最終決戦
鉱物資源衛星、パラオ。
かつて、ネオ・ジオンの残党「袖付き」の基地があった。
暗礁宙域の外れにある基地パラオ……外観は廃墟そのものであり、基地の名残りでもある砲台の砲身は、歪んでいる物もあれば先端が無い物まである。
整備されている様子は無く、宇宙世紀0096年から時間が止まっている様だ。
パラオという基地があった……その事を覚えている人間は、何人いるのだろうか?
ラプラス事変でのミネバ・ザビの演説を覚えている者は大勢いる。
シャアの再来と呼ばれたフル・フロンタルを覚えている者も多いだろう。
しかし地球連邦の怠慢によって、パラオは放置された。
確かに、カリスマ的指導者であったフル・フロンタルの死後、ネオ・ジオンは崩壊。
機能もしなくなった基地の解体に多額の予算を注ぎ込む事など、馬鹿げていたのだろう。
ましてや基地のある場所は、ゴミになっても問題ない暗礁宙域にある。
そんなパラオの外観には似つかない、純白に金色の縁取りがされた戦艦が着艦しようとしていた。
「周囲索敵……敵影無し! 衛星パラオに……着艦準備……よし!」
廃墟と化したパラオに、純白の戦艦が吸い込まれていく。
剥き出しになった鉄のパイプや、基地を構成していたであろうパーツが浮遊する空間を抜けると、突然綺麗で明るい空間が現れた。
「上出来だ。このエリアに戦艦を突っ込ませるのは始めてだったんでな。でかいデブリに当てなかっただけでも、大したモンだ」
「そりゃ、どーも。基地に着艦させるだけなのに、こんなにヒヤヒヤさせられたのは始めてですよ!」
操舵手のマッシュは、リファリアの冷たい仮面を睨みながら額の汗を拭く。
「艦長、ここは暗礁宙域だ。油断は出来ないが、多少は休めるだろう。月にいるミューラに、ミノフスキー・ドライブのデータを直接渡せる様に、小型の宇宙艇を出す事も出来る。出来る事を手早く済ませよう」
マッシュの視線を軽くいなし、リファリアはスフィアの肩を軽く叩くとブリッジを出る。
「私達も行きましょうか。モビルスーツの調整と修理……作戦の立案に連携の確認……やらなければいけない事が、沢山あるわ」
「その前に、クレナさんに見てもらいたい事がある。オレは、今回の作戦……所属や人種や組織……そんなモノに囚われない……そんなモノは関係なく、力を合わせる事が出来る事を見せつけたいんだ。帝国だろうがリガ・ミリティアだろうが連邦だろうが……そして、クローンだろうが……」
クレナは一度首を傾げるが、マデアの瞳を見て……そして頷く。
「ニコルも一緒に。ここは、マデアとリファリアが帝国を離反してから基地として使っていた場所。何があるか分からないわ……マデア、申し訳ないけど……」
「いや、まだ信用出来ない事は分かっているつもりだ。サナリィでは、この艦を墜とそうとしていた訳だしな。だが、ここを出る時には信用してもらう。でなければ、この先の戦いの意味が薄れてしまう」
マデアはそう言うと、ニコルに声をかけてブリッジを出る。
「艦長、マデアさんは信用出来るぜ! ずっと信念を持って戦っている。マイの救出にだって力を貸してくれた。心配しなくても大丈夫さ」
そう言いながらも、ニコルはマデアの後を追ってブリッジを後にした。
「これは……人……」
「ああ……人と言う者もいれば、人形と言う者もいる……オレは、心を持った段階で人と変わらないと思っているけどな……貴女のように……」
マデアは青白く光る円柱形の容器に手を触れ、液体に満たされた容器の中を見る。
容器の中には、小さな女の子が裸で立っている……いや、浮いていると言った方が正しいか……
まだ発育しきっていない身体は10歳程度にも見えるが、それ以上にも見える。
クレナは、その円柱形の容器の前で口を手で抑えた。
瞳を見開き、その容器の中の女の子を凝視する。
「そんな……何故あなたがクローンを……」
「いや、オレが……と言うより、オレの育ての親が保護していたんだ。元々、こいつを保管していた場所の機能が低下してね……生存させる事が難しくなったんで、ここに移動したんだ。だが、ここでも装置を維持させる事は難しい。そして、オレはこの場所を破壊しなくてはならない。ミノフスキー・ドライブの機密を守る……その為に必要な事だからな……」
マデアは容器に触れていた手で拳を作り、内側に力を入れた。
きっと、守りたいと思っているのだろう。
しかし……ここで目覚めさせても、その先に待ち受けるものは……
だから、私に聞きたいのか……クローンの私に……
「マデアさんは、どうしたいのですか?」
「分からん。だが……」
強化人間……か……
「強化人間……それも、かなり初期のタイプ……なのでしょうか?」
「ああ……プル・シリーズだと聞いている。全滅したシリーズらしいんだがな……どうやって助けたんだか。最後に厄介なモノを押し付けやがって……」
悪態をつくマデアだが、それが本心でない事は分かる。
「マデアさんがマスターなら、幸せなのではないでしょうか? 生きていられる時間が、たとえ一瞬でも……」
「巻き込むしかないのか……オレ達の戦いに……何も知らないヤツを!」
そう言って、マデアは容器を叩いた。
「私が……クローンの私が、私の立場で言わせてもらえるなら、クローンを物として扱わない人をマスターと呼べる事は、幸せな事だと思います。ザンスカール帝国にとって、私は物でした。レジアさんを倒す為の道具だった……そんな私に、人でいいんだって……人として生きていいんだって、手を差し伸べてくれた人がいた。私がもし強化人間だったのなら、その人をマスターと呼びたかった。もしザンスカールに存在を知られたら、その娘は必ず不幸になる」
「そう……なのかもな……」
クレナの言葉を聞いても、マデアはまだ迷いを消せずにいる。
ずっと一人で戦ってきたマデアには、自分の行動に……考えに賛同出来ない人を、自分の戦いに巻き込んではいけないという信念があった。
リファリアと出会った後は、その考えがより強くなっていく。
「クレナさんが言ってくれてもダメか。私としては、利用できるモノは利用したいのだが……」
「なんか、難しい話をしてたけどさぁ……オレ達の戦いに巻き込まれたいのか、巻き込まれたくないのか、本人に聞けばいいだけだろ? その人を、人としてみているならね!」
後から部屋に入って来たリファリアとニコルの言葉に、マデアは笑ってしまっていた……