした。
あの時は戦争に片足を突っ込んでただけで、沢山のモノを失うなんて思ってなかった。
時計屋を見た時、その時の思い出がニコルの中でフラッシュバックする。
「ニコル、どうかしたんですか?」
「ええ……あの腕時計は、大切な仲間との思い出の品なの。私にとっても、心を救ってくれた大切な人……その人の形見の品なのよ」
アステーラの言葉に、クレナもレジアの事を思い出す。
「素敵な方……だったんですね」
「そうね……私も貫き通します。自分が正しいと思う事を……誰かに言われたからじゃなく、自分で考えて辿り着いた事を成す為に……」
クレナはニコルを見つめ、アステーラの頭を撫でながら、独り言を呟くように声を出していた。
眉を顰めて顔を覗き込んでくるアステーラに、笑顔を向けたクレナは口を開く。
「アステーラにも、分かる日が来るわ。誰かに従うんじゃない。間違っているって思っても、それに抗う事は難しい事もある。でもね……自分が間違ってるって思ったら、考えるの。そして、心に問いかけるの……私が今やってる事は正しいのかって……」
更に怪訝な表情になるアステーラを、クレナは優しく抱きしめる。
操られていた時……レジアの声は、ずっと聞こえていた。
裏切った私を、最後まで信じて……文字通り、その身を投げうって救ってくれた……命も、心も……
リガ・ミリティアのパイロットとしての責務も、好きな人と過ごす時間も……きっと頭には過ぎったと思う。
「強化人間にとっては、マスターの存在は大切な事は分かってる。でも……私達と歩んでいくなら、人として生きてほしい。考えて行動できる力を……アステーラなら出来るって、信じてる」
優しい表情で抱く女性と、怪訝そうな表情で抱かれる女性……
ふと我に返り腕時計から視線を上げたニコルの視界に、奇妙な表情で抱き合う2人がはいる。
「って、何やってるの? いや……人の性癖にどうこう言うつもりはないけど、アステーラ嫌がってない?」
「え? そういうつもりで抱きついた訳じゃないんだけど……ちょっと、アステーラも何か言ってよ!」
無言で後退りながら、ニコルに近寄るアステーラ……
「ニコル……クレナ、ちょっと怖い。訳の分からない事をブツブツ言うの……」
「ちょっと……私が今までに感じてきた事を教えようと思っただけで……もぅ!」
声を出して笑い始めるニコルを見て、クレナの頬が赤く染まる。
「ははは! 大丈夫だよ。クレナさんが何を言っていたかは、分かる気がする。レジアの話をしてたんだからね……あの時、レジアがクレナさんもマイも救ってくれたから、今オレは笑えてる。だから……たとえ世界平和になろうが、自分が信じる道が進めなくなる世界は違うよ。強制的に人を支配しようとするザンスカールは、やっぱり止めなきゃいけない!」
力の籠もったニコルの言葉に、アステーラは何故か懐かしさを感じていた。