「アステーラ、それ持ってきて!」
「はい……スフィアさん、ちょっとだけ待って下さい」
アステーラと呼ばれた少女は、ミリティアン・ヴァヴのブリッジの中で右往左往していた。
アステーラ・ハウ……マデアが託されたプルタイプのクローンに名付けた名前である。
名前はプルでいいと伝えたが、クレナは強く首を横に振った。
名前は、とても大切なモノだと……自分たちが物ではない証拠だからと……
そこで考えたのが、ギリシャ語で星という意味を持つ名前……アステーラが、自ら希望した名前でもある。
意識が回復し、次第に記憶もハッキリしてきて、そして全てを思い出した。
マスターであるグレミーは既に亡く、姉妹達も宇宙に散ってしまった事。
オリジナル・プルと共に戦ったジュドー・アーシタとルー・ルカに助けられた事。
悲しみの中で、悲しみを忘れるためにコールド・スリープに入った事……
そして目覚めた場所に、ジュドーもルーもいない。
それでも、アステーラにとって居心地がよく感じていた。
強化人間の事も、クローンの事も理解してくれている。
何より、マスターと呼ぶに相応しいニュータイプもいる。
モビルスーツから流れてくる嗅ぎ慣れた機械と油の入り混じった匂いと、クルー達の熱気。
姉妹達と乗艦していたサンドラに空気感が似ている戦艦、ミリティアン・ヴァヴ……
アステーラは様々な部品の入った籠を持ったまま、窓の外の宇宙に視線を移す。
とても静かで、とても穏やか……
常に戦場に身を置いていたアステーラにとっては、戦争の準備をしている状況ですら、穏やかに感じていた。
「ちょっとアステーラ! 早く持ってきてよ! こっちは艦長なのに、修理を手伝ってるんだから……」
「ごめんなさい! 直ぐに行きますね!」
ボヤいているスフィアの元に、アステーラは小走りで向かう。
「艦長、楽しくやりましょうよ! 戦争しているよりも、ずっといいじゃないですか! 戦争の為の準備だとしても、戦場にいるより、ずっといいです」
アステーラの肩口からニュッと顔をだしたニーナが、笑顔でスフィアを見る。
「はいはい、ごめんなさいね。確かに人を傷つけるより、はるかにマシだわ……」
「そうですよ! それに、何でも楽しまなきゃ! 生きているって時間は、とても素敵な時なんだから!」
そんな2人のやり取りを見て、アステーラは不思議そうな表情をつくった。
「どうしたの? 何か可笑しい?」
「皆さん、戦争をされているんですよね? どうして戦う事を否定されているのかなって……」
首を傾げるアステーラに、スフィアは柔らかな笑みを浮かべて優しく抱きしめる。
「アステーラ……戦争を好きになっちゃいけないんだよ。違うね……人を傷つける事を好きになっちゃ駄目なんだよ。私達だって、戦わなくていいなら戦いたくない。でも戦わないと、多くの人が苦しむ世界になる未来が見えるから戦っているだけ。アステーラも私達と戦ってくれるなら、戦争を……人を傷つける行為を好きにならないでね……」
不思議そうな表情のまま、アステーラは頷いた。
よく分からないが、なんとなくは分かる。
姉妹達が死んだ時の悲しみ……繰り返したくはないし、同じ思いはしたくない。
だけど、守る為には戦わないと‥……
「アステーラ、マデアさんとリファリアさんがモビルスーツ・デッキで呼んでるって。行ける?」
「あ……はい。スフィアさん、大丈夫ですよ。皆さんが危険にならないように、精一杯戦いますから!」
ニーナに軽く手を振ると、アステーラはブリッジを出て行く。
「艦長の想い、あまり伝わらなっかたみたいですね」
「そんな事ないと思うわ。必ず伝わっている。ひょっとしたら、アステーラが私達の想いを受け継いでくれる存在なのかもね……」
スフィアは、アステーラが出ていった通路を少しの間眺めていた……
「アステーラ、忙しい時にスマンな……ちょっと、このモビルスーツを見てもらいたいんだ」
「マスター、そんな……気にしないで、いつでも呼んで下さい。それでモビルスーツって……これですか?」
アステーラの見上げた視線の先に、黒い見慣れたモビルスーツがある。
サイズは、かなり小さくなってはいるが……
「キュベレイ? なんですか?」
「いや、マグナ・マーレイだ。キュベレイの設計思想に基づいて開発されたモビルスーツだから、外装は似ているが……」
マデアの横に立っている仮面の男……リファリアが、マグナ・マーレイと呼ばれるモビルスーツの説明を始める。
「このモビルスーツ……乗ってみてもいいですか?」
「アステーラ、無理に戦わなくていい。これは俺たちの戦争だ。平和に生きる手段だってあるんだぞ」
飛び上がろうとするアステーラの肩を、マデアは掴んで動きを制した。
「マスターは戦っているんですよね? なら、マスターの為に戦います」
「そうじゃなくて……だなぁ……」
マデアは助けを求めるようにリファリアを見る。
「キュベレイより操作は複雑だ。それと、この基地にはトゥエルブが使っていたモビルスーツの部品も残っている。そのパーツを使って、モデファイしてみようと思う。より複雑になるかもしれんが、アステーラなら問題ないだろう」
「リファリア! 違うだろ! そういう事を聞いてるんじゃない!」
静かな口調と激しい口調が飛び交う不思議な空間に、アステーラは思わず笑ってしまう。
「マスター、私は大丈夫です。私が生かされて、ここで目覚めた事に意味があるって……何だか、そんな感じがするんです。だから、私も……」
アステーラは、もう一度マグナ・マーレイを見つめる。
黒いキュベレイ……アステーラは、運命的なモノを感じずにはいられなかった……